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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第六章 進化
293/800

293食目 始まりの抱擁

 ◆◆◆ エルティナ ◆◆◆


 ライオットによって触手の戒めから解き放たれた俺は、

 プルルのお叱りを受けた後、命からがら暗闇の空への避難に成功したのだった。


「プルルこえぇ~、マジこえぇ~」


『バカ者、すぐにモウシンクの丘を目指さないからだ』


 プルルの意外な一面を知ってしまった俺は、

「ふきゅん」と鳴くハメになってしまった。


 彼女は、あそこまで気性が激しかったであろうか?

 ううむ、わからん! 保留!(妥当な判断)


『いもっ! えるちん、えるちん! おかがみえたよっ!』


「あぁ、見えた……モウシンクの丘だ!」


 俺にとって、因縁のある丘が肉眼で確認できる距離となった。

 この分であるなら、もう何者の邪魔もなく辿り着けることだろう。


「ムセル、『烈破桃撃拳れっぱとうげきけん』の準備だ」


 俺は『フリースペース』から、

 ムセルのために開発されたアシストパーツ

『モモガントレット』を取り出し、ムセルの右腕に装着する。


 これはムセルの右腕が『烈破桃撃拳』に耐えられず破損してしまうため、

 急遽開発された衝撃緩和パーツだ。

 これにより、三発程度なら『烈破桃撃拳』に耐えることができる。

 ただ、開発期間が短く性能のテストも数える程度しかおこなっていないため、

 問題が起こらないとは言えないのが難点だ。

 後、桃色に塗装されていて妙に目立つ。


 しかし、着けないで放つと最悪、

 反動でムセル自身が大破してしまう可能性がある。

 あの時のように……。


 今は開発してくれたドクター・モモと桃老師、

 そして、組み立ててくれたドゥカンさんを信じるしかない。


 モモガントレットは無駄にゴテゴテしていた。

 これは開発期間が少なくパーツを小さくすることができなかった、

 ということであるが……

 このようにドリルのような形状にしたから、

 貴重な時間がなくなったのではないだろうか?(疑惑の案件)


 この形状だと『モモガントレット』が回転して、

 ムセルの右腕から放たれそうな予感がする(飛翔拳)。


『エルティナ、呆けるのは後だ。

 モウシンクの丘に到着する。

 おまえはムセルに桃力を注ぐ準備を』


「ふきゅん!? いつの間にか、モウシンクの丘に到着していたんだぜ」


 現在、俺の身体を操って飛んでいるのは、いもいも坊やなので、

 俺自身は考え事をしていても誤って通り過ぎることはない。

 楽ちん、楽ちん!


「さぁ、ムセル! おまえのその拳で明日を掴み取るぞ!

 受け取れ、俺の桃力を……ぽいちょっ!」


『最後で台無しだな』


 桃先輩のツッコミを華麗に流した俺は、ムセルに大量の桃力を流し込む。

 桃色のオーラに包まれるムセル。

 その彼に注がれた桃力が右腕に集まりだし、

 空に群がる暗黒の雲を、

 恐れ慄かさせるほどの輝きを放ち始めた! まぶちぃ!!


『モモガントレットに桃力が注入されました。

 アンチグラビティシステム起動、数値は正常値……システムオールグリーン。

 エネルギー充填百パーセント、いつでもどうぞ』


 俺の頭の中に、若い女性の声が聞こえてきた。

 まさか……!?


『おいぃ……桃先輩の彼女の声か?』


『そんなわけないだろう。

 同僚のマトシャ大尉の声が、そちらにも伝わっただけだ』


『こ、こここここ、恋人っ!?

 そ、そんな! いつの間にそんな仲に発展していたんですか!?

 聞いてないですよ~~~~~~~~~~!!』


 今度は違う女性の声。

 この声はいつだったか聞いたことのある声だ。

 どうでもいいが、

 俺の脳内で三角関係の乳繰り合いをするのは勘弁してほしい(苦笑)。


『えぇい、落ち着けトウミ少尉。

 俺と彼女にそのような関係ができるわけがないだろう。

 エルティナ、「烈破桃撃拳れっぱとうげきけん」発動承認だ。

 こちらはなんとかするから、ムセルを頼む』


「グダグダなんだぜぇ。

 でもまぁ、いつもどおりといえばいつもどおりだぁ。

 うし、ムセル一発ぶちかましてくれ!『烈破桃撃拳れっぱとうげきけん』!!」


 俺の頼みを聞き入れたムセルは、力強く輝く右拳を、

 暗雲立ち込める空へと向かって突き上げた。

 その瞬間、莫大なエネルギーを伴った圧倒的な力が、

 空を覆っていた絶望の黒い雲を吹き飛ばす。


「月は……月は出ているか!?」


 ぽっかりと空いた真っ黒い雲から、

 白く輝きを放つ幻想的な月が俺達に微笑みかけてきた。


「ムセル、よくやってくれた! 後は……俺の仕事だ!」


 俺は『烈破桃撃拳れっぱとうげきけん』を使用して消耗したムセルを抱え、

 空高く飛び上がった。

 正確にはいもいも坊やにお願いしているのだが、

 細かいことは言いっこなしだ!(切望)


「ちゅん、ちゅん!」


 うずめが鳴いた。

 空からの友の到来を俺に告げてくれたのだ。


『えるちん、えるちん! またあえた、またあえた!

 ぼくたちも、ちからをかすよ! かすよ!』


 天より舞い降りてきたのは、月の子たる輝く翅を持つ十匹の魂の蝶だ。


「ピカチョウ! あぁ、また会えたな!

 ゆっくりと話をしたいが……どうやら、そうもいかないらしい」


 俺の視線の先に、グラシの抜け殻の巨体が肉眼で確認できる。

 ライオット達も足止めをしてくれているが、そろそろきつい頃だろう。

 なにより、グラシの悲しみと渇きの声は俺にとってもきつい。


 こんなに離れているのに魂に響いてくるのだ。

 彼の母を求める『枯れ果てた声』が……。


「皆、俺に力を! 母を求め彷徨う、哀れな迷い子を救うために!」


 俺は両腕を広げ心を静かに保つ。

 ぽっかりと空いた黒い雲から、

 輪になって羽ばたくピカチョウがゆっくりと降りてきた。


『えるちん、えるちん! きみにちからを! ちからを!』


『かなしみにつつまれた、かわいそうなこを、すくうちからを!』


『いま、ここに! いまここに!』


 ピカチョウ達の歌うような言葉に導かれ、

 優しく輝く月から、一本の力ある光が地上に向けて注がれる。


 それは輪になって羽ばたく十匹のピカチョウの輪の中を通って、

 更に輝きを増し、その下にいる俺に注がれた。


「いまこそ、限界を超えるとき!

 我が眠れる力よ、我らが宿敵を『救う』力を解き放て!!」


 この言葉は自分で考えて出たものではない。

 自然と出たのだ。

 まるで、昔から知っていたかのような、自然で淀みのないセリフだった。


 その瞬間、現れる変化。

 俺の髪は桃色に光り輝き、桃力の限界を超えたことを告げてくる。

 体中から桃色の光が溢れ出て止まることを知らない。


『こ、これは……!? えぇい、おまえら、持ち場に就け!』


 まだ、やってたんかい(呆れ)。


 ここに至り、ようやく乳繰り合いを停止した桃先輩は、

 ようやく通常業務に戻った。


『データ解析、該当一件……「桃天女」だと!?

 桃レベル五百越えの、最上級のクラスの一つではないか!!』


 桃先輩の驚きの声。

 やはり、この服はそういう存在の服のようだ。

 今の俺の服装は巫女服ではなく、天女が着るような羽衣を身に纏っている。

 結構、スケスケなので恥ずかしい(いやん)。


 まぁ、見ているのは人外だけなので問題ないが。


「桃変化、『桃天女』エルティナ……降臨!」


 おっふ、またしても自動でセリフを言ってしまった。

 意外とこっぱずかしい。

 まるで、どこぞのヒーローもののノリではないか。


 幸いなことに身体を操っているのは、

 いもいも坊やなので変なポージングはしなかったが、

 俺自身であれば、みょうちくりんなポーズを取っていた可能性がある。


「ちろちろ」


「あぁ、わかっているよ……さぬき。終わらせよう。

 こんな戦いなんて、あっていいはずがないんだ」


 俺は桃力を全て使い切るつもりで燃焼し始める。

 体内で陽の力である桃力を循環させ、その力を更に高めるのだ。


『そうです、高めなさい……愛の力『桃力』を』


 その声はいつか聞いた声だ。

 俺は知っている、この優しき声を。

 何も知らない時から、この声の主は俺をずっと見守ってきてくれた。


『あぁ、わかった! 桃先生!』


 俺は桃先生の教えに従い、限界を超える勢いで桃力を高める。

 全ては……鬼へと堕ちたグラシを救ってやるためだ。


『桃力が、愛の力が極限まで高まったようですね。

 いまこそ伝えましょう、貴女に桃力の神髄たる奥義を』


 いきなり奥義ときたが、深いことを考えてはいけない(戒め)。

 今はとにかく、グラシを救ってやることが最優先なのだから。


 桃先生の意思が優しさが、その英知が俺の魂に刻まれる。

 その瞬間、俺の脳裏に知らない光景が映った。


 記憶にない女性に抱かれ、

 豊満な乳房に吸い付いて母乳を吸っている生まれたての珍獣。

 間違いない……この特徴的な大きな耳の珍獣は『俺』だ。

 では、この女性は俺の産みの親? まさか……!?


『貴女に……幸せな記憶を……とうきちろう』


 とうきちろう……!? うっ、頭が!?


 いたっ、いたたたたたたたた!? 冗談抜きに痛い!

 こ、この案件は保留とする!(緊急回避)


「ちゅん、ちゅん!?」


「おごごご……ちょっとしたアクシデントがあったが問題ない」


 迫り来るグラシの抜け殻。

 悲しく母を求め叫ぶ姿は、見るに堪えないほど悲しいものだ。


 今……終わらせてやるからな。


「桃仙術奥義!『始まりの抱擁』!!


 俺から放たれる莫大な量の桃力がある姿を取った。

 その姿は俺の知らない人物である。


「あ、ああ……あぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」


 グラシの抜け殻に無数に存在している、

 全てのグラシの顔から涙が溢れ出た。

 間違いない、この桃力が模った姿は……。


「は、ははうえっ! ははうえ……!!」


 グラシの母親の姿。

 桃力は彼の母親の姿を模ったのだ。


 桃力は愛の力だ。

 世界の記憶に残った彼の母の愛の記憶を頼りに、

 その姿を再現したのだろう。


 俺を目指していたグラシの抜け殻の歩みが止まった。

 そして、呆然と母の姿をした巨大な桃力を眺めている。


 桃力で形作られた母がグラシの抜け殻に歩み寄り、

 彼を優しく愛おしそうに抱きしめた。


「ごめんね……グラシ。

 私が貴方にきちんと真実を伝えていれば、

 こんなに苦しい思いをさせずに済んだのに。

 ごめんね、ごめんね……グラシ」


「ははうえ、ははうえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 桃力で作られた母の抱擁は、

 鬼であるグラシの身体を桃色の優しい輝きへと変え浄化していった。


「もう、貴方を独りにしないわ。

 これからは私が一緒よ、さぁ……一緒に行きましょう」


「うん、うん……!!」


 それは果たして愛の記憶だけだったのだろうか?

 そこにはまるで最愛の子のために、

 この世に戻ってきた母の姿があるではないか。

 桃力には、まだまだ隠された力があるのではないだろうか?


『当然だ、桃力は人知を超えた力。

 正しきことに使われるのであれば、無限の可能性を示してくれる。

 今起こっていることのようにな……』


 しかし、桃先輩の声には悲しさと羨望が宿っている。

 まるで……今起こっていることに嫉妬しているようでもあった。


 巨大なグラシの抜け殻が、見る見るうちに小さくなってゆく。

 同時に桃力で作られた彼の母親の姿もだ。

 最後に、本来の大きさまで小さくなった時……俺達はグラシの本当の姿を知った。


 母親に抱かれ、天使のような笑顔を浮かべる俺と同じくらいの少年の姿。

 それが、本来あったグラシの姿だったのだろう。

 彼は母に抱かれ桃色の光の粒へとその身を解し、

 最愛の母と共に天へと昇っていった。


 母を求め何十年も彷徨った哀れな男は、ようやくその歩みを止め、

 長年追い求めた母に抱かれ輪廻の輪へと帰っていったのである。


「グラシ……幸せな記憶を取り戻せたか?」


 俺の問いかけに答える者はもういない。

 ここに、フィリミシア全域を巻き込んだ大事件は、

 ようやくの終わりを見せたのであった。

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