270食目 お洒落ビースト
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
いよいよ、魑魅魍魎が集う誕生パーティーの日がやってきた。
俺はこの日のために、艱難辛苦に耐えてきたのだ。
傷付き倒れる度に、いもいも坊やとチゲの励まし、
そしてたま~にムセルのアームパンチによる気付けによって、
本当にあの世に旅立ちそうになりつつ、
俺は再び立ち上がることができた。
「はい、いいですわね。
エルティナ様のお言葉使いも、これならば問題はないでしょう」
「はい、ありがとうございました。ザマス先生」
俺の言葉使いは飛躍的に改善できた。
というよりも思い出したのだ。
営業周りで使用していた言葉の数々を。
つまり、今の俺はサラリーマンである。
会話をする際は取引先の客を相手に話す感じでおこなえば、
そうそう失礼に当たらないことが判明したのだ!
どうしてこのことに気が付かなかったのか……これがわからない(呆れ)。
後は『ふきゅん』対策だが……
脳内に大量の『ふきゅん』という文字を思い浮かべると、
ある程度は我慢できるようになった。
一時間程度なら問題なく我慢できるだろう。
「礼儀作法の方は、元々ある程度基礎ができていましたし……
これでもう、お教えすることはございませんわ」
ザマスさんが金縁眼鏡の位置をくいっと直す。
少し微笑んだ顔がとってもチャーミングである。
誕生パーティーの開始は午後六時からだ。
これは王様がブランナのことを考慮してくれたからである。
日中だとお日様が出ているので、
ブランナがドレスを着ることができないからだ。
まさか、フルプレートアーマーで参加させるわけにもいかないからな。
同様に彼女の父親であるブラドーさんも参加予定である。
服の方は大丈夫なのだろうか?
一張羅を着てきます、と張り切っていたが……。
一方、ブランナの方は城で用意したドレスを着ることになっている。
普段彼女が着ている継ぎはぎだらけのドレスを、
誕生パーティーで着せるわけにはいかないからな。
彼女に用意されたドレスは、真っ黒な生地に金色の装飾を施した物だ。
これがまた、ブランナの白い肌と金色の髪に良くマッチする。
そのドレスを着たブランナの表情は、彼女の苦手とする太陽のようだった。
午前中にザマスさんとの最終レッスンを終えた俺は、
一旦ヒーラー協会に戻り準備をしていた。
といっても俺自体がする準備はない。
準備をするのはとんぺー達である。
モモガーディアンズは全員が参加予定なので、
とんぺー達にも正装を施し、ビシッとお洒落をさせているのだ。
「ふっきゅんきゅんきゅん……良く似合っているぞぉ!」
「わんわん! へっへっへっへっへ」
とんぺーも赤いネクタイとタキシードを身に付けて嬉しそうだ。
これこれ、そんなに尻尾を振ったら千切れてしまうぞ?
「チュ、チュ、チュ、ちゅん!」
もっちゅトリオは空を飛ぶ関係上、残念ながら蝶ネクタイのみだ。
しかしながら、その青い体に赤い蝶ネクタイが良く映えており、
ネクタイのみの正装ではあったが彼らはご機嫌であった。
うずめも同様に、頭の上にピンク色のリボンをちょこんとくっ付けている。
うんうん、可愛らしくなったぞ!
ポーズを取って、すまし顔のうずめを称えてやると、
彼女は恥ずかしげに翼で顔を覆ってしまった。
輝夜も少しお洒落をさせている。
といっても持つ部分に金色の生地を巻いただけだが。
俺と一緒に行動することになるので、
聖女の服に釣り合うようにしなくてはならない。
クリスマスツリーのようにしようとしたら、
逆に彼女に止められてしまったのだ。
輝夜は素のままの美しさを皆に見てもらいたいらしい。
ううむ、女心は難しいいなぁ。
そして、今回の一番のお洒落者はチゲだ。
見よ! この完璧な姿を!!
これこそ、『ぱーふぇくとチゲ』だ!
チゲはルーカス兄のタキシードのお古を譲ってもらい着込んでいる。
そして、シルクハットを被って黒いステッキを持てば、
見事な紳士に早変わりだ!
おおぅ、似合い合過ぎていて怖いくらいだぜ!
もちろん、ホビーゴーレム達も参加である。
「にゃ~ん!」
ツツオウも赤いリボンを新調してご機嫌だ。
イシヅカもタキシード姿が様になっている。
少し窮屈そうだが、普段が開放的過ぎるからだろう。
ただ、ムセルはいつもどおりの姿だった。
きっと彼は会場の陰にて俺を護衛しつつ、
誕生パーティーを見守るつもりなのだろう。
ムセルは新たに新調したスナイパーライフルを携えて、
ぐりぐりと三連スコープを回していた。
ただ、問題なのがブッチョラビのひろゆきだ。
こいつは動きたくなければテコでも動かない。
一応、蝶ネクタイを付けさせはしたが来るかどうかは気分次第だろう。
『いもっ!』
いもいも坊やは自分のイメージで姿を変えられるので、
現在はなかなか凄い恰好になっている。
彼は蝶ネクタイにシルクハット、それにちょび髭を付けていた。
ちょっとしたダンディ気分に浸っているのだろう。
「ふむ、皆もめかし込んで立派になられ申したな。
これならば、御屋形様のお誕生ぱーてぃーに参加しても問題ないでござろう」
そう言ったザインの姿は、
紺色の着物姿に赤いネクタイという問題チックな姿であった。
大丈夫なのか? それで……。
我がヒーラー協会からは、
ギルドマスターのレイエンさんが参加することになっている。
スラストさんは彼がいない間のヒーラー協会を守るそうだ。
「それでは一足早くフィリミシア城に行ってまいります。
後のことは頼みますね、スラスト」
「あぁ、わかった。あまり無理はするなよ?」
レイエンさんはスラストさんと、
そういったやり取りを交わしてフィリミシア城へと向かった。
レイエンさんは最近体の調子が思わしくないのだが、
ヒーラー協会の責任者として顔を出さないわけにはいかないのだ。
彼には自重しほしいとは思うが、そういうわけにもいかないのだろう。
組織のトップとは辛いものだ。
それから時間が過ぎ、午後五時になった。
ヒーラー協会の前には豪華な馬車が止まっている。
そう、俺を迎えに来たのだ。
その白い車体に金色の装飾が映える馬車から、
これまたビシッと決まった格好の美女と見紛う青年が降りてきた。
「エルティナ、お迎えに上がりました。
フィリミシア城へ向かいましょう」
「わぁお、ルドルフさんもビシッと決まってるなぁ」
彼は白い豪華な軍服に身を包んでいた。
何やら勲章と思しき物も沢山胸に付いている。
普段とは違う格好なので、とても新鮮だった。
「これは国王陛下のご指示で着用しているのです。
私としては有事の際にいつでもエルティナを護れるように、
鎧を着込んで衛兵に紛れたかったのですが……」
ルドルフさんは心配性だなぁ。
会場にはタカアキやフウタもいるし、
何よりも屈強な兵達ががっちりと護ってくれているんだ。
そうそう、間違いが起こることもないだろう。
俺達は馬車に乗り込み……ぬわ~っ!? きついきつい!
モモガーディアンズビースト部隊と、
チゲの全員が乗り込んだら車内がギッチギチだ!
ふきゅん!? 潰れる、潰れる!! おごごごご……!(白目痙攣)
「出発進行~!」
「ヒヒ~ン!!」
そして、御者が容赦なく馬車を出発させた。
馬車を引く白馬がやる気を出しまくっている。
ゴトゴトと振動が伝わる度に、ひろゆきのケツが俺を圧迫する。
これ絶対狙ってやってるだろう!? 白状しろ!(訊問)
だが、身動きの取れない俺達は、
結局ぎちぎちの状態でフィリミシア城まで送られることとなったのだった。
ふっきゅん!(遺憾)