302食目 突破せよ
◆◆◆ サクラン ◆◆◆
この風、肌を刺す闘気、漲る緊張感……これぞ戦場よ。
遠目からでもわかる怒竜の巨躯。
月明かりに照らされ金色に輝く光りはやつの鱗か、
それとも勢い衰えぬ不屈の闘志の輝きか。
「ふふふ、血が滾りおるわ。
こやつも早く血を吸わせろとせっついておる」
我が愛刀〈血吹雪の月桜〉も強者の到来に我慢ができず、
はしたなくも妖気を撒き散らしていた。
このような感覚、いつぶりであろうか?
そう……確か、出日での〈今河家〉との合戦の時であったか。
昂る気を静めることなど、できようはずがない。
「咲爛様、御自重なさいませ。
こたびはご学友もおりますれば」
「わかっておる。〈能力〉は使わぬゆえ安心せい」
頭の上にふらいぱん太郎を載せた景虎が、余に釘を刺してきた。
いちいち言わぬでもわかっておる。
それに、こやつらならば、
余が〈能力〉を使っても生き残ると思うのだが……。
ふむ、景虎は心配性過ぎていかんのう。
余と共に戦場に立つは家臣の景虎、騎士見習いのくらーく、
不死身のひーらーであるしーま、すけべ三人衆ろふと、すらっく、あかね。
戦士うるじぇに、双子の剣士るーふぇいとその妹らんふぇい。
魔法の援護攻撃を引き受けてくれた、すらいむのげるろいど。
これだけの戦力、突破されるのは恥だというものだ。
「それに……使うまでもない。
これだけの強者がいるのだ、ゆうゆうを倒したぐらいで驕るでないわ」
「咲爛様、来ました」
地響きを撒き散らしながら来るは片翼の怒竜。
ゆうゆうめ、敗れたとはいえ、
最低限の役目を果たすとは天晴なことよ!
後のことは余に任せい!
対峙する黄金の竜に向かって、余は愛刀をすらりと抜き放った。
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
デクス山への唯一の入山口にて待ち構えるは、
種族もさまざまな住人の少年少女。
そのいずれもが、一筋縄ではいかないことを予感させる。
『ブラザー! ゆっくり戦っている余裕はないようだぜ!
後方からユウユウのお嬢ちゃんが追いかけてきている!』
『なんだと!? 我の必殺技を受けて、尚健在だというのか!?』
マイクからもたらされた情報は、驚愕に値するものであった。
一撃必殺の技を受け砕け散ることもなく、
我を追いかけてきているというのだ。
『データを見る限り、さっきの戦闘時よりも能力が上がっている。
まだ遠距離で詳しい数値は出ていないが……
どうやら、能力の数値が倍以上になっているみたいだ。
イカレてやがるぜ! ファック!
ここで鉢合わせたら、厳しい戦いになるぞ、ブラザー!!』
『だからといって、引き返すわけにはゆかぬ!』
そう、ここにいる小さな戦士達も、
侮れない強さを持っていることは間違いない。
油断すれば不覚を取りなねないだろう。
『いいかブラザー? 俺達の目的はあくまでエルティナのお嬢ちゃんだ。
ブラザーが最強を目指しているのは、よぉくわかっている。
でもな、時には戦術ってもんも使わねぇと勝つことはできねぇんだ』
『我は戦術など知らぬ』
我にそのような知恵があれば、今頃は違う道を歩んでいたことだろう。
シグルドとも、マイクとも出会わずに静かに生きていたに違いない。
そのように思えば、たとえ苦しくとも賢くなくて良かった。
でなければ……真の友に出会えることもなく、一生を終えていただろうから。
『戦術なら俺が知っている、俺がブラザーの知恵になってやるさ!
だから……俺の指示に従ってくれ!
俺も相棒が夢見た〈最強〉を夢見ているんだ!』
『マイク……!』
マイクの必死の訴えに、我はようやく気付いた。
戦っていたのは、我だけではなかったのだと。
マイクも声だけの存在ではあるが、我と共に戦っていてくれたのだ。
『マイク、我に指示を出せ!』
『ブラザー……! OK! やっぱ最高だよブラザーは!
よし、ここからは撃破ではなく、突破を目指すんだ。
突破さえしてしまえば、オレっちに策がある。
ブラザーの桃力の特性だから可能な方法がな』
マイクは我に敵陣の突破を指示してきた。
しかし、それでさえも困難を有するものであることは疑いようがない。
だが……我らには時間がないことも確かであった。
感じるのだ、後方より近付いてくるユウユウの闘気が。
『ゆくぞ、マイク! ここを突破する!!』
『あいよっ! サポートは任せてくれ、ブラザー!!』
我は戦いの始まりとなる咆哮を放った。
遥か頂きで待っているであろう、小さな強者エルティナにまで届くように。
大まかな戦略はマイクの担当、実際には我がどうにかしなくてはならない。
愚直な我にできることはただ一つ。
力ずくで押し通るのみ。
「押し通る!」
「こいやぁ!!」
我の叫びに応えたのは美しい黒髪の少女。
ここら辺では見かけない、変わった鎧を身に着けている。
手に握っているのは見事な業物。
この形状……見覚えがある。
否、決して忘れるものか!
我が父を屠った者が手にしていた物と同じではないか!!
その瞬間、父の最期の姿が脳裏に蘇り、
無意識の内に黒髪の少女の斬撃を回避していた。
その刃は対象の硬度を嘲笑うがごとく、容易に切り裂いた。
木、岩、大地までもがバッサリと切り捨てられていたのである。
この攻撃を受けていたら、と思うとゾッとする。
「ほぉう、ゆうゆうを降したのは伊達ではないようじゃな」
黒髪の少女が、次の斬撃に移ろうとしている。
体勢を崩している今を逃す手はない。
ここで確実に仕留め、突破を確実なものにする!
「……!? 身体が動かないだと!?」
しかし、自分の身体が金縛りにあったかのように動かない。
戦闘中だというのに、いったいどうしてしまったんだ!?
「忍法〈影縛り〉、おまえの影は大地に縫い付けた。
影はもう一人のおまえ、故に影が動けなければ、おまえも動けなくなる」
虎の獣人が短剣のような物で、我の影を数か所刺していた。
バカな、このようなことで体の動きを封じるなど……く、呪いの類か!?
『ブラザー、桃力の咆哮だ! 俺に任せろ!』
マイクの声に反応し、我は咆哮に桃力を含ませて放つ。
我の桃力の特性は『固』。
ありとあらゆる現象を、固定する能力を持っている。
『へへっ、搦め手なら俺っち大得意!』
我の放った咆哮は黒髪の少女の〈空間〉を固定した。
『そんでもってぇ……空気さん、さよ~なら~』
マイクは固定した空間の空気だけを、咆哮と共に押し流してしまった。
するとどうだろう? 黒髪の少女が苦しみだしたではないか。
「が……い、息が……!?」
そう、彼女は呼吸ができなくなったのだ。
我の咆哮と桃力をこのように組み合わせるとは思いもよらなかった。
『HEY、ブラザー!
周りの空気が固定した空間に入り込んでくるまで暫く時間がかかる。
その隙に体の動く箇所で、地面の苦無をなんとかするんだ!』
マイクも、えげつない方法を考え付くものだ。
目の前には空気を求め腕を伸ばす少女の姿。
敵ではあるが、その姿は哀れであった。
「咲爛様!」
虎の少女の注意が逸れた! 急いで身体の動く箇所を探す。
我の身体の動く箇所は……あった!
ピクリと動く我の尾、それは我にとって使い勝手の良い武器だ。
それを虎の少女に目がけて振り下ろす。
まずは油断している者を仕留め、苦無とやらを排除する!
「ぬぅん!!」
「ぴよっ!」
虎の少女の頭に載っていた鳥の雛が、何やら奇妙な動きを取る。
しかし、我はお構いなしに尾を、虎の少女に命中させた。
激しい衝突音が響きと他の少女は吹き飛んだ。
「むっ!?」
近くにあった岩に激突したにもかかわらず、彼女は平然と立ち上がった。
虎の少女に目立ったケガは見当たらない。
これはいったい!?
「くっ、油断した!
太郎や、〈金剛の術〉を使ってくれたんだね?
身体が硬化しなければ危なかった……助かったよ」
「ぴよ、ぴよ!」
なんということだ、この雛でさえ戦士であるとは思わなかった。
完全に我の見通しが甘かったということか。
しかし、虎の少女は刀を支えに、なんとか立っている黒髪の少女を優先した。
きっと主従の間柄なのだろう。
その隙に我は動く尾で、地面にある影に刺さっている短剣を薙ぎ払う。
「ふぅ、動けるようになったか」
『油断できないぜ、ブラザー。
こいつら普通じゃない。
スキャンで数値化した能力値も異常だぜ。
見てみる? 軽く絶望できるけど』
『必要ない』
マイクの軽口になんとか落ち着きを取り戻す。
たった二人の連携で、何度も命を落としかねない場面があった。
それはもっと増えるであろう。
このやり取りの間に、我は彼らに取り囲まれてしまったからだ。
彼らにとって、必勝ともいえるべき陣形。
果たして、我はこの包囲網を突破することができるのだろうか?




