265食目 そこは魔界だった
ララァとの約束から二日後のこと。
『ララァの服仕立て直し隊』が結成されていた。
面子は俺、ヒュリティア、マフティ、そして……アカネである。
そして、お手伝いとしてチゲといもいも坊やが参加してくれた。
尚、パシリ役として、今日は店番が休みだというダナンを確保した。
モモガーディアンズのリーダー特権を有効に活用した結果である。
俺の護衛をしてくれているザインとルドルフさんだが、
意外なことに二人とも裁縫ができるので、
彼らにも手伝ってもらうことにした。
現在はララァの体のサイズを調べるため、
隣の部屋で待機してもらっている。
場所はララァは決めたのだが……別に居間でよかったのではないだろうか?
「こ……これは凄まじいですね」
隣の部屋からルドルフさんの声が聞こえてきた。
はっきりと話し声が聞こえるので、相当に壁が薄いのだろう。
「まことにもって、女子の部屋とは……ぬ、ぬおぉぉぉぉぉぉ!?
下着の山が崩れてきたでござるぅぅぅぅぅ!!」
「ザ、ザイン君! しっかりしてください!」
バタ、バタ……ガタ、ガタ……。
いったい、何が起こっているんだぁ……(遠い目)。
俺達はララァの家に朝早く集合し、彼女の服を作ることにしていた。
彼女の家は露店街に近いので、
足りなくなった材料をすぐに買い足すことができるからだ。
露店にはなかなか侮れない良質の素材が並んでいることがある。
下手な専門店で買うよりも安く手に入るので油断してはいけないのだ。
そのためのダナンである。そう、彼に値切らせるのだ。
子供のお小遣いは少ないからな、出費は少ないに限る。
ん? 俺? ……気にするな!(労働者)
「ぐひひ、わちきに任せておけば安心さね」
……凄く心配だ。
どうして、彼女が選ばれてしまったのだろうか?
選んだのはヒュリティアだ。
きっと、実力だけで選んだに違いない。
確かにアカネの裁縫技術は俺達の中で抜きん出ている。
目指す道を誤ったのではないのか、と思わせるほどの腕前だ。
しかし……その全てを、彼女の性格がダメにしてしまっていた。
「さぁ、さぁ、服を全部脱いで、生まれたままの姿を見せるさね!
全てを確認しないと、完璧な服は出来上がらないさ~!
ケツの穴のしわの数もきっちり……しべりあっ!?」
「……そこまで。ララァが引いてるわ」
いや、それは明らかにヒュリティアのツッコミに引いているんだぞ?
アカネはヒュリティアが片手で持ち上げたソファーの下敷きになっていたのだ。
……それも鈍器扱いなのか?
「お、俺は露店街で待機しているからさ、何かあったら連絡入れてくれよな」
ダナンが気まずそうに部屋を退室していった。
やはり、一人だけ男というのは気まずいのだろう。
「……見ていって……いいのよ……?」
怪しい笑みを浮かべるララァ。
その目は明らかに肉食獣の目!
ダナンは一目散に逃げだしてしまった!
「……ききき……うぶ……ね……」
「……丁度、ダナンもいなくなったし、服を仕立て直しましょう」
そして、このヒュリティアのクールさである。
ダナンはヒュリティアにアピールしているようだが、
ここ最近はまったく功を奏していないようだ。
もう諦めた方が良いんじゃないのかな?(暗黒微笑)
「じゃあ、まずは寸法を測らないとダメだな。
ほれほれ、ララァは服を脱いでくれ」
男のダナンが部屋を出て行ったので、
ララァの身体のサイズを調べる作業に入る。
この作業が終わらないといつまで経っても、
ルドルフさんとザインがこの部屋に戻ってこれないのだ。
ララァは着ていた服をテキパキと脱いでゆく。
脱いだ服はチゲが持っていてくれた。
早速、大活躍だなチゲ!(大袈裟)
暫くすると、産まれたままの姿となったララァの姿があった。
なんとも艶めかしい姿になったものだ。
でも、下着まで脱ぐ必要があるのか?(疑問)
「いよいよ、わちきの出番さね!
ぐひひ! 測るよ~、すっごく測るよ~!!」
一瞬にして復活を果たしたアカネがララァにダイブを敢行する。
そのため、俺達の制止は遅れてしまった。
これは油断……そう、油断だ。
まさか、こんなにも早くアカネが復活するとは思わなかったのだ。
「……くすぐったい……」
「動いちゃダメさね。
感覚がわからなくなるさね~?」
しかし、アカネは至って真面目で真剣な表情だった。
その指先に全神経を集中させるがごとく繊細なタッチで、
ララァの裸体に触れてゆく。
まるで触診でもしているかのようだ。
ただ、その動作がいやらしく見える。
「なぁ……俺には、ララァがアカネに
セクハラされているようにしか見えないんだが」
「奇遇だなマフティ。実は俺もだ」
実際問題として、アカネはメジャーを使って測定していなかった。
ララァの身体の隅々を指や手で調べ上げているのだ。
そんな方法でわかるのだろうか?
「……でも、凄く真剣だわ」
ヒュリティアの言うとおりで、
アカネの顔は普段は見られないほどの真剣な表情であったのだ。
彼女の大好物であるお尻に至ってもその表情は崩れなかった。
問題はこれで、正確な測定ができているかどうかである。
「よし、もういいさね。紙とペンを寄越すさね~」
アカネは俺から紙とペンを受け取ると、
物凄い速度でデッサンを始めた。
そこにはララァの細かい寸法が書かれており、
試しにメジャーで計ってみたところ、
まったく同じ数値が書かれていたのだ。
「マジかよ……アカネって何者なんだ?」
「まさに、ゴッドハンドだな」
彼女はその指先で、ララァの肉体を完全に把握してしまったのだ。
その有り得ない特技に俺達は驚愕するしかなかった。
「よし、取り敢えずは六枚ほど描き上げたさ~。
どれか気に入ったデザインはあるさね?」
アカネの描いたデッサンはかなり独特なデザインだった。
そのどれもが胸を強調するものであり、
ララァが気にいるものではないように思えた。
とは言ったものの、
アカネはララァが胸を気にしているとは気付いていないので、
仕方がないと言えば仕方がない。
案の定、ララァは良い表情をしなかった。
「ぐひひ、胸を気にしているのさね? 問題ないさね~。
ララァは背が高いから、それくらいの乳があっても変には見えないさね」
「……でも……」
「遅かれ早かれ、わちきらの乳は大きくなるものさね。
今の内に慣れておくことができる……と割り切った方がいいと思うさ~」
アカネにそう言われ少し考えた後に頷き、
ララァは一つのデザインを選んだ。
「……なかなか、きわどいデザインを選んだわね」
「これでいくのか……俺には無理だなぁ。
恥ずかしくてまともに歩けないよ」
「そうだな、お尻のもこもこ尻尾が邪魔をして、
おパンツが見えてしまうもんな」
ララァが選んだデザインは、かなりセクシーなものであった。
申し訳程度に胸を包む上着。
両肩は露出しておりお腹も丸見えである。
そして、超ミニスカート。
おパンツを見てください、と言っているような短さである。
それにニーソックスを身に着けたのがこのデザインである。
「攻めるね~わちきがデッサンした中でも、
特に露出が多いデザインさね……決め手はなにさね?」
「……飛びやすそうだったから……」
まさかの性能重視だった。
確かに、飛行に邪魔になる部分が一切ないと言えば、そうだと言える。
背中の部分も大きく空いているので動かしやすそうだった。
「まぁいいさね。
後は寒さ対策に、保温の魔法を付与した魔石を付ければ完璧さね。
じゃあ、このデザインで作るけど……いいさね?」
「……うん……それでいい……」
デザインが決まったところで本格的な作業が始まった。
素材は前日、露店街で売っていた中古の安い服を購入した物を使用する。
全て大人物の服だが、どうせ解して使用するのでまったく問題ない。
ララァが服を着たため、
隣の部屋に待機しているルドルフさん達を呼びに行った。
「お~い、ルドルフさん、ザイン。
もうこっちの部屋に来てもいい……うわぁ」
『いもぉ……』
俺といもいも坊やは、見てはいけないものを見てしまった。
そこは『魔界』だった。
部屋を満たすゴミだかなんだかわからない物。
そして、机の上に無造作に置かれている、
大量のホビーゴーレムのオプションパーツ。
ハンガーに掛かっている、これまた大量の服。
所々にある芳香剤。
これが、恐ろしくきついにおいの物であった。
そんな中、ザインは大量の下着の下敷きになっていた。
全て女性物である。
彼の頭に載っているくっそ小さいサイズのブラジャーが、
とてつもなく哀愁を誘う。
「た、助かりました。
ここはなんというか……凄い部屋だったもので」
「こ、これならば……まだ、桃師匠にしごかれていた方がましでござるよ」
そこには、げっそりとした表情の二人の姿があったのだった。