266食目 服の完成
二人を連れて『魔界』を脱出した俺は、
ララァの部屋に戻って苦情を申し入れた。
「おいぃ……もう少しで二人が『魔界』で力尽きるところだったぞ!」
「……え……昨日……片付けた……ばかりなのに……?」
ララァの顔が驚きに満ち溢れる。
慌てて部屋を飛び出す彼女。
暫らくすると、げっそりとした表情になってララァは戻って来た。
「……もう……絶対に……手伝わない……」
彼女はそう、呪文のように繰り返し呟くのであった。
話を聞けば、隣の部屋はララァの姉の部屋であり、
昨日二人がかりで綺麗に片付けたばかりであったという。
つまり、あの部屋は僅かな時間で『魔界』と化したのである。
彼女の姉は、ある意味で恐ろしい人物だ。
気を取り直して本格的に服の制作に入る。
ルドルフさんとザインも『魔界』を忘れようと、
針仕事に前向きな姿勢を見せていた。
「色合い的にこれと、これをバラして使うさね~?」
「……そうね、でもこっちの色も捨てがたいわ」
「あっ、この服にしかこの色がないぞ?
いっそ、全部バラして使っちゃうか?」
やはり、色にこだわるのは女性の譲れないところなのだろう。
結局は購入した全ての服をバラして使うことになった。
使用部分は少ないのに……後で残った部分も使用して再利用しよう。
もったいないしな!
「しっかし、アカネは意外な才能があるなぁ……
どこで、そんな技術を覚えたんだ?」
マフティが生地を縫い合わせながらアカネに訊ねた。
作業を止めないで聞く辺り、かなり裁縫の技術は向上しているようだ。
彼女の肩に乗って作業を見守っている、
ホビーゴーレムのてっちゃの服を毎日せっせと縫っていると聞く。
その服の完成度を見れば、
彼女の技術が高いレベルになったのも頷ける出来栄えだ。
「あぁ、うちの両親がデザイナーなんさね。
小さい頃から見てたから自然と覚えたさね」
アカネもまた作業をしながら質問に答える。
彼女は複雑な刺繍を施しているところだ。
そこら辺の作業は俺でもきつい。
熟練の業がいる箇所である。
にもかかわらず、アカネはすいすいと針を生地に通して、
見事な模様を作り出してしまった。
その様に俺達は思わず感嘆の声を上げてしまう。
「なぁに、小さい頃からやっていれば、できて当然さね」
「その答えはおかしい」
アカネを除く、全員の声が重なった瞬間であった。
九時の作業開始から二時間ほど経過し、服の大部分が完成した頃、
ダナンから『テレパス』で連絡が入ってきた。
はっきり言って、彼の存在を俺はすっかりと忘れていたのだ(小声)。
『お~い、何か用はないか? 暇でしょうがないぜ』
しかし、服も全てバラして材料にした今、
殆どの素材が余っている状態だ。
よって、露店街で品物を買って補充する必要はない。
つまり、ダナンは無駄足だったのだ!
「ダナンから連絡がきた。何か必要なものはあるか?」
俺は皆にそう伝えたが、特に必要な素材はないようだ。
これにより、ダナンの貴重な時間は犠牲になったことが判明した。
まぁ、こういうことはよくあることだ、
気にしてはいけない(暗黒微笑)。
『それじゃあ、何か飲み物を買って帰ってきてくれ』
『マジでパシリじゃねぇかっ!?』
俺はダナンの苦情を聞く前に『テレパス』を強制終了した。
今は忙しいのでそれどころではないからだ。
ダナンとのやり取りから五分後、ララァの新しい服が完成した。
白地をベースに黒い生地と赤い生地を使用し、
明るい配色ながらも、落ち着いた色合いになっている。
ニーソックスは元々ララァが持っていた物を使用している。
少し丈が長いのでオーバーニーソックスというものらしい。
色は黒で服とのバランスも丁度良さげである。
「ふむ、完成でござるな。
しかし、見事な刺繍でござるよ」
「確かに……さりげなく施されているけど、
ここまで完成度が高い物はなかなかお目にかかれないぜ」
ザインとマフティが完成した服を見て感嘆の声を漏らした。
そう言う俺も彼女の施した刺繍を見て驚愕していたのだ。
「そこまで、本格的にやってないさね。
時間も限られているから、ささっと完成させたさ~」
どうやら、これは本気で縫ったわけではないらしい。
本気で縫ったらどうなるんだろうか? 見てみたい。
「……それじゃあ、ララァ、試着してみて」
「……うん……わかった……」
せっかく作ったのだから、
着て見せてくれなくては正確な評価は下せない。
再びルドルフさんとザインは『魔界』へと放り込まれた。
……あれ? 居間でよかったんじゃ……?
再び全裸になるララァ。
いや、全裸になる必要はないのでは?
「……ついでに……下着を取り替える……色は……黒……」
「ふんふん……いいねぇ、このスカートなら見せるパンツが良いさね。
赤いパンツも候補に挙げておこうさね?」
どうやら、下着の色も吟味するようだ。
俺としては水色もいいのではと思う。
空の色と同じだ。きっと下から眺めると絶景であろう(覗く気満々)。
「学校のブルマーじゃダメなのか?」
マフティはわかっていない。
ブルマーは体操着と組み合わせてこそ、真価を発揮するのだ。
ブルマーだけでは、醤油が入っていない『なっとうごはん』と同じだ!
「あ~ダメダメさね。
それなら、潔く体操服を着た方が良いさね」
その点、アカネはよくわかっていた。
流石はスケベトリオの一人である。
「……それにしても綺麗な体ね。羨ましいわ」
「……ききき……ありがとう……ヒュリティアも……綺麗じゃない……」
確かに、ララァの身体は非常に綺麗だった。
白い雪のような肌には染み一つない。
ただ、顔にはソバカスや隈があるのだが……。
一方、ヒュリティアはパーフェクトである。
肌、顔、全てにおいて指摘する部分が見当たらない。
普通、黒エルフというと、スラム街に住む貧しい住人と頭に浮かぶ。
その人達はやせ細っているか、
栄養の偏りで太っているイメージが付きまとう。
それは正しい、毎日の食事にも苦労する者ばかりだからだ。
そんな中でも、ヒュリティアのような者が少なからず存在する。
無駄な贅肉がなく、しなやかな肉体を誇るのが黒エルフの特徴だ。
魔法が使えない種族なので当然の進化であろう。
加えて彼女は野草や山菜の知識が豊富である。
彼女の姉であるフォリティアさんから教えてもらったその知識を用いて、
時間さえあれば野や山に入り食料を調達しているのだ。
その野草の中に、やたらコラーゲンが入っている変わった野草がある。
それは『クオラ』という野草で、
山の奥深くに生えておりアロエのような外見をしている。
その葉の厚さは、なんと十五センチメートルにも及び、
長さは三十センチメートルほどだ。
葉っぱ一枚でも二キログラムは優に超えるという。
クオラは切り立った崖に生えており、
採りに行くのが難しく、特に美味しくもないので今まで放置されていたのだが、
ヒュリティアはそれを狙って山奥に入るようになった。
きっと俺が作った『クオラの湯通し』が気に入ってしまったからだろう。
ヒュリティアの家に赴いた際、
偶々彼女が採って来たクオラがポツンとさみしげに放置されていたので、
俺は食材の精霊と共に料理をすることにしたのだ。
このクオラ、決まった温度と塩加減、そして昆布で、
なんと『フグの白子』のような、とろりとして芳醇な味に化ける。
俺も自分で作ってびっくりしたものだ。
そして、ヒュリティアは普段の彼女の姿など見られないほど、
ガツガツと『クオラの湯通し』をたいらげてしまったのだ。
後、フォリティアさんも同様だった。流石、姉妹。
先ほども言ったように、クオラはコラーゲンが豊富だ。
それ故に彼女の肌はぷるんぷるんで染み一つないのである。
それ以来、ヒュリティアはレンジャーのような生活を送っている。
ダンスの練習も欠かさずにおこなっているようだが、
現在ではダンサーよりもレンジャー能力の方が高いと思われる。
この間、彼女から話に聞いたのだが、
ホビーゴーレムチーム『あにまるず』のリーダーであるグレーアニキから、
将来レンジャーにならないか? とお誘いがあったらしい。
グレーアニキは現役のレンジャー隊員であり、
日々貴重な動植物を監視保護している偉大な人物である。
また、ヒュリティアの弓の師匠でもあるそうだ。
ただのホビーゴーレムが大好きなおっさんではなかったのである。
彼の部下だというモッスとブブオもヒュリティアを高く評価していた。
答えは保留にしているようだが、
ヒュリティアもどちらにしようか相当悩んでいるみたいである。
運命の出会いを選ぶか、自分で積み上げてきた能力を選ぶか。
答えは自分で選ばなくてはいけないからだ。
まぁ、まだまだ時間はあるので、
じっくりと考えると彼女は言っていた。
きっとヒュリティアなら、ズバッと決めてしまうことだろう。
「こらー!『テレパス』を途中できるんじゃ……ねぇ……」
勢いよくドアが開き放たれ、息を切らせてダナンが入ってきた。
どうやら、『テレパス』を強制終了したことに怒っているようである。
「……あ……ダナン……」
そして、間が悪いことにララァは『全裸』であり、
その全てをダナンは見る形になってしまった。
これは、責任問題に発展する!(邪悪顔)
「……ぶっはぁぁぁぁぁぁっ!?」
ララァの裸を見たダナンは鼻血を吹き出して倒れてしまった。
意外と純情なヤツだったようだ。
「……ララァ、早く服を着た方がいいわ。風邪を引いちゃうから」
そして、ヒュリティアのスルーである。
ダナンは本格的に諦めた方が良いのではないのかな?
フラグなんて何もなかったのだ(遠い目)。
「うん、良い感じに仕上がったさね。
サイズもぴったりのようだけど、どうさね~?」
そこには、新しく仕立て直した服を身に纏ったララァの姿があった。
やはり、実際に着てくれた方が評価しやすい。
文句なしの百点満点だ!(にっこり)
「……うん……いい感じ……動き易いし……温かい……
それに……なんだか……胸が軽い……」
ララァの言葉にマフティの瞳がギラリと輝いた!
「その胸の部分にゴードンが作り出した、
『魔導糸』の刺繍をアカネに縫ってもらったのさ。
魔導糸は粉末にした魔石を糸状に加工したもので、
きちんと魔石本来の能力も発揮するんだ。
その魔導糸には『ライトグラビティ』を付与してあるんだよ」
またゴードンの発明か。
あいつはどこを目差しているんだ?
その内、細工職人じゃなく、偉大な発明家として世に出てしまうぞ?
それほどまでに、この発明は画期的だった。
これならば、さまざまな物に応用できるからだ。
「これなら、ブラジャーに使えば、肩こりに悩む人が救われるな」
「それは良い案さね。
乳の形も崩れないから喜ばれること間違いないさね」
後で少し分けてもらって、ミランダさんに上げよう。
彼女はおっぱいが大きいので、肩こりが辛いらしい。
もう、持病みたいなものだと言っていた。
なので、これは相当に喜ばれることだろう。
「余った材料で、残りのデザインも数点作れたし文句なしだな」
「そうでござりますな。
しかし、チゲが裁縫をし出した時は少々驚き申した。
見て覚えたのでござりましょうな。
しかも、なかなかの腕前でござる」
そう、実はじっと作業を見ていたチゲであったが、
途中から針を手に取り、チクチクと裁縫を始めたのだ。
それは、初めて針仕事をしたとは思えないほどの出来栄えであった。
チゲの適正は、やはり日常生活において発揮されるのだろう。
この子は戦う者ではないのだ。大事にしなくては(使命感)。
一方、いもいも坊やだが……彼は特に手伝えることはなかった。
当然といえば当然である。
それでも、何か貢献したかったのか、
『ぴゅー』と糸を吐いて使ってくれ、とアピールした姿が健気だった。
ちなみに、その糸は一応シルクだったのでアカネが刺繍に使用した。
「さて、時間も良い頃合いです。
フィリミシア城に向かいましょう、エルティナ」
ルドルフさんが俺に死刑宣告を告げる。
そう、あの恐怖のレッスンの時間なのだ。
「……うっ、急にお腹が」
俺は仮病を使いこれを回避しようと試みるも、
彼に容赦なく抱きかかえられて、あえなく失敗に終わった。がっでむ。
「後片付けできなくてゴメンな。少しゆっくりし過ぎたようだ」
腹を括った俺は、大人しくレッスンを受けることにする。
お城で昼食を摂ることもレッスンに含まれているのだ。
テーブルマナーはある程度は楽な部類なのだが、
やはり、言葉使いがなぁ……(白目)。
「後片付けは、わちきらでやっておくから気にしなくてもいいさね」
「それよりも、時間がないんだろ? 早く行ってこいよ」
アカネとマフティが後片付けを引き受けてくれた。
ありがたや、ありがたや……。
「んじゃあ、逝ってくるよ」(諦め)
「……いってらしゃい、エル」
「……ききき……今日は……ありがとう……」
俺は皆に見送られてララァの家を後にした。
尚、ダナンはララァに膝枕されて寝ている。
鼻血を出してぶっ倒れた時に、頭を打って白目になってしまったのだ。
『メディカルステート』でただの打撲と気絶と表示されたので、
『ヒール』を施しそのまま寝かせておくことにした。
ララァの態度から見てわかるように、
彼女は完全にダナンに惚れているようだ。
人は見かけによらないなぁ……。
そう思いつつも俺はルドルフさんに護送され、
地獄への扉へと辿り着いたのであった。
さぁ、悪夢はここから始まるぞ(どうあがいても絶望)。