29食目 移りゆく関係
俺が学校に行くようになって、五ヶ月経った。
そして、少しずつ周りの人々の関係も変わってきた。
まず、ビビッド兄とティファ姉が結婚した。
あの修羅場を、共に乗り切って恋愛感情が芽生えたのだそうだ。
それに……昔から少なからず、互いに気になっていたらしい。
「おめでとう! ビビッド兄! ティファニー!」
結婚式で見せた二人の姿は、
立派なタキシードと、美しいウェディングドレスであった。
仲睦まじく寄り添う二人を見て、
皆はこの夫婦が幸せな家庭を築くことだろう、と感じたそうだ。
もちろん、俺もそう感じた。
そして、妊娠したティファ姉の代わりに、
ビビッド兄が治療所のヒーラーとして勤務し始めた。
露店ヒーラーはしばらく、お休みするそうだ。
冒険者達は、大層嘆いたそうな……。
何故なら、露店ヒーラー達は安く治療してくれるからだ。
駆け出しの冒険者達は、治療費を節約したがる傾向にあるからな。
転生チート、フウタは自分の領地に帰った。
嫁さん達が出産ラッシュらしい。
リア充爆ぜろ(白目)
そして、我らがおっぱ……もとい、エレノアさんは……結婚した(血涙)
お相手は、なんと我らの勇者ブサメンこと、タカアキである。
ぎぎぎ……ブサメンなら諦めざるをえない!!
ちくちょう! 二人に祝福あれ!!(やけくそ)
なんでも、魔王討伐の時より付き合いは始まっており、
辛く苦しい時も互いを支えあったことが、ゴールインの決め手となったそうだ。
外見はアレだが、実直な性格だし……偶に暴走するが許容範囲だろう。
二人共、幸せにな!
そして、復帰組のデイモンド爺さん達は完全に引退して、
再び穏やかな生活に戻った。
俺は仕事の合間にデイモンド爺さんの家へ赴き、
彼に桃先生を食べてもらってる。
付き添いはネーシャさんだ。
デイモンド爺さんは……もう、長くないらしい。
やはり無理をしたツケが出てしまったようだ。
こればっかりは魔法でも、どうしようもない。
魔法は万能ではないのである。
「聖女様ぁ、そんな顔しねぇでくだせぇ。
自分で選びやりきった結果ですじゃ。
悔いなんてありゃしやせんでさぁ」
「でも……」
デイモンド爺さんにすまなく思い、つい俯いてしまう。
そんな俺の頭を、彼は大きな手で撫でて言った。
「聖女様ぁ、人は何かしら使命をもって生まれてくるんでさぁ。
ワシの使命は、ヒーラーとして人生をまっとうすること……
そして、それは達成されたんですじゃ。
誇りに思えど、悔いることはないんでさぁ」
「デイモンド爺さん……」
きっと、遠くない未来に彼との別れはやってくる。
でも……それまでは、彼からヒーラーとして多くのことを学びたいと思った。
この偉大な先輩ヒーラーから……。
ミランダさんは、アルのおっさんの思いを受け入れつつある。
やはり、いまだ前の亭主のことを引きずっているようだが……
後もう一押し、といったところだろうか?
うむ……アルのおっさんを呼び寄せて、最終作戦を発動するべきか?
いや、まだ早いか? ううむ……まずはそこから、アルのおっさんと話し合うか。
そして、デルケット爺さんが俺にクッソ甘くなった。
元々、甘かったのに更にだ。
何が原因だろう? 最近したことといえば……
「デルケット爺さん!
日頃、お世話になってるから『肩叩き』を奢ってやろう!」
と言って、彼の肩をトントンしてあげたくらいなのだが……。
肩叩きといっても、俺のはそこいらのガキンチョのものとは、わけが違う。
両手に『ヒール』を溜めて肩に打ち込み、奥まで浸透させることにより、
気持ち良さと痛みの治療を同時に行う『ハイブリッド肩叩き』なのだ!
で……原因だが、やっぱりわからん。
取り敢えず、この件は保留にしておこう。
そうしよう。
露店のおっちゃん達は、俺が店を覗きに来ることが少なくなって、
どうしたのかと心配していたようだったが、
俺が学校に通い始めたことを説明すると安心した顔を見せた。
「そういうことか~、心配してたんだぜ?
急に覗きに来る回数が少なくなったからよ」
「ふきゅん、心配かけてゴメンな!」
少し見ないうちに露店の料理メニューも色々と増えていた。
うむむ……侮れんな露店街! これでは、永遠に制覇できないじゃないか!!
というか、制覇させない気でいる!? くっ……なんと邪悪なっ!
俺は耳をピコピコ動かしながら、何を食べようかと迷うのであった。
◆◆◆
俺は一つの問題を片付けようと、ある家に向かっていた。
その場所は……エティル男爵家。
初代の生家である。
ゴタゴタが一段落し、行こう行こうと思ってたが……
いまいち踏ん切りがつかず、保留になってた件である。
環境が変わりつつある今、思い切って報告してしまおうというわけだ。
どのような結果に終わっても、受け入れるしかないが……
ちょっと怖い(痙攣)。
ネーシャさんに連れられ、フィリミシア北部に向かう。
二十分ほど歩き、フィリミシア城近くに建っているエティル家に到着。
着いた頃には日も暮れかけていた……。
男爵家にしては大きくもなく小さくもない、
質実剛健といった佇まいの屋敷だった。
門番らしき兵に、俺が訪ねてきたことを伝え、しばらくして家に招かれる。
応接間に案内され、当主であるヤッシュさんが来るのを待つ。
決して長くはないのに、異常に長く感じる。早く来てよ! 初代のパパン!
やがてドアが開き、当主のヤッシュさんが姿を現した。
赤い髪をオールバックにし、口にヒゲを蓄えガッチリとした
体躯の良い、中年のおっさん。
とってもダンディ。
勇者召喚の儀の時に、チラチラと見ていたので間違いなく本人だろう。
初代の記憶にある彼の姿とも一致している。
「これは聖女様、このような場所まで……」
「いえ、これはお……私が無理に希望したことなので」(痙攣)
それから……ちょっと間が空いた。
俺の頭が真っ白になったからだ。
おいぃぃぃぃぃっ! シミュレーションはバッチリだっただろうが!?
どうしてこうなった? どうしてこうなった!?(痙攣)
「エルティナ……私の末の娘の名前」
唐突にヤッシュさんが話を切り出した。
表情は険しくなっている。
「聖女様、貴女のことは……
デルケット最高司祭から、大よそのことを聞かされております」
ドキッとした。
デルケット爺さん、どこまで喋ったんだ……?
といっても、俺は殆ど彼に自分のこと教えてない。
ヒーラー協会のカードにフルネーム表示されてるから、
名前のことだけだと思うが……
「また……貴女が来るまでは、接触を控えるようにとも」
ヤッシュさんは少し間を置いた。
そして、俺の顔を真剣な目でみつめ、再び口を開く。
「貴女が来たということは、エルティナという名を……
エルティナ・ランフォーリ・エティルを名乗っている理由を、
教えてくれるためですね?」
俺は覚悟をもって頷いた。
ヤッシュさんも頷き、目をつぶり語り始めた。
「少し……昔のことを、お話ししましょう」
ヤッシュさんは初代が産まれた時のことから、
とある上級貴族に目を付けられ奔走していたこと。
次第に娘を構ってやれなくなって悩んだことを話してくれた。
「私は当時、家の存続だけを考え、
娘のことを考える余裕はありませんでした。
名前だけの男爵家ですが、大恩ある国王陛下から賜った地位です。
それを、むざむざと没落させてしまっては、
国王陛下の顔に泥を塗ることになると思っていたのです」
ふぅ……と、ため息を吐き、改めて顔を上げ俺を真っ直ぐ見つめる。
表情は更に険しくなり、眉間のシワは深くなる。
「娘が冒険者になると言った時も、『そうか』としか言ってやれなかった」
握った拳が震えている。
「エルティナが冒険者になって五年、
娘の噂は可能な限り、私の耳に入れていました。
とても優秀な速さでCランクに上がったと、良い仲間にめぐりあったと、
夢ができたと、好きな男ができたと……」
少し間を置いて、吐き出すように続ける。
彼の唇は震えていた。
「それからしばらくして……娘が死んだと聞かされました。
遺体は冒険者ギルドに収容され、確認のため私が赴きました。
何かの間違いであってほしいと願いましたが、
残念ながら、それは叶いませんでした。
間違いなく……私の娘、エルティナだったのです」
ヤッシュさんの唇は震え続けているが、
その理由が少し変わってきている。
悲しみから……怒りへと移ってきているようだ。
「娘の遺体は……酷い有様でした。
暴行を受けたのでしょうな、体中に痣や傷が残されていたのです」
彼の怒りが肌を通して俺に伝わってくる。
まるで噴火前の火山のようだ。
「それから私は、娘を殺した犯人を血眼になり探しましたが、
残念ながら手掛かりは掴めませんでした。
情報屋の話によると犯人の背後に、
どうやら例の上級貴族が絡んでいるらしいのです。
情報は規制され……娘の死は有耶無耶にされてしまいました!」
バンッ! と拳をテーブルを叩きつける。
拳からは血が流れていた。
「こんなにも、娘を愛していたと気付いたのは……死んだ後でした!!
やり切れない思いが、この数年間……私を苦しめた!!
犯人が憎い……憎いっ!! しかし、私にはもう手がない……!!
万策尽き、諦めかけようとしていた時……貴女は現れた。
娘の名を持った……聖女様に! 貴女は……いったい何者なのですか?」
私が語るべきことは終わりました。
といわんばかりに俺を見つめるヤッシュさん。
彼の話を聞き覚悟が決まった俺は、
初代との出会いから別れまでを、包み隠さず全て話した。
「そうですか……ありがとうございます。
あの子も、最期に貴女に出会えて……救われたことでしょう。
そして、アラン! 仇の名がわかっただけでも僥倖!!
必ず報いは受けてもらう……!!」
決意を新たにするヤッシュさん。
目には、ドス黒い炎が見えた気がした。
その目は復讐者の目、俺の心がチクリと痛んだ。
いや、それは本当に俺の心か? それとも……。
……そうだ、彼に渡す物があったんだ。
「ヤッシュさんこれ……」
俺は『フリースペース』から、
くたびれたクマのぬいぐるみを取り出し、彼に手渡した。
古い物だが、とても大切にされていたことがよくわかる。
何度も何度も、修繕した後が見て取れるからだ。
「こ、これは……!?」
クマのぬいぐるみを持った手が震えている。
「私が娘の入学祝いに送ったプレゼントです。
まさか、まだ持っていたとは……」
「彼女から遺言があります」
俺は継承した記憶から、
彼女の父親に対する記憶を引っ張り出し、
ヤッシュさんに伝えてあげた。
『親不孝な娘でごめんなさい。
でも、お父さんが大好きでした』
とてもシンプルな遺言だったが、その言葉に全てが込められていた。
俺にはわかるのだ、記憶や思いを継承しているから……。
そう、俺は……俺達は『エルティナ』なのだ。
だから、俺達は止めなくてはならない。
彼が……父が復讐者に堕ちてしまわないように。
初代……俺に力を貸してくれ……!
「でも、私のために敵討ちはしないでください。
私は冒険者なので覚悟はできてました。
こんな結果になったのは残念ですが……
お父様が自ら不幸になるのは本意ではありません」
この言葉は自然と口から出てきた。
まるで、初代が俺の口を通して喋っているかのように。
「エルティナ……」
ヤッシュさんは、この言葉を受け止め……静かに涙を流したのだった。
◆◆◆
ヤッシュさんに全てのことを話した俺は、
正式にエティル家を名のることを認められた。
認められた……認められた?
ふきゅん? どういうことなんですかねぇ?
何やら、いや~な予感がする。
「娘の全てを継承されたなら、当然……我が娘も同然。
いや、生まれ変わって帰ってきたともいえる!
これも天のお導き、今度は間違えない……絶対に!」
俺を『きゅっ』と抱きしめて、今は亡き娘に誓うヤッシュさん。
「さあ! これからは私を本当のパパと思って、
存分に甘えておくれっ!!」
ふきゅ~ん!?
この展開は想定外だった!!
いたた!? おヒゲを、ほっぺにスリスリしないで! 削れちゃう!
初代様っ、へるぷみ~!
『ごめんね』と初代に言われた気がした。
がっでむ。
「さあ! 家族を紹介しよう……あぁ、エルティナはもう知ってるね!
でも兄弟達は、生まれ変わったエルティナのことを知らないからね?
ふふ……きっと喜ぶぞぉ!!」
おごごご……どうしてこうなった! どうしてこうなった!?
ドアを破壊しそうな勢いで、俺を抱えて走り出すヤッシュさん。
そして、俺は思考を静かに放棄したのだった……(白目)。