291食目 ライオンハート
◆◆◆ ライオット ◆◆◆
「大変だよ! 食いしん坊が食べられてしまった!」
一瞬の隙だった。
地面から飛び出してきた無数の触手に掴まれ、
エルがあっという間に鬼に食われてしまったのだ。
「わかってる! プルル、援護してくれ! 俺が行く!!」
プルルは魔導ライフルを連射し、懸命に触手を打ち落としているが、
そのあまりの数に効果は表れていない。
これでは、エルのところまでいけるかどうか?
「行くって言ったって、鬼に触れただけで接触部分が食べられるんだよ!?
僕達は桃使いじゃない、食いしん坊のように鬼に抵抗できる、
強力な陽の力は持っていないんだ! 危険だよ!」
プルルの言うことはもっともだ。
確かに俺達ではまともに鬼に触れることは叶わないだろう。
それでも、やらなくてはならない時があるんだ。
特に俺にとっては……!
「場所はわかっている! エルの気をまだ感じるからな!
プルル、その装備で俺を抱えて飛べるか!?」
「いけないこともないけど……本気かい?
行ったら戻ってこれないんだよ!
僕の装備は跳躍はできても、飛行はできないんだ!
回収なんてできないんだよ!!」
プルルが泣きそうな顔をしている。
でも、この場には俺達しかいない、俺達がやるしかないんだ!
エルを……俺達の希望を失うわけにはいかない!
「プルル、俺を信じろ! 必ずエルを助け出してみせる!」
「ライオット……!」
彼女は一瞬目を伏せて考え込む素振りを見せるも、
すぐに俺の方に向き直り穏やかな笑顔を見せた。
「うん、わかったよ。
ライオットがそう言ったら、テコでも引かないからね」
そう言うとプルルはしゃがみ込んだ。
背中に乗れということだろう。
俺は彼女の背にある箱のような部分に乗り合図を出す。
「いいぞ! 行ってくれ!」
「うん、いくよ! ライオット!!」
プルルの背中の箱とスカート部分、
そして足の裏からとてつもない力が放たれ、俺達は天高くへと飛び上がる。
一瞬にして真下に巨大で醜悪な鬼の姿が確認できた。
頭部と思われる先端部分の浅いところに、エルのオーラがぼんやりと見て取れる。
一度きりの博打だ、失敗すれば命はない。
絶対に成功させる!!
だが、俺達に気が付いた鬼が邪魔をさせまいと大量の触手を放ってきた!
「行って! ライオット! イシヅカ、サポート!」
プルルが魔導ライフルで触手を迎撃するも、数が多過ぎて撃墜しきれていない!
このままでは、プルルも危ない! どうするっ!?
「早く、行って!! ライオット!!」
プルルは魔導光剣を抜き、触手を迎え撃つ構えを見せた。
その姿を見て俺も腹を括る。
「プルル、行ってくる!! おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は気合いと共にプルルから飛び降り、
エルのオーラを目印に『獅子咆哮波』を放つ。
鬼の触手を吹っ飛ばせるほどの威力だ、
これならばエルを覆っている鬼の肉を吹き飛ばせるだろう。
俺の思惑はそのとおりにゆき、鬼のぶよぶよした肉を吹き飛ばす。
そしてエルの姿が見えたのだが……。
「エルっ! くそっ、再生が早過ぎる!」
一瞬にして醜い肉は再生果たし、再びエルの姿が隠れてしまった。
その上「獅子咆哮波』の反動で落下速度が遅くなり、
触手にとっての良い的になってしまっている。
当然のごとく、大量の触手が不規則な動きで俺を迎撃してきた。
俺には空中を移動できる手段はなく、魔法も苦手でまともに扱えはしない。
しかも、その動きは不規則で狙い難い。
「にゃ~~~~~~~~~~~ん!」
その時のことだ、ツツオウがたてがみを放出して、
向かってくる触手を迎撃し始めた。
シシオウの遠隔操作砲台だ。
頭に生えているタンポポがピンク色に光り輝いている。
このタンポポもまた、俺達の仲間であるのだ。
俺の危機に反応し、秘めたる力を解き放ってくれたのだろう。
「ライオット! この、邪魔をしないでおくれ!」
続けてプルルが魔導ライフルで触手を打ち落としてゆく。
だが鈍い衝突音がし、プルルのGDの背中の箱部分と、
レッグアーマーが破損し煙を上げている。
「あうっ!? くっ、イシヅカ! 姿勢を整えて! まだやられるわけには!」
プルルのカバーにムセルが入る。
手に持った狙撃銃で、触手を纏めて三本撃墜するという荒業を披露するも、
とにかく数が多過ぎる。
このままでは、物量で押し潰されるのも時間の問題だ。
「えぇい! 迷うな、俺! もう一度、『獅子咆哮波』だ!」
本日三度目の『獅子咆哮波』。
正直な話、これは既に限界を超えた回数だ。
大量の『気』を消耗する『獅子咆哮波』は、一日に撃てて二発。
俺は今、限界を越えようとしている。
だが、迷っている時間はない!
このままでは、エルどころか……プルルすら危ういんだ!
全身から残った僅かばかりの『気』を掻き集め、
もう一度エルのいる部分に向けて『獅子咆哮波』を放つ。
体中から『気』が抜けたことにより、
一時的な憔悴状態になり意識が飛びかけるが、
気合いでもって意識を繋ぎ止める。
まだ、意識を手放すわけにはいかない。
『獅子咆哮波』が鬼に着弾し、そのぶよぶよの肉を吹き飛ばす。
ここからだ! もうチャンスはない! いくぞっ!!
「っだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は迷うことなく吹き飛んだ肉の部分に両腕を突き入れ、
再生を果たそうとする、ぶよぶよとした肉を無理やりこじ開けた。
途端に感じる両腕の痛み。
いや、触れている部分の全てに痛みを感じる。
食われているのだ、鬼に触れている部分が。
両腕からは血が溢れ出し、
分厚い皮で覆われた足の裏でさえ血が溢れ出してきた。
俺はその痛みに耐えながら、エルを引っ張り出そうと肉をかき分ける。
「エルッ! 生きているなら返事をしろっ!」
俺の声にエルが応えた。
「バカ野郎、無茶しやがって! そのままじゃ、おまえが持たねぇぞ!」
僅かに見えるエルの身体には、大量の触手が纏わりついている。
どうやら桃力を体中に纏って食べられるのを防いでいるようだ。
それでも、こんなことがいつまで続けれるかわかったものじゃない。
顔には出していないが、相当な無理をしているはずだ。
「いま……そこから引っ張り出してやるからな!」
もう手の感覚が殆ど残っていない。
指も何本かなくなっているのかもしれない。
それでも……俺は諦めることはしなかった。
エルを護る……そう、この拳に誓ったからだ。
「ライオット! 触手がそっちに行ってる! ダメ……落としきれないよ!
避けて……避けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「にゃ~~~~~~~~~~~~~ん!!」
プルルの悲鳴に近い警告。
そして、魔導ライフルの発射音と、シシオウの遠隔操作砲台の射撃音。
きっと、撃ち漏らした触手が俺に向かってきているのだろう。
でも、俺はここから動くわけにはいかない。
今ここを離れたら、エルを救うことは叶わなくなる。
「はぁ、はぁ、エル……! 掴まれ! ぐっ!?」
「ライ……!」
俺の手を掴んだエルの眠たそうな目が見開かれた。
何故なら……。
「ごぼっ、その手を……放すんじゃねぇぞ!!」
俺の胸から数本の触手が生えていたのだ。
正確には背中から貫かれたのだが、今はどうだっていい!
後はエルを引き抜くだけだ!!
俺は渾身の力を振り絞り、エルを引き抜こうとした。
だが、身体に力が入らない。
その代りに口から大量の血を吐き出してしまう。
これは、まずいかな……?
「ライオット! このっ! やめて! ライオットが死んじゃう!!
イシヅカ、ライオットに向かってくる触手を狙い定めて!」
「にゃ~~~~~~~~~~~~ん!!」
どうやら、もう数本の触手が向かってきているようだ。
俺の身体が動かなく前に、エルを引き抜かなくちゃ。
頼む、俺の身体よ、もう少し俺に付き合ってくれ。
エルを……助けたいんだ……よ。
「あれ? ここはどこだ?」
突然視界が真っ暗になり、俺は何もない場所に放り出されてしまった。
いや、正確には『何も見えない』だ。
そこは闇が充満しているだけの奇妙な空間だったのだ。
「俺……何をしていたんだっけ?」
自分の身体の感覚を確かめようとしたが、何も感じることはできなかった。
まるで、自分の身体がなく魂だけがふわふわと浮いているような状態だと、
漠然に思っている自分がいた。
「俺は誰だっけ?」
この暗い空間にいると、段々と心細くなってきた。
自分が何者で何をしていたのかすら思い出せない。
「どうして、こんなところにいるんだろう?」
何も思い出せないまま、俺は無意識の内に闇の中を真っ直ぐに歩き始めた。
歩いているつもりで闇の中を進んでいる、と言っていいだろう。
どこまでも、どこまでも同じ光景しか見えないので、
歩いているというのも怪しいくらいだ。
どのくらい歩き続けたのだろうか?
一分? 十分? 一時間? それとも丸一日だろうか?
わからない、俺はなんのために歩いているのだろう。
焦燥感が俺を突き動かす。
こんなことをしている場合ではない。
だが、肝心のするべきことを思い出せないでいる。
その矛盾が俺を焦らせ、悩ませ、苛立たせた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
闇の中、どうしようもなくなり咆えるも、
全ては漆黒の闇の中に吸い込まれて消えていった。
俺もやがて、この底の見えない闇の中に消えてゆくのだろうか?
再び俺は歩き出す、自分のことも目的も思い出せないまま。
もう、どのくらい歩いたかわからなくなって来た時、
俺はどこよりも深い闇の中に、光り輝く小さな……小さな動物を発見した。
「こんなところに生き物が?」
俺はその小さな生き物に近付いた。
目を閉じ眠っていたそいつは、ゆっくりと目を開けた。
つぶらな目に輝くのは黄金の瞳だ。
俺は……この目を知っている気がする。
どこで見たんだろう?
『やぁ、やっと会えたね。
こうして、きみに会うのは初めて……いや、二度目かな?』
その小さな生き物は、光り輝く子猫だった。
いや、猫にしては少しばかり違和感を感じる。
「おまえはなんだ?」
『ぼく? ぼくは「きみ」さ』
その返事はまるで謎かけのようだった。
頭の悪い俺には少々手に余る。
「俺? おまえが?」
『そう、ぼくは「きみ」だ』
段々と頭が混乱してきた。
この子猫は何を言っているのだろうか? 俺は俺だ、子猫じゃない。
『いや、きみは「ぼく」だ。
きみは無意識の内に力を求め、『心の回廊』を独りで歩いてきたんだ』
そう言った子猫は俺に飛びかかってきた。
それを俺は慌てて『手』で受け止める。
「っ!? 手の感触が!」
『ここは「生と死の狭間」でもある。
ほら、見てごらん……きみの手を』
俺の手は傷付き血に塗れていた。
何故、このようなことに? 俺は何をしていた?
血に塗れた傷だらけ手がズキリと痛む。
その痛みが、靄のかかったような思考を打ち払ってくれた。
「そうだ、俺は……エルを救おうとして……!
なぁ、俺は死んでしまったのか?
まだ、やらなくちゃならないことが残ってるんだ」
光り輝く子猫は何も語らない、目を閉じ沈黙をとおしている。
それはまるで、俺を試しているかのようでもあった。
「俺は誓ったんだ! この拳に!
エルを、エルティナを護りとおすって!!」
そうだ、俺はこんなところで終わるわけにはいかない。
今、エルを助けれるのは俺しかいないんだ!
俺の心が熱くなってゆくのを感じた。
胸の部分が燃えるように熱くなってゆく。
「たとえ、この身が朽ち果てようとも、俺はこの拳に懸けて誓いを果たす!
それが、獅子の獣人として生れた俺の定めだからだ!!」
やがて、それは全身に行き渡り、失われた感覚を俺は取り戻すことができた。
胸が熱い、まるで胸だけが燃え盛っているかのようだ。
それだけじゃない、全身を溢れんばかりの『気』が巡っている。
こんな感覚は初めてだ!
『獅子の心、『ライオンハート』を覚醒させることができたようだね。
そう、ぼく達は最強たる『輝きの獅子』だ。
あらゆる困難にも、怯まず立ち向かう雄々しき者。
さぁ行こう、もう一人のぼく。
ぼくの名は……」
光り輝く獅子の子……いや、『もう一人の俺』の名を聞き届けた俺は、
エルティナを救うため、静かに深き闇から目覚めるのだった。