301食目 立ち塞がりしはカオス教団八司祭
◆◆◆ フウタ ◆◆◆
「何故、俺達の行方を阻む」
俺達の前には、カオス教団の最高幹部〈八司祭〉の内の三人が、
進路を塞ぐ形で待ち構えていた。
「知れたこと、我らの主がそれを望んだからよ」
重鎧を着込んだドワーフの男が俺の問いに答えた。
そのしわがれた声より、彼が高齢だということがわかる。
この男とは初対面だ。
残りの二人、獄炎のモーベン……
そして、もう一人の半魚人の男とは面識がある。
「おまえがフウタ・ユウギか、まだ生きていたんだな。
あぁ……今は、エルタニアと付くんだったか?」
「ベルンゼ!! 何故、お前がいきている!?」
紺色のローブから覗く水色の鱗、
醜悪に歪むその顔は見間違いようがない。
〈ワールドピース〉を影から操っていた男にして、
カオス教団八司祭の一人〈濁流のベルンゼ〉!
ヤツは確かに、俺が頸を刎ねて倒したはず、何故生きているんだ!?
「ん? 何故かだと? 簡単なことだ。
お前が倒したと思っていた俺は、ジュレイデが作ったただの人形だ。
ワールドピースだかも、あいつの戯れで作った組織さ。
それでなければ、おまえごときが俺を殺せるわけがないだろう」
「なんだと……あれが、ただの人形だというのか!?」
濁流のベルンゼとの戦いは、死闘といえるものだった。
それが、ヤツを模ったただの人形だったというのだ。
あり得ない、あのように戦えて……しかも、血を流す人形があるだなんて。
「あぁ……ジュレイデのヤツが大層ご立腹でなぁ、宥めるのが大変だったぜ。
傑作を壊されたって言って大暴れさ。
お陰で俺にまで、とばっちりがきて大変だったんだぜぇ?」
くっくっく、と卑屈に笑うベルンゼ。
その言い方は、自分がワールドピースにまったくかかわっていない、
というものであった。
それは恐らく事実なのだろう。
俺があそこで対峙した八司祭達は、
全て人形だったということになるのだから。
そう認識した俺の背中から、冷たい汗が流れた。
「心中お察し致しますよ。
しかしながら、本物の八司祭と対峙したのであれば、
今ここに貴方はいませんよ。
我らと貴方とでは、それほどの差があるのです。
貴方は運が良かった、といえるでしょう、フウタ・エルタニア・ユウギ」
「獄炎のモーベン! やはりおまえも人形だったのか!」
八司祭の中で最も話の通じる男ではあるが、
モーベンがこの世界の敵であることには変わりない。
彼の黒い瞳には、憂いと信念が暗く輝いている。
それは彼が、もう引き返すことのできない道を歩んでいる証であった。
「あ、いえ、私は貴方に殺されましたよ。
いやぁ、酷い目に遭いました。
ジュレイデにお使いを頼まれて部品を届けに行っただけなのに」
彼はそのようなことを笑顔でいってのけた。
つまり、彼は一度死んでいるということだ。
ならばあの後、獄炎のモーベンは生き返ったことになる。
果たして、そのような生物がこの世に存在するのだろうか?
「ふふふ……えぇ、残念ながら、貴方も〈殉ずる者〉ではないようです。
私が蘇ってしまったことが何よりの証拠。
それでは、私達を殺すことができませんよ」
獄炎のモーベンが暗い笑みを浮かべた。
その笑みは、俺の心を押しつぶすかのような凄絶なもの。
どうやったら、そのような笑みに至るのだろうか。
「なるほど、呪いですか。
貴方達の立場から言えば〈祝福〉と言うことになるのでしょうね」
タカアキがそう言って一歩前に出る。
互いの緊張が一気に高まった。
「なるほど、貴公が勇者タカアキか。
なかなかどうして……見惚れる益荒男よ。
我が名は〈土石流のガッツァ〉。
タカアキよ、我らの同士にならぬか? 貴公にはその〈資格〉がある」
土石流のガッツァと名乗ったドワーフの男が、とんでもない提案を述べた。
タカアキにカオス教団の入信を進めてきたのである。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
「……そうか、気が変われば、いつでも申し出るがいい」
タカアキの返事を聞き届けた彼は、
巨大なハンマーを地面から生成して手に取った。
それはとても武骨で、地面をハンマーの形にして切り出したような武器だ。
「我が武器〈グランアーガス〉だ、これで相手をしよう」
対してタカアキも戦闘の構えを取る。
どうやら、タカアキも本気で戦うらしい。
彼から溢れる闘気がそれを物語っていた。
「あ~、なんだか話に付いていけねぇんだが……
取り敢えずは、こいつらをなんとかしねぇと、
エルティナの下に辿り着けねぇってことか?」
ボリボリと頭を掻くアルフォンスさん。
緊張感がないようだが、この人は俺達を超えるしたたかさを持つ。
現に俺達の会話中に〈設置型の妨害魔法〉を仕込み終えていた。
そのことに気が付いたのは設置がすべて終えた後であったが。
「そのとおりですよ、〈風のアルフォンス〉。
我々を越えなければ〈真なる約束の子〉エルティナの下には行けません」
「あぁ、そうかい。
後な……その呼び名は止してくれ、背中がむず痒くなる」
「あぁ、それは失礼いたしました。
貴方のお相手はこの獄炎のモーベンが務めさせていただきます」
そうは言ったが、既に戦いは始まっていた。
彼はアルフォンスさんの設置魔法を見破ると軽く地面を蹴った。
その瞬間、立ち上がる黒い炎。
それにより、焼き尽くされる設置型の妨害魔法。
その際の魔力痕から、
風属性中級妨害魔法〈ストームプリズン〉だったことが判明した。
この魔法は罠にかかった対象を強力な風の牢に閉じ込めるものだ。
竜巻の中に閉じ込められると思えばいい。
非常に強力な反面、設置型なので使用には知恵と経験がなければ使いにくい。
〈ストームプリズン〉は発動してしまえば敵であろうと味方であろうと、
対象を容赦なく捕縛してしまうからだ。
「ちっ、お見通しってわけかよ、やりにくいねぇ」
「ふふふ、こういう手段は身をもって、何度も体験してきましたからね。
設置型の妨害魔法を除去する、
火属性特殊魔法〈ファイアスイーパー〉を発動させていただきました」
獄炎のモーベンが使用した火属性特殊魔法〈ファイアスイーパー〉は
設置型の妨害魔法を駆除する中級特殊魔法だ。
この魔法は地中に設置された妨害魔法を焼き尽くすタイプで、
一番、設置型の妨害魔法の除去率が高い。
設置型を得意とする魔法使いにとって最も厄介な魔法である。
彼の魔法の腕前を見たアルフォンスさんは、
迷うことなく背負った見事な大剣を抜いた。
それは、古い友人に作ってもらった一振りだそうで、
かれこれ十五年もの間、彼を護り続けてきた相棒だそうだ。
彼は基本的に魔法をメインにして戦うが、剣の腕も驚くほどの腕前である。
冒険者もハイレベルになると、剣と魔法の両方が達人級になってゆく。
それは過酷な冒険やクエストがそうさせてゆく、
とアルフォンスさんは言っていた。
もちろん、剣のみを極めんとする者もいるし、
魔法の神髄を探求する者も存在する。
「へへっ、それじゃあ、俺の相手はおまえってわけになるな。
別に恨みはねぇし、憎くもねぇ。
でもな、坊がおまえらを〈真なる約束の子〉の下に行かせるなっていうんだ。
だから、おまえ……死んでおけよ」
「ベルンゼ……俺はまだ死ぬわけにはいかない。
地獄に行くのは、おまえの方だ」
俺は腰に帯刀していた相棒〈光明丸〉を静かに抜き放った。
鞘から現れる刀身が光に包まれる。
魔力に反応して光り輝くそれは、暗き闇を切り捨てる希望の刃だ。
「いでよ、〈ヴァイカストライ〉!! 来な……俺は人形とわけが違うぜ」
濁流のベルンゼが大地を軽く踏み付けると、そこから水が立ち昇る。
それは彼の目の前で凝縮されてゆき、一本の見事なトライデントへと変化した。
少し青みがかった透き通るような槍。
まるで、クリスタルでできたような美しい物だ。
しかし、その槍からは見た目とは裏腹に禍々しい魔力が溢れ出ていた。
間違いなく魔槍の一種だろう。
油断はできない。
「ぬかせ、俺の太刀を受けてみてから言うんだな」
互いの戦闘準備が整った。
先陣を切ったのはタカアキの張り手。
ここに、俺達勇者パーティーとカオス教団八司祭の戦いが始まったのだった。
◆ 土石流のガッツァ ◆
ドワーフの男性。?歳。カオス教団八司祭〈土〉
カオス教団八司祭の一人。
白髪オールバック、鋭い眼には茶色の瞳。
豊かな髭を蓄えており、髭の先の部分を赤いリボンで纏めている。
武人肌で卑怯な手段を嫌う。冷静沈着でどっしりとしている。
ドワーフにしては大柄な身体。
混沌神器〈グランアーガス〉と呼ばれるハンマーを所持する。
◆ 濁流のベルンゼ ◆
半魚人の男性。?歳。カオス教団八司祭〈水〉
全身が水色の鱗で覆い尽くされた半魚人。瞳の色は黄色。
その醜さから過去に彼の一族は討伐の対象になっている。
現在ではそのようなことはないが、
過去に受けた恐怖から人間を忌み嫌っている。
獄炎のモーベンは人間であるが親友として認め合う仲。
混沌神器〈ヴァイカストライ〉と呼ばれるトライデントを所持。
◆ 獄炎のモーベン ◆
人間の男性。?歳。カオス教団八司祭〈火〉
黒髪。優し気な目の中には黒い瞳の中年男性。中肉中背。
かつてカオス教団の大司祭であった男。
ある事情により、その座を退いている。
蟷螂拳の使い手だが、大抵は披露する前に戦いが終わってしまう。
混沌神器〈ヴォルファシュライサー〉と呼ばれる鎌の所持者だが、
その武器を見た者はいない。