305食目 最強の存在
◆◆◆ クラーク ◆◆◆
状況は最悪だ。
サクランが極度の興奮状態から、
カゲトラに使用を止められていた禁じ手を使用してしまった。
彼女から、この技の詳細は聞いていたが……
聞くのと体験するのとでは大違いだ。
もしも俺が防御スキル〈不滅の盾〉を発動していなかったら、
フルプレートアーマーという重装備であっても、
あの気味の悪い大口に飲み込まれてしまっていただろう。
〈不滅の盾〉は盾の硬度を極限まで上げるスキルだ。
デメリットとして、その場から決して動けなくなるというのもがある。
俺はそのデメリットを利用して大口からの吸引を防いでいた。
「ウルジェ、今手繰り寄せる!」
「は~い、すみません~、おねがいします~」
このような非常事態であっても平常運転の彼女に苦笑いをしつつも、
鉄球の鎖を手繰り寄せ回収に成功する。
「大丈夫かい、ウルジェさん」
「おかげさまで~、ケガひとつ~、してませんよ~」
彼女のいうとおり、目に見えるケガはしていないようだ。
取り敢えずは一安心。
問題はこの状況をどうするかだ。
カゲトラが動き始めているようだが、
大口の吸引力が強過ぎて思うように事が進んでいないようだ。
このままでは味方に被害が及んでしまう。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
あぁ! シーマが大口に吸い込まれてしまった!
……まぁ、彼女なら大丈夫なような気がする。
しかしながら貴重なヒーラーを失ってしまった。
これでは治癒魔法の期待できない。
ここからは早期決着を目指さなければ被害が増える一方だ。
ロフト達も離脱した今、戦力は十分とはいえない。
「クラークさん~、何やら~、様子が~、おかしいですよ~?」
「えっ?」
次から次へと問題が起こり過ぎだ。
今度はガルンドラゴンの様子がおかしい。
全身から溢れる桃色のオーラは、
まるで怒りを具現化したかのように溢れ出ている。
メキメキと音を立て逆立ってゆく黄金の鱗、膨張する筋肉、
間違いない……サクランがガルンドラゴンを怒らせてしまったのだ。
「ふはははは! 愛いヤツよ! まだ余を楽しませてくれるか!?
ならば、見せてやろうではないか!
〈六大天魔王咲爛〉と呼ばれた余の力を!!」
サクランの身体に巻き付いた紫色に輝く縄のような物が見え始め、
次第にそれがブチブチと音を立てて千切れてゆく。
その音を聞く度に俺の魂が警鐘を鳴らす。
アレを解き放ってはいけないと。
「咲爛様、なりませぬ! 秘術!〈封魔結界〉!!」
「ぴよぴよぴよ!!」
カゲトラがサクランに向けて、紫色に輝く縄を投げつけた。
今現在もサクランに巻き付いている物も、
カゲトラが施した物なのだろうか?
「カゲトラ……邪魔をするでない」
サクランが投げられた紫色に輝く縄を睨み付けた瞬間、
それは粉微塵になって散り果ててしまった。
いったい、何が起こったんだろうか? 俺には何も見えなかった。
ただ、これだけは言える。
何か取り返しがつかないことが起こり始めていると。
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
『……ラザー、ブ……、おい! しっか……』
マイクの声だと思われるが、
それはどこか遠くから発しているかのようにか細いものだった。
とぎれとぎれで聞こえてくるため、何を言っているのかわからない。
ここはどこだ……。
頭に靄がかかっているかのように真っ白で、
自分に何が起こっているのか把握できない。
視界も最悪で、白い霧に覆われているかのように見通しが悪い。
それでも、一つだけハッキリと見えるものがあった。
それはある男の背。
この霧の中、その男の背中だけがはっきりと見えたのだ。
我が相棒〈シグルド〉……その背中。
大きく広いその背中。
我の方がその何倍も大きいというのに敵わないと思てしまう。
それは背負ってきたものが、我とは違うからだろう。
シグルドは我とは違い命を背負ってきた。
エリスン……彼女を護るために戦い続けてきた男の背は、
我などには到底辿り着けないものであった。
シグルド……! そこにいるのか!? 振り向いてくれ!!
彼は振り向かなかった。
ただ、一言……我に言ったのだ。
『クールに行こうぜ……相棒』
そこで、意識が覚醒する。
荒ぶる桃力が急速に収まってゆくのがわかる。
我は怒りに身を任せて、桃力を暴走させてしまったようだ。
そのせいで意識が飛んでしまったらしい。
『……ラザー! ブラザー!! 返事をしろ! おい、目を覚ませ!』
『聞こえている』
今度はマイクの声がハッキリと聞こえた。
靄がかかっていた頭も、まるで晴天のように晴れ渡っている。
『おいおい、ビックリさせないでくれよ!
口からハートが飛び出ちまいそうになったぜ!?』
『すまん、もう大丈夫だ』
一言、マイクに謝罪する。
おどけた言葉使いをしてはいるが、
彼が相当に心配していたことがわかるからだ。
『何があったんだ? ブラザー』
『〈シグルド〉に会った』
マイクの息を飲む声が聞こえてきた。
桃使いは魂と密接な関係にある。
稀にこういう現象が起こるのだそうだ。
マイクに説明を受けた時は鼻で笑っていたが……
これからはそのようなこともできぬな。
『相棒は、なんて言ってた?』
『あぁ……クールに行こうぜ、と言っていた』
マイクの鼻をすする音が聞こえてきた。
泣きたいのを我慢しているのだろう。
だが今は泣く時ではない、
それを一番理解しているのは他ならぬマイクだ。
『ははっ、そりゃあいいや! なら、クールに行こうぜ、ブラザー!』
『あぁ、クールに行こうか、マイク』
努めていつもどおりに振る舞うマイクの心遣いに感謝をし、
我は眼前の敵を見据える。
得体のしれない力を解き放とうとしている黒髪の少女サクラン。
最早、幼子と侮れるような存在ではないことは確かだ。
しかし、それは我とて同じこと。
この窮地に際して、
我はもう一人の自分も共に戦っていることがハッキリとわかったのだ。
我は汝、汝は我。
そう、我らは〈シグルド〉なのだ。
もう……決して忘れはしまい、相棒が常に共にあることを。
「ガルンドラゴン! 話がある!」
「ぴよ!」
いつ命を落してもわからない状況下にもかかわらず、
虎の少女が我の下にやってきて一つの提案をしてきた。
「一時的に休戦と協力を頼みたい。
咲爛様の封印を〈六大天魔王〉の封印を解かせるわけにはいかないのだ」
「HEY、タイガーガール。
そりゃあ、ちょっとばかり都合がいい話じゃないか?」
マイクが我の口を使い、虎の少女に抗議とも取れる会話をする。
我としてもサクランをどうにかできるなら、
虎の少女に協力をしないでもないと思っていたのだが……。
「承知はしている、しかしながら封印を完全に解かれてしまっては、
私ではどうにもできなくなる。
その場合、大殿であるノブナガ様に縋るしかなくなるのだ」
ノブナガ……まさか、サクランの父親とは、
最強の存在と名高いノブナガ・オダか!?
それならば、サクランの異常な強さも納得できる。
「は~ん……そういうことか。
つまり、ここで封印が解けて暴走しちまったら、
最悪の話、勇者タカアキに殺されちまうことを危惧してんだな?」
マイクが虎の少女を挑発するようなことを先ほどから言っている。
いったいどうしたというのだろうか?
『マイク、いったいどうした?
先ほどから挑発めいた態度と口調だが……』
『あぁ、これはワザとだよ。
どうせ引き受けるなら、良い条件と情報をもらっても
罰はヒットしないだろう? HAHAHA!
なぁに、悪いようにはしないさ、ブラザー』
なんとも抜け目のないヤツだ。
だが、心強くもある。
我はこういう駆け引きはできないからだ。
「勇者タカアキ……果たしてあの御方でも完全に復活した咲爛様、
いや、〈六大天魔王〉にかてるかどうか。
ノブナガ様が命を懸けて……
それでも、ギリギリの線で封印を施すことしかできなかったのだ」
それは最早、世界最強が目の前の少女だということになるのではないか?
ドクンと心臓が高鳴り、
送り出す血液の速度が上がるのを感じ取ることができた。
『ブラザー、わかっているとは思うが、
まだアレとやりあうには実力が足りないぜ?』
『わかっている、今の我では無理だろう』
怒りの中にあっても冷静になり、相手を見ることができるようになった今、
相手の内包している有り得ない力がよくわかった。
格が違う。
それは蟻と竜ほどの差。
我が蟻で、サクランが竜だと認識してしまえるほどの力の差だ。
「これは私の落ち度だ。
封印の綻びがここまで早かったとは! 頼む、私に力を貸してほしい!!」
「ぴよ、ぴよ!」
ここまで頭を下げられ、協力を断るのはどうかと思う。
以前の我なら問答無用で食い殺していただろうが……
今はもう昔の我ではない、我は人の心を知ってしまったのだ。
『マイク』
『あぁ、わかっているよ、ブラザー』
どうやら、マイクもここまでだと認識していたようだ。
そして我の口を使い、虎の少女に話しかけた。
「タイガーガール、条件がある」
マイクは虎の少女に、ある条件を突き付けた。