295食目 黄金の輝き
モーベンのおっさんを見送った俺達は、
プルルを安静な場所に移すべく移動を開始しようとしていた。
彼女は一命を取りとめたものの大量の血液を失っており、
絶対に安静にしていなければいけない状態であったのだ。
「さて、どうしたものか。
プルルはライオットが運ぶとして、問題は残されたGDをどうするかだ」
そう、この中破したGDは機密の塊なのである。
このまま放置しようものなら、
他国の者に回収されてしまう可能性があるうえに、
驚異のテクノロジーが露見してしまい、
世界を揺るがす大事件となってしまうことだろう。
それは、なんとかして避けたい。
だが、このGDには、『アンチマジック装甲』なる物が取り付けられており、
攻撃魔法にめっぽう強いというメリットがある反面、
『フリースペース』に収容することができなくなるというデメリットもある。
つまり、現段階において俺達はGDを持ち運ぶ手段がない状態なのだ。
「爆破処理もやむなしか……
プルルには悪いが、こいつの技術は世間に知られるわけにはいかないからな」
俺が爆破処理を決断したその時、タイミング良く俺らを呼ぶ声が聞こえてきた。
そういえば、ライオットは皆がこちらに向かってきていると言っていたな。
これはナイスタイミングだ。
皆にGDを持ってもらえば、爆破処理をしなくても済むぞ。
「エル、無事だったんだね。とても心配したんだよ?」
「あぁ、エドも無事で何よりだ……って、
どさくさに紛れてこんなところまできたのか?
というか、ルドルフさんとザインはどうしたんだ?」
いち早く駆け付けてきたのは、エドワードを筆頭とする王族軍団だった。
そう、ここに一番来てはいけない連中達である。
「あぁ、彼らには途中で出くわした魔物の討伐を頼んだんだよ。
魔物は彼ら二人に任せて、僕達は先行したのさ」
どうやら、こいつらの『自重』という言葉が、
異次元空間辺りに家出しているらしい。
はやいところ、『自重』には帰ってきてほしいものだ(切実)。
「エルティナ様、おみごとでございました。
正直な話……貴女にどうこうできる魔物ではないと思っておりましたので、
驚きを隠せない次第です」
ムー王子が話しかけてきたが顔をそらしている。
はて……いったいどうしたのだろうか?
「エ、エエエエエエ、エルティナ様!
そっ、その! 凄く……セクシーな御姿にっ!!」
ラペッタ王子が顔を手で隠しているが、
指を広げて視界を確保しているので意味がないように思われる。
俺は彼の言葉で、自分がどのような格好をしているのか思い出した。
そう、スケスケな衣装な上にほぼ半裸、
ミレニア様の普段の格好を彷彿させる姿と化していたのである。
これで後、七年ほどたっていたら犯罪的な姿だっただろう。
今はまだ少女なのでセーフ!(強引な言い訳)
「ふきゅん、忘れていたんだぜ。
桃先輩、この状態を解除するにはどうしたらいいんだ?」
「あぁ、それはこちらでおこなう。
普通は『戦闘』が終了すれば自動的に解除されるのだが……」
俺の口から、低く落ち着いた声の桃先輩の声が発せられる。
しかし、俺は桃先輩の言葉に引っかかるものを感じた。
『普通は『戦闘』が終了すれば自動的に解除される』、
この言葉が俺の頭に妙に残ったのだ。
「よし、解除に成功した。
これで通常の状態に戻るはずだ」
彼の言うとおり、スケスケの半裸姿から紅白の巫女服姿へと戻る。
『桃天女』へのド派手な変化とは違い、
ポンッと白い煙が発生して終了するという、なんとも地味な変化であった。
「ちゅん、ちゅん!」
「ちろちろ」
うずめもさぬきも、こちらの姿の方が俺が好きなようで、
お互いに喜びの声を上げている。
俺も『桃天女』のスケスケ衣装はどうかと思うので、
紅白巫女服に戻れて一安心だ。
「あぁ……元に戻ってしまわれた」
物凄く残念な顔をするラペッタ王子。
こんな起伏の少ない身体を見て何が楽しいのだろうか?
後でロフト達をけしかけて、正しい教育を施してやろうか?(暗黒微笑)
「エド、プルルがやられたんだ。
治療は終わったが出血量が多かった。
増血丸を飲ませたから、安静な場所で休ませたい」
俺の言葉を聞いたエドワードは、
ライオットが抱き上げているプルルの顔を窺った。
「彼女は僕達以上にがんばってしまったようだね。
うん、わかったよ、エル。
もうすぐ、ラングステン王国の『飛空艇』が来る手筈になっている。
彼女はそれに乗せてフィリミシアまで送ろう」
彼はライオットの傍にある、
主を護って傷付きボロボロになってしまったGDを見て……こう続けた。
「この子も……早くフィリミシアで直してあげないとね?」
待つこと十分。
ラングステン王国所有の飛空艇『アンタレス』がモウシンクの丘に到着した。
船に沢山のプロペラが付いているオーソドックスなタイプの飛空艇である。
この飛空艇は現在発掘されている飛空艇の中で、
最も小型で飛行速度が速いらしい。
小さい分、魔力の充電が早く済み、短時間で起動できる反面、
航行距離が短く長距離の移動には向かないのだそうだ。
『アンタレス』は、その赤く塗装された船体をゆっくりと地面に着地させた。
通常、飛空艇に乗り込む際は甲板に橋を掛けるのだが、
それはドックでしか行えないので、
こういった場所で乗り込む時は専属の『テレポーター』係が必要になる。
乗り降り専門に従事する乗組員だ。
他にも専門に活動する乗組員は多い。
索敵、砲撃、魔導エンジンの管理、操舵手などさまざまだ。
このことにより小型であるにもかかわらず、
この飛空艇を動かす際は最低でも二十人は必要になる。
大型になると五十人でも足りないらしい。
「エドワード殿下、エルティナ様、
ラングステン王国所属軽量級飛空艇『アンタレス』、
ただいま到着いたしました。ゲコゲコ」
『テレポーター』で地上に降りてきたのは五名の騎士であった。
そのうちの一人は『アンタレス』の艦長を務める『カエル人』、
ルゲロ・ゲッコゲッコである。
彼はカエルが人型に進化した種族で、カエルの特性を多く持っている。
しかし、地上で生活を送っていったカエル人は、
カエル本来の特性を徐々に失いつつあるそうだ。
現在では指の間に水かきがあることと、舌が長く伸びる、
そして、跳躍力が非常に高いこと以外の特性は失われてしまったそうだ。
つまり……彼らの中には『金槌』が存在しており、泳げない者が多々いる。
外見は男女とも人間に近いが、近くでよく見るとカエルっぽい感じがし、
背中も丸まっている者が多数を占める。
完全に人間の外観を持つ者は稀であるそうだ。
ルゲロさんはそんな中でも、カエルに近い外観を持つ中年の男である。
はっきり言って、緑色のカエルに茶色いカツラを被せた感じだ。
身長は百六十センチメートル程度、結構大柄な部類に入る。
「ご苦労、負傷者をフィリミシアまで運んでほしい。
治療は済んでいる、安静な場所で休まてくれ」
「はっ! ゲコゲコ」
ルゲロさん本人は真面目な態度で任務に当たっているのだが、
どうしてもそのユーモラスな外見と、
語尾の『ゲコゲコ』で緊迫感が薄れてしまう。
彼に従っている部下達も、そのことで苦笑することが度々あるそうだ。
ライオットが騎士の一人にそっとプルルを預ける。
静かな寝息を立てる彼女を心配そうに見つめていたが、
やがて騎士に「お願いします」と頭を下げてこちらに歩いてきた。
そして、ムー王子やラペッタ王子を先に飛空艇に乗り込ませる。
ここに残ると駄々をこねられても困るからだ(白目)。
「ふぅ……やれやれ、これで一段落かな?
なんとも騒がしい誕生パーティーになったものだ」
一段落し、胸を撫で下ろしていた……その時のことだった。
「……っ!?」
ドクン、と俺の心臓が大きく高鳴る。
それは俺だけではない、隣にいたライオットも同じ様子だった。
「エル……?」
そんな俺達を、心配そうな顔で見るエドワード。
俺達は皆がここまでくる、と聞かされていたので残るつもりでいた。
だが……その行為は、どうやら次なる戦いの幕開けであったようなのだ。
「エド、飛空艇でフィリミシアに戻れ」
「どういうことだい?
エルも戻ろう、戦いは終わったじゃないか」
困った様子を見せるエドワードだが、
俺は星の輝きを取り戻した空に釘付けになっていた。
どんどんと迫ってきているのだ。
黄金に輝く星のような何かが!!
「エル……こいつは!」
「あぁ……最悪のお客様だ」
くる! ヤツだ! ヤツが帰ってきたんだ!!
この感覚、ヤツが放つ威圧感、強烈なプライド、
絶対強者が持ちえる圧倒的なオーラを放って、
どんどんとこちらに近付いて来やがる!
「ルゲロ艦長、フィリミシアに向けて出発してくれ」
「エドワード殿下、しかし御身は? ゲコゲコ」
「僕はここに残る」
エドワードは俺の隣に立ち、俺と同じく迫り来る黄金の輝きを見つめた。
少し迷った仕草を見せたルゲロさんであったが、
目を閉じ敬礼をすると、
飛空艇を発進させるべく『アンタレス』へと戻っていった。
「エド、命の保証はないぞ?」
「何を言っているんだい、いつもないじゃないか」
そんな軽口を叩くが彼も感じているようだ。
今来る存在が、今までのように生半可なヤツではないことに。
ある意味、鬼などよりよっぱど恐ろしい存在なのだ。
「エルティナ様は、いつもこのようなことを?
これは飛空艇に乗らなくて正解でした」
「クウヤ? おまえ、飛空艇に乗ってなかったのか!?」
エドワードの隣に立ったのは、フウタの息子クウヤであった。
「私の主になる御方が残るというのに、
自分一人がさっさとフィリミシアに帰るなど言語道断です。
それこそ父上になんと言われることか……いえ、
そのようなこと、自分自身が許しません」
どうやら、クウヤも覚悟が完了しているようだ。
いや、彼は元々というか……いつでも覚悟完了で物事に臨んでいる気がする。
これが英雄を親に持つ子供の重圧なのかもしれない。
彼にとっての本当の敵は、偉大なる自分の親なのだろう。
「来た……!!」
俺達は誰が言うでもなく同時に呟いた。
空から舞い降りてくるのは黄金の輝きを放ちし者。
「我はかつて、絶対強者と名乗りし者」
大きな翼を羽ばたかせ、威風堂々と俺達の前に姿を現せる。
「かつての栄光は、小さき強者に打ち砕かれた」
忘れもしない、その大きな六本の角。
その身に纏った強靭な黄金の鱗。
「今日に至るまで、一度たりとも汝のことを忘れたことはない」
考えてみれば、俺が本当に怖いと思ったのは後にも先にもこいつだけだ。
その揺るぐことのない眼光、立ち塞がる者は全て打ち砕く覇者の風格。
その全てに恐怖し、俺の心を打ち砕こうとしてきた。
「汝に敗れた我が、再び前に歩き出すには……汝を超える以外に術はない!」
今ならわかる。
ヤツは想像を絶する経験を積んで強くなって帰ってきたことに!
あの時とは比べ物にならない! 比較なんて無意味だ!!
「汝を超えんがため、この屈辱の地に……」
遂に帰って来たのだ、俺達の『真の宿敵』が!!
「我は……帰ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
咆哮……それは黄金の輝きを放つ『誓いの咆哮』。
俺達の前に怒竜、ガルンドラゴンがその姿を再び現したのだった。
◆ ルゲロ・ゲッコゲッコ ◆
カエル人の男性。46歳。
ラングステン騎士団所属、飛空艇『アンタレス』艦長。
緑色の人型のカエルに茶色い髪が生えたような外観。
カエル人にしては大柄な体をもっている。
既婚者で妻との間に息子が二人、娘が一人いる。
語尾に『ゲコゲコ』とつけてしまうのは、
種族の特性ゆえに認められている。
※ 六章はここで終わりです。
次回からは第七章、珍獣達とシグルドの戦いが始まります。
果たして、勝利するのはどっちの桃使いだ!?(邪悪顔)