279食目 惨劇の夜
◆◆◆ ユウユウ ◆◆◆
桃先輩からモモガーディアンズに出撃命令が出た。
それは、イコール好き勝手に暴れても良いということだ。
とは言うものも、ここは私の生まれた町であり、
更には思い出が多い場所である。
尚且つ、私の帰る場所があるのだ。
流石に派手に暴れるわけにはいかない。
私の場合は軽く殴っただけで建物が倒壊する恐れがある。
建物だけならいいが、それが人だった場合は大変なことになるので、
私としても慎重にならざるを得ないというわけだ。
でも、東地区なら大丈夫かもしれない。
だって、あそこは最強の農家達が住んでいるのだから。
私が暴れて仮に農家の人を殴ってしまっても、
笑顔で「仕方がない子だ」と言って許してくれるだろう。
事実、その程度では農家の人々は倒せない。
彼らは何か異様な能力を持った者達ばかりだ。
彼らと喧嘩ができるのであれば、
私の渇きも少しは癒されるかもしれない。
そればかりか、運命の人に出会う可能性だってある。
よし、決めた。
東地区で暴れましょうか。
だって……。
「クスクス……こんなものじゃあ、私は満たされないのよ」
フィリミシア城正門に押しかけていた、
緑色のゴリラのような奇妙な魔物達はまるで歯応えがなかった。
軽く引っ叩けば頭が吹っ飛び、軽く蹴りを入れれば胴体が切断されてしまう。
こいつらは、見掛け倒しで弱い者しか襲えない張りぼての怪物達だ。
私が期待していた『鬼』とやらもいない。
門の前には、八体ほどの魔物の死骸が転がっているに留まった。
「ありがとう、助かったよ!」
そう言ったのは負傷した十人の市民を、
たった二人だけで護っていた門を預かる重装備の衛兵だった。
私が見るところ、彼らの力量はなかなかのものだ。
負傷した市民を護りながらでなければ、
私がここに来る前に戦いは終わっていただろう。
やはり、門を預かるだけあって彼らは強い。
魔物も半分以上は彼らが仕留めたものだ。
歳は二十歳前後だろうか?
彼らのその顔には、まだ幼さが残っていた。
「クスクス、気にしなくていいわ。
もしも、お礼がしたいなら……私と一勝負ということでもいいのよ?」
「う……流石に、それは勘弁願いたいな」
相手の実力を見抜く確かな目も持っている。
なるほど、門番にはうってつけの人員ね。
「まぁいいわ、もういくわね? さぁ、東地区で暴れるわよ!」
私がバラをかたどった真紅のドレスを翻した時、
門を預かる衛兵から声が掛かった。
「お嬢さん、東地区はもう怪物達の駆逐が終了した!
仕事帰りの農家達が、鉢合わせた怪物達を瞬く間に全滅させたらしい!
行くなら西地区の方に向かってくれ!」
あぁもう! ここで、もたもたしている内に片付いてしまった!
あわよくば、農家の方々と喧嘩もできたかもしれないのに!
でも、悔しい感情は顔には出さない。
強者は多少のことで感情を露わにはしないものだから。
だから私は、すました顔で事もなく告げた。
「あら、残念……仕方がないから西地区にでも行くわ」
と言っても、既に終わっている可能性は高い。
だって、西地区にはパパとママがいるのだから。
こういったくだらない魔物の気配を感じ取った瞬間、
パパとママは嬉々として狩りに出かける。
フィリミシアはこのような事態は滅多にないのだが、
それでも十年前に一回だけ魔物が町に侵入してきたことがあったらしい。
竜巻の時は運悪く、
二人とも旅行に出ていてフィリミシアにいなかったけれども、
今回は二人ともこの町にいるのだ。
この騒動を見逃すはずがない。
残る南地区だけど……
まぁ、あそこも戦力が揃っているから問題なさそうね。
露店街の住人は全てが元冒険者で、竜巻の一件以来、
再びそのなまくらになった肉体を鍛え直している者が大半だという。
今では『戦う露店商』と異名を持つほどの者が大半になった。
現在の露店街で無銭飲食や窃盗をおこなった者は、
ほぼ確実に血祭りに挙げられるそうだ。
中央地区には、騎士団達が向かったらしいから私の出番はないだろう。
寧ろ王様に見つかったら、お小言の方が厄介になる。
やはり、素直に西地区に向かうしかないようだ。
やってきた西地区には、やはり想像どおりの光景が広がっていた。
バラバラに切り刻まれた死体や、
ぐちゃぐちゃになり原型を留めない死体があちこちに転がっていたのだ。
やはり、殺し方に性格が表れるのだろう。
「おや? ユウちゃん、どうしたんだい?
こっちには『退屈な』魔物しかいないよ?」
私から離れた位置にいたパパが、
魔物の頸を素手で綺麗に刎ね飛ばした。
切り口から吹き出す大量の鮮血。
でも、既にパパはそこにはおらず、音もなく私の隣に立っていた。
「ほら、見てごらん。綺麗だろう?
僕はこの光景がとても好きでねぇ……
でも綺麗に首を刎ねないと見られないんだよ」
月に照らされた吹き出す鮮血は、とても綺麗で幻想的ですらあった。
その光景に、私は思わずため息を漏らしてしまう。
「はぁ……とても綺麗だわ。パパ、いつか私もできるようになりたい!」
そう言うと、パパは眼鏡の奥の目を細めて笑い、
私の頭を優しく撫でてくれた。
パパからは、いつだっていい香りがする。
返り血など一滴も浴びていないからだ。
「あぁ~! ユウユウずるい~! パパ、私もなでなでして~!」
そう言ってママが巨大なこん棒を振り回して駆け寄ってくる。
途中に魔物が邪魔をしてくるが、ママが手に持つこん棒で軽く殴られると、
『パン』と破裂音がして魔物は粉々に砕け散ってしまった。
なんとも脆い魔物だ。
当然、ママは返り血を大量に浴びてしまい、
月明かりに照らされた美しい褐色の肌が、
ぬらぬらとした赤い血で艶めかしく輝く結果となる。
「わわっ、ママ。もう……返り血を浴び過ぎだよ。
でもまぁ……その姿のきみも素敵だけどね」
「えへへ……だってぇ」
パパに頭を撫でられているママの顔はだらしなくふやけていた。
これはいつもの光景であり、
違うことといえば、血の臭いが充満していることくらいである。
「おやおや、追加がやってきたぞ?
家族の団欒に水を差す悪いヤツらだね」
パパは何も知らずにやってきた哀れな獲物を敏感に察知した。
そいつらはパパの言葉の後に、暗闇からぬるりと姿を現したのだ。
しかし、姿を現したのは面白くないことに、
ここに転がっている肉塊達と同じ種類の魔物であった。
禿げ頭の大男で何故か全裸だ。
その両手には指ではなく巨大な爪が代わりに生えていた。
その数、三十体程度。
「あら~? あらあら、おかわりが来たわね。
あっ、そうだ! 折角だし、誰が一番やっつけれるか競争しましょう!」
ママが手をポンと合わせて競争しようと提案してきた。
我が母ながら、とても素敵な提案をするものだと感心する。
ならば先手必勝だ、私が数を稼ぐにはこの方法しかない。
「うふふ、面白そうね! 負けないわよ!」
そう言って、私は魔物達に襲いかかった。
響き渡る魔物達の悲鳴、骨が砕ける音、
吹き出す鮮血が私を赤く染め上げてゆく。
やはり、私はママに似過ぎてしまったらしい。
「あ~ん! ユウユウ、まだ『よ~いドン』って言ってないわよ~!?」
「ははは、ユウちゃんらしいじゃないか。
よ~し、パパも、がんばっちゃうぞ~」
少し遅れてパパとママも参加してきた。
悲鳴を上げて逃げ惑う魔物ども。
彼らの『惨劇の夜』は、まだまだ始まったばかりだ。
さぁ、逃げなさい、怯えなさい、竦みなさい。
そして、何もできないまま無様な姿を晒し、哀れな最期を遂げるのよ!
こうして、カサラ家総出の『狩りの時間』が始まったのであった。
◆ ユウゼン・カサラ ◆
人間の男性。32歳。魔導器具技師。
灰色の髪を短く纏めている。
眼鏡を付けていて鋭い目をした、痩せ気味で背の高い優男。
瞳の色は緋色。肌は雪のように白い。
かつて凶暴なオーガの部族をたった一人で殲滅した実績を持つ。
現在の職に就く前は『忍者』だったという。
ユウユウ・カサラの父親。妻と娘を溺愛している。
◆ ユウリット・カサラ ◆
オーガの女性。27歳。主婦。
緑色の長い髪。垂れ目で紫色の瞳。肌の色は褐色。
非常に器量が良く、ユウユウは目以外ユウリットにそっくりである。
体格は人間の女性と変わらないが、
脂肪の奥に秘められた筋肉が人間とは比較にならない物になっている。
ユウゼンが滅ぼしたオーガの部族の唯一の生き残り。
彼とは三日三晩死闘を繰り広げ、結局は決着はつかなかった。
後にユウゼンと結婚し、ユウユウを出産する。