290食目 グラシの抜け殻
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
『エルティナ、ウォルガング国王がグラシの精神体の撃破に成功した』
桃先輩からそのような報告を受けたのは、
俺達がフィリミシア城から脱出し、光がほぼない闇の空を、
グラシの巨大な抜け殻を誘導しながら飛んでいた最中のことだ。
『あぁ、わかっている。
ヤツの悲しみと渇き、底の見えない絶望が途絶え、
そして、王様の深い後悔と願いが俺の魂に伝わってきた』
グラシのおこなってきたことは桃先輩から聞き及んでいた。
それらの行為は、決して許せるものではないし、許してもいけないだろう。
『俺は……グラシを許すことはできない』
『エルティナ……』
ヤツの作り出した生物兵器さえなければ、
ヤドカリ君は生きて俺達と同じ時を歩んでいたことだろう。
しかし、それはもう叶わない。
それが、とても悔しくて……とても悲しかった。
『それでも、俺はグラシを救おう。
俺は哀れな鬼を救う者、陽の力の戦士「桃使い」なのだから』
そうだ、俺は桃使い。
陽の力を行使し暗闇を切り払う戦士なのだ。
母を想うあまり、暗黒に堕ちてしまった男を断じて見捨てるわけにはいかない。
同じく母を大切に思っている者として……こいつを救う!
「があぁぁぁぁぁぁぁっ! えぇぇぇるぅてぃぃぃぃなぁぁぁぁぁぁっ!!」
執拗に大量の触手を放ち、俺達を捕らえようとするグラシの抜け殻。
流石にこの量は、いもいも坊やでも捌ききれない。
ムセルのも援護射撃をおこなってくれてはいるが、
使用武器がスナイパーライフルなので連射が効かないのだ。
『いもっ! いもももっ!?』
『桃先輩! 魔法障壁「タイプ・おなべのふた」!』
俺は鍋の蓋の形をした魔法障壁に桃力を纏わせて大量に作り出し、
いもいも坊やが捌ききれない触手を防ぐ。
甲高い音が鳴り響き、
『おなべのふた』の形をした魔法障壁は触手の攻撃を防いだのであった。
この『おなべのふた』は、攻撃を防ぐ範囲は狭いが、
魔法障壁を通常の五倍ほどに圧縮した、非常に特殊で強固な盾である。
着弾位置を予測しピンポイントで設置する、
非常にテクニカルな防御魔法なので、使用にはそれなりの才能が必要になる。
もちろん、設置や移動は桃先輩の担当だ(他力本願)。
『触手の威力が上がっている。
「おなべのふた」を以ってしても、三回程度を防ぐので限界だ』
桃先輩は触手を防ぎながらも、冷静沈着に触手の分析を進めている。
もちろん、脳内のタイピング音はひっきりなしに鳴り響いており、
既に騒音レベルの状態だ。
これはもう、訴訟レベルにまで発展する!(確信)
「ちゅん、ちゅん!!」
俺の頭の上に座っている、うずめの鳴き声! これは警戒を促す鳴き声だ!!
『エルティナ、いもいも坊や、上だ!!』
頭上には大量の触手が、空を覆い尽くすように集結していたのである。
うねうねと蠢く様は、見てはいけない物を見てしまったと後悔するレベルだ。
簡単に説明すると……超キモイ(訴訟レベル)。
「だぁぁぁぁぁぁっ!? 一斉に降ってきた!!」
俺は悲鳴を上げるハメになった。
予想どおり、空から大量の触手を振らせてきたのである。
今日は傘を持ってきていないのですがねぇ?(そういう問題ではない)
しかし、この触手の量はただ事ではない。
いもいも坊やの回避テクニック以前の問題だ。
回避スペースがなくては、どうあがいても回避しようがないからである。
『くそっ! 桃先輩!「おなべのふた」を一ヶ所に!』
『もう完了済みだ! これでも持つかどうか……!?』
俺が要請を言い終わる前に、
『おなべのふた』は桃先輩により、頭上に大量配備されていた。
流石は桃先輩である。
大量に作り出した『おなべのふた』であったが、
ガンガンと甲高い音を立てて次々と粉砕され、
あっという間に半分以下にされてしまった。
上空であるが故に、重力の影響を受け威力が上がっているのだろう。
これでは、後何秒持ち応えれるかかわからない。
『こうなったら、更に「おなべのふた」を……』
俺は大量の『おなべのふた』を次々に作り出すことによって、
触手の攻撃を強引に防ごうと思った。
『いもいも坊や! 高度を下げろ!』
『いもっ!? いもいももっ!!』
その時だった、桃先輩がいもいも坊やに高度を下げるように指示し、
それに従ったいもいも坊やが急に高度を下げたため、
驚いた俺は思わず「ふきゅん」と鳴いてしまったのだ。
俺が進化して成長を遂げていなければ、
出てはいけないものが出ていたところだぞ!(ぷぅ)
俺達の頭上を、桃色に光る光線が触手を飲み込みながら通り抜けていった。
この光は……魔導ライフル『モモビカリ』の光線か!?
「食いしん坊、大丈夫かい!? 援護するよ!」
桃色のGDに身を纏ったプルルが、
魔導ライフル片手に援護射撃をおこなってくれていたのだ。
ブースターを吹かしながら向かい来る触手を華麗にかわし、
次々と魔導ライフルで触手を撃破する姿は圧巻である。
くっ、俺もGDを纏えればそれくらい!(羨望)
「エル! 皆もこっちに集まってきている!
おまえを一人だけで戦わせたりなんかしないぜ!」
プルルと一緒に物凄い速度で走っていたライオットがその場に立ち止まり、
両手を合わせ裂帛の気合いと共に突き出した。
「いけ! 獅子の怒りよ!『獅子咆哮波』!!」
それに合わせ、彼の肩にしがみ付いていたツツオウも咆えた!
「にゃ~~~~~~~~~~~~ん!!」
ライオットの合わせた拳から竜巻のような衝撃波が放たれる。
それは多くの触手を巻き込み粉々に砕いてしまった。
なんという威力だ。
これがライオットが見つけた、自分だけの力というものなのだろうか。
俺の知らない間に、皆は成長を遂げていた。
この短い間に、各々が研鑽し努力を重ねてきたのだ。
「行っておくれ! 食いしん坊!」
「ここは俺達で足止めをする!!」
頼もしい仲間達に支えられ、
俺達は再び最終目的地『モウシンクの丘』を目指し羽ばたいた。
「ついてこれるな、ムセル!」
ムセルは親指を立て、その意思を示す。
ならば行こう、この戦いを終わらせるために!
「まぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
しかし、グラシの抜け殻の執念は、俺達の遥か上を行っていたのだ。
上からだけではなく、地面の下にも触手を敷き詰めていたのである。
『エルティナ! いもいも坊や! 回避っ!!』
「ふきゅんっ!?」
『いもっ!?』
不意打ちに近い形で地中より放たれた触手。
『おなべのふた』は上空に全て待機させていたため、
地上からの攻撃の防御には回せない。
ライオット達やムセルの攻撃によって少し数を減らしはしたが、
それでも大量の触手が俺に向かってきた。
「このっ……!? し、しまった!!」
俺は右足を触手に掴まれてしまったのだ。
どんなにもがこうとも引きはがせず、次々と触手が体に絡みついてくる。
いかん! このままでは、
十八歳以下が見られない光景が白日の下に晒されてしまう!(大ピンチ)
俺は抵抗しようと試みるも、
一瞬にしてグラシの抜け殻に取り込まれてしまった。
本当に一瞬だ。
カエルが空を飛んでいるハエを舌で捕食する感じで、
ひょい、ぱくっ、といった感じに食べてしまったのである。
俺はハエではなく、珍獣であると声を大にして言いたい。
俺は咄嗟に魔法障壁と桃力を全身に纏い、
鬼に消化されないように抵抗をする。
これで暫くの間は大丈夫だろう。
おっしゃ、反撃開始だ!
食われたからといって、俺に諦めるという選択肢はない。
俺の超絶破壊魔法を、きみにご馳走してやろうではないか(邪悪顔)。
「ユクゾッ!『ファイアーボール』!!」
し~ん。
……何故か発動しなかった。
これはいったい、どういうことなんですかねぇ?(苦情)
『エルティナ!
おまえに纏わり付いていた火の精霊達が、グラシに食われてしまっている!
この状態では『ファイアーボール』を使用できない!』
『なんだって!? 激烈大ピンチじゃねぇか!!』
これは予想外だった。
魔法とは精霊達の協力なくして発動しないのである。
それを精霊達を食べる、という方法で封じ込めるとはとんでもないヤツだ。
『くそっ! 魔法障壁を身体に纏って消化を防ぐのにだって限界があるぞ!』
このままでは俺の魔力と桃力が尽きてしまう。
なんとしてもここから脱出しなければ!
果たして、俺はこのうねうね地獄から生還することができるのであろうか?
とにかくキショイので早く出たいです。おごごご……(切望)。