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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第五章 青き竜使いと黄金の竜
262/800

262食目 誓いの咆哮

 ◆◆◆ アラン ◆◆◆


「ぎ……が……がかっ……」


 俺は辛うじて生きている肉団子達の首を締めあげ、

 苦痛と絶望を残らず吐き出させる。


 今の俺には、あの青い男に切り落とされた右腕を再生させるための、

 陰の力がまったく以って不足しているのだ。


 集めた膨大な陰の力は戦闘前にデュリンクに送ってしまったので、

 自前の陰の力しか残っていない。


「が……かはっ…………」


 ちっ、最後の肉団子がくたばりやがった。

 もう苦しみも、憎しみも、恐怖も吐き出さねぇ。


 糞がっ! これっぽっちじゃ、切り落とされた腕が再生しねぇだろうが!

 絶望を食らおうにも、この肉団子共は全てくたばっちまっている!

 こんな残った肉を食っても、なんの足しにもならねぇ!!


「あの糞雑魚共が……調子に乗りやがって!!

 こうなったら、デュリンクの指示なんて知ったこっちゃねぇ!

 ゼグラクトの連中を貪り食って、腕を再生してやる!!」


「そうはさせん」


 その声は上から聞こえた。

 聞き覚えがある……この声は戦闘中に聞いた声に違いない。

 だが、あの糞むかつく野郎の声じゃない。

 あの、金色のトカゲ野郎の方か。


「あ~!? トカゲ野郎が何をしに戻ってきた!!

 桃使いでもねぇおまえが、俺に勝てるとでも思ってんのか?

 さっきのようなビギナーズラックはもうねぇぞ!!」


 丁度いい。

 こいつの苦しみ、憎しみ、恐怖を食らって腕を再生させるとしよう。

 このトカゲはプライドの塊だ。

 さぞかし、良質な陰の力を吐き出すことだろう。

 さぁ、俺を憎め、憤慨しろ、怒りに狂うがいい!


「見たところ、あの糞野郎の姿が見えないが……くたばりやがったのか?

 さぞかし、無様な死に方だったんだろう?

 死にたくないとか言ってなかったか? あ~?」


 まずは煽る。


 そして相手の出方を見て、傷口を選別し抉る。 

 相手が冷静さを失えば失うほど、効果は抜群になるのだ。

 さぁ、どう出る? 早く憎しみを吐き出せ!


「シグルドは死んだ。もういない」


「ぶはははっ! そりゃあ、ざまぁねぇな! いい気味だぁ!

 俺に逆らったヤツは、そう言う運命を辿るのさ!」


 へへ……いいぞ。

 ヤツから憎しみが……いや、これは怒りか?

 まぁ、どっちでもいい。二つとも負の感情だ。

 陰の力に変換し易いことに変わりはない。

 煽り続ければ、良質な憎しみに変わることだろう。


「貴様に奪われたのだ。

 友の未来、我らの誇り、三人の夢を」


「ははっ! そうかい、そうかい! それが、どうかしたのか?」


 どんどんと怒りが膨れ上がっているのがわかる。

 もう一息だ。もう一息で怒りが憎悪に変わる。


 味わわせろ、その憎悪を!

 くっくっく、最高の味になっているんだろうなぁ……。


 俺は思わず舌なめずりをしてしまう。

 憎しみが深ければ深いほど、

 憎悪は芳醇な香りを放ち、まろやかな味わいになる。


「弱いから死ぬのさ。そうだろ? 俺は強いから生き残った。

 強いヤツが弱いヤツから、全てを奪って何が悪い?

 許されるのさ! 強いヤツは何をしてもなぁ!!」


 ……? おかしい? 限界まで膨らんだ怒りが消えた?

 そんなことはない。あれほどまでに膨れ上がった怒りを消すなんて無理だ。

 いや、確かに怒りは目の前にある。

 どうなっているんだ……?


「だから……取り戻しにきた。

 我らの誇りと、三人の夢を……おまえからっ!!」


 トカゲ野郎の怒りが爆ぜた。

 なんだこれは!? これが怒りだというのか!?

 負の感情と言えるのか!? これではまるで……!!


「我に……『我ら』に立ちはだかる、全ての愚かなる者に!

 我らは純然なる怒りを解き放つ!!

 返してもらうぞ! 誇りを! 夢を!! 未来をっ!!」


 黄金のトカゲが咆哮を上げた。

 解き放つのは純粋なる怒り。本来は負の感情である怒りだ。


 だが俺は……食うことができなかった。

 何故ならば……その怒りには負の感情がなかったのだ。


 その代わりにあったのは……陽の力。

 正しき怒り……桃使いが発する『正義の怒り』というヤツだ!

 反吐が出る言葉だぜ!!


「て、てめぇ! 怒りの中に陽の力を混ぜてんじゃねぇよ!!

 食えないだろうがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「アランッ!! ここがおまえの滅ぶ場所だ! マイクッ!」


「任せろ、ブラザー!!『桃結界陣』!」


 金のトカゲ野郎の口から甲高い男の声が聞こえてきた。

 その瞬間、トカゲの身体からピンク色の光が一瞬発光し、

 およそ百メートル四方を、薄いピンク色のベールで包み込んでしまった。


 野郎……結界を張りやがった! なんなんだ、このトカゲは!!

 この短時間で桃使いに覚醒したとでもいうのか!?

 それにしたって、見習い桃使い風情が使っていい技じゃねぇぞ!

 わけがわからねぇ!!


「糞が……片手がなくても、

 おまえごときの見習い桃使いは目じゃねぇんだよぉ!

 くたばれ!『憎しみの光』!!」


 相手が桃使いならば、陰力の吸収は難しい。

 桃使いは陽の力の塊みたいなヤツらだ。

 ならば、早急にブチ殺すに限る。


 俺は左手の人差し指から、凝縮した陰の力を発射した。

 こいつは下級の鬼が使用する陰技とはわけが違う。

 軽く連中の二十発分くらい上の威力だ。


「見習い風情が防げると思うなよ!

 そのでかい図体でかわせるなら……かわしてみなぁ!!」


 そのトカゲはまったく避ける気がないのか、その場に留まっていた。

 それともか、避けることもできない木偶の棒か?

 俺がそう思った、次の瞬間!!


「ゴヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 咆哮、そして砕け散る『憎しみの光』!

 バカな!? 有り得ない! 俺の……俺の陰技が!!

 ヤツの声だけで散らされちまった!?


「貴様は所詮、力に酔っているだけの愚か者だ。

 こうして、力が上の者に相対した時、おまえは何もできないのだ。

 おまえは強者などではない……弱者だ!」


 俺を見るトカゲ野郎の目は哀れみを帯びていた。


 この野郎……ふざけるな! 何が弱者だ! 俺は強者だ!

 俺は全てを奪う権利を持っているのだ!

 少しくらい戦う力を得た程度で、勝ったつもりになるんじゃねぇよ!


「ほざけぇ! ハチの巣にしてやる!『憎しみの散光』!!」


 俺から放たれる無数の赤黒い陰の力。

 一発がダメなら、無数の『憎しみの光』を叩き込んでやる!


「……無駄だ」


 今度は咆哮すら上げなかった。

 ただ、佇んで居ただけだ。ヤツの強固な鱗には傷一つ付かない。


「この野郎! 調子に乗るんじゃねぇよ!」


 俺は意地になって赤黒い光を、トカゲ野郎に撃ち込んでやった。

 だが、その全ての赤黒い光が弾かれてしまったのだ。

 よく見れば、薄っすらと桃力が張られている。


 まさか……そんな薄さの桃力で、全て防いだとでもいうのか!?


「HEYHEY! どうした、鬼さんよぉ?

 俺らをハチの巣にしてくれるんじゃねぇのかい?

 そんな豆鉄砲じゃ、ブラザーの黄金の鱗に傷一つ付けねぇぞっと!」


 ヤツの口から洩れる別人の声。

 こいつは、いったいなんなんだ!? これが桃使いだとでもいうのか!?

 俺は知らない、知らないぞ!!

 こんなタイプの桃使いがいるとは、

 デュリンクの見せたデータにはなかった!

 

 あの胸糞悪い男とも違う!

 エルティナとも、まったく違うじゃねぇか!


 ちくしょう! デュリンクの野郎!

 何が桃使いは『エルティナだけだ』だ!

 今日だけで二人も出会っちまってるんだぞ! こっちはよぉ!!


「終わりにしてやる……アラン! 滅びよっ!!」


 金色のトカゲが俺を睨み付けてそう宣言した。


 何が「滅びよ」だ。それはこっちのセリフ……っ!?

 身体が固まったかのように動かねぇ!! まさか……あの野郎!

 俺を『威圧』しやがったのか!

 バカな!? それほどまでに力の差があるっていうのかよ!?

 

 トカゲ野郎が砂煙を撒き散らしながら、真っ直ぐ俺に突っ込んできた!

 ヤツの『威圧』で、俺はまともに動くことができない!

 そして、ヤツの身体がピンクのオーラに包まれているのがわかる。


 アレが全て……桃力だっていうのか!?

 冗談じゃねぇぞ!? 四メートルはある体を包み込む桃力の量だと!?

 あの状態でぶちかまされたら、一巻の終わりだ!


 考えろ! アレをかわす手段を!

 移動は無理だ!『威圧』で動けねぇ!

 受け止めるのも無理! 質量が違い過ぎる!

 何よりも桃力の量が違い過ぎだ! 俺の鬼力じゃ一瞬で貫通されちまう!

 黄泉の光……効くわけがねぇ! 憎しみの光も通じない!

 この……化け物めっ!!


「どうしろっていうんだ!? くそったれ!」


 もう、ヤツが目前まで迫っている!

 嫌だ! 嫌だ!! 滅びて堪るか!!

 俺はまだ、この世界に復讐をしていないんだ!

 俺の! 俺達のささやかな幸せを奪ったこの世に、

 復讐し終えていないんだよぉ!! 


 やるしかねぇ! 奥の手! 切り札!!

 身体の負担がきつ過ぎるが、そんなこと言ってられねぇ!


「鬼力!『溶』! 溶けろ! 無様な姿を晒せぇ!!」


 対象は俺の目の前の地面! ヤツが嵌れば儲けもの!

 だがヤツは直前で跳躍し、溶かした地面を回避しつつ、

 俺を叩き潰そうとしてくる! 当然、それも読んでいる!!


「かぁぁぁぁぁぁっ!! 食らいやがれ!!『憎悪の血槍』!!」


 俺の奥の手。赤黒い血の槍が俺の左手に瞬時に作られる。

 そして、すかさず『憎悪の血槍』をトカゲ野郎に撃ち込んだ!


 それは跳躍中で回避できないヤツの黄金の鱗を吹き飛ばし、

 右肩に深々と突き刺さった!

 吹き出すトカゲの血が、一瞬だが俺の視界を遮る!


「うぬっ!?」


 だが、俺の耳にはしっかりと聞こえた! ヤツの苦悶の声が!

 いける! これなら……ヤツに届く!!

 だが、『憎悪の血槍』は撃てて後一発。


『憎悪の血槍』は俺の血液で作られる、陰の力を凝縮した必殺の槍。

 威力は申し分ないが、自分の身を削る大技だ。

 そうそう連発はできない。

 そもそもが、使うハメになるとは思ってもみなかった。


 だが、今……こいつを決めなくては俺は滅びる。

 俺はまだ、滅びるわけにはいかない。


 マジェクトもいる、エリスもいる!

 俺達を救ってくれたタイガーベアー様のためにも、

 そして、俺達の復讐のためにも!

 てめぇなんぞに、つまづいていられねぇんだよぉ!!


 俺のとっておきだ!

 おまえごときに使うのが、もったいないくらいだが……くれてやるよぉ!!

 俺の鬼力の特性と、陰の力を合わせた奥義をなぁ!!


「鬼陰技!『腐界の槍』!!」


 必殺の力を秘めた、ドス黒い槍が手に出来上がる。

 俺はトカゲ野郎の着地地点に狙いを定め、必殺の槍を投げ込もうとした。


「……!? ヤツがいない!? どこに……」


 いなかった。

 既に着地していていいはずなのに!

 あの質量で咄嗟に飛べるわけがない!!

 いったいどこに……?


 そう思った瞬間、強烈な寒気! 濃厚な死の予感!

 心臓の鼓動が限界を超えて早まる!!

 その恐怖の気配は……俺の頭上からだった!!


 ゆっくりと上を見上げる。

 そして、目を見開いて……見てしまった。


「あ、ああ……あああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 吹き出す大量の汗、漏れる悲鳴。

 俺は見てはいけないものを見てしまったのだ。


 四メートルもの大きさのトカゲが、

 俺を睨みつけるように、宙に垂直で張り付いていたのだ!

 有り得ない! 有り得ない!!


 その四肢には桃力! その特性は見たことがある!!

 あの青い男の桃力だ! 何故、その力をおまえが使っている!?

 偶然か!? それとも必然!? わからない!


 いや、今はそんなことよりも、迎撃! 撃破を優先!

 できなければ……死ぬ、死ぬ! 死ぬ!!

 動け、動け、動けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!


「かあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 動いた! 固まった体が! 腕が!

 ヤツにこれが当たれば必殺! 俺の勝ち! 勝利っ!!

 当たれっ……当たれっ! 当たれっ!!


 ドスッという鈍い音と共に、

 俺の必殺の槍が糞トカゲの眉間に突き刺さった。


 その瞬間、俺の顔は勝利に確信して、ぐにゃりと歪んだ。

 久々だ……勝利することが、こんなにも嬉しいだなんて。


 俺の『腐界の槍』はスペシャルだ。

『憎悪の血槍』に鬼力の特性『溶』を混ぜ込んだ物で、当たりさえすれば、

 どんな障壁も桃力でさえも『溶かして』貫く防御不能の必殺技だ!


 ははははは! 勝った! 俺の勝ちだ! くたばれ、トカゲ野郎!!


「はっはー、ちゃ~んとそれは『読んでいた』よぉ?

 お宅とブラザーの相性は最悪さ。

 俺っちとブラザーのシンクロ率のようになぁ?」


 俺の『腐界の槍』は命中し桃力を溶かしていた。

 だが……ヤツには届いていなかったのだ!!


「桃力……特性『固』! 相棒が、ブラザーと俺に託した力だ!

 おまえがどんなに溶かそうと、俺はそれを『固めて』無効化する!」


「そして、我はおまえの槍を空間に『固定』した!

 我には一切、この槍は届かぬ!!」


『腐界の槍』が弾けて消えた。


「な、なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 俺の……切り札が……消えた。

 俺の最後の切り札が……!!


「報いを受けよ!! これは貴様が殺めた兵士の分!!」


 死後の切り札を呆気なく潰され呆然とする俺に、

 トカゲ野郎の尾が猛烈な速度で叩き付けてきやがった。


「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 咄嗟にガードするも、左腕はぐしゃぐしゃになり使い物にならなくなった。

 耐えがたい激痛が俺を支配する。


「これは、貴様が辱めた女達の分!!」


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ヤツの爪で両足がへし折られる。

 何故だ!? 俺は陰の力で護られているんだぞ!!

 こうも、易々と攻撃が届くわけが……!!


「ひぃっ!?」


 見下すのは黄金の『竜』。

 その瞳には一切の慈悲などない。

 俺は今更ながら気が付いたのだ。


「そして……これが、これがぁ!!

 シグルドの分だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 俺は……竜の逆鱗に触れてしまたのだと。

 黄金の竜は至近距離で、その恐るべき咆哮を解き放った。

 その咆哮は易々と俺の身体を砕き、吹き飛ばしたのだ。


 自分の身体が、スローモーションでも見ているかのように砕け散っていく。

 信じられなかった。

 俺が鬼になってから、一人も勝てるヤツなんて居なかったのに。

 バカな、そんなバカな……。


 俺はこのまま、終わっちまうのか……?

 マジェクトやエリスを残して終わっちまうのか……?

 ちくしょう、ちくしょう! ちくしょう!!


 俺の意識はそこで途絶えてしまった。




 ◆◆◆ ガルンドラゴン ◆◆◆


 戦いは終わった。

 アランの遺体は確認できない。

 我の咆哮によって完全に砕け散ったのか、

 それとも、吹き飛んでしまったのかは確認できなかった。

 大地は抉れ、地形が変わるほどの咆哮だったのだ。


「終わったな……ブラザー」


「そうだな……マイク」


 戦いが終わり、仇を取ったにもかかわらず、我の心は晴れなかった。

 理由はわかっている……わかっているのだ。

 共に勝利を分かち合いたい友は、もうこの世に居ない。

 ……居ないのだ。


「さぁて、これからどうする?

 夢を……最強を掴むには、かな~り厳しいぜ?

 まずはイズルヒのノブナガ・オダ。

 ドロバンス帝国のカイザー・トトッペ。

 ミリタナスの勇者サツキ。

 ラングステンの勇者タカアキ。

 そして……ブラザーの最終目標、フウタ・エルタニア・ユウギ。

 こいつが一番やばいぜ? へらへらしながら実力を隠していやがる。

 演技も超一流。ぎりぎりでの勝利をいつも『演じて』やがるらしい。

 俺っちの一番嫌いなタイプだ! ファック!」


「気が合うな、我もそいつが大嫌いだ」


 我らは空を見上げる。

 いつの間にやら日は暮れかけ、世界を赤く染め上げていた。


「夢……そう、夢だ。

 我が知らなかった言葉、目標。

 それをシグルドが教えてくれた」


 我は瞳を閉じた。

 その闇の中に浮かぶのはシグルドの笑った顔。

 我が一番安心する顔だ。

 もう、見ることの叶わない優しい笑顔だ。


「マイク……我らの夢は……

『三人』の夢は、本当に終わってしまったのだろうか?」


「ブラザー……」


 沈黙。

 長い時間、それが続いた。

 美しく照る夕日は水平線にゆっくりと身を隠してゆく。


 やがて、太陽はその姿を隠し、月に主役を譲り渡す。

 我とマイクの『二人』は天高く上がった月を、じっと見つめていた。

 その優しい光に、身を預けていたのだ。


「なぁ……ブラザー。

 夢はさ……終わらないから夢なんじゃないのかな?

 俺っちはそう思うわけよ!

 だから、ドリーム! そうさ、ドリームだ!

 掴み取ろうぜ! 俺達の、『三人』のドリームをよ!!」


「マイク、おまえは……」


 その時、我の胸からピンク色の光が僅かに漏れ出した。

 シグルド……おまえも夢を諦めないのか。

 最強の道を、栄光を、その誇りを望むのか!


 我は月を見上げる。

 闇に浮かぶ月は、全ての命を優しく照らしていた。


「我はここに誓う。

 我ら三人の夢を叶えると!

 シグルドの名を、世界に轟かせると!!

 我らは最強になって見せる! 

 月よ! 聞き届けたまえ! 見守りたまえ!

 そして、世界よ! その身に刻め!

 この場、この瞬間から、我が名は『シグルド』だ!

 月よ! 世界よ! 記憶せよ!

 我が名は……怒竜ガルンドラゴンの『シグルド』だっ!!」


『シグルド』……受け継ぎしは友の名。

 受け継ぎしは、その強き意思。

 受け継ぎしは……見果てぬ夢。


 我は世界に向けて、全力の咆哮を上げた。

 その咆哮はいまだ小さい。

 だが、いつの日か世界に響き渡らせる。


 これは誓いだ。

 そう、『誓いの咆哮』だ。


「行こう……マイク。

 我らが前に進むには、乗り越えなければならぬ『小さき強者』がいる」


「あぁ、どこまでも憑いてゆくさ……ブラザー」


 この日、牙折れし黄金の竜は死んだ。

 そして……新たに生まれたのだ。

 永遠の挑戦者『怒竜ガルンドラゴンのシグルド』が!


 我らは目指す。

 屈辱と敗北に塗れた地へと。


 前に……前に進むために! この名に恥じぬ生き方をするために!!

 待っていろ! 我が宿敵よ! 今、我がゆく!

 おまえとの決着を付けよう!!


 月は静かに世界を照らし続ける。


 それは、これから起こる激闘を、静かに見守っているようにも見えた……。






















 ◆◆◆ エリスン ◆◆◆


 夜遅く家のドアを誰かがノックした。

 それは小さく、普通の人には聞こえないほどの音。

 でも、私にはハッキリと聞こえた。


 私は目が不自由だ。

 最近はシグルド兄さんのくれた薬で物がぼんやりと見えるまでになった。

 でも私は相変わらず、耳や鼻で色々なことを理解し判断していた。


「こんな夜にどちらさま?」


 今は夜だ。間違いない。

 ナイトフクロスという、夜にしか活動しない鳥が

「ほぅ、ほっほぅ」と鳴いているからだ。


「……やぁ、エリスンちゃん。

 久しぶりだね? げんきだったかい?」


「その声は……カーターさん? どうしてここに?

 シグルド兄さんと一緒ではないの?」


 私は声の主が誰だか少し迷った。

 その声は疲れていて、悲し気で、辛そうだったからだ。

 私の知っているカーターさんの声は、

 明るくて、元気で、太陽のような声だったと記憶している。


「あぁ、シグルドのヤツは……

 ガル公のヤツとさ、世界中を回る旅に出ちまった。

 それでエリスンちゃんに、この薬を渡してくれって頼まれちまってよ。

 ははっ、迷惑な話さ」


 カーターさんは私の手に、薬が入っていると思われる袋を手渡してくれた。

 あぁ……そうか、そうなのか。

 私は理解してしまった。


「『シグルド』は必ず『帰ってくる』さ。

 それまで……良い子で待っていてくれよな!

 じゃあな、エリスンちゃん! おやすみっ!!」


 そう言い残すと彼は走って帰ってしまった。

 暫くして、彼の叫び声が聞こえてくる。

 ……それはやがて嗚咽に変わった。

 私には聞こえるのだ。彼の悲しい声が。


「シグルド兄さん……」


 私の目からは涙がこぼれていた。

 ポタリポタリと床を濡らす。


 きっと、シグルド兄さんは帰っては来ない。

 この袋からは大量の血の臭いがする。

 この血の臭いは忘れようがない……シグルド兄さんのものだ。

 すっと、治療し続けてきた私にはわかるのだ。


 だって……私は妹なのだから。


「兄さん……シグルド……兄さん……う、うぅ……」


 こんな薬なんていらなかった。

 私はシグルド兄さんが傍にいてくれれば、それで良かったのだ。


 ずっと、仲良く生きていけると信じていた。

 ずっと、二人で支え合って歩いていけると思っていた。

 それにガルンさんも、マイクさんという変な人も加わって、

 賑やかな暮らしになると思っていた。


「あう……うぅ、ううう……!!」


 私は声を押し殺して泣いた。

 兄の血が染み込んだ薬瓶入りの袋を抱いて。

 私は……独りぼっちになってしまったのだ。


 その時、遠くから微かに獣の咆哮が聞こえてきた。

 微かだけれど、間違いない……ガルンさんの声だ。


 その咆哮は、まるで誰かに誓いを立てるかのようなものだった。


「ガルンさん……シグルド兄さん……」


 ひょっとしたら、カーターさんの言っていることは本当なのかもしれない。

 シグルド兄さんは英雄として世界を旅しているのかもしれない。

 ガルンさんと一緒に、マイクさんと一緒に……!


 だって、ガルンさんの咆哮には勇気と希望が溢れていたもの!


「私……待っているね。

 いつか、皆が戻って来た時のために、ここで待っているね!」


 外に出て夜空を見上げると、

 私の目には朧気ながらもお月様が映った。


「『三人』が無事に帰ってこられますように……」


 ぼんやりと目に映る月に私は祈りを捧げた。

 私にできることといえば、このようなことだけだ。

 三人が無事にここに戻ってくるまで続けようと思う。


「きっと、皆は戻ってくる……きっと」


 私はその日から、月に祈りを捧げ続けた。

『三人』がここに戻ってくるまで……ずっと、ずっと……。

◆ シグルド ◆


ガルンドラゴンのオス。10歳。桃使い。

黄金の鱗。金色の瞳。頭からは後ろに向けて六本の角が生えている。

吹き飛ばされた右腕は『真・身魂融合』時に、

残った肉体を使用して再生している。

その結果、彼の身体はスケールダウンし、

4メートルほどのサイズに縮んでしまった。

だがその結果、無駄な脂肪がなくなり、

俊敏さと筋力が増す結果となった。

また、翼はそのままの大きさを維持しているので、

飛行が安定することに繋がった。

全体的にシャープなフォルムになり、額に大きな傷跡ができている。

彼の桃先輩はマイク。シンクロ率が悪い。

桃力の特性は『固』。

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