274食目 進化
辛くもムー王子の猛攻をしのいだが、
その結果……俺の精神力は非常に危険な領域に突入しようとしていた。
即ち、禁断症状が発症しかけている。
大声で意味もなく叫びたい。
ふきゅんと鳴きたい。
遠目に見える豪華な料理を貪りたい。
などなど、やってはいけないことが頭の中を駆け巡り始めていたのである。
俺はこれに対して、残り少ない理性を総動員して抑えつける。
欲望を撒き散らすミニ珍獣達と、
それを抑えつけるミニ珍獣達の熾烈な戦いが脳内にてくり広げられていた。
だが、きみらに一つ言いたい。
「ふきゅん、ふきゅん」と大声で鳴きながら戦うんじゃない。
俺も鳴きたくて我慢しているんだから!
すると彼らは小声で「ふきゅん」と鳴きだし、
戦いも小規模でしょぼいものへと変わってしまった。
もうただ単に、もこもこと集まってじゃれついているようにしか見えない。
「苦戦していますね、聖女様」
苦笑いして声を掛けてきたのはフウタだ。
彼は今回エルタニアの領主として招かれている。
もちろん、俺の警護も兼ねているのだ。
そして、彼を謁見の中盤に据えることで、
俺の精神力を回復させる狙いもある。
「うん、酷いものだ。
謁見がここまで疲れるとは思わなかった」
「ですが、まだまだ中盤です。
残りも気を引き締めてまいりましょう」
俺にそう注意を促すと、彼は一人の女性と少年を紹介してきた。
「私の正妻と息子です。以後、お見知りおきを」
どうやらフウタの奥さんと息子らしい。
話には聞いていたが会うのは初めてである。
「ロリエッテ・エルタニア・ユウギと申します。
いつも夫がお世話になっておりますわ」
奥さんの名はロリエッテといい、
紫色のロングヘアーを頭の上で団子状に纏めて花飾りで纏めていた。
瞳の色は赤紫色。凄く綺麗で上品な女性だ。
薄紫のドレスも非常に似合っている。
「クウヤ・エルタニア・ユウギと申します」
フウタの息子はそう武骨に名乗った。
どうも彼は雰囲気が固い。
親であるフウタは礼儀正しいが、
どこか緩い部分があって堅苦しい部分が強調されないことに対して、
クウヤはがっちがちに堅苦しい部分が目立っていた。
外見は親であるフウタにそっくりである。
つまりは美形で文句の付け所がない。ふぁっきん。
ただ、瞳の色だけが母親であるロリエッテさんの特徴を受け継いでいた。
短髪でほっそりとしているが、がっしりとした肉体である。
年の頃は俺と同世代くらいだったはずだ。
きっと、彼もまたチート能力を持っているに違いない。
「エルティナ・ランフォーリ・エティルです。よろしく」
俺は無難に挨拶を済ませることにした。
フウタとかかわっている限り、
ここで根掘り葉掘り彼らのことを聞かなくても、
また機会はあるだろうと思ったのだ。
「……あの、何か私に付いて聞くことはありませんか?」
だが、クウヤはそうは思わなかったらしい。
少し焦った感じで聞いてきたのだ。
「今はありません。それに……また、すぐに会えますよ」
「……! は、はいっ! 失礼しました!」
どうやら、納得してくれたようだ。
彼を安心させるためにした営業スマイル(0円)も効果を発揮したようだ。
「聖女様、あまりクウヤを翻弄しないでください。
息子は私ほど器用ではありませんので」
「そのようだ。素直で好感が持てるな」
俺の言葉に苦笑いで礼を言い、ユウギ一家は俺との謁見を終えた。
冗談抜きで、クウヤとは長い付き合いになりそうだと思った。
そう感じさせる雰囲気を彼は纏っていたのだ。
「彼がクウヤ・エルタニア・ユウギか……。
強力なライバルといったところかな?
もちろん、僕は負けるつもりはないよ!」
「何故、そういう発想に?
エド……少し落ち着いてほしい。まだ先は長いのだから」
「ご、ごめん、エル」
やはり、エドワードがクウヤに対して敵意を剥き出しにした。
エドワードは少し落ち着くべきである。
普段は思慮深く大人しいヤツなのに、
俺がかかわる行事に出席すると途端に変貌する。
困ったものだ。
さぁ、ここからが正念場だ。
この擦り減った精神力がどこまで持つか心配だが、
俺は必ずやり遂げなくてはならない。
その後、なんとか謁見をこなしてゆく。
エドワードもようやく本来の役割を果たし始めてくれたので、
スムーズに事が運んでいった。
しかし、謁見も終盤に差し掛かったところで問題が発生した。
ティアリ王国の要人との謁見中にそれは起こったのだ。
ティアリ王国からは第一王子のリマス王子、
そしてベルトーム統括大臣が出席していた。
リマス王子は五歳だという。
青い短髪に青い瞳、優しい顔立ちに、もやしのような身体だ。
性格も大人しく臆病なところが見える。
彼は問題がない、問題なのは彼に付き添っているベルムート統括大臣だ。
彼は禿で太っていて、いやらしい顔つきをしていた。
いかにも悪い大臣を形にしたような男だったのだ。
そいつは謁見の作法も知らないのか、
無茶苦茶なことを発言したり、要求したりしてきた。
「我がティアリ王国にこそ、貴女は居るべきなのです」
「私はラングステンの聖女なのですが?」
俺の答えに露骨に顔を顰める。
何故こんなヤツが大臣になれたのだろうか? ……げせぬ。
「貴女は騙されているのですよ!
本来は我がティアリ王国が世界の中心なのです!
この程度の国に、貴女を扱えるわけがないでしょう?
お望みでありましたら、
我が国の戦力を以ってそれを証明いたしましょう!」
頭が痛くなってきた。
こいつは本気で言っているのだろうか?
ラングステンにはタカアキやフウタを始め、
魔族戦争を生き抜いた一騎当千の兵達がいるのに。
「我が国には勇者を始め、
フウタ・エルタニア・ユウギ男爵や勇敢な兵が沢山おります。
無謀なことはお止めください」
「我がティアリ王国には『闘神ダイク』がおります故、
いささかの心配もありませんよ。
勇者ごときでは、闘神に勝てるわけもございませぬ!
ぐわっははははははははははっ!」
あぁもう、こいつの笑顔をグーで殴りたい。
でも、我慢しなくてはいけないのだ。
俺の目の前で狂ったように笑っている男は、とても正気とは思えない。
彼の目の前にラングステン王国の王子が居るのに、
よくもまぁそれだけのことが言えるものだ。
恐らくは『闘神ダイク』の存在が、
彼にここまでの態度を取らせているのだろうが、
闘神とはそこまでの存在であるのだろうか?
果たして、タカアキよりも強いと本気で思っているのだろうか?
珍しいことにエドワードは何も言い返さない……あ、違う。
首を刎ねるための準備動作をしている。
エドワードほどの能力であれば、素手で首を刎ねることなど容易いのだ。
この間、巨大な丸太を素手で切り裂いていたのを見たし、
間違いなくやってのけてしまうだろう。
これはまずい、このままでは『惨劇はこの後すぐ!』になってしまう。
なんとかしなくては……!
「はぁ~? 随分と偉くなったもんだな、『デブ』ムートさんよ」
「だ、誰だ! ワシをその名で呼ぶのは!!」
緊張が高まる中、無謀にもベルムート統括大臣を侮辱する言葉が出た。
その男はゆっくりとベルムート統括大臣に近付き……
その大きな拳で彼の顔面を殴りつけたのだ。
「ぷぎぃっ!?」
殴られた彼はもんどり打って転がってゆき、壁に激突して止まった。
陥没した鼻から溢れ出る血が、彼の着ている豪華な白い衣服を赤く染める。
「よぉ、少し遅くなっちまった」
「オオクマさん!?」
ベルムート統括大臣を殴り飛ばしたのは、
フィリミシアの商店街でクリーニング店を営む元冒険者、
オオクマ・シイダであった。
その鍛え上げられた肉体は四十代になっても健在である。
竜巻の件で功績を残した彼は同じくトスムーさんと共に、
俺の誕生パーティーに呼ばれていたのだ。
「お、おのれ! ワシに手を上げれば『闘神ダイク』が黙っておらぬぞ!!」
「へぇ、じゃあ連れてこいよ。連れて来れるのであればな?」
オオクマさんはベルムート統括大臣を挑発する。
やがて、ベルムート統括大臣はオオクマさんの顔を見て、
自らの顔を青ざめさせた。
「な、何故おまえがここにいる!?『ダイク・オオシマ』!」
「ははっ、惚れた女に振られたからさ。
とっとと帰りな、ここはおまえが来るような国じゃねぇよ」
白いタキシードに身を包んだオオクマさんは、
床で無様に震えているベルムート統括大臣を見下していた。
ベルムート統括大臣はふらつきながら立ち上がり、
「覚えておれよ」と吐き捨てて逃げていった。
しかも、『一人』でだ。無責任にもほどがある。
取り残されたティアリ王国の王子は、
わけもわからずに震えているだけだった。
「いやぁ、すまねぇな。
思い出したくもねぇ顔見知りが、アホみたいなことをしてたもんでよ?
ついつい、殴っちまった」
「いえ、助かりました。
最小限の被害で事が済んだようですから。
でしょう? エドワード」
「……やっぱり、バレていた?」
てへぺろをして誤魔化しても無駄だ。
もしもの時は、俺があのアホを殴っていたところだったんだぞ?
「でも、オオクマさんが『闘神』って、本当なの?」
「昔の話さ、昔のな……
いや、しかし似ているな、姫さんにそっくりだぜ」
オオクマさんはさりげなく話題を変えてしまった。
震えているリマス王子の下に赴き、
彼と目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「私の名オオクマ・シイダ。貴方の母君に昔仕えていた者です。
リマス王子の身柄は私が引き受けましょう。
どうか、ご安心ください」
「貴方がオオクマ殿ですかっ!? 母よりこれを預かっておりました!」
リマス王子がオオクマの名を聞いた途端、
絶望の表情から希望に溢れた顔つきになった。
そして、懐から古びた懐中時計を取り出しオオクマさんに手渡した。
その懐中時計を手にしたオオクマさんの表情が強張る。
このような表情の彼を見るのは初めてだ。
「『ティアリの誓い』ですか……何故、私にこれを?
これはティアリ王国の国宝にして、国王の証ではないですか」
「噂は真であったか」
王様が静かに歩み寄ってきた。
その顔は厳しい表情だ。何かを知っているに違いない。
それを肯定するようにリマス王子が頷く。
「父と母は殺されました。
私は子供だという理由で殺されずに済みましたが、
政治に利用するために生かされております」
リマス王子の目からは止めどもなく涙がこぼれている。
それは悲しさと悔しさからくるものだろう。
彼は力なき自分を呪っているようだ。
彼の言葉に会場の要人達が騒めき出す。
突然の衝撃発言に、流石の百戦錬磨達も動揺を隠せないようであった。
「オオクマ殿……いえっ!『闘神ダイク・オオシマ』様!
どうか、どうか! ティアリ王国を再び御救いください!
私には国を救う力はございません。
私では苦しむ民を救えないのです……!」
弱冠五歳。
幼き王子が土下座をしてまでオオクマさんに懇願したのだ。
彼のその姿を見て、オオクマさんは悲しい顔をした。
「リマス王子……いや、リマス!
王になるべき者が簡単に頭を下げるんじゃねぇ!」
次の瞬間、オオクマさんは彼の頭にげんこつを落した。
リマス王子は「いたっ!?」と悲鳴を上げて顔を上げる。
「おまえさんは立派だよ。
自分のことよりも民のことを第一に考えている。
……俺に王は務まらねぇさ」
そう言って、『ティアリの誓い』をリマス王子に返した。
「悪いな、エルティナ。
急用ができた、暫らく店は閉店するぜ」
「オオクマさん……行くつもりなのですか?」
オオクマさんは、ただ頷いて返事とした。
その顔に秘めた決意は、並々ならぬものだと感じとれる。
でも、かつての闘神の力はもうないのではないのだろうか?
竜巻の件で協力してくれた時も、そこまでの力はないように思えたが。
「国王陛下……」
俺は王様に声を掛けた。
なんとか、オオクマさんに協力してあげられないか聞くためだ。
「みなまでいうな……わかっておる。
『オオクマ・シイダ』よ、そなたに僅かながらの兵を貸し与えよう。
表立って協力はしてやれぬ……許せ」
「ありがとうございます、国王陛下。
必ずやティアリ王国を救ってみせましょう」
そのやり取りを見ていた各国の要人達が動き出した。
今の内に恩を売っておこうという策だ。
ティアリ王国はレアメタルの一大生産国である。
中にはティアリ王国でしか発掘されないレアメタルも存在するのだ。
それを恩を売ることによって、
安く輸入できるようにしようと目論んでいるのだろう。
こうして、オオクマさんは大きな戦いに身を投じることになった。
俺は応援しかできないが、どうか無事に帰ってきてほしいものだ。
『エルティナ、急いで俺を召喚するんだ!』
俺の誕生パーティーがグダグダになりかけていた頃、
桃先輩に魂会話で話しかけられた。
その声には焦りの色が含まれている。
いったい、どうしたというのだろうか?
『どうしたんだ桃先輩? 焦っているようだけど』
『フィリミシアに鬼が出現した!』
桃先輩のその言葉に、俺から冷たい汗が流れだす。
まさか、桃先生の大樹があるフィリミシアに、
鬼が入ってこれるとは思わなかったのである。
「おいでませ! 桃先輩!」
緊急事態だ! もうお淑やかな聖女を取り繕っている余裕はない!
俺の小さな手に光が集まり、未熟な桃が姿を現す。
「エルティナ、身魂融合だ!」
「応! 身魂融合!!」
俺は初代聖女の服を脱ぎ捨て下着姿になった。
いちいち、着替えてもいられないからである。
その俺の姿に、各国の要人達は目を丸くした。
当然、王様は天を仰いでいる。
やはり、俺にはお淑やかに繕うことなど無理だったのだ。
俺が許しても、天が許してはくれないのだから。
俺は桃先輩をたいらげて身魂融合を果たす。
『ソウル・フュージョン・リンクシステム起動。
シンクロ率八十九%、システムオールグリーン。よし、いける……ん?』
桃先輩が疑問の声を上げた瞬間であった。
俺に桃色の光が集まりだし、俺の中に入り込み始めたのだ。
これはいったい……!?
ぴこぴこ! でっで、でっで、でっで、でっで……。
妙な機械音が俺の頭に響く。
いったい何が起こっているんだ!?
その瞬間、俺は眩い光に包まれた!!
「ふきゅ~ん!!」
『おめでとう!
「エルティナ(幼女)」は、「エルティナ(少女)」に進化した!』
鳴き声と共に光を吹き飛ばし、俺は進化を果たした。
頭の上には半透明のプレートが出現し、
俺が進化したことを告げる文章が表示されている。
「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
会場にいた俺を除くほぼ全員が同じ言葉を口にした。
まぁ、そう言ってしまうのも無理はない。
実際に俺も言いそうになってしまたのだから。
「こ、これは……力が溢れる! これが進化というものか!?」
俺の体は劇的な成長を果たした。
身長が伸び、あのちんちくりんの幼女形体から脱却したのである。
身長は百三十センチメートルは超えているだろう。
手足も伸び、エドワード達と遜色のない身体つきになった。
何よりも自分の思うように体が動く。
今までは体が少し遅れて反応していたのに、
成長した体は遅れることなく正確に反応してくれる。
そして、何よりもその膨大な桃力の量だ。
俺の魂で荒れ狂っている恐るべき量の桃力。
自分でも信じられないくらいの量である。
「これは……そうか、おまえの身体は桃力で成長するようだ。
桃師匠と俺の訓練によって、新たな成長段階を迎えたようだな」
「それが今日だったというわけか……
なんにしても都合がいいぜ。さぁ、鬼退治だ!」
俺は輝夜を掲げて、鬼討伐の宣言をした。
ぱわぁアップを果たした俺の力をみせてくれるわっ!
◆ クウヤ・エルタニア・ユウギ ◆
人間の男性。8歳。
フウタとロリエッテの間に生まれた子供。
非常に父親似。短髪にした髪の色は黒。瞳の色は赤紫色。
父親とは違い、武骨で不器用な様子。
◆ リマス・アイル・ティリス ◆
人間の男性。5歳。ティアリ王国第一王子。
青い短髪に青い瞳、優しい顔立ちに、もやしのような身体。
性格は大人しく臆病なところがあるが芯は強い。
両親は何者かに殺害され、政治の道具として生かされていた。
母親に王位継承の証とされる『ティアリの誓い』を託されている。
◆ ベルムート・ベッコーリ ◆
人間の男性。49歳。ティアリ王国統括大臣。
毛の色は茶色。瞳は青。
非常に醜い心、同様に外見も醜い。
おまけに短絡的で知識や知恵もない。
ハゲで肥えており、短足な上に臭い。
成金主義であるにもかかわらずドケチ。
大臣になる前は雑兵だった。
彼がどういう経緯で大臣のトップまで上り詰めたかは不明だが、
ろくなことはしていないもよう。