300食目 解き放たれし者
◆◆◆ オフォール ◆◆◆
「ヴェゴッハ!?」
ユウユウとガルンドラゴンの戦いを遠くから見守っていた俺は、
黄金の竜が放った光の音爆弾の余波を受けて吹き飛ばされてしまった。
なんという威力であろうか?
俺がこっそり見守っていた場所から、
軽く一キロメートル程度吹き飛ばされてしまったのである。
「いちち……顔面から地面に突っ込んでも痛いで済むのは、
毎日の訓練の賜物か? 笑えないぜ」
飛行訓練の失敗から、俺の顔面の耐久力は並みはずれて上昇していた。
あまり自慢できることではないので、このことは誰にも話していない。
それよりもユウユウだ。
我がクラスの王者が敗北を喫した。
信じられない、あってはならないことだ。
あの暴虐の女王が敗れる。
何かの冗談ではないのだろうか? だが、現実は非情であった。
俺は地面に横たわる傷だらけのユウユウを見つけてしまったのだ。
バラを模った赤いドレスが、無残にもズタズタになってしまっている。
そこには、残虐な中にも優雅さがあった彼女の姿はない。
「おい、冗談だろ!? おい、おいっ! しっかりしてくれよ!」
ユウユウを抱き起すと、小さく形の良い唇からゴボリと血が溢れてきた。
まさか、内臓をやられているのか!?
俺じゃあ、どうすることもできない!
治癒魔法なんて使えねぇし、ヒュリティアのように応急処置もできやしない!
ど、どうすればいいんだよ!?
「おい! しっかりしろ! 死ぬんじゃねぇよ!!」
俺にできること、それは彼女を励ますことしかなかった。
なんとも情けないことではあるが、これが精いっぱいのことだったのだ。
まったくもって役立たずな俺である。
「ごほっ、う……うるさいわ。聞こえているわよ」
「ユウユウ! 目を覚ましたか!!」
ユウユウはか細い声で返事をした。
咳き込む度に血を吐いている。
「ムカつくわ……彼にではなく自分によ。
十分に彼を満足させることができなかった……ごほっ、ごぼ」
「ユウユウ、喋るな!」
よくよく落ち着いて見れば、彼女の負傷は酷いものだった。
両腕は骨折しているのか、有り得ない方向へと曲がってしまっており、
左太ももからは折れた骨が肉を突き破って飛び出ている。
裂傷や打撲の個所など数え切れないほどだ。
ドレスの下にはもっとあるに違いない。
エルティナがいれば、こんな傷などあっという間に治してくれることだろう。
改めて彼女の治癒魔法の凄さと、居ないことへの不安を知るハメになった。
「はぁはぁ、これが死ぬほどの痛みなのね……ぐっ!」
「やべぇ、血が止まらねぇ! どうすりゃいいんだよぉ!?」
ユウユウの体温がどんどん下がってゆく。
このままじゃ、冗談抜きで彼女が死んでしまう。
何もできないまま、死なせちまうしかないのかよ!?
「……クスクス、この痛み『す・て・き』。
堪らないわ、癖になりそうよ」
「はへ?」
俺は彼女の言葉に、間抜けな声を上げることになった。
聞き間違いでなければ、この危険な状況に『素敵』といったのである。
ユウユウの顔がニタリと歪んだ。
その瞬間、俺の血は一気に冷え切り、汗は重力に逆らい上へと昇ってゆく。
危険、この状況は極めて危険!!
本能が、魂が、俺の細胞全てが警告を発しているのである。
彼女はボロボロになった身体を起こし、
何事もなかったかのように立ち上がった。
傷口からは血が溢れ、口から吐血しようがお構いなし。
壮絶な笑みを浮かべ、デクス山の方を凝視している。
俺はこの隙に物陰に隠れた。
情けない話だが、これが生き抜くための手段であるのだから仕方がない。
「あはっ! ごめんなさい、シグルド! ごぼっ!
まだ満足してないでしょう? 今、貴方に会いに行くわ!!
もっと、もっと、『愛死合い』ましょう!!」
ケタケタと狂ったように笑うユウユウ。
血が足りなくなって狂ってしまったのか、と思いきやそうじゃなかった。
彼女は唐突に二つの髪留めを外したのだ。
その髪留めからは、赤い光が尾のように流れて消える。
その瞬間、大気が震えた。
まさに、その表現でしか説明できない。
というか、俺も震え上がった。
「あはぁぁぁ……気持ちいいわ。
久しぶりよ、『リミッター』を外したのは。
クスクス、お腹いっぱいにさせてあげる、シグルド」
メキメキと音を立てて『再生』してゆくユウユウの肉体。
それとは反対に、彼女の周りの草木が、赤い光を放出し枯れ果ててゆく。
その光を吸収した彼女の身体が、急速に再生していったのだ。
いったい、どういう理屈なんだろうか? 凄く恐ろしい。
というか、ユウユウの表情が妖艶過ぎて怖い。
絶対に八歳のする顔じゃない。
年齢を誤魔化しているのではないだろうか?
発育も良いし、そうに違いない。
「クスクス……オフォール、いらっしゃい。
私を『ダーリン』の下へ運ぶのよ。
拒否権はないわ」
「い、いいいいい、イエス・マム!!」
俺は敬礼し、迅速に彼女の下へと駆け付けた。
だって、死にたくないもん。
◆◆◆ フォクベルト ◆◆◆
ユウユウ敗れる。
ララァからもたらされた報告は、僕らに衝撃を与えるには十分過ぎた。
「……ききき……ユウユウは生きてる……でも、重症……」
ララァはカラスの鳥人であるが、
暗視能力を持つため夜でも視界が明るい。
加えて鳥人の持つ視力の良さも相まって、偵察には打って付けの人材である。
「ありがとう、ララァ。
皆、聞いてのとおりです。ユウユウが敗れました。
つまり、僕らの相手になるガルンドラゴンは、
彼女以上の絶望だということです」
僕の言葉に、その場にいる殆どの者が凍り付いた。
それも当然だろう。
僕ら全員と、ユウユウ一人で模擬戦をしても、ほぼ全敗であったのだから。
そんな彼女が敗北を喫した。
このことが、どれだけの衝撃であるかは推して知るべしである。
「じょ、冗談だよな?」
リックが顔を引き攣らせながら、なんとかその言葉を口にした。
気持ちはわかるが、これは事実である。
ララァは決して、重要なことに嘘をつかないからだ。
ダナンのことに対して以外だが……。
「事実です。
リック、今なら今回の作戦の辞退を認めます」
「ば、バカいうんじゃねぇよ。今更引き下がれるか」
リックはそれだけ言うと口を噤んだ。
表情は引き攣ったままであったが。
「フォクベルト、てめぇはどうするんだよ?」
兎獣人のマフティ『さん』が、鋭い目付で問いてきた。
これは僕に対しての不満じゃない。
覚悟を見たがっているのだろう。
「僕には、辞退そのものがありません」
「けけけ……それは、指揮官の責任からか?」
ゴブリンのゴードンが、見抜く視線で僕を見据える。
彼には嘘は通用しない。
「いえ、違います」
「……ならば、戦士としての意地か?」
オークのブルトンが覚悟を問うてきた。
彼に対して取り繕うのは下策、僕は素直な気持ちを伝える。
「愛する『友』のために戦い、その果てに朽ちても悔いはないです」
「ならば行こう、我らと共に」
その場にいた『戦士』達の気持ちが一つになった。
誰一人として臆する者はいない。
皆が大切な友のために命を懸ける。
ドクン。
僕の……僕らの何かが外れた。
それは戦いを知らせる角笛の音。
「えぇ、行きましょう。
僕達の友を護るため……黄金の竜、ガルンドラゴンを仕留めます!」
この感じ、似ている。
ユウユウに唯一勝ったあの時と。
きっと勝てるはずだ。
今の僕らなら、絶対強者ガルンドラゴンに!
僕らと黄金の竜の戦いは、刻々と迫っていたのだった……。