278食目 仲間を信じよ
「なぁ、桃先輩。少しばかり思ったんだけど……」
俺はつい先ほどまでグラシが居た空間を見つめながら、
気になった点を桃先輩に訊ねようとしていた。
『少し待て……何? グラシに酷似した鬼が現れた?
そんなはずはない、
今しがたパーティー会場でグラシを撃破したばかりだぞ?』
とんでもなく、いや~な予感がする内容の会話が脳内に聞こえた。
まさかと思うが……いや、たぶん俺の訊ねようとした内容と被るだろう。
俺が倒したグラシは、あまりにも弱く……呆気なさ過ぎたからだ。
鬼の執念とは、あのようなものじゃない。
必死さが希薄過ぎたのだ。
それが俺に違和感を与え続けていた。
「桃先輩、まさかと思うが……俺達が倒したグラシは『小鬼』か?」
相変わらず俺の頭の中では、
桃先輩のタイピング音がひっきりなしに響いている。
もう聞きなれた音ではあるが、今日はまた一段と激しい。
「あぁ、今確認作業を終えた。
俺達が倒したグラシは、ヤツの分裂体だ。
一応は『小鬼』の分野に入るが『黄泉の光』を使う分、
危険度はかなり高い。厄介な相手だ」
桃先輩はこの場に居る全員に聞こえるように、
俺の口を使って説明をした。
やはり、俺の姿から出る男の声に慣れないのか、
眉を顰める人々の方が多かった。
「分裂体か……倒せば倒すだけ、本体を弱体化できるというわけか?」
「そうとも言えるが……『黄泉の光』を使用してくる分、
リスクの方が遥かに高まる。
ここは我々で本体を直接叩く方がいいとは思うが……」
桃先輩の考えは俺達による本体撃破のようだ。
確かに、『黄泉の光』を封じることができるのは俺しかいない。
仮に『黄泉の光』を垂れ流されたら、直接攻撃は至難の業だ。
遠距離攻撃も威力が半減されてしまうだろう。
桃先生の大樹の加護がなければ、一切攻撃が届かなくなるのが恐ろしい。
普通に戦えば、それほどまでに絶望的な敵なのである。
「桃大佐だ。諸君らは指示があるまで、その場にて待機せよ」
ここにきて、桃大佐からの命令が入った。
時間を掛ければ被害が大きくなるのに、待機とは何事であろうか?
「しかし……桃大佐、
時間を掛ければ復興途中のフィリミシアが甚大なダメージを被ります。
ここは早急に本体の撃破を提案いたします」
「まぁ聞け、トウヤ少佐。
我々が新種の鬼を解析した結果、分裂体は全てが『小鬼』であり、
そして本体であることが判明した。
つまり、分裂体を全て撃破しなければ、
残った分裂体が本体として復活してしまう。
今作戦に置いては『小鬼』の全滅も勝利条件に含まれるということだ」
なんという厄介な鬼なのだろうか?
最早、嫌がらせの域に達している。
要するに、何がなんでも敵を全滅させろというわけだ。
「今回の作戦は『モモガーディアンズ』の力を推し量るには打って付けだ。
諸君らの仲間を信じよ、彼らはきみ達が思っているよりは弱くはない。
これから先、仲間に頼る機会は増えていくことだろう。
仲間を信じることもまた、リーダーとして備えなくてはならないことだ」
「ふきゅん……わかったよ、桃大佐。
俺は仲間を信じて、ここで待つ」
俺の言葉に桃大佐は言葉にはしなかったが、
喜んでいるような口調で話しかけてきた。
「うむ、そうだ。
リーダーは時として厳しい決断をしなくてはならない。
自分だけが先走ってはいけないのだ。
エルティナ……『真なる約束の子』よ、この世界のことを頼む」
また『約束の子』という単語が出た。
しかし、桃大佐の言い方だと『生贄』とは違ったニュアンスだ。
それに『真なる』と頭に付いている。
いったい『真なる約束の子』とは、なんなのだろうか?
「エルティナ、桃大佐の指示が出るまでここに待機だ。
その間に失われた桃力を補充しておけ」
「わかったんだぜ」
桃先輩の指示に従い、失われた桃力を補充することを決意する。
つまりは……美味しい食べ物を食べるということだ。
幸いにも、この会場には豪華な料理がわんさかとある。
桃力を補充するには好都合な環境なのだ。
「皆、聞いてくれ。
俺は皆の力を信じて、ここで待機することに決めた」
このやり取りに難色を示したのはザインであった。
だが、難色を示した部分は命令内容ではなく、
桃大佐が『真なる約束の子』のことを知っているという点である。
「桃大佐とは何者でござるか?
『真なる約束の子』は、カーンテヒル内でも限られた部族と家系にしか、
伝えられていないはずでござる。
それを、異世界の……しかも、桃使いが知っているとは」
それに答えたのは桃先輩だ。
しかし、その口調に僅かな違和感を感じた。
彼と長い付き合いである俺には、
そのほんの僅かな違和感を敏感に感じ取ることができたのである。
「うむ、俺も詳しくはわからないが……
どうやら、我らが桃使いの神より上位の存在の分身体のようなのだ。
どういういきさつで、桃アカデミーにおられるかはわからない。
ただ一つ言えることは、彼は我々の味方で信頼に値する人物だということだ」
違和感の正体は、
桃先輩は嘘と事実を混ぜて説明していることだ。
もう長い付き合いだ、彼の嘘を見抜くことなど容易い。
でも、桃先輩は意味もなく嘘を吐くことはない。
吐くのであれば、それには理由があるのだ。
現段階で教えてくれない理由……
それは俺達がまだ弱く、未熟であるからに違いない。
何かを知る際には、それなりの力を持っていなければ、
危険なことが往々にしてあるからだ。
その強さとは知識であり、肉体的な強さであり、精神的な強さである。
たま~に、運が必要にもなるが……。
桃先輩が言っている嘘は、桃大佐の正体がわからないという点だろう。
実際に桃大佐の姿を見ているであろう彼が、わからないはずがないのだ。
いきさつの方は本当にわからないのかもしれない。
そして本当のことは、桃大佐が信頼できるという点だろう。
これらから考えを纏めると……
桃大佐は、なんだかよくわからないけど、
『頼りにしてもいいお爺ちゃん』ということになる。
なんだ、まったく問題ないな!(短絡的)
「そうだな、桃大佐はただの『もの知りお爺ちゃん』なんだぁ……。
ザインは考え過ぎなんだぜ」
「し、しかしっ! いえ、出過ぎたマネをいたしました」
そう言ってザインは引き下がった。
だが、それは納得いってのものではなく、
これ以上は俺の家臣として出しゃばり過ぎると判断したのだろう。
にしても……ザインは『真なる約束の子』について何か知っていそうである。
後で根掘り葉掘り聞き出してくれるわ!(暗黒微笑)
「とにかく、今は襲撃に備えてくれ。
ルドルフさんの治療もしないとな」
「すみません、まさか盾を砕かれるとは思いませんでした」
そう言う彼であるが、
寧ろあの猛攻を防いでいたこと自体が凄いことなのだ。
無数のキショイ触手を一本たりとも俺に近付けさせなかったのだから。
「予備の盾はあるのかい?」
俺はルドルフさんの治療をおこないながら訊ねた。
彼のケガが、軽い手首の捻挫と数ヶ所の打撲のみであったのは、
その堅牢な重鎧のお陰だろう。
ただし……『桃の加護』がなければ、
ただの張りぼてになってしまうのだが。
「えぇ、予備は十個ほどありますので問題ありません」
あり過ぎだ(呆れ)。
しかし、彼の役目は俺を護ることなので、
予備の装備品を多く持つことは重要なことなのだろう。
だが、よく聞いてみると、
十個もあるのは盾のみで鎧や剣は一つしかないという。
その極端な備えは、いったいなんなんだ?(白目)
「エルティナ、俺はリマス王子の様子を見てくる。
城内にも多くの敵が侵入しているみたいだ。
おまえさんはここの確保を頼む」
「うん、わかったんだぜ。オオクマさんも気を付けて」
オオクマさんは血で汚れた上着を脱ぎ捨て身軽になると、
リマス王子の下に駆けていった。
鍛え上げられた肉体が眩しい。
そして、その肉体には数多くの傷が刻まれていた。
四十代になろうというのに、まったく衰えがないように見える。
決して『うほっ、いい体!』といったものではないので、
くれぐれも勘違いしないように(厳重注意)。
さぁ、俺も次の戦いに備えよう。
俺の備え? そんなもの食べることに決まってるじゃないですかやだー!
ようやく、ゆっくりご飯が食べられるんだ!
もう、邪魔するんじゃないぞっ!(グラシ)
俺は桃力の補充のために、もりもりと料理を口に運ぶのであった。