表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第六章 進化
288/800

288食目 満たされぬ欲望

 ◆◆◆ ミレニア ◆◆◆


「城の外が見えた! もう少しだよ!」


 勇者サツキに導かれ、

 辛くもフィリミシア城の脱出を果たした我々が見たものは、

 暗雲が立ち込める暗い夜空であった。


「なんて、不吉な空なんだ」


 誰かがそう言った。

 その言葉に反応し、今度は恐怖が不安へと変化する。


 黒い雲に覆われた夜空。

 それは、まるで我々の行く末が

 救いのない死であることを示唆しているようであり、

 多くの要人達が力なく膝を突き、死人のような青い顔で、

 呆然と空を見上げていたのである。


 このような時こそ、希望を持たせるような出来事があればいいのだが、

 そのように都合良く物事はできてはいない。


 ……そう思っていた。


 突然の轟音と共に、フィリミシア城の北側が吹き飛んだ。

 そのあまりの出来事に、各国の要人達から悲鳴が漏れる。


 これは……いや、間違いない。

 あの子が、聖女エルティナがやったに違いない。


 その時、暗闇を切り裂くように空を羽ばたく虹の翅を持つ蝶を見た。

 いや、それは蝶ではない……フェアリー? 否、それも違う。

 何故なら、その者はフェアリーよりも遥かに大きかったからだ。


「おぉ! あれはいったいなんだ!?」


「人? それとも蝶か!?」


 その二つの答えは、正しく正解であり間違いである。

 何故なら虹色の翅を生やし闇を飛ぶ者の名は……。


「あれが、魂の蝶シャピヨンの翅……ミカエル達の報告は真だったのですね。

 シャピヨンの魂と一つになりし者、『聖女エルティナ』」


「ミレニア様……! 

 それでは、あの輝きを放っておられるのは、聖女エルティナ様なのですね?」


 私はブッケンドの問いに頷くことで答えた。

 その直後に、異形の存在がエルティナに導かれるように飛び出してくる。

 そのあまりに巨大で醜い姿に女性達から悲鳴が漏れた。


 そのような化け物相手でも、

 臆することなくあの子は力強く羽ばたき注意を惹き付け、

 化け物と化した哀れな男を城の外へと誘導する。


 あの子は私達を護るために、自らを囮にしたのだ。


「聖女エルティナ……あの姿こそ真のお姿なのですね」


「我々のために、その命を危険に晒してまで……」


「無礼を働いたこの私をも救ってくださるというのか!?

 これが……これが……! 聖女エルティナ!!」


 要人達は膝を突いたまま、聖女エルティナに祈りを捧げだした。

 絶望の中に生まれた希望……その効果は計り知れない。

 最早、エルティナが聖女であることを疑う者はいないだろう。


「信じなさい、聖女エルティナを……暗黒を切り払う奇跡の少女を」


 私もエルティナのために祈りを捧げる。

 これはいけないことであるが……

 教皇である私が『エルティナ』の無事を祈ったのだ。


「エルティナ、無事に戻ってくるのですよ」


 聖女ではなく、心優しい少女『エルティナ』の無事を……。




 ◆◆◆ ウォルガング ◆◆◆


「陛下、中央地区の制圧が完了しました。

 各地区とも同じく協力者達の力により制圧が完了いたしました」


 ヤッシュが中央地区の制圧及び、各地区の制圧完了の報告を告げてきた。

 昔といささかも変わらぬ忠義に心が熱くなる思いだ。


「うむ、ご苦労だった」


 ワシは言葉短だが労いの言葉を送るに留まった。

 それには理由がある。

 先ほどから引っ切りなしにワシ脳内に直接伝達が入ってくるのだ。

 それは伝令兵の報告ではない、桃先輩……トウヤ殿からの連絡だ。


 グラシが鬼に堕ちたことによる襲撃に始まり、

 次々と明らかになるフィリミシアの闇の部分。

 その全てがグラシによるものだったのだ。


『ガイリンクード君達の潜入捜査で判明したものです。

 証拠も押さえましたが……今となっては無駄となってしまいました』


『うむ……』


 勇者召喚の方法を漏えい、生物兵器の生産、麻薬の密売に人身売買。

 GGMグランドゴーレムマスターズでの騒動、竜巻の一件にまで加担しておった。


 グラシの母親の最期の頼みとあって、

 八歳の頃より今まで面倒を見てきたが……

 最早、堪忍できる範囲を遥かに越えておる。


 いったい何がいけなかったのか?

 グラシが望む物は可能な限り、全て与えてきたというのに。

 何故、グラシの心は歪んでしまったのか?


 ヤツがおかしくなってきたのは成人してからだった。

 ただの反抗期かと思ったが……そうではなかったらしい。


「陛下! こちらに向かってくる者が!」


「何……?」


 ワシは意識を引き戻し、

 こちらに向かってくるという正体不明の存在に気を向ける。


 それは黒い靄のような存在であったが、

 その靄がワシに強烈な殺意を向けてきたのだ。


「ウォル……ガン……グ……」


 その声には聞き覚えがある。

 当然だ、今しがたその者に対して思いを巡らせておったのだから。

 黒い霧に対し、ワシは感情を抑えることなく言葉を投げかけた。


「グラシ! そなたは何故ゆえ、このようなことをしでかした!?」


 黒い靄は次第に人の形を成してゆき、やがて見たことのある姿となる。

 その姿にワシは目を見開く形となった。


「何故……だと? 決まっておるだろう」


 その姿は……八歳の時のグラシの姿だ。

 坊ちゃん刈りで金髪碧眼の、

 優しい顔をしていた頃のグラシの姿がそこにあったのだ。

 この頃のグラシは心優しく甘えん坊でよく笑う、

 天使のように可愛らしい子であった。


 しかし、今は醜く顔が歪んでいる。

 その表情は怒りとも、苦しみとも、憎しみとも判別が付かない顔であった。


「貴様を亡き者とし、この国を手に入れる。

 そして、ウォルガング!

 貴様に追放された母上を、再びこの国にお迎えするためだ!」


「そなた……! まだ母のことを想っておったか!?」


 グラシの表情が変わった。

 それは怒りと執念の顔付。

 生半可な怒りや執念ではこのような顔にはならぬ。


「この三十余年……一刻も母上を忘れたことなどない!

 何故、優しかった母上が追放されなくてはならなかった!

 何故……ワシと一緒に追放しなかった!?

 富などいらぬ、地位などいらぬ!

 ワシは……ただ、母上と生きていたかった!

 なのに、貴様はワシをフィリミシアに閉じ込めた! 何故だ!!」


「グラシ……!!」


 ヤツの目からはボロボロと涙がこぼれておった。

 子供が感情を抑えきれずに流す涙と同じく、

 大粒の涙が今まで抑えていた感情と共に溢れ出していたのだ。


「女を抱いても母上の温もりには届かぬ、

 贅をつくした食事を摂っても満たされぬ、心が動かぬのだ!

 この三十余年……ずっと、満たされず飢え、渇き、苦しみ続けた。

 もがき、嘆き、失敗ばかりを積み重ねた。

 わかるか、ウォルガング? ワシの苦しみを、憎しみを、絶望を……!!」


 グラシの両腕がメキメキと音を立て変化し、

 歪で巨大な刃へと徐々に変化してゆく。

 それはまさに、憎しみが形を得たような形状であった。


「貴様を殺し、ワシは母上を取り戻す!」


「グラシ! それは叶わぬ……叶わぬのだ!!」


 ワシはここに至り、グラシに真実を告げることにした。

 これはグラシの母、エフシーヌに口止めされていたこと。

 しかし、こうなってしまっては仕方がない。


「そなたの母、エフシーヌは、そなたをワシに預けた後に息を引き取った。

 もうこの世にはおらぬのだ……!」


 ワシは包み隠さずエフシーヌとの全てのやり取りを、

 身体を震わせ狼狽するグラシに語り聞かせた。


 三十年ほど前、不治の病に侵されていたエフシーヌは、

 当時八歳だったグラシをワシに託し、

 自分を追放処分にしてほしいと嘆願してきたのだ。

 それは母親の子に対する愛情であった。


 その頃のエフシーヌは既に手の施しようがなく、

 余命幾ばくもない身であった。

 いかなる治療も意味をなさず死を待つばかりだったのだ。


 そんな母に母親にべったりだったグラシが母の後を追わぬように、

 自分が遠くに追放されただけにしてほしいと願い出たのだ。


「私が生きていると思っている内は、あの子も疎かなことはしないでしょう。

 どうか、どうかお願いいたします」


 エフシーヌに多くの借りを作っておったワシには、

 彼女の最期の頼みを断る理由などなかった。


 だが……それが裏目に出てしまったのだ。

 ワシは大人になれば、いつか理解してくれるだろう、

 と勝手に思い込んでしまったのだ。

 結果、グラシは取り返しのつかないところにまできてしまった。


 この子は……最愛の母のことを三十年もの間、

 ずっと思い続けていたのだ!!


「う、嘘だ! 嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 母上が死んでいるわけがない!

 どこまで、ワシをバカにすれば気が済むのだ!」


 グラシは絶叫しワシに向かって突撃してきた。

 その両腕の刃が、陣を照らす『ライト』の光で鈍く輝く。


「陛下っ!? 陛下を護れ!!」


 ヤッシュが親衛隊と共に前へ出ようとする。

 しかし、グラシとの決着はワシが付けなくてはならない。

 これは伯父としてのケジメじゃ。


「……下がっておれ」


 ワシはドゥカン・デュランダより渡された試作型魔導光大剣

『ラングステン』を起動させる。


 その刃のない黄金の柄から、ピンク色に光り輝く巨大な刀身が伸び、

 一振りの巨大な大剣となってワシの前に姿を見せた。


「グラシ! せめて親族である我が手で、母の下に送ってやろうぞ!

 それが、ワシにできる……せめてもの償いじゃ!!」


「ウォルガングゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


 ここにワシと、

 母を思うあまりに鬼に堕ちた哀れなグラシとの、

 最初で最後の一騎打ちが始まったのだった。

◆グラシ・ベオルハーン・ラングステン◆


14食目 召喚の儀で登場

ラングステン王国伯爵。人間の男性。38歳。

金髪碧眼でありオールバックの肥え太った男。

鬼となった今、鬼力の特性『分』を無意識で使用し、

精神と肉体を分離させている。

その際、精神は八歳の姿を取っている。

金髪碧眼、坊ちゃん刈りで白い肌、

天使のような笑顔の心優しい少年だったという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ