299食目 暴虐の音玉
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
この少女は、果たして人間なのだろうか?
そう思ってしまうほど、異常な身体能力の持ち主であった。
我の攻撃が直撃すれば、必ずや倒せると信じて疑わなかったのだが……。
「つあぁっ!」
我の尾による薙ぎ払いが腹に直撃し、緑髪の少女のを吹き飛ばした。
彼女は少し離れた位置にあった岩に激突、
その岩を粉々に破壊して瓦礫に埋もれてしまう。
この状況、誰しもが我の勝利を疑わないであろう。
だが……違うのだ。
「うふふ……いいわ、いいわよ、貴方。
最高だわ、久しぶりに『痛い』と感じることができるなんて」
緑髪の少女を埋め尽くす大小さまざまな瓦礫を吹き飛ばし、
彼女は何事もなかったかのように立ち上がってくる。
目に見える傷などどこにもついてはいない。
最早、恐怖以外の何物でもなかった。
以前の我なら、心が折れそうになっていたかもしれないだろう。
「そう言っていられるのも、今の内だけだ」
しかし、今の我はかつての我ではない、
我が友『シグルド』の名を継ぎ、兄弟と呼ぶ漢と共にあるのだ。
我の牙は二度と折れたりはせぬ……決してだ!!
「私の名はユウユウ・カサラ。
殺す前に、貴方のお名前を聞いておいてもよろしくて?」
ユウユウと名乗った緑髪の少女から放たれる殺気の質が変わった。
どうやら、本気になったようだ。
「我が名は怒竜のシグルド。世界最強になる男の名だ」
我とユウユウの間にある空間が、悲鳴を上げているかのように軋んだ。
世界は広い。
このような少女が、この域にまで自分を高めているとは……
種族の優位性などあてにはならぬ。
『HEY、ブラザー、楽しんでないかい?』
『すまぬ、そのとおりだ。
我は井の中の蛙だったことを思い知らされている』
マイクの鋭い指摘に我は素直に今の心境を伝える。
こいつに隠し事など通用しないからだ。
『おいおい、ワクワクするのもいいけど、
先はまだ長いんだぜ? もたもたしていたら、増援を呼ばれちまう』
『ふん、ならば全てを薙ぎ払って進むのみよ!
最早……我に後退の文字はない! ただ、ただ前に進むのみ!!』
そう、我らはただ、前に進むのみだ。
「ゆくぞ、強き少女ユウユウ・カサラ!」
「クスクス……来なさい、怒竜のシグルド!」
我らの間にある空間が、ぶつかり合う殺気に耐えられなくなり遂に弾けた。
それは、我らが仕掛ける合図だ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
我は弾けるように前へ出る。
その眼前には、既にユウユウの姿。
早い! 我が弾けるように前へ出るのに対し、
彼女は爆ぜるように踏み込んでいたのだ。
事実、ユウユウが踏み込んだ箇所は、
その衝撃により跡形もなくなっている。
ぬかった! これほどまでの瞬発力を持っていたとは!?
ユウユウが右腕を振りかぶった。
あの『手刀』が我にふり降ろされようとしているのだ!
これを受けてしまったら致命傷になりかねない!
『ブラザー! 桃力だ!』
マイクが呆気に取られていた我に指示を出す。
その声に反応し、彼と何度も練習した桃力の特性『固』を発動させる。
対象はユウユウの『右肘』だ。
「桃力……特性『固』!!」
我の口より放たれたピンク色の光が、彼女の右肘に纏わり付いた。
この光は我が狙った箇所へ勝手に飛んで行き、対象に命中するまで追い続ける。
そして、その光は彼女の右肘に命中した。
「この光は……なっ!? 肘が曲がらない!!」
当然だ、我の桃力の特性は『固』。
その特性をもってして右肘を『固定』したのだから。
しかし、ユウユウは不格好な状態で、強引に手刀を振り降ろしてきた。
威力は半分以下になっているであろう。
それでも、彼女の手刀は空を引き裂き大地を割るに至った。
攻撃範囲が狭まったことにより、我は難を逃れることができが、
マイクの咄嗟の呼びかけがなければ、
この攻撃で我は絶命していたかもしれない。
『ファック! 肘を封じてもあの威力かよ!?
あのお嬢ちゃんドーピングでもしてんじゃねーの!?』
『そんな薬に頼るような感じの少女ではない』
その時、背中に鋭い痛み。
いや、背中ではない……これは翼か!?
ドサリと落ちる我の左翼。
かわしたと思っていたが、どうやら命中していたらしい。
これで、我は空の移動手段を失ったことになる。
『ブラザー!?』
『問題ない。暫くすれば、また生えてくる。
それよりもマイク、『あれ』を使う。
このチャンスを逃すつもりはない』
我が使うというのは、マイクと共に練習していた『必殺技』のことである。
その技の名はマイクが決めたため、酷く長く滑稽な名前になってしまった。
故に我は『あれ』と呼ぶことに決めたのだ。
『おいおい、ブラザー。
きちんと技名を言っておくれよ?
俺っちが命名した、すんばらしぃネーミング、
「スーパー・デラックス・ワンダーボイス・ボール・アタック」
ていう名があるじゃねぇか」
『断る』
もう二度と、こいつに命名させることはないだろう。
ただ、威力は申し分ない。
ユウユウ、おまえが初めての使用対象だ。
我は汝に敬意を表し、汝に最高の一撃を捧げる!!
「ゴヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
咆哮、この技はそれから始まる。
この時、咆哮に桃力を混ぜ込む。
「そんな咆哮くらい……足が地面から離れない!?」
そう、桃力の特性でユウユウの足と大地を固定したのだ。
すかさず彼女は、動く左腕で大地を砕こうとした。
だが、不格好な姿勢と桃力によって広範囲に『固定』された大地は、
ユウユウの剛力でもっても、亀裂一つ入ることはなかった。
「うそ……!? こんなことって!」
彼女の驚愕する顔が我に向けられる。
既に我は必殺技の最終工程に入っていた。
我の口の前には、ピンク色に輝く桃力の玉。
それが、どんどんと大きくなっていく。
この玉は桃力の特性『固』で作ったものだ。
そして、その中にいれているのは我の『咆哮』。
放つ際、拡散し威力が落ちてしまう我の咆哮を、
一つに凝縮させ威力を最大限まで上げる、というのがマイクの考えであった。
試行錯誤の末に出来上がったこの必殺技は、
今まで我が放ってきた、どの攻撃よりも威力がある。
まさに、必殺技と呼ぶに相応しいものとなったのだ。
「我は汝に敬意を表する! 受けよ! 我が必殺の一撃を!!」
我の咆哮を限界まで詰め込んだピンク色の大玉は、音もなく静かに放たれた。
それは、まるで穏やかな海。
我が何度となく、ゼグラクトの古びたドックから眺めていたそれと、
同じだと感じたのである。
だが、着弾すればその考えは一変するだろう。
ゆっくりと、光の玉がユウユウに着弾した。
「ぐっ!? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
光が爆ぜ、凝縮された我の咆哮が解き放たれた。
それは大気を震わせ、大地を砕き、景色をも歪ませたのである。
それは、まるで荒れ狂う海。
我が幾度となくマーベットを連れて、
古びたドックを離れた時の光景と重なった。
いかなる者をも無慈悲に葬り去る、自然が作り出す暴虐の力。
その力に酷似したものが、ユウユウに『直撃』したのである。
暴虐の音の爆弾が全てを飲み込み爆ぜた後、そこには何も残ってはいなかった。
辛うじて、何か起こったであろう痕跡が見て取れるだけである。
「我の勝ちだ」
聞く者もいないであろうが、我は己の勝利を宣言した。
それが、戦士としての礼儀だと思ったからである。
恐るべき戦士を退けた我らは、小さき強者エルティナの下へと急ぐ。
その先に待ち構えるのは幼き戦士達。
だが、決して油断はできぬ。
かれらは、ベテランの冒険者に引けを取らないであろう強さを持つ、
と予感がしたからだ。
先ほど彼らが油断していた時に、
まとめて仕留められなかったのが悔やまれる。
『幸先の良いスタートだと思いたいねぇ、ブラザー』
『あぁ、翼をやられたのは痛いがな』
一キロメートルほど先に、エルティナが連れて行かれたデクス山が見えてきた。
我と彼女の決戦の場所である。
「雌雄を決めるに申し分ない場所だ」
我らは臆することなく突き進んだ。
最強を目指す我らが、超えなくてはならない者を討ち果たすために。