281食目 囮
◆◆◆ マフティ ◆◆◆
俺達が駆け付けた南地区では、とてつもなく凄惨な光景が広がっていた。
本当に目を覆いたくなるような地獄がそこにあったのだ。
定食屋の親父さんに襲いかかったハゲ筋肉ダルマの生物兵器が、
逆に親父さんに腕を掴まれ、民家の壁に叩き付けられた。
その反動で生物兵器が親父さんに向かってバウンドしていく。
「烈空螺理圧倒!」
おやっさんは跳ね返ってきた筋肉ダルマの首目掛けて、
回し蹴りを叩き込んだのだ。
ぐしゃりと鈍い音がし、
続いて筋繊維がブチブチと千切れるような音がした後、
毛の一本もない生物兵器の頭が、
筋肉隆々の胴体と永遠の別れを交わした。
なにこれ怖い。
「わたし、いるかぎり、ここ、あんたいね!
あんしんする、よろし!」
彼は定食屋『脚芽瑠躯螺津知』の店主、ラウ・ミェン・マウさんだ。
ひょろっとして痩せ過ぎた身体をしているのに、
どこにそのような力が秘められているのだろうか?
そして、惨劇を生み出しているのは彼だけではないのだ。
ここで商売をしていた店主達が、
襲ってきた生物兵器達を逆に襲っていたのだ。
「くらえぃ! ハンバーガーデストロイ!」
「四十八の隠し味の一つ! 牛丼バスターじゃい!」
「トンコツ・クラァァァァァッシュッ!!」
「ひゃっはー! この巨大串をケツにぶち込んで、丸焼きにしてやるぜぇ!」
次々と店主達の餌食になる生物兵器達。
そう……逃げ惑うのは住人ではなく、生物兵器の方であったのだ。
何を隠そう、この露店街に店を構える店主達の大半は『元冒険者』である。
竜巻の一件に置いて、朽ち果てた町と店を見て深い悲しみを覚えた彼らは、
その殆どが己の腐抜けた肉体と精神を鍛え直していたのだそうだ。
それにしたって、これは酷過ぎる。
この生物兵器はそこまで弱くないはずだ。
彼らはどこまで自分を鍛え直したのだろうか?
戦っている店主達は全員、
軽くAランク冒険者くらいの実力を持っているのではないかと思われる。
はっきり言って、俺達よりも強いのではないだろうか?
「なぁブルトン、俺達来るところ間違えたのかなぁ?
これじゃ、手を貸す余地がないぜ」
俺は隣に立っているオークの少年、ブルトン・ガイウスにそう話しかけた。
彼は難しい顔をして何かを考え込んでいるようで、
俺の声が聞こえていない様子である。
「どうしたんだよ、ブルトン?」
「おまえら……ここに来るまでに鬼を見たか?」
ぼそりと彼は低い声で確認してきた。
ブルトンの言葉に嫌な予感が鎌首をもたげて、
ぬるぬると近付いてくるような錯覚を覚えてしまう。
確か桃先輩は『小鬼』が五十体は居ると言っていた。
しかし、ここにたどり着くまでに、
一体も遭遇していないのはおかしいのではないだろうか?
「いやぁ、姿形も見てねぇな。
まさかとは思うがよぉ……下か?」
ゴードンが地面を指差し苦笑いをした。
このフィリミシアには上下水道が敷かれており、
下水道はかなりの広さになっているので、
人くらいのサイズなら余裕を持って通行できる。
俺達は互いの顔を見て、暫く沈黙してしまった。
「……やられた! ヤツらは下水道に居たんだ! フィリミシア城に戻る!」
そう言うや否や、ブルトンはフィリミシア城に向かって走り出す。
俺とゴードンも慌てて彼の後を追い走り出した。
「ブ、ブルトン! なんでフィリミシア城に向かうんだよ!
直接下水に入って小鬼を叩けばいいじゃねぇか!」
「それでは遅い!
きっと小鬼達は、既にフィリミシア城に向かっているはずだ!
ここで暴れている連中は全てが囮に違いない!」
だとしたら、小鬼や生物兵器の親玉は相当に頭が切れるヤツだ。
俺達の戦力を分散させて、
一気にフィリミシア城を制圧しようとしているのだから。
「でも、なんで鬼がフィリミシア城を制圧しようとしているんだよ?」
俺の問いに答えたのはゴードンだった。
「けけけ、城が狙いじゃねぇな。
どちらかといえば……食いしん坊だろうぜ」
「……だろうな。
陽の力を察知して、引き寄せられている可能性もある」
ゴードンとブルトンは鬼の狙いが、
エルティナであると目星を付けているようだ。
確かに桃使いと鬼は戦う宿命にあると聞くが、
フィリミシアの町に出現した鬼が本当にそうなのだろうか?
別の目的があったりはしないのだろうか?
いや、今はそんなこと考えている暇はない。
一刻も早くエルティナの下に向かわなければ。
「皆に連絡は!?」
「……俺は走りながら『テレパス』を使えん」
「けけけ、俺も『テレパス』は苦手だぜ」
実は俺も『テレパス』は苦手なので走りながらの使用は無理だ。
よって出た結論は……。
「よし、わかった! とにかく急げっ!」であった……。
◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆
スラム街の奥でゾンビが大量発生したと聞き、
私は真っ直ぐにスラム街を目指した。
ここは酷く不便で貧乏な人々が住む場所であるが、
私の帰る場所があり、見知った仲間達が多く住んでいる。
スラム街に住む人々の殆どは力のない者ばかりだ。
身体を壊して普通に働けないものや、行く当てのない老人、
身寄りをなくした子供達が多く住んでいる。
スラム街の最奥は犯罪者達の巣窟となっていたので、
ゾンビの大量発生により綺麗にお亡くなりになっていればいいが、
それに巻き込まれて、罪もないスラムの住人が死んでしまっては困るのだ。
何故なら……このスラムに住む者達は、私の家族同然なのだから。
「……フォリティア姉さん!」
「あら~、ヒュリティア? どうしたの?」
三体ものゾンビを、巨大なツヴァイハンダーで纏めて切り伏せた姉が、
この場に似つかわしくない呑気な返事を返してきた。
「……スラム街にゾンビが大量に出現したって聞いたから、
こうして駆け付けてきたの。
被害はどれくらい出てるの? 皆は?」
「うふふ、貴女は心配性ねぇ。大丈夫よ、みんな無事だから。
ホルスート隊長とグレイ君が奥に突入したから、
もうすぐ全部片付くと思うわ」
ホルスートさんとグレイさんか……。
二人とも姉さんの同僚とは聞いていたが、
そこまで腕が立つとは思わなかった。
ゾンビが大量に発生したとはいえ、
スラムの奥には生き残っている犯罪者達がいるかもしれない。
それらも纏めて始末するとフォリティア姉さんは言っているのだ。
「だから、私達はここでゾンビ達が、
これ以上先に行かないように食い止めておかなきゃ……ね?」
そう言ったフォリティア姉さんは、
腰にぶら下げていたフランキスカという投擲斧を、
のろのろと現れたゾンビに向けて投げつけた。
その斧はゾンビの頭に命中し破壊した後、
そのまま突き抜けて、
後続のゾンビの頭を吹き飛ばし民家の壁に突き刺さった。
我が姉ながら、とんでもない馬鹿力だ。
現在の姉は、『武器の移動倉庫』のような状態になっている。
腰にフランキスカ三つ、両太ももにダガーが三本づつ、
小手に付いているのは投擲用の鉄の串だろう。
それが十本、それが両腕にあるので……つまりは合計二十本。
豊満な胸に巻き付けてあるのは、
チェインメイルではなくチェーンウィップだ。
更には頭の飾りも苦無を重ねて作ってある。
『フリースペース』が使用できない私達黒エルフの装備は、
やはり重装備になってしまうのだ。
特に近接戦闘ではなく遠距離攻撃が得意な者は、
このように装備がかさ張ってしまう。
その分、身体能力が高いのでこれだけの装備でも、
動きが鈍くなることはないのだが。
しかし、フォリティア姉さんは重量のことも計算に入れているようで、
身に着けている防具といえば……緑色のビキニであった。
はっきり言って、それは防具とは言えず、
攻撃に当たらないことを前提とした装備である。
他には肘当てと膝当てを着けているだけだ。
「……うん、わかったわ。ここでゾンビの侵攻を食い止める」
幸いにもここの広場を通り抜ける以外には、
皆の居るスラム街に繋がる道はない。
この広場は犯罪者と、貧困者の住む場所を隔てる境界線であるのだ。
私達は迫り来るゾンビを駆逐しつつ、
ホルスートさんとグレイさんの帰還を待つのであった。