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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第六章 進化
269/800

269食目 若き剣士の憂鬱

 ◆◆◆ ルーフェイ ◆◆◆

 

 エルティナの誕生パーティーがいよいよ明日に迫った。

 いつものとおり、フィリミシア城の訓練場にて父上との朝稽古を終えた私達は、

 フィリミシア城の騎士団専用の浴場にて汗を洗い流していた。


 今日、私は妹のランフェイに剣を捨てるよう告げるつもりだ。

 そのためには、隣で共に湯に浸かっている父上を説得しなくてはならない。

 もしもの時は強硬手段を取ることも辞さないが、

 なるべくであれば、それは最後の手段としたい。


「父上……お話があります」


「……話せ」


 父上は目をつぶったまま、言葉短くそう言った。

 私の父は話すことが苦手で、自分の意思を伝えるのが下手である。

 故に得意である剣に想いを載せて、今まで戦ってきたそうだ。

 その行き着いた先が最強の剣士の称号である『剣聖』である。


「ランフェイのことです」


「ランフェイか……」


 父上はゆっくりと目を開いた。

 眉間に刻まれたしわがより一層深くなる。

 私達兄妹は父上に良く似ている。

 この黒髪や目の鋭さなども父上譲りだ。


「はい、私は妹に剣を捨てさせるつもりでいます」


「ふむ」


 父上は再び目を閉じた。

 意外なことに、父上は怒ることも悲しそうな顔をすることもなかったのだ。


「ルーフェイ、何故その考えに至った」


「はい、ランフェイには甘い部分があります。

 それは剣を鈍らせ、最悪ランフェイ自身の命を危険に晒すことでしょう」


 父上は目を閉じたまま、私の話を聞いていた。

 朝早いということで、大きな湯船に浸かっているのは我々親子のみである。


 何故、風呂でこの話を切り出したかといえば、

 唯一ランフェイと離れることができるのが、トイレと風呂のみだからだ。


「ランフェイは、優し過ぎるのです。

 妹は優しく穏やかな世界で生きるのが適しております」


「そうか……」


 やはり、父上の言葉は短かった。

 だが、開いた目には決意のようなものがあったのだ。


「私も前々から思っていた。

 おまえもそう感じるのであれば……そうなのだろう」


「父上……」


 父上が優しく微笑むのはいつぶりだろうか。

 私はもう、いつぶりだったか覚えていない。


「ただ、優しいだけでは何かあった時に後悔するかと思い、

 あの子に剣を握らせていたのだが……やはり、女の子にはきつい道であったか」


「はい、ランフェイの分は私が背負っていきます。

 そして、護ってみせましょう。

 私の全ての力を以って」


 父上は上を見上げ遠い目をした。

 それは、私達にはあまり見せない顔だ。


「このことは、ランフェイにもう言ったのか?」


「今日、ランフェイに告げるつもりです」


 父上は「そうか」と呟き、湯船から上がった。

 鍛え抜かれた肉体がその全貌を現す。

 いつ見ても凄い肉体だ。


 そして、何よりも傷がまったくないのだ。

 それは、攻撃を受けないまま勝利してきた証。

 父上が最強たる理由であるのだ。


「ルーフェイ、ひとつ……剣を交えるか」


「はい、父上!」


 父上は全てを語りはしない。

 その繰り出す剣にて、全てを語り全ての想いを告げてくる。

 最強の剣士は、最高に不器用な漢なのだ。




 訓練服に着替えた私達は、誰も居ない訓練場にて木刀を構え対峙した。

 言葉はない、剣士は戦うと決めた瞬間から既に勝負が始まっているのだ。


 浴場からここまでくる間にも、私は一切の油断はしていない。

 そんなことをしようものなら、容赦なく父上の手刀が飛んでくるからだ。


 父上から放たれる闘気が、通常の訓練ではないことを告げている。

 試そうとしているのだ。

 私の決断を、決意を、ランフェイへの愛情を!


 であれば、私も全ての力を以って父を越えて見せよう。

 女神マイアスから授けられたこの能力……今こそ解き放つ!


 勝負は一瞬で着く。

 相手が父上であれば尚更だ。


 瞬きもできない。

 父上には、その瞬間があれば十分なのだ。


 集中しろ……! 空気の流れを、気の動きを、魔力の変動を察知するんだ!

 五感を全て駆使して、父上の初動を見破れ!


 時間にして十五秒も経ってはいない。

 しかし、私にはそれが一時間以上も経過しているように感じた。


 ……!!


 その時……父上が動いた。

 それは、ほんの僅かな気の揺らめき。

「そうか?」と聞かれたら、「たぶん」と答えるしかないほどの僅かな動き。

 だが、確かに感じ取った。

 事実、既に父上の剣が目前まで迫っている!


「……!!」


 神速の斬撃。

 回避など不可能だ。

 そう、普通であるならば……。


「なんと!?」


 父上が驚愕の声を上げる。

 それは、私の剣が父上の首筋に当てられていたからだ。

 無論、父上の剣をかわしての勝利である。


「これが……私の……覚悟です」


 そう言った私の息は荒かった。

 それだけではない、全身から汗が滝のように流れ、

 重度の疲労が圧し掛かっている。


 たった数十秒のやり取りで、私はここまで疲弊してしまったのだ。


「見事だ、ルーフェイ。……強くなったな」


 きっと、父は私が『個人スキル』を使用したのを理解しているだろう。

 その上で、私が強くなったと褒めてくれたのだ。

 加えて父上は自分の個人スキルを使用していない。

 ハンデを貰っての勝利であったが、それでも私は嬉しかった。


「まだまだです。わたしはもっと強くなりましょう。

 父上の隣に立てるほどに」


 そう言った私の頭を軽く叩く父上。


「バカ者、私を護るくらいに強くなれ!」


 そう言った父上の顔には、満面の笑みが浮かんでいたのだった。




 私は昼食後……妹のランフェイを連れて、再びモウシンクの丘にやってきた。

 暖かくなったことにより、

 丘には色取り取りの花が誇らしげにに咲き誇っている。


「うふふ、綺麗な景色にねりましたわね。お兄様」


「あぁ、そうだね。ランフェイ」


 穏やかな笑顔で、空を飛ぶ二羽の小鳥を眺めているランフェイ。

 やはり、妹は戦う者ではない。

 こんなにも優しい顔ができる彼女に、

 命を奪う剣など似つかわしくはないのだ。


「……ランフェイ、話があるんだ。聞いてくれるかい?」


「えぇ、もちろんですわ。お兄様」


 振り返る妹の笑顔は、まさに私にとっての光そのものだ。

 この笑顔……護ってみせる。


「ランフェイ、剣を捨ててくれないか?」


「……え?」


 ザァ……と、強い風が私達二人の間を通り抜けていった。

 ランフェイの顔は話を理解できていないのか、きょとんとした表情である。

 しかし、私は構わず話を続けた。


「ランフェイは剣の道を歩むには優し過ぎる。

 それでは、いつか命を落としてしまうだろう。

 だから……」


「そ、そんなっ! 剣を捨ててしまったら、

 私はお兄様の隣に立てなくなってしまいますわ!

 嫌です! 私はお兄様と離れたくないのです!!」


 目に涙を浮かべて必死に剣を捨てまいとするランフェイ。

 正直辛い、しかし……これは仕方がないものなのだ。

 何かあってからでは遅い……そう、遅いのだ。


「ランフェイ、言うことを聞いてくれ。

 私も辛い決断だったが……おまえが死んでしまったら私も生きてはいられない。

 おまえは日の当たる穏やかな世界こそ相応しいんだ。

 私の歩む剣の道は修羅の道。

 ランフェイには、とてもじゃないが向いてはいない」


「あぁ……お兄様、そんなに私のことを想ってくださっていたのですね?」


 俯き胸に手を当て、ハラハラと涙をこぼすランフェイ。

 私は思わず妹を抱きしめようと……。


「でも、私は剣を捨てれません。

 捨てようと思っていたら当の昔に捨てていますわ。

『今』の私はお兄様の『隣』に居たいのです」


 顔を上げた妹の顔には決意が漲っていた。

 やはり、こういう結果になったか。

 ある程度は覚悟していた。

 ランフェイもそれを望んでいるのだろう。


「お兄様、勝負いたしましょう! 全ては剣にて語り合う!

 それが……私達『剣士』ですわ!」


「あぁ、それで納得するのであれば……勝負しよう。ランフェイ!」


 私達は『フリースペース』から木刀を取り出し対峙した。

 この光景は初めてではない。

 稽古中に何度も、何度も、見た光景。

 そして……これが最後になるであろう光景だ。


「いきますわっ! やあぁっ!!」


 ランフェイが左上段から木刀を振り下ろしてきた。

 迷いのない攻撃だが、父上のそれと比べればどうということはない。


 だが、全てにおいて私達兄妹の身体能力は同じなのだ。

 現在は……だが、その現在が問題だ。

 私はなんとしても、この勝負に勝たねばならない。

 このままでは、決着が付かずに終わってしまう可能性が高い。

 それではいけないのだ。

 よって、父上に勝つ要因になった個人スキルを使用する。


 このスキルはタイミングが重要だ。

 効果時間もそれほど長くなく、使用による疲労もバカにならない。


 私が女神マイアスから授かった個人スキルは『反転』。

 これは対象を反転させるスキルだ。

 物体をひっくり返すこともできるが、重要なのはそこではない。

 このスキル……能力などもひっくり返せるのだ。


 つまり、極限まで早い父上の素早さを、

 私は『反転』でひっくり返したのである。 

 その結果、父上の素早さは極限まで遅くなった。


 ただし、それは一瞬のこと。

 実力差があると効果時間が極端に短くなる欠点があるのだ。

 しかし、その一瞬が剣士にとっては命取りだということが、

 私の勝利によって証明できたと思う。


『反転』の使用タイミングは、相手が攻撃を放ってきた時だ。

 この能力は相手に知られてしまっては都合が悪い。

 なので、一撃で仕留める必要がある。


「たあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ランフェイが勝負を掛けてきた。

 私の右肩目がけて、強烈な斬撃を見舞ってきたのだ。

 速度、威力共に申し分ないだろう。

 ここが勝負どころだ! 個人スキル『反転』発動!


 その瞬間、景色の色が反転する。

 それが『反転』の効果が発動している証だ。

 その証拠にランフェイの素早さが……!?


「うわっ!?」


 私は辛うじてランフェイの斬撃を回避した。


 どういうことだ!? ランフェイの素早さが落ちていない!!

 確かにスキルは発動しているし、今も効果は継続中だ!


「うふふ……お兄様ぁ。個人スキルですわねぇ?」


 地面に突き刺さった木刀を引き抜き、ゆらりとランフェイが顔を上げる。

 その顔は……今まで私が見たこともないものだった。


「ダメじゃないですかぁ……うふふ、個人スキルだなんてぇ……えへへ」


「ラ、ランフェイ!? バカな!『反転』が効いていないのか!!」


 私の脳内にけたたましく鐘の音が鳴り響いた。

 危険だ、ここを離れろと警鐘を鳴らしまくっている。

 それを鳴らしまくっているのは、何故かエルティナだ。

 この時点で嫌な予感しかしない。


『ふきゅん!? 鐘が壊れたっ!!』


 脳内のエルティナがそう言った瞬間であった!!


 ランフェイからおびただしい闘気のようなものが……!

 これは闘気と言っていいのか!?

 いいや、これはとんでもなく邪悪な何かだ!!


「ひひっ、私には効きませんよぉ?

 だってぇ……私の個人スキルはぁ……『不変』なんですものぉ!

 ぎひひ! そう! 不変! 変わる事なきもの!

 全ては変わらない! 私の能力も!

 お兄様への愛も! 欲望も! 肉欲もぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

 あっひゃっひゃっひゃっ!『反転』がなんぼのもんじゃぁぁぁぁぁぁっ!!

 ひほほほほほほほほほほほほほほほほっ!

 私は! お兄様と! この場で! 添い遂げるっ!!」


 ジャーン! ジャーン! ジャーン!


 遂に私の脳内イメージのエルティナが、

『ふきゅん、ふきゅん』と鳴きながら銅鑼を鳴らし始めた。

 もう、危険極まりない状態だ。

 私の妹の顔が肉食獣のそれになってしまっている。

 涎を撒き散らしながら私に迫ってくるなど狂気の沙汰だ。


 どうしてこうなった。

 どうして妹にこんな個人スキルを与えたんだ。

 やはり、女神マイアスはダメだ。呪ってやる。


「お、落ち着け! ランフェイ! 話せばわかる!」


「えぇ! 話し合いましょう! 裸で! あのお花畑がいいですわ!

 さぁさぁさぁさぁ! 大自然に返りましょう! お兄様!

 ひほほほほほほほほほほっ! はぁ、はぁ! じゅるり」


 悪夢だ、悪夢としか言いようがない。

 私の可愛い妹を返せ、邪神マイアス。


 私は剣を捨てて、裸で追いかけてくるランフェイから逃げ出した。

 どうやら、妹とは剣で語り合えない運命であるらしい。


 私の悲鳴は互いの体力が尽きるまで、モウシンクの丘に響いたのだった。

◆ テンホウ・ロン ◆


人間の男性。剣士。37歳。

短い黒髪、黒い瞳。整った顔の優男。

背が高く痩せているが筋肉がしっかり付いている。

『剣聖』の称号をもつ最強の剣士であり、

ルーフェイとランフェイの父親である。

二人はテンホウに似ている。

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