287食目 新たな鬼来たる
◆◆◆ ブッケンド ◆◆◆
「ミレニア様、こちらへ」
異形の魔物が徘徊する変わり果てたフィリミシア城の通路を、
我々は各国の要人達を護衛しながら移動をしていた。
「ブッケンド、私のことは最小限の護衛で構いません。
……死ぬことができませんからね」
ミレニア様の事情は良くわきまえている。
彼女に仕えて、もう四十年を越えようとしているからだ。
ミレニア様とは長い付き合いであり、
友人のように接してくる彼女に手を焼くこともある。
「そういう問題ではありません。
私はエルティナ様に『お任せください』と言ってしまったのです」
いくら死なないからと言っても、傷を負えば痛みを感じるそうだ。
つまりは死なないだけで、死ぬほどの激痛は感じるということである。
「あら、そうでしたね」
彼女は出会った頃と変わらない笑顔を私に向けた。
それは嬉しくもあり、悲しくもあった。
彼女は『祝福』によって死ぬことができない。
彼女は永遠に愛する者達を見送る側なのだ。
永遠に老いず、永遠に死ぬことができない。
彼女は言った『私は魂の牢獄にいる』と。
「ブッケンド、それでも他の者の安全に気を配りなさい。
彼らは……『死ぬことができる』のですから」
「……はっ」
護衛に付くのは元から要人達の護衛の任に就いていた、
それぞれの国の騎士達であるが、私が見たところ多少は腕が立つ程度であり、
これといって突出した能力のある者は見受けられない。
……いや、これは私の見方が悪いのだろう。
皆、十分過ぎるほど強いのだから。
異形の魔物達相手でも優位に戦えている。
私が誤った見方をしてしまったのは、
この国の騎士達と、私達を誘導する才能溢れる少年少女達のせいだ。
「皆さまこちらでございますわ! 落ち着いて行動してくださいまし!」
「私達が護ります! 慌てないで移動してください!」
クリューテル・トロン・ババル。
我がミリタナス神聖国の男爵、クリスライン・トロン・ババルの息女だ。
彼女が先頭に立ち、我々を導いているのである。
今の彼女の勇敢な姿をクリスラインが見れば、
感動のあまり男泣きをすることだろう。
国に戻った時の話の種になるというものだ。
「く、クリューテルさん、い、嫌な気配が、す、するんだなっ!」
オークの少女が息を切らせながら、彼女に警戒を促すよう忠告する。
私もこの嫌な気配を先ほどから感じ取っていた。
これほどまでに、いやらしい気配を放つ者がこの世にいるのであろうか?
「ミレニア様……お気を付けください」
「ブッケンド、この気配は……異様です」
ミレニア様も感ずいていたようだ。
油断なく周囲を観察している。
私も気配は感じてはいるのだが、肝心の位置が特定できないでいた。
かなりの手練れか、それとも……。
「誰っ!? 姿を見せなさい!」
クリューテル嬢が闇の向こう側に潜む者の存在を察知した。
そこにあるのは『闇』だけであったが、
その闇こそがどうやら異様な気配のもとであるようだ。
私もその存在に気が付き、いつでも攻撃を繰り出せるように身構えた。
ここには、なんとしても守らねばならない方が大勢いる。
これは骨が折れる仕事になりそうだ。
「ひゃはは、気の強いお嬢ちゃんだなぁ? 嫌いじゃないぜぇ」
その男はぬらりと闇から姿を現した。
まるで暗闇から産み落とされたがごとく現れたのだ。
紫の短い縮れ毛に、薄い眉毛、吊り上がった目には青い瞳。
人をバカにしたような表情を常に保っている貧相な小男。
身なりだけは豪華にしているが虚勢であろう。
黒に金色の魔法使いのローブを纏っているが似合っていない。
そのような男が、ひたひたとこちらに近付いてきた。
見た目だけ見れば、身形だけを整えた弱そうな男に見える。
しかし、この男から放たれる力はそれらを全て否定していた。
「俺の名はマジェクト・エズクード、
おまえらに、わかり易い説明をしてやろう。
俺は『鬼』だ、わかったろう? じゃあ、死んでくれよなぁ!?」
その狂った笑みを見た瞬間、
護衛達がマジェクトと名乗った男に攻撃を放った。
その攻撃は全てマジェクトに命中したのだが……。
「おい、おい、せっかちな連中だなぁ? 俺と楽しもうぜ、なぁ……?」
その男はまったくの無傷であった。
原因はわからないが、こちらの攻撃が届いていないことは確かである。
我々の放った攻撃が当たる瞬間、
赤く輝く光となってマジェクトに吸収されてゆくのを見たからだ。
「こ、攻撃が効いていないだと!? どうなっているんだ!!」
狼狽えた護衛の一人が、ロングソードでマジェクトに切り掛かった。
それに対し、鬼とも名乗った男は、
身動き一つ動かさないでその刃を受け入れる。
……いや、正確には受け入れてはいない。
切りつけたロングソードの半分が綺麗になくなっていたからだ。
「つまんねぇ攻撃してんじゃねぇよ」
半分になった自分の得物を見て驚愕する護衛の顔を、
マジェクトは貧相な手で貫いた。
まるで薄い紙に突き入れるかのように容易くおこなったのだ。
「はっはっは、脆いなぁ人間は」
痙攣し血を撒き散らす護衛を投げ捨てる。
彼は残念ながら即死であった。
しかし、同情している余裕はない。
次に彼のようになるのは、我々かもしれないのだから。
「も、桃の加護が効いていないですわ! これが……本物の鬼!!
今のわたくし達では、攻撃手段がございませんわ!」
「そりゃあ、残念なことだ。まぁ、安心しなぁ。
じわじわとさぁ、いたぶり殺してやるからよぉ?」
再びゆっくりと我々に近付いてくるマジェクト。
我々には攻撃手段はない、じりじりと後退するしかないのだが、
残念なことに引くわけにもいかない。
エルティナ様がフィリミシア城の一部を爆破すると通達したらしく、
我々は外に避難しなくては爆発に巻き込まれる可能性があるのだ。
我々には、時間があまり残されてはいない。
こうなれば……玉砕覚悟で私が突撃をして道を開くしかないか。
「待ちなさい、ブッケンド」
「ミレニア様っ!?」
私が覚悟を決めた時、突如として天井を突き破って一組の男女が落ちてきた。
そして、落ちてきた巨漢の男はマジェクトに対して、
『右手』で張り手を繰り出したのだ。
その張り手による衝撃波がマジェクトに襲いかかるも、
残念ながら結果は我々と同様であった。
「あぁ? 効かねぇって言ってんだろうが? 誰だ、てめぇ?」
「ふむ、なるほど……あなたは鬼ですね?」
天より降ってきたのはラングステンの勇者タカアキと、
ミリタナス神聖国の勇者サツキであった。
「勇者タカアキ様だ! 勇者サツキ様までいるぞ!」
「よかった、これで我々は……」
要人達から安堵の声が漏れた。
きっと、彼らは我々の窮地に感付いて駆け付けてくれたのだろう。
だが、攻撃手段がなければ無意味になってしまうのは否めなかった。
やはりここは身を犠牲にしても時間を稼ぎ、
ミレニア様だけでも流さねばならないか。
「サツキさん、ブッケンドさん、彼らのことをお願いします。
相手が鬼であるならば……少し、『本気』を出しましょうかねぇ」
その瞬間、彼から有り得ない力を感じ取った。
その力は普段、彼が持ちうることがない力だったからだ。
いや、持っていてはいけない力だ。
「え……タ、タカアキ様?」
その変貌ぶりに、サツキ様ですら驚きの声を上げる。
我々の知る勇者タカアキは、決してそのような力を放ったりしないからだ。
「あぁ? おまえ……まさか、俺に攻撃が通じるとでも思ってんのかぁ?
俺達鬼と対等にやれるのは桃使いだけだ!
ただの人間が舐めてんじゃね……げぼろぉっ!?」
マジェクトが話を終えることなく吹き飛んだ。
タカアキ様の『左手』によって繰り出された張り手の衝撃波が、
鬼であるマジェクトに届いたのである。
「さぁ、行ってください。
今の私の姿は……あまり見せたくありません」
勇者タカアキから放たれる力は、間違いなく負の領域に組みするものだ。
いったい彼は……。
「タカアキ様……」
サツキ様は彼に手を伸ばそうとしたがそれを強引に止め、
己の頬をピシャリと叩き真っ直ぐ我々の方に向き直った。
「城を脱出するよ! 僕に付いてきて!」
そう言うと、サツキ様は城の壁を強力な拳の拳圧により破壊し、
外までの脱出通路を強引に作り出してしまった。
呆れた能力に要人達も開いた口が塞がらない様子である。
「タカアキ様! 信じています!!」
それだけを言い残し、サツキ様は先頭に立ち我々を導いた。
それに対し、タカアキ様は無言であったが、
その大きく雄大な背中で以って返事としたのだった。
◆サツキ・ホウライ◆ 197食目 集いし強者達で登場。
『風鳥旅団』のリーダー。人間の女性。14歳。
カサレイムのトップを競う有名PTを率いる天真爛漫な女性。
ショートカットの黒い髪と茶色の瞳を持つ、
中肉中背のどこにでもいるような少女。
実はミリタナス神聖国の勇者。