273食目 天下三分の計
「エル、気をしっかり持って。僕がサポートするから」
「エド……おまえは、そのために、ここに残ってくれたのか?」
どうやら、エドワードは俺をサポートするために、
ここまで付いて来てくれたようだ。
なんとも、ありがたいことである。
ここは経験豊富であろう彼に、素直に甘えてしまおう。
たぶん、何かあってもフォローしてくれるはずだ。
そして、試練の謁見は始まった。
最初はミリタナス神聖国のミレニア様からだ。
ここら辺は王様の配慮だと思う。
ミレニア様はお決まりのお祝いの言葉を送ってきた後、
俺にしか聞こえないような声で注意を促してきた。
「エルティナ、何があっても『はい』と言ってはいけませんよ。
彼らに言質を取られてしまっては事ですからね?」
と凄く怖いことを言って席に戻っていった。
彼女の表情からして、これだけは守った方が良いようだ。
俺は決して会話が上手な方じゃないし、
おまけに騙され易いみたいである。
これからは、そのことにも気を配らないといけないのだろうか?
うん、すっごい面倒臭い! でも……がんばらなくてはな。
俺はもう、一人だけの身ではないのだ。
そのことが、カサレイムの一件でわかってしまったのだから。
もう、皆にあのような思いをさせてはいけない。
……でも、俺が桃使いである上は何度も心配させてしまうんだろうなぁ。
は~、どうしたらいいものか?
「あ、あのっ! エルティナ様!?」
俺を呼ぶ少年の声で我に返った。
どうやら、思案に耽ってしまったらしい。
「……すみません。少し……思いを巡らせておりました」
俺は誤魔化すために微笑んだ。
これぞ、秘策その三……『営業スマイル』!
今の俺は敏腕サラリーマンだ! 俺の営業接待を見せてやろう!
俺の前には水色のサラサラヘアーの、
少女と見間違えるような少年が立っていた。
ショーカットで優し気な目をしている。
特徴的なのが瞳で、右が紫色、左が赤色であった。
虹彩異色症、いわるゆるオッドアイというヤツだ。
身体の方もほっそりとしていているので、
服が男性物でなければ気が付かないだろう。
彼は王族らしく、豪華な白い軍服を身に纏っていた。
「い、いえっ! そんなことはっ、こざいませんっ!」
そう言って顔を赤らめた少年は、
お祝いの言葉と簡単な自己紹介をしてきた。
彼の名は『ラペッタ・トトッペ』といい、
ドロバンス帝国の第一皇子なのだそうな。
彼の父、『ラクスト・トトッペ』は病に伏せっており、
その代理できたらしいのだが……。
「ほぅ、あの殺しても死なないラクスト皇帝が病とは……。
これは、お見舞いに赴かねばなりませんね」
「いえ、どうぞお構いなく。父の病が移っては大事ですので」
エドワードが牽制を開始した。
何故そこで牽制をしたのだろうか?
普通の挨拶で終わるところだったじゃないか。
バチバチと火花を散らす二人の少年。
俺はもう、エドワードが居ることによって、
事態が悪化するのではないのかと予感し始めていた。
これはいかん、なんとかこの場を丸く収めなくては。
ええい、仕方がない。
俺のトークによって二人の気を紛らわせよう。
「……綺麗な瞳をされていますね?」
「っ! は、はいっ!」
「……ちっ」
おまっ!? エドワード!?
エドワードが小さく舌打ちをした上に、
物凄い勢いでラペッタ王子を睨み付けている。
この二人は仲が悪いのだろうか?
牽制にしてはドロドロしたものを感じる。
エドワードも普段は俺に見せないような顔を曝け出しているのだ。
この二人に、いったい何があったのだろうか?
「こ、この左目の目からは『収束型魔導レーザー』が仕込まれていて、
厚さ三十センチメートルくらいの鉄板なら、
容易に貫通させることができるんです!
それを見抜くなんて流石、エルティナ様です!」
見抜いてもいなし、そんな物騒な物を目に仕込むんじゃない。
そもそも、それはバラしてもいい物なのか?
「その全てを見通すかのような眼差し……このラペッタ、感服いたしました!」
そう言って、俺の手を握ろうとしたラペッタ皇子の眼前を、
黒い何かが通り過ぎていった。
彼の足下には……小さな弾丸がめり込んでいる。
「こ、これは……!?」
「危ないですので……お下がりください」
俺は頭が痛くなってきた。
犯人は天井付近のくぼみに潜んでいるムセルである。
新型スナイパーライフル『MOMO・G-S』で威嚇射撃をおこなったのだ。
開発者はもちろんドクター・モモである。
彼はよりにもよって、実弾兵器をムセルに渡していたのだ。
俺はてっきり、魔導兵器かと思っていたのに……(呆れ)。
ムセルは三連スコープをぐりぐり回して、
今度は狙いをラペッタ皇子の額に合わせている。
そして、エドワードはムセルに向かって親指を立て、
『よくやった』とサインを送っていたのだ。
どうやら、事前に打ち合わせをおこなっていたらしい。
よくよく見れば、王様も満足げに頷いていた。
だめだ、この祖父と孫……早くなんとかしないと。
「申し訳ありません。私の護衛です。
場が場なだけに、私との直接の接触はお控えください」
「も、申し訳ありません。感情が昂り……つい……」
「命拾いしたな」
だから、煽るんじゃない。
あ~もう、これは予想外の展開だ。
嫌な予感がプンプンする。
結局はグダグダなまま、ラペッタ王子との謁見は終了した。
謁見時間は一人五分ほどだ。
人数が多いので正確に時間を計って、
その都度デルケット爺さんが知らせるのである。
「うぐぐ、エドワードの邪魔さえなければっ……!
これで勝ったと思うなよっ!」
「ふふん、勝負はもうついているのさ」
なんという見苦しい戦いなのだろうか?
こういう戦いって、普通女がするものではないのだろうか?
昼のドラマ番組的な感じで。
「まずは一人……撃破」
もう、エドワードの顔が戦う男の顔になっている。
おまえはなんのために、何と戦っているんだぁ?(呆れ)
「はじメェまして。私は南西の諸島連合国家、
ブレバム統一王国のムー・ラー・ブレバムです」
六人ほど謁見を終えてこの少年の謁見になった瞬間、
エドワードに緊張が走った。
俺の目の前には、白い巻き毛の凛々しい少年が立っている。
年の頃は、俺達よりも少し年上といったところであろうか?
彼は羊の獣人らしく、顔は羊寄りだが妙に精悍で身体も大きい。
瞳の色は黄金色、頭から生えている巻き角がとても雄々しい。
何よりも、その落ち着きと自信に満ちた態度だ。
俺は彼が間違いなく、この世界に名を残す存在になると感じ取った。
それ故に、俺ですら警戒態勢に入ることとなる。
彼は既に魑魅魍魎の貴族達とのやり取りを何度も経験しているに違いない。
『エル、彼には注意して。
彼のペースに引き込まれたら、あっという間に言質を取られかねない』
エドワードが『テレパス』で警告を促してきた。
今回ばかりはエドワードも直接攻撃は避けているようだ。
つまり、相手はそれ程の人物であるという証拠である。
『わかった、十分に気を付けて対応する』
俺は気を引き締めてムー王子との対話に臨んだ。
「初めまして、エルティナ・ランフォーリ・エティルです」
まずは無難な挨拶から入る。
サラリーマンであれば名刺を差し出しているところだが、
生憎とその必要もないし名刺自体がない。
だが俺はイメージとして彼に名刺を渡したつもりになっていた。
これぞ、秘策その四、『シミュレーション』だ。
これより先は妄想を膨らませながら、
より良い選択を選んでいかなくてはならない。
「貴女に単刀直入で申し上げます。
私は貴女を妻として迎え入れる準備が整っております」
おいぃ……単刀直入過ぎるだろ!? い、いかん!
まさか、ダイレクトアタックを敢行してくるとは思いもよらなかった!
壁珍獣(対策)を三匹も用意していたのに、全てが無駄になってしまった!
三匹とも『ふきゅん!?』と慌てふためいている!
もちろん本体である俺もパニック状態だ!
ど、どうする!? どう答えるっ!?
ヤヴァイ! 相手の顔ばかりを見ていてどうする!?
う、狼狽えるなっ! 白エルフは狼狽えないぃぃぃぃぃっ!
あ、良い言い訳が思いついたっ!
「私達はまだ幼いので、結婚はまだ早いのではないでしょうか?」
「これは申し訳ありません、では……婚約ということでよろしいでしょうか?」
「あ、は……もごご!?」
俺が口を開けた瞬間、口の中に何かが突入してきた!
むぐむぐ……おいちぃ! これはミートボールだ!
柔らかくジューシーな肉がほろほろと口の中で解けてゆき、
肉に掛かったミートソースと混然一体になった……じゃねぇ!
思わず『はい』って言っちまうところだった!
なんだこいつの話術は!?
誘導尋問ってレベルじゃないぞ!
催眠術でも使っているんじゃないのか!?
どうやら、ミートボールを俺の口に寸分たがわず投げ入れたのは、
乳白色のドレスに身を包んだ我が親友、黒エルフのヒュリティアであった。
まったく以って見事なコントロールである。
彼女も耳が良いので、俺達の会話はしっかりと聞こえているようだ。
それで咄嗟にカバーできたのだろう。
『エル! 気を付けて!
今ヒュリティアにカバーしてもらえなかったらアウトだったよ!』
『うぐぐ……わかっている!』
これは強敵だ。
下手をすれば鬼よりも厄介だぞ。
「どうされましたか? エルティナ様」
「……いえ、なんでもありません」
どうする? ここは時間を潰して、
グダグダなままタイムオーバーを狙うべきか?
それとも、正面から受けて立つべきか?
否、俺は逃げん! 弱気になるな、背を向けたら食われる!
その勝負……受けて立つ!
「とても……大きな体ですね。何か特別なことを?」
先手必勝! 俺の怒涛の質問攻めで攻撃を封じてくれるわ!
攻撃は最大の防御なり!
「はい、ありがとうございます。
毎日鍛錬を欠かさなかった結果ですよ。
私は体だけが取り柄の不器用な男です。
ですから、私を支えてくれる妻は、
しっかりとした女性でなくてはいけないのです」
ムー王子は、これでもかというほどの魅力的な笑顔を曝け出した。
俺にはわかる、この笑顔は性別など関係なく人を惹き付ける。
人の上に立つのに必要な資質を持った男がする笑顔だ!
くそったれめ!
攻撃しているつもりが、いつの間にか防御に回されちまった!
このままでは、ムー王子に言いくるめられてしまう!
ええい! 何か方法はないのか!?
あぁ~もう! 桃先輩と身魂融合しておくんだった!
こ、こうなったらエドワードにも協力してもらうしかない。
できればこの方法は使いたくなかったが……背に腹は変えられない。
俺は『テレパス』でエドワードに援護を要請し、
彼はそれを快く承諾してくれた。
「ムー王子、すまないが……
エルティナはもう『僕と婚約』を済ませているんだ」
ざわ……ざわ……。
会場が騒めいた。
エドワードが大きな声でそう言ったからだ。
もちろん初耳である。
あまりの衝撃発言に、エドワード以外は全員呆気に取られていた。
ヤッシュパパンもリオット兄もルーカス兄も来ているのだが、
全員同時に飲んでいた紅茶を吹き出していた。きちゃない。
エドワードゆっくりとこちらを見てきた。
なんという邪悪な笑顔だろうか?
少しはムー王子の笑顔を見習ってほしい。
「ね? そうだろう、エル」
どう答えろっていうんだ!? これでは敵が増えただけだ!
おのれ、謀ったな! 謀ったな、エドワード!
うごごごご……もう滅茶苦茶だ!
はっ! そうだ!!
こうなったら第三の勢力を作り上げて、
お互いを動けなくさせてしまおう!
これぞ、『天下三分の計』! かつての名軍師が考案した策略だ!
だ、誰か適任者はいないか!?
と、取り敢えずルーフェイ辺りは……ダメだ!
どういうわけかはわからないが、テンホウさんと共に白目痙攣をしている!
いったいロン一家に何があったんだ!?
考えたくはないが、妙に艶々しているランフェイが原因か?
くそっ……次だ、次!
そうだ! フォクベルトなら適任だ!
彼の頭脳ならムー王子に対抗できるはずだ!!
ああっ!? いない! どこに行った……って、
アマンダァァァァァッ!こんな時に拉致するんじゃない!
あぁ……行っちゃった。がっでむ。
うぐぐ、もう時間がない! こうなったら……!
俺はじ~~~~~~と、生贄であるライオットを見つめた。
俺の視線に気が付いたライオットは、きょとんとした顔をしている。
「これは……そうですか。
どうやら三つ巴の戦いというわけですね?
面白い、私はこれに勝利して堂々と貴女を頂きにまいります」
「そう簡単にできると思わないことだ。
アドバンテージは僕にある」
「あ、そこのから揚げを取ってくれ」
……しまった、人選を誤った。
ライオットは戦力外に近い。
ヤツは俺と同じく、恋沙汰よりも食い気の方が勝っている。
何故、俺はライオットを選んでしまったんだ?(混乱)
辛くもムー王子との謁見を乗り越えた俺であったが、
多大の問題が残ったのであった。
残りの謁見……きちんとこなせるか、もうわからないなぁ……(遠い目)。
◆ ラペッタ・トトッペ ◆
人間の男性。7歳。ドロバンス帝国第一皇子。
水色のサラサラヘアーのショートカット。
オッドアイで右が紫色、左が赤色。
女性のような顔立ちでほっそりとしている。
左目は『収束型魔導レーザー』が内臓されている。
エドワードとは犬猿の仲。
エルティナに一目惚れしている。
◆ ムー・ラー・ブレバム ◆
羊の獣人の男性。9歳。
南西の諸島連合国家、ブレバム統一王国の第一王子。
白い巻き毛。黄金の瞳。顔は羊寄り。
大きな巻き角が二本生えている。
精悍な顔立ちで身体も大きい。
口達者で人を惹き付ける笑顔の持ち主。
エルティナとの結婚は政治目的……だが、
彼女に直接会ってからは考えが変わったようである。