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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第六章 進化
282/800

282食目 嫌な汗

 ◆◆◆ トウヤ(桃先輩)◆◆◆


 パーティー会場に出現したグラシ撃破から三十分ほど経過した。

 各地区からの生物兵器の撃破報告が、

 俺の居る桃アカデミー第一リンクルームに伝わってくる。


 一早く生物兵器の駆逐が終了したのは東地区であった。

 この地区には、それほどまでに強力な戦力が滞在していたのであろうか?

 だが、エルティナに話を聞けば、そこにいるのは大半が農家の人々である、

 との答えが返ってきた。


『この世界の最強クラスは『農家』なんだぜ』


 耳を疑うような答えが返ってきた。

 通常に置いて、『農家』は戦闘クラスではない。

 精々、農具を手にして無駄な抵抗しかできないのが相場だ。

 そんな人々が、強力な生物兵器を相手に勝てるとは思えないが……。


「はい、トウヤ少佐。にが~い、コーヒーですよ~。

 休める時に休んでおいてくださいね?」


 共に同じ部屋で働くトウミ少尉が、気を利かせてコーヒーを淹れてくれた。

 彼女のコーヒーは香りは良いが、とにかく苦いことで有名だ。


「あぁ、ありがとう。トウミ少尉」


 俺はさっそくコーヒーに口を付けた。

 やはり、彼女の淹れたコーヒーは物凄く苦かったのだが、

 そのお陰で少しばかり重たくなってきていた思考が軽くなった気がする。


 エルティナを信じないわけではないが、

 どうも農家の人々が生物兵器に勝利する姿が思い浮かばない。

 このまま、もやもやした気持ちで作戦を進めるのは良くないだろう。


 東地区に居るのは……リンダ君か。

 よし、彼女の視覚とリンクして、どういうことか確かめてみよう。


 俺はソウルリンクを済ませているメンバーの視線を、

 桃アカデミー第一リンクルームのモニター画面に映し出した。




『ハイパー・クワ・バスター!』


 モニター画面にはクワを持った農家の人々が、

 生物兵器を蹂躙している画像が映った。

 クワによる一撃で、頭部をトマトのごとく潰される異形の大男。


『アルティメット・カマ・スラッシャァァァァァッ!』


 中にはカマを生物兵器に投げつけ、

 次々と頸を刈り取ってゆく農家の方々もいる。

 俺はその光景に、飲んでいた苦いコーヒーを思わず吹き出してしまった。


「わぁぁぁぁぁっ!? トウヤ少佐、どうされたんですか!?」


「げほっ、げほっ! す、すまない……ちょっとしたアクシデントだ」


 普通の農家の方々は断じて、このような戦闘能力は有していない。

 この世界の農家の方々は、明らかに異常であった。


 農具を掲げ、生物兵器を追いかけ回す農家の方々。

 悲鳴を上げて逃げ惑う異形の姿の生物兵器達。

 通常であれば、生物兵器に恐怖の感情はないはずなのだが……。


『がははははは!

 俺達を殺したければ、ドラゴンを纏めて百匹は連れてこい!』


『そぅら、止めだ! デッドリー・コヤシ・バースト!』


 その言葉を最後に、俺はモニター画面をそっと閉じた。

 休憩をしていたはずなのに、ドッと疲れてしまったのは何故だろうか?


 ただ一つ言えること、

 それは……『こんなの農家の方々じゃない』ということだろう。


『ふきゅん!? どうした桃先輩! おしっこでも漏らしたのか?』


「いや、そのようなことはない」


 エルティナが狙っていたかのようなタイミングで、

 俺のとどめを刺そうとしてきた。

 長年の付き合いなので、このタイミングで来ることはわかっていた。

 よって、心構えさえできていれば、この程度のことは問題なく対処できる。


『ウォルガングじゃ! 中央地区と南地区の制圧が完了した!』


 中央地区と南地区の生物兵器の駆逐の完了報告がきた。

 上手い具合に制圧が進んでいっている。

 この分ならそれほどの被害にはならないだろう。

 俺は見事な活躍を見せたウォルガング国王を労った。


『ときにトウヤ少佐。誰ぞ鬼と遭遇したとの報告はあったか?

 こちらには一体もおらなんだ』


『いえ、そのような報告は……』


 俺はウォルガング国王の報告に嫌な汗をかくことになった。

 確かに鬼と遭遇したとの報告はない。

 しかし、補足している小鬼の数は減っているのだ。


 中央地区は広い地区だ。

 小鬼の一匹や二匹は居てもおかしくはないし、

 現に中央地区に居た小鬼の反応はなくなっている。


 だが、彼の言うとおり、

 鬼と遭遇したとの報告は現段階では一切入っていない。

 そして、鬼の反応が残っているのは……このフィリミシア城を含む北地区だ。


 先ほどから嫌な汗が止まらない。

 もしかしたら、我々はヤツらにおびき出されて、

 戦力を分散させてしまったのではないだろうか?

 しかし、グラシにそのような知性が残っているとは思えない。


 俺は慌てて鬼の目撃情報を集めるべく、西地区に居るダナンに連絡を取った。


『ダナン君! そちらで鬼と遭遇した者はいるかっ!?』


『うわわっ! トウヤさん!? いえ、西地区では報告は入ってません!

 鬼より怖い家族が暴れているだけっすよ! だぁぁぁぁっ! 危なっ!!』


 ダナン君の報告により嫌な予感が現実になりそうであった。

 このままではいけない、どうにかして原因を探らねば。


 俺が思考を巡らせていたその時、

 警告音と共にモニター画面に軍服を着た巨大な猿の姿が映し出された。

 彼こそが桃大佐であり、俺達桃使いを陰から支える偉大な人物である。


『こちらは、総合作戦指令室の桃大佐だ!

 トウヤ少佐、現在、小鬼の数が減っていると思われるがどうか!?』


「はっ! 現在、小鬼はその数を減らし、

 北地区に僅かな数が存在しているのみです。

 また、生物兵器は既に殲滅状態であり、

 スラム街から発生しているゾンビの群れも、

 ヒュリティア君が彼女の姉と協力して、

 駆逐していっているもようであります」


 そう、戦況はこちら側に優位な状況である。

 にもかかわらず、嫌な汗が流れて止まらない。


『エルティナの状態はどうか?』


「はっ! 現在は桃力残量が七十パーセントほど、

 魔力、体力共に高い状態を維持しております』


 どうやら、嫌な予感は的中したようだ。

 そして、桃大佐はこうなることを予想して、

 エルティナをここに残したのだろう。


『ふむ、少々桃力が心許ないな……

 しかし、「まともな桃使い」は彼女しかおらん。

 やってもらわなければな』


『まともな桃使い』がエルティナだけ?

 それはどういう意味だ……?

 カーンテヒルの桃使いは、エルティナだけだったはずだが。


「桃大佐、それはどういう……」


 俺が桃大佐に確かめようと訊ねた瞬間、

 フィリミシア城が揺れ始めた。


 地震か!? ……いや、違う。

 現在は地震は発生してはいない。

 ならば、この揺れはなんだ!? 自然な揺れ具合ではない!


『時間がない……トウヤ少佐、その地震は新種の鬼が、

 フィリミシア城の地下で融合をおこなっているために起こっている現象だ。

 この鬼は地下に潜伏していた他国のスパイ達や生物を取り込み、

 通常のサイズよりも遥かに巨大化している。

 このままでは、フィリミシア城を倒壊させる恐れがあるため、

 きみ達は急ぎ鬼の下へ向かい、これを撃破、

 もしくは城の外へと誘導してほしい』


「はっ! 了解いたしました! これより行動に移ります!」


『もしも、撃破が困難な場合はフィリミシア北にある、

「モウシンクの丘」へと誘導せよ。

 そこであれば「協力者」が、きみ達に力を貸してくれるはずだ。

 それでは健闘を祈る!』


 桃大佐はそう言い残し、モニター画面から姿を消した。

 状況は非常に切迫している、

 エルティナには、もう少し桃力を回復してほしかったが……致し方あるまい。


「エルティナ、緊急事態だ」


 俺はエルティナに桃大佐からの指令を告げると、

 彼女はその指令に驚くことはなく、至って冷静に事情を受け止めた。


『ふきゅん、そんな予感はしていたぜ。

 足元から嫌な気配がビンビン伝わってきていたからな。

 桃先輩、俺はいつでもいけるぜ』


 やはり、エルティナは成長し続けている。

 いや、これはもう進化と言ってもいいだろう。

 以前のエルティナであれば、慌てふためいて俺に叱られていたはずだ。


『皆、聞いてくれ。

 現在、このフィリミシア城の地下に小鬼達が集まって融合しているらしい。

 俺はこれから、その鬼を退治しに行ってくる』


 エルティナの話を聞いた中年男性の一人が慌てて止めに入った。

 彼はエルティナの魔法障壁を目撃して腰を抜かした人物だ。


『な、何を仰いますか!?

 貴女様は聖女である上に『魔法障壁の新たな可能性』を示した偉大なる御方!

 そのような危険な魔物は騎士団に任せればいいのです!

 貴女様の命は、他には代えがたいものなのですぞ!!』


 彼の説得は至極まともであった。

 確かに聖女であるエルティナの命は軽いものではない。

 しかし、これはエルティナの怒りを誘う説得方法である。


『それは違うさ、命に価値の違いなんてないんだ。

 全ての命は等しく価値があり大切なものだ。

 だから、俺はその命を護るために行く。

 俺にしかできないことがあるのさ』

 

 エルティナは怒ることなく、彼に優しく諭した。

 これも、以前であれば激怒していた案件だっただろう。


『しかし……しかし!』


 それでも中年の男性はエルティナを引き留めようとした。

 だが、エルティナの強い決意を持った瞳を見ると、

 言葉が続かなくなってしまたようだ。


『……心配してくれて、ありがとな。

 大丈夫、必ず鬼を「救って」戻ってくるからさ!』


 エルティナはそう言った。

 きっと笑顔で言ったのだろう。


 エルティナの前世である桃吉郎は、いつもそういうヤツだった。

 ……あの日までは。


 エルティナのその言葉を聞き、

 気圧される者、祈りを捧げる者、呆れる者といった、

 さまざまな反応を要人達は示した。


 命を突け狙う敵を『救う』とエルティナは言ったのだ。

 まともな思考の持ち主が聞けば、「正気かと?」思うことだろう。


 しかし、そういうことを平然と言ってのけ実行するのが、

 陽の力の申し子たる『桃使い』なのだ。


『いくぜ、ルドルフさん、ザイン! 鬼退治だ!』


 桃力に溢れる輝夜を掲げ、エルティナは鬼討伐を宣言したのであった。

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