268食目 覚悟の謀略者と冷徹なる監視者
◆◆◆ グラシ ◆◆◆
自室の窓の外から見える月が、フィリミシアの町を照らす。
明日、いよいよ聖女の誕生パーティーが開催される。
わしにとっても正念場だ。
ウォルガングの命を付け狙うも、ことごとく失敗してしまった。
それは勇者タカアキの妨害であったり、フウタ男爵の計略であったり、
聖女エルティナの思わぬ活躍によるものであった。
数々の失敗を重ねたわしは、いよいよ以って最後通告を言い渡された。
「主様からの通告です……『次』はない」
深緑のローブの男がそう告げてきたのだ。
彼の名はデュリンク。
我が主様に最も近い男だ。
その彼がわしに後がないと言ってきたのだ。
きっともう庇うことができなくなったのだろう。
彼には何度も命を救ってもらった。
子飼いのアランに復讐された時もそう。
ギュンターとゴーレムギルドマスターのマウゼンを使い、
ウォルガングを暗殺しようとして失敗した際の、
証拠を隠滅してくれたのも彼。
竜巻のどさくさに城を乗っ取ろうとして失敗した時も、
彼の機転で難を逃れることができた。
「なんとしても……この計画を成功させなくては……!」
嫌な脂汗が額から流れた。
何故、わしがこんな目に……!!
原因を考えると一人の人物が浮かび上がってきた。
そうだ、あの白エルフのガキから全ては狂ってきたのだ。
あのキャンプ場に仕掛けた罠で実験材料になってしまえば、
このようなことにはならなかったはずだ!
そうだ! 全ては聖女エルティナが悪い!
「はぁ、はぁ……覚悟を決めねば」
デュリンク様より頂いた『鬼の種』。
これを使うことになるとは……!!
『おまえにこれを預ける。
忠誠の証として持っておくのだ。
ただし……決して自分に使うな、人でありたいのであればな』
「わしは、わしは……!!」
わしはそれを飲み込んだ。
それは覚悟の証。
気付いたのだ……わしに足りないものが何なのかを。
それは覚悟、力、思い……そして何よりもドス黒い欲望が足りない!
「ぶはぁぁぁ……力は手に入れた。
ぶひひひひひ! そして、覚悟も決まった。
デュリンク様への恩返しとして、手始めにこの国を血で染め上げてくれよう」
飲み込んだ『鬼の種』がドクンドクンと脈動した。
さぁ、始めよう……恐怖と、憎悪と、血の宴を!! このフィリミシアで!!
「ぶひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!」
夜のフィリミシアに、わしの狂ったような笑い声が響く。
それは、わしの人間としての最後の笑い声であった。
◆◆◆ デュリーゼ ◆◆◆
「どうやら、『鬼の種』を使ったみたいですね……バカな男だ。
あれほど使うなと言ったのに」
薬品の放つ臭いが立ち込める薄暗い私の研究所に、
グラシの屋敷に放っていた使い魔から、
彼が『鬼の種』を飲み込む映像が送られてきた。
その種は、私が研究の末に出来上がった『作品』の一つだ。
タイガーベアー……いや、虎熊童子は自分の持っていた鬼の種を私に渡し、
改良して強力な種にしろと申し付けてきた。
私はそれに従い、鬼の種を研究し改良を加えた。
その末に出来上がったのがアラン、マジェクト、エリスの『鬼人』達だ。
彼らは鬼であり、人間でもある特異な存在である。
鬼人の特性として鬼の能力を使えつつも、人としての弱さを持つことだ。
弱さと言っても、それは桃使いにとって脅威になる。
何故ならば、桃使いは鬼を倒すことに特化した存在だからだ。
それ以外であれば、己の力のみで討ち果たさなければならない。
陽の力、即ち『桃力』といったものが、そこまで役に立たなくなる。
この中途半端さが、
後ろのカプセルの培養液の中で、
ぷかぷかと浮いている金髪の男の命を救った。
ただし、胸から上のみの状態であり、普通の人間なら死んでいるだろう。
これは『鬼人』だから助かったのである。
彼の人の部分が、桃力による致命傷を避けることに成功させた。
つまり、これは鬼人が陽の力に対する耐性がある、ということに他ならない。
この成果は私が虎熊童子を納得させるには十分だろう。
ただし、私が鬼の種を強化改良しているだけだと思ったら、
それは大きな間違いである。
グラシに渡した鬼の種にはある細工が施されている。
それは私が苦労を重ねて作り上げた、
ある『プログラム』を付与しているのだ。
それは、『自食崩壊プログラム』だ。
『自食崩壊プログラム』は、私のスイッチ一つで起動できる。
それが起動すると、鬼の種が宿主を体内から『喰らい始める』のだ。
要は『自爆装置』だと考えればいい。
ただし、これを使うのは今回が初めてである。
本来はグラシが他の者に埋め込んで使うものだと思っていたのだが、
まさか自分で飲んでしまうとは思わなかった。
私は彼がそこまでの覚悟を持っていたとは思わなかった。
これは私の判断ミスだろう。
今回も失敗して助けを求めてくる、と思っていたのだ。
いずれにしても……もう遅い。
彼には滅びてもらう以外にはないのだ。
ラングステン王国での手駒が一つ失ってしまうのは痛手だが、
この実験次第では使い捨ての手駒が量産可能になる。
これでエルティナの桃使いとしての育成も格段にやり易くなるし、
虎熊童子への面目も立つことになるだろう。
アラン達三人の鬼人に、
このプログラムを組み込めなかったのは残念だった。
彼らプロトタイプは実力を以って滅ぼさねばならない。
だが、エルティナが必ず彼らを滅ぼすことだろう。
何故ならば、彼女は『真なる約束の子』として、
恐るべき速度で成長しているからだ。
使い魔から送られてきた、彼女の映像を見ての考察ではあるが、
それほどまでに彼女の成長力は驚異的だと思わせたのである。
まず魔力の増加具合が異常だ。
どういう理由かは知らないが、
彼女の魔力がある日を境に急に増加し始めた。
身体能力のなさは、有り余る魔力で補えるだろう。
そして、その技術力と発想力だ。
彼女が言う『魔法技』は驚異としか言いようがない。
あの破壊力と範囲、そして発動にかかる時間の少なさ。
仮に自分が対峙したとしたら、果たして十秒持つかどうか……。
きっと私の魔法障壁程度では防げないだろう。
更には、トウヤ殿の指導により、
魔法に桃力を載せて放つということにも成功している。
エルティナの桃力の性質上、相当に苦労していたようだが流石といえよう。
最後に、私が一番関心を持っているのが、彼女の『魔法障壁』だ。
本来は防御用である魔法障壁を、
あのような使い方で発動するのは彼女だけだろう。
まさに攻防一体。
魔法障壁の答えの一つといえる、素晴らしい発想だ。
後は彼女の体の発育さえ順調であれば良かったのだが……
それは仕方のないことだろう。
我々白エルフは肉体面でどうしても劣る。
それは我らが神『カーンテヒル』に、本来の肉体を封じられているからだ。
それは我らが神の優しさであり、己が死すともその封印を解くことはない。
封印を解くことは、『人』を捨てることに繋がるからだ。
だが……私は、場合によっては封印を解く『覚悟』がある。
来るべき決戦の時、もしもの場合は迷うことなく封印を解くだろう。
後のことは数少ない同胞に託すことになるが。
なんにせよ……我らは勝たなくてはならない。
未来を食らおうとする鬼達に
我らの世界、『カーンテヒル』を護るために。
再び白エルフの栄光を取り戻すために……。
そのためであれば、私は『人の心』を封じる。
冷徹な監視者に徹しよう。
全ては……愛するエルティナのために。