264食目 珍獣、魂の叫び
どれだけ意識を失っていたのだろうか。
意識を取り戻すと俺は別室のベッドの上に寝かされていた。
このベッドには見覚えがある。
以前、竜巻の件の際に寝かされていたベッドだ。
「ここは……うっ!?」
体を起こすと頭がクラクラする。
今回はまた酷いものだった。
たかだか女言葉と思われるだろうが、俺にとってはかなりきついのだ。
「いたた……こりゃあ無理だな。年々酷くなっていきやがる」
俺は鈍痛のする頭を押さえて呻いた。
これは俺の魂が、女性らしくするのを拒絶している可能性が高い。
魂が自分は男だと主張しているのだ。
そんな中、俺が女言葉を使っただけでこの有様である。
女物の服を着ても何も起こらないのに、何故言葉はダメなのだろうか?
まったく以って謎である。
まぁ、俺も無理をして女言葉を使いたくはないのだが。
俺がベッドの上でうんうんと思案に暮れていると、
コンコンとドアがノックされて、困り顔のザマスさんが静かに入ってきた。
「お体の方はいかがですか? 聖女様」
「まだ、頭がクラクラする。
やはり、俺には女言葉は無理だな。
下手をすれば、俺は女言葉を使って絶命するかもしれない」
はっきり言って、そんな死に方はごめんこうむりたい。
鬼と戦って力尽きるならまだしも、
女言葉を使って自滅するなんて末代までの恥だ。
それこそ、桃先輩になんて言われるかわかったものじゃない。
「はぁ……困りましたわね。
後一週間で、聖女様を仕上げろだなんて無理難題ですわ。
国王陛下も酷なことを仰られます」
ザマスさんは頭を抱えてしまった。
確かに彼女にとっては大問題なのだろう。
まさか、女言葉を使っただけで、俺がぶっ倒れるとは誰が予想できようか?
だが、これは俺にとってはチャンスである。
彼女の弱みに付け込み、自分に有利な条件を引き寄せる……
俺が生き残るにはこれしかない! ユクゾッ!!
「提案があるんだ、ザマスさん」
「はい、なんざましょ?」
俺が彼女に提案したのは、
男女どちらが使っても違和感のない言葉使いを習得することだった。
限りなくグレーゾーンにて、俺の魂を誤魔化そうというのだ。
俺にとって、生き残る道はそれしかない。
女言葉を使ったが故に、
『誕生日の日に原因不明の死を迎えた聖女エルティナ!』
と新聞の一面を独占したくはないのだ。
「はぁ……でも、それならなんとかなるかも知れませんね」
「ふきゅん! それでいくべき! そうするべき!!」
よし……上手くいった! これで女言葉からは逃れることができたぞ!
後は言葉使いをなんとかすればオッケーだ!
政治家のように、カモノハシのように、
オカマのように限りなくグレーにだ!
いいな!? 細心の注意を払え!(警告)
「それでは、早速レッスンを再開いたしましょうか」
「ふきゅん! わかったんだぜ!」
その後の彼女の指導も、なんとかこなしてゆく。
時折、拒絶反応が出て吐血し倒れたが、
治癒の精霊の励ましにより俺は辛うじて立ち上がった。
「は……はい、今日はここまでにいたしましょう」
「あ、ありごとうございました……ごふっ」
レッスンが終わる頃、俺は既にボロボロになり満身創痍だった。
普段使っている言葉が使えないだけで、
見るも無残な姿へと変わってしまったのだ!
特に『ふきゅん』と鳴けないのはかなりきつかった。
今まで意識したことはなかったが、
俺は『ふきゅん』中毒に掛かっていたらしい。
今では鳴けないと死んでしまいそうだ。
たとえるなら、わんこに『わん』と鳴くなと言っているに等しい。
「せ、聖女様……ただの言葉使いの練習で、
そのような姿になった方は初めて見るザマス」
ザマスさんが語尾に思わず『ザマス』と付けて話してしまった。
彼女は語尾に『ザマス』と付けるのを嫌がる。
それは自分の名前がザマスだからだ。
幼い頃は気にせずに語尾にザマスと付けていたが、
成人してからは言葉使いに気を付けるようになり、
また教育者として活動するようにもなったので、
益々、使用しなくなったらしい。
でも、動揺したり不意を突かれると思わず付けてしまうようだ。
そのことに気付き、顔を赤らめると年相応の顔に戻る。
実は彼女……まだ二十六歳なのだ。
年の割に落ち着き過ぎている上に痩せているので、
実年齢よりも遥かに上に見えてしまうのである。
「わ、わたしにとって『ふきゅん』といえないのは……
拷問に等しいのです……がくり」
そう言い残し、俺は再び意識を手放してしまった!
果たして、俺は言葉使いを直すことができるのであろうか!?
ふきゅん! 無理っぽい!(即決)
ヒーラー協会に戻ってきた俺は、展望台に赴き空に向かって叫んでいた。
日も傾き、お山の向こうに沈もうとしている夕日にはいい迷惑だろうが、
そんなものはお構いなしだ! 俺は叫びまくるぞ!
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
「にゃ~ん! にゃ~ん! にゃ~ん! にゃ~ん! にゃ~ん!」
「きゅお~ん! きゅお~ん! きゅお~ん! きゅお~ん! きゅお~ん!」
そりゃもう呆れるくらい狂ったようにだ。
寧ろ、叫ばないと本当に狂ってしまう。ふきゅん!
お供には帰り道でばったり会ったキュウトと、
展望台で丸くなっていたツツオウだ。
キュウトはまたしても、ディークラッド先輩にしてやられたらしい。
プリティなミニスカートと、もふもふの尻尾が素晴らしい。
「ああ! もう! 俺は男だぁぁぁぁぁぁっ!」
彼女の悲痛な叫びは、
暮れかけた夕日がキャッチをし……『ペイッ』と投げ捨てた。
どうやら、夕日もディークラッド派のようだった。
それを見たキュウトは「きゅお~ん……」と鳴き崩れる。
なんとも哀れだ。
「……ききき……エルティナ、うるさい……どうしたの……?
……あ、キュウトもいたんだ……?」
そこに爆乳少女、カラス鳥人のララァが気怠そうに飛んできた。
翼を動かす度に、ぷるんぷるんと乳房が艶めかしく揺れ動く。
……エロ過ぎる。
はて、ララァはいったいどうしたのだろうか?
彼女に聞いてみよう。
「そういうララァも、アンニュイな顔をしてどうしたんだ?
まぁ、お茶を奢ってやろう。一杯飲んでおゆき」
俺はララァを招き入れて、展望台にあるテーブルに座った。
キュウトもちゃっかり復活して席に着いている。
『フリースペース』からデルケット爺さんに分けてもらった、
ウスターソース味のクッキーを取り出しララァに勧める。
キュウトは進める前に食べていた。
少しは自重しろ。
さて、これは分けてもらったというよりも、
押し付けられたと言った方がいいのかもしれない。
なかなかに凄い量だったからな。
デルケット爺さんも『フリースペース』が圧迫されるから、
クッキーの数を減らしたかったのだろう。
「……変わったクッキー……好きかも……」
ぽりぽりとクッキーを頬張る彼女。
そのアンニュイな顔に、ほんのりと笑顔が戻った。
どうやら、お気に召したようだ。
「ふがふが! もごごごご! うくくん!」
キュウトは口に詰め過ぎだ。
後で分けてやるから落ち着け。
そして、緑茶を人数分淹れた後に、
それぞれの事情を説明することになったのだが……。
「……ききき……それは災難ね……」
「だろう? 俺には無理なんだぜ!
公の場は我慢するが、普段からは絶対に不可能だ! ふきゅん!」
ララァは俺の意見に理解を示してくれた。
「……キュウトは……諦めたら……?」
そして、キュウトには否定的な意思を提示する。
「お、俺は男でいたいんだぁぁぁぁぁ……」
狐少女は泣きながら走り去った。
ララァはなかなか容赦がない。
まぁ、いつものやり取りなので気にはしないが。
今度は俺が彼女に事情を聞く番だ。
「……私? ……ないのよ……服が……」
そう言うとララァは忌々し気に自分の乳房をわしづかみにして、
たゆんたゆんと上下させる。
とてもロフトには見せられない凄まじい光景だ。
華奢な体に付いた豊満な乳房が荒ぶっているのである。
キャッチして鎮めたい衝動に駆られるぜ……。
「……こいつが……邪魔で……服が着れない……。
……エルティナの……誕生日祝いに……出席するように言われても……
着る服がないのよ……」
「た、確かに……そのおっぱいが収まる子供服はないよなぁ」
ララァは着る服がなくて困っているようだった。
オーダーメイドだと非常にお高い上に、
成長期である『俺達』では、すぐに着れなくなることは明白であった。
……だれだぁ! おまえは成長してないだろって言ったのはっ!?(予知)
「……はぁ、重たい……肩がこる……邪魔臭い……」
テーブルの淵に乳房を載せ、心底忌々しく自分の乳を見つめるララァ。
俺はそんな女性を初めて見たぞ。
「ふきゅん、服か……オーダーメイドは高いから、
安い服を二着買って改造すればいいのではないのかな?」
「……改造? ……仕立て直すってこと?
……それができれば……苦労はしない……姉も……私も……できない……」
ララァは、胸を抱え顔をそらして物憂げな表情をした。
その顔は子供がする顔じゃないと断言する。
「なら、できる人に頼めばいいんだよ。
取り敢えずは目の前に一人いるだろう?」
俺はドヤ顔でララァに提案した。
そうだ、できないなら頼めばいい。
そのために仲間はいるのだから。
「……でも……いいのかしら……?」
「いいの、いいの! 後はめぼしい連中を集めて古着を大改造だ!」
あの辛く苦しい拷問のような練習に耐えるには、
何かしらの楽しみが必要だ。
すまないとは思うが、ララァには生贄になってもらおう!(暗黒微笑)
俺は悪い顔をして笑いまくったのであったとさ。
◆ ザマス・ザマス ◆
人間の女性。26歳。家庭教師。
茶色い髪を頭部にてお団子状に纏めている。瞳の色は黒。
痩せ気味できつい顔をしているため実年齢よりも老けて見られる。
長身痩躯。
語尾に『ザマス』と付けるのは癖だが、
現在は意識して付けないように心がけている。
実は可愛い物に目がない。
よって、珍獣には心を鬼にして当たっている。




