259食目 青き竜使いと黄金の竜
◆◆◆ ガルンドラゴン ◆◆◆
雲が出てきた。
どんよりとした灰色の嫌な雲だ。
空の機嫌がどんどん悪くなってゆくのがわかる。
我は空を飛ぶようになって、
空の気持ちが段々とわかるようになっていたからだ。
「シグルド、一雨来そうだ。
まだ本隊とやらに合流できぬのか?」
「いや、そろそろ合流できてもいいはずなんだが……」
「ひゅー! 最高にご機嫌な眺めじゃないの!
俺っちのテンション上がり放題よ!」
先ほどから、シグルドの声がおかしい時がある。
いったいなんなのだろうか?
「シグルド、さっきからおかしな声を出しているが……
それは、いったいなんのマネだ?」
「っと、すまん。話すのを忘れていた。
実は俺、今日の朝に変なヤツに憑りつかれちまったんだよ」
「おいおい、変なヤツって俺っちのこと!?
傷付くな~、こう見えても、俺っちは繊細なハートの持ち主よ?
そこんところ、しっかりと覚えておいてくれよな!」
恐ろしく違和感を覚える。
シグルドの口から別人の声が発せられるのだ。
その声は酷く軽く甲高い。
「俺に憑りついているヤツの名はマイクというんだ。
まぁ、声だけのヤツだ。そこまで気にすることもない。
……お? 本隊が見えてきた! あそこだ相棒!」
「あれだな……」
「HEY! 相棒! なんか様子がおかしいぜ!?
和やかにピクニックって雰囲気じゃねぇ! ドンパチやってやがる!」
甲高い声のマイクが、
前方に辛うじて見える程度の人の群れの状況を報告してきた。
我でさえ正確に把握できないというのに、
どうして本隊の状況がわかるのであろうか?
「それは本当か……マイクっ!?」
「あぁ、マジマジ! 映像送るよ! 見てくれこの惨状を!」
と言ったマイクだが我には何も見えない。
だが、シグルドは「うっ」と呻くと苦し気な声を出した。
「マイク! 急に映像を頭に流すな!
まったく、鈍器で頭をぶん殴られたみたいだぜ!」
「あっ、ごめりんこ! 見習い桃使いだったの忘れてた!
悪かったよ、相棒。でも、わかっただろう? 状況は最悪だってさ」
「あぁ……最悪だ。本隊が盗賊の大部隊に奇襲を受けている。
きっと、情報を流したヤツがいるんだ。
討伐作戦は夕方におこなう予定だったからな」
どうやら、憑りついたマイクとやらが、
シグルドに特殊能力を授けているようだった。
どおりで我には見えないわけだ。
「盗賊の数はわかるのか? マイクとやら」
「ん? わかるぜ。
盗賊の数はおよそ八百だ。本隊の二倍だな。
話は変わるが、あんたもシグルドの相棒なんだって?
それなら俺と同じだ。
だから今日から、あんたと俺っちは兄弟ってことだな!
よろしく頼むぜ! ブラザー!」
「どうやったら、その結論に至るのだ。
まぁいい、急ぐのだろう? シグルド」
「あぁ、急ごう! しかし、これだけ戦力をただの盗賊が……?」
我らは、どんよりとした灰色の雲を切り裂きながら戦場へと急いだ。
戦場に近付くにつれて、濃厚な血の臭いが空気に混じってきた。
……戦いは、もう我らの目前まで迫っていたのだ。
戦場の真上に到着した我は一時上空にて待機する。
シグルドの指示を仰ぐためだ。
「着いたぞ、シグルド。
どうする? このままゆっくり盗賊共の背後に回るのか?」
「いいや、相棒。これは俺達のデビュー戦だ。
伝説になるくらいの、ド派手な登場といこうじゃねぇか!」
「いいね、いいねぇ! 俺っちも、そういうパフォーマンス大好きよ!
もう、ド派手にやっちゃってくれよ! ブラザー!!」
「よかろう、我もコソコソするのは好きではない……ゆくぞ!!」
我らは戦場のど真ん中に急降下した。
我が着地すれば大地が揺れ、
多くの盗賊と思われる者共がバランスを崩し倒れ込んだ。
我を見る者の顔が見る見るうちに青ざめてゆく。
その様を見届けたシグルドが、大声を張り上げて名乗りを上げた。
「シグルド・ファイムと、その相棒ガルンドラゴン見参!
てめぇら! 生きて帰れると思うんじゃねぇぞ!!」
「HEY、ブラザー! いっちょ、やっちゃってくれよ!
相棒には防音障壁を貼っといたからさ!」
マイクが我に聞こえる程度の声で伝えてきた。
このわけのわからない声だけの存在は、
我の能力を把握している様子だった。
「だってよ? それじゃ、おっぱじめるか! 相棒!」
「……心得た。
我らに立ち塞がる全ての愚かなる者達に!
我は純然なる怒りを解き放たん!」
さぁ、始めよう。我の咆哮と共に。
我はいつ振りとなるかわからない、怒りの咆哮を解き放った。
◆◆◆ ブリギッド ◆◆◆
「隊長! もう限界です! 半数以上の者が討ち取られました!
このままでは全滅です! 撤退の指示を!」
「くっ……でも、団長は戦闘を続行するように指示している。
命令は軍人にとって絶対だ、いったいどうすれば!?」
状況は最悪だ。
盗賊達が潜んでいると報告があった山岳地帯に向かうに当たり、
討伐隊の団長は部隊を縦に伸ばして行軍させてしまった。
その伸びきった状態を横から突かれて、
あっという間に壊滅状態にさせられてしまったのだ。
部隊を縦に伸ばして行軍させること自体はそこまで深刻なことではない。
深刻なのは……討伐の時刻が漏れていることだ。
クエストを受注した冒険者は全て素性を調べ上げ、
『テレパス』を使用して予定よりも早い三日後の出発を知らせていた。
まず、冒険者が情報を漏らすことはないだろう。
クエスト中に違反をおこなったことが判明すれば、
冒険者ギルドにより粛清されていまうからだ。
即座に賞金首にされて、世界中のハンター達の餌食になってしまう。
そのことを考慮すると、
考えたくはないが軍の中に密告者がいるということになる。
団長はそのことに気付いているのだろうか?
「ブリギッド隊長! 敵です……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
私に敵の報告をした部下が盗賊に切り倒された。
いったいなんだ!? こいつらの装備は!
一介の盗賊が身に付けるような物ではないぞ!!
「おのれっ!」
私は得物である弓を構え、盗賊共を数人仕留めるも数が違い過ぎた。
やがて、矢も尽きた私は数人の盗賊に取り押さえられてしまう。
「へへっ、巨人族の女だがなかなか美人じゃねぇか!
手足の筋を切って、身動きできなくしておけ!
アジトに戻ったらお楽しみタイムだ!」
盗賊共の下卑た笑いが木霊する。
討伐隊は既に壊滅状態だ。助けなど期待できない。
私はこのままだと、
こいつらの慰み者になって生かされ続けることになるだろう。
最後にシグルドの顔を見ておきたかったな……。
やがて、手足の筋を切られてしまった私は、
芋虫のように地面に転がることになった。
私の体をまさぐる男達の手が気持ち悪い。
これが毎日繰り返されることになると思うと、もう死にたいと思った。
私がそのように諦めた時のことだった。
凄まじい轟音と共に吹っ飛んでいく何かを目撃したのは。
その何かが地面に転がっている私の目の前に落ちてきた。
それは……人の頭。
盗賊と思われる男の頭だったのだ。
「ひっ!?」
私は思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
大声でなかったのは、私が軍人として鍛えられていたからだろう。
「嘘だろ……ベイクーハンの頭じゃねぇか!?
うちの最強の男がやられたってのかよ!!
相手は誰だ! この数を恐れないで、まだ戦うヤツが居るってのかよ!?」
「居るよ? ここになっ!!」
それは上から降ってきた。
正確には跳躍して着地したのだろう。
でも、それは降ってきたように思えたのだ……そのあまりの巨体ゆえに!
「が、がが、ガルンドラゴンだとぉぉぉぉぉ!! ふざ……ぺぎょっ!?」
盗賊の男は最後まで喋ることはできなかった。
喋る前に青い冒険者……
いや、青き竜使いの剣によって一刀両断されてしまったからだ。
「その人から離れな! クソ共!
てめぇらの汚い手で触れるほど、安い女じゃねぇんだぞ!」
「シグルド!」
だが、その言葉を聞いて、
残った盗賊達は私の首元に短剣を当てて脅してきた。
「剣を捨てなぁ! この女の命がどうなってもいいのか!?」
「どうでもいいかな? げへへ!」
バシャっと音がして崩れ落ちる盗賊。
その頭部はぐしゃぐしゃに潰れていた。
「よう、シグルドぉ! これで借りは返したぞ!
これで、もうてめぇに従う義理はねぇよなぁ!?」
「ゲオルググ! あっ……確か、食い逃げの代金立て替えていたよな?」
「なんなりとお申し付けください若。げへへ……」
盗賊を倒したのは小汚い身形の冒険者の男だった。
確か、さっきまで兵に盗賊と勘違いされて追いかけ回されていたと思う。
もう少し、身なりをまともにすればいいものを。
「よし、それじゃあブリギッド隊長を護っていてくれ!
俺達は……盗賊共を食い荒らしてくるからよっ!」
シグルドの顔は今まで見たこともないくらいに獰猛で、険しく、
そして……雄々しかった。
私のハートがきゅんとする。
このような状況にもかかわらず、どうしようもないヤツだ……私は。
「行くぜ! 相棒! 伝説の幕開けだ!」
「ふん、この程度の連中で伝説になれるのか?
数だけの雑魚共ばかりだ! 我が再び前に進むには事足りぬ相手よ!」
黄金の竜を従えた青き竜使いは、盗賊の大群に突撃をした。
既に黄金の竜の登場によって戦場は大混乱に陥っている。
いや、この状況を利用すれば逆転できるかもしれない。
「ゲオルググ、私を草むらでも岩陰でもいいから隠してくれ。
そして、貴方は大声で言いまわってほしい。
『青き竜使いと黄金の竜』がベイクーハンを討ち取った……と」
「おいおい、なんで俺が、そんな危ないことをしないといけねぇんだよ!」
いや、なんのために戦場に来ているか理解しているのか? このおっさん。
しかし、ここで折れてはいけない。
身動きの取れない私は、彼に頼むしかないのだ。
いったいどうすれば……? そうだ!
「やってくれたら、私の『おっぱい』を触らせてあげる!」
「言い回ればいいんだな? 任せておけ! げへへ……!」
ちょろ過ぎる。
でも、やる気になってくれたようだ。
ゲオルググは私を引きずって草むらに隠してくれた。
重くて持ち上がらないと言われた時には、
流石に少しばかりショックだった。
大きくなりたくて、なったわけじゃないのに。
私はこれでも、巨人族の中では小さい方なのだ。
「げへへ! おっぱい!」
そう叫んで彼は戦場へと駆けていった。
……やっぱり、少し心配だ。
きちんとやり遂げてくれればいいのだけれど。
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
やれやれ、遅刻して到着してみればこの有様だ。
忙しいったらありゃしない。
「きたぜぇ、相棒! ブラザー!
前方から盗賊百五十だ! はっはー! 壮観だねぇ!」
「気楽なもんだなぁ、マイクは。
一応、俺達は命懸けなんだぜ?」
「ふん、そいつに何を言っても無駄だ。
それよりもゆくぞ! あの愚かなるもの達に、我らの力を見せつけるのだ!」
「オッケー……やってやろうじゃないか!」
盗賊共は得体のしれない装備に身を包んでいた。
どれもこれも見たことのない武器や防具だ。
筒みたいな物の先から光線のようなものを発射してきやがる。
戦い難いったらありゃしない。
なんなんだあれは?
「ありゃ~ビームライフルだな。
魔力が動力源みたいだが……詳しく調べる?」
「いや、いい。
それよりもあの光線は防げるのか? マイク」
「防げるぜ~、ビーム自体は魔法だしな。
相棒の魔力を使わせてくれるなら、ピンポイントで防いじゃうぜ」
「なら、よろしく! 相棒! 突っ込めぇ!」
盗賊達が一斉に光線を放ってくるも、
俺はマイクが張った魔法障壁で防ぎ、
相棒に至っては、
黄金の鱗に当たって反射してしまい、傷一つ付かなかった。
「ひぃ!? 全然効いてねぇぞ!!」
「ちくしょう! 楽な仕事だって聞いていたのに! 話が違うじゃねぇか!」
悪態を吐く盗賊共に飛びかかる黄金の竜。
背に乗る俺も盗賊共に追撃の攻撃魔法を打ち込んで止めを刺してゆく。
「HEY! 相棒! 攻撃魔法は控えてくれよな!
魔法障壁分の魔力がなくなっちまうぜ!」
「っと、そうだったな! なら、自慢の剣で叩き切ってやるか!」
マイクに注意されなかったら、
いつもの癖でガンガン魔法をぶっ放すところだった。
俺は相棒の背を下りて、倒し損ねの始末に専念した。
「数が多くて鬱陶しいな」
「伝説になるのも大変だぜ。
地道な作業をこなさねぇとならないしな!」
相棒は既に飽きてきているようだ。
攻撃が適当になってきている。
それでも、命中すれば人など粉々に砕け散ってしまうのだから恐ろしい。
「そんな二人に朗報だぜ!
盗賊達が散りぢりに逃走をおっぱじめやがった。
どうやら、相棒達の活躍を大声でいい回っているヤツがいるみたいだ!
はっはー! そいつに抱き付いてキスしてやりたいぜ!」
「きっと、むさいおっさんだぞ? 止めとけ」
「それならば、目の前の木っ端共を一気に葬り去っておくか」
相棒が限界まで息を吸い込み始めた。
特大の咆哮をぶっ放すつもりなのだろう。
俺は慌てて、マイクに防音障壁を展開してもらい相棒の背に乗った。
「ゴヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
直後に、ありえないほどの衝撃が伝わってくる。
防音障壁がないと鼓膜などは簡単に破れてしまっているだろう。
そして、前方に居た盗賊達の大群は跡形もなく砕け散って、
ドス黒い血の海を作り上げていた。
大地は抉れ、木々は粉々になり、目の前の光景は変り果てる。
これが相棒の咆哮の威力か……恐ろしいものだ。
「うっひょう! 派手にやったな、ブラザー! 生き残りはゼロだぜ!」
「ふん……ヤツはこの咆哮に耐えた。
こいつらが弱過ぎるだけだ」
これほどの戦果を挙げておきながら、相棒の顔には不満しかない。
そして、その顔の奥には恐怖があった。
ポツリと漏らした、この咆哮に耐えた者への恐怖なのだろう。
「相棒、そんな顔するなよ。俺達の勝ちだ。
見ろよ、盗賊共が無様な姿を晒して逃げてゆくぜ」
「……追わないのか?」
「追いたくても討伐隊がこれじゃあなぁ……
俺らが追いかけ回したところで、大した数は討ち取れやしないさ。
それに、数が揃ってなきゃ冒険者やハンター達で仕留めれる。
今回の戦いはこれで終了さ、相棒」
戦いは終わった。
討伐隊、盗賊の双方に甚大な被害が発生して終了したのだ。
この一件は、すぐさまミリタナス神聖国の大神殿に伝わり、
かなりの大事になったようだが、冒険者である俺達には関係のない話であった。
それよりもだ。
いつの間にか、俺達の活躍がゼグラクトの町に広まっていたのだ。
町の前には多くの人々が待ち構え、俺達に称賛の声を投げかけてきた。
いつ、俺達の情報が町に伝わっていたかはわからない。
けれども、俺達は一躍『英雄』扱いとなったのだ。
「これは何事だ? どうなっている」
「さぁなぁ? でも、俺達が『英雄』になったってのは確かだ」
「HAHAHA! 何言ってんだい、相棒!
桃使いになった瞬間、ヒーローになっているんだぜ?
町の連中が俺らを称賛するのは義務みたいなものさ!」
戸惑う相棒と、謎の自信に満ち溢れているマイクを従えて、
俺はゼグラクトの町を歩く。
ここから始まるのだ『青き竜使いと黄金の竜』の伝説が。
きっと、俺達三人なら敵わない相手なんていない。
最高の伝説を作って見せるぜ!
そうさ、俺の夢は最強の男になること。
最高の竜使いになることだ。
最高の相棒は手に入れた。
後は最強の男になるだけだ。
俺達の夢はここから始まるのだ。
見果てぬ夢。
誰もが一度は志す最強への道を、俺達はゆっくりと歩き始めた。
◆ ゲオルググ・ガクトウ ◆
人間の男性。43歳。
浅黒い肌。黒髪に黒い瞳。不細工。野人。巨漢。
冴えない中年冒険者。Cランク。
非常にマッチョだが姿だけでそこまで怪力ではない。
身形は小汚く、どうみても盗賊か乞食にしか見えない恰好。
シグルドに借りを作ってばかりで借りを返そうと躍起になっているが、
逆に借りを増やしてしまっている。
きっと、生きている内は借りを返すことはできないだろう。
得物はこん棒。稀ににビール瓶。尚、下戸である。