294食目 お誕生日、おめでとうございます
輪廻へと帰ったグラシを見届けた俺に、
デュリーゼさんから『テレパス』が掛かってきた。
『エルティナ、グラシの撃破お見事でした』
『ふきゅん、撃破じゃない。俺はグラシを救ったのさ。
それが桃使いの使命だからな』
『救う……ですか』
デュリーゼさんの言葉に少し影が含まれる。
無理もない、彼らは……
いや、俺達白エルフは鬼によって滅びかかっているのだから。
少し言葉を選んだ方が良かっただろうか?
……これでいいか。
デュリーゼさんには、俺達桃使いがどのような存在であるか、
良く知っておいてほしいからな。
『少しひやりとする部分もありましたが、
順調に成長しているようで何よりです。
ちょっとしたアクシデントがあり、
こちらも切り札が使えなくなっていたので、
どうしようかと頭を悩ませていたところでした』
『切り札?』
『えぇ、グラシには自爆装置を埋め込んでいたのですが、
分離した際に精神体の方に行ってしまったらしく、
ウォルガング国王が倒した際に一緒に消滅してしまったんですよ』
『ふきゅん、意味ないな』
デュリーゼさんは『申し訳ありません』と苦笑した。
『さて、もう少し会話をしたいところですが、
私もやることがあるのでこれで失礼させていただきます。
そうそう、貴女が追い求める鬼の一体、
アラン・ズラクティが瀕死の状態でアジトに戻ってきました。
彼と交戦いたしましたか?』
『なんだって? それは本当か!?』
デュリーゼさんから、とんでもない情報がもたらされた。
鬼であるアランが桃使い以外にボコボコにされたというのだ。
正直な話、『ざまぁ! ぷげらっちょ!』としかいえないのだが、
桃使い以外の存在に鬼が瀕死にされるというのは聞いたことがない。
『デュリーゼ氏、それは本当か?
桃使い以外が、そこまで鬼を追い詰めれるとは思えないが』
『トウヤ殿、アランをここまで追い込んだのは『桃使い』です。
ダメージの痕跡に「桃力」の反応がありました』
『ふきゅん!? なん……だと……!?』
それが本当だとすれば、
この世界にもう一人の桃使いが誕生していることになる。
『おかしいな、そのような話はこちらに伝わってきていない。
その桃使いには、日本支部以外の桃先輩が憑いたのか?』
『桃アカデミーって一つじゃないのか?』
『あぁ……地球には、全部で五か所ほど設立されている。
地球以外を合わせれば三十ヶ所を超えるな』
そんなにあったのか。
というか、地球以外って……。
『いずれにしても調べてみる必要がある。
助かりました、デュリーゼ氏』
『いえ、大したことではありませんよ。
それでは、約束の日に向けて、互いに精進いたしましょう』
そう言い残してデュリーゼさんは『テレパス』を終えた。
短い会話であったが、衝撃的な内容の話ばかりであった。
この世界にもう一人、桃使いがいる。
それだけでも希望が持てる内容だ。
見知らぬ同士が、この広い世界のどこかで待っているのだから。
「おぉ~い! エル! 大丈夫か~!?」
遠くからライオットの大声が聞こえてきた。
段々と声が大きくなってくるのは、彼が走りながら叫んでいるからだろう。
やがて、俺を見つけた彼は大急ぎで俺の下へと駆け付けてきた。
その両腕には、意識を失っている様子のプルルが抱きかかえられている。
「ふきゅん!? プルル!! 大丈夫か、しっかりするんだぁ!」
「治療を頼む! かなりやられちまったんだ!」
俺は急ぎ彼女のGDを強制解除することにした。
えぇっと……確かここを開けて、このボタンを五秒押すっと。
すると、GDは自動的にプルルを吐き出すように解放した。
「うわぁ……想像以上に酷いな」
プルルの身体は触手によるものだと思われる攻撃で、
無残にも穴ポコだらけになっていたのだ。
これは肉体の損傷よりも、出血性のショック死の方が問題になるな。
事態は一刻を争う。
「チユーズ! やるぞ! ライオットはプルルを支えていてくれ!」
「お、おう! 任せろ!」
俺は治療をチユーズに指示。
医療魔法『メディカルステート』を起動しプルルの状態を調べてみると、
やはり体内の血液が不足していると表示された。
しかも結構ヤヴァイ数値だ、一刻の猶予もない。
内臓が損傷していなかったのが唯一の救いか。
『ちがないよ~』『ち~』『ち~』『ぽん』『つも』
チユーズは相変わらず仕事が早い。
身体の損傷個所を手早く治療し出血を防いでくれた。
これならまだ望みはある。
俺は素早く増血丸を『フリースペース』から取り出しプルルに含ませると、
同じく取り出した水の入った水筒をプルルに飲ませる。
……おし、飲んでくれた。
あれ? 増血丸が口の中に残っている!?
水だけ飲んだらダメだろうが!
ええい! ならばこうだ!
俺はプルルの唇を奪った!(ズキューン!)
そして、舌を駆使して増血丸を喉の奥に押し込み、
続いて口に水を含み、プルルの喉に無理矢理流し込む。
無論、増血丸を飲ませる目的だ。
決してやましい考えなどない!
プルルの唇がぷりんぷりんで、むっちむちしていて、
超気持ち良いとかは思っていないぞ!!(強調)
ごくりとプルルの喉が鳴った。
どうやら、無事に増血丸を飲み込んでくれたようだ。
これで一安心だろう。
流石の俺も、失った血液を瞬時に増やすことなどできないからな。
「これでよし……と。
後は安静にしていれば大丈夫だろう。
しかし、随分と無茶をしたものだな? 冷静なプルルらしくもない」
俺の問いかけに応えたのは、後から来たモーベンのおっさんだった。
「この子は私を庇ったのですよ。
私は死ぬことができない身なのですが……この子はそれを知らなかったらしく、
私が直撃を受けると知って、身を挺して守ってくれたのです。
可哀想なことをしました」
モーベンのおっさんはプルルの額の汗を桃色のハンカチで拭った。
ハンカチに縫われたうさちゃんが、中年のおっさんには似合わない。
これ絶対にお手製だろう? 市販の物で見たことがないぞ。
「そうだったのか……無茶しやがって」
ライオットに抱きかかえられたプルルを心配そうに見るのは、
GDのサブコクピットから出てきたイシヅカだ。
きっと、イシヅカががんばらなければ、
今頃プルルはこの世にいなかったかもしれない。
それほどまでにGDでのホビーゴーレムの役割は重要なのだ。
「聖女エルティナ、戦いは終わったようですね。
あの哀れな男は……最後に幸せな夢を見ることができたのでしょうか?」
モーベンのおっさんは徐々に晴れてきた夜空を見上げる。
その顔には深い悲しみと、
失われた過去に思いを馳せる疲れ切った男の表情があった。
「あぁ……幸せの記憶を思い出して、母親と輪廻の輪に帰ったよ」
モーベンのおっさんは「そうですか……」と言って、
輝きを取り戻しつつある夜空を見上げていた。
「獄炎のモーベン、一応礼を言っておく。
プルルを護ってくれてありがとう」
ライオットがモーベンのおっさんに礼を言った。
光り輝く獅子の状態は長くはもたないのか、
いつもの彼の状態に戻っている。
「いえ……もとはといえば、私の迂闊さが招いたことです」
そして、プルルの下にきて片膝を突き、彼女の手を優しく握った。
「この子に伝えてください、『ありがとう』と」
そう言うと、彼は立ち上がり俺達に背を向けた。
「いくのか?」
「はい、用事のついででしたからね。
あぁ……そうそう、言い忘れておりました」
モーベンのおっさんは振り返り、
俺の顔を見てにっこり笑って言った。
「お誕生日、おめでとうございます」
そう言い残して、彼は去っていった。
その笑顔は俺の心に、深く記憶されることになったのだ。