257食目 牙折れし黄金の竜
この章は珍獣が登場しません。
4~5話の短い章ですが、お付き合い下しぁ。
◆◆◆ ガルンドラゴン ◆◆◆
……また、夢を見た。
偉大なる我が父が、憎き男に倒される夢だ。
その度に我は怒りに震え、そして……恐怖した。
当時、我はなんの力も無い幼き身であったのだ。
故に父は孤立無援のまま、人間に討たれることとなった。
事の発端は、我らの住まう山に食料がなくなったことにある。
若い同族達の食料の取り合いが激化し、
山の恵みを全て食い潰してしまったのだ。
このままでは我が飢えてしまうと考えた父は、
山を下り食料を獲って来るようになった。
だが、それがいけなかったのだ。
その巨大な姿を人に見られてしまった。
そんなこととはつゆ知らず、父は狩りの方法を学ばせるため、
我をその大きな背に乗せ山を下った。
『息子よ、我の狩りをその目で見て覚えるのだ。
我らはいつか離ればなれになる。
自分の力で生きてゆけるようになるのだ』
我は一鳴きしてそれに答えた。
父は必要以上の狩りをしない。
その日に食べる分の得物のみを狩ったのだ。
そして、強者である自分達は強欲に走ってはいけない、と我に教えた。
『我らの糧である弱者共は抵抗ができぬ。
故に我らが欲に駆られ、貪り食えば簡単に滅びてしまうだろう。
それは我らとて同じだ。
命を繋ぐ糧がなければ、我らもまた滅びの道を辿る』
そう言って、我らが住まう山を見つめた。
『そのことを理解しない若い同族達のせいで、
我らは今その道を辿ろうとしている。
あの愚かな連中が山を下りてくれば、それは確実なものとなってしまうだろう』
この時の悲し気な父の顔を今でも覚えている。
それから数日後、いつものとおり狩りに出かけた我らに、
無数の弱者が群がってきた。
『人』と呼ばれる、脆く、貧弱で、ずる賢いとされる者達だ。
しかし、父はその中に『強者』が紛れていることを即座に見抜いた。
『息子よ、別れの時が来たようだ。
我が教えたことを忘れるな……ゆけ!』
我は突き放す父に戸惑いながらも急いで離れていった。
どんどん遠ざかる父の大きな背中。
我は取り敢えず、岩陰に身を潜め様子を窺った。
やがて始まる弱者達との戦い。
父の強さは圧倒的だった。
咆哮で弾け飛ぶ人の群れ、尾を薙ぎ払えば簡単に砕け散る弱者共。
負けるはずがない……そう思っていた。
思っていたのだ。
父の首が刎ねられるまでは。
切り落とされた父の大きな体から吹き出す赤い血。
地面に転がる父の頭。
もう、我に語りかけてくれることは叶わない。
叫びたかった。
だが、それも叶わない。
そんなことをすれば、見つかって我も殺されてしまう。
父が身を挺して、おこなったことが無駄になってしまう。
我ができることはただ一つ。
仇の顔を決して忘れぬこと。
決して忘れぬ……黒髪の男!
その身を我の牙にて引き裂かれる日まで……
精々、英雄気分で居るがいい!!
父を失った我は、自分の力のみで生きなければならなくなった。
父に教わった僅かな期間に覚えたことを実践する。
上手くできなければ飢えて死ぬだけだ。
我は生き残ることに、強くなることに明け暮れた。
糧を喰らい体を大きくすることに貪欲になった。
我に挑む、全ての者達を叩き潰した。
その頃の我は弱かった。
何度、死にかけたかわからない。
だが、その度に我は父の仇の顔を思い出したのだ。
ヤツを仕留めるまで死ぬわけにはゆかぬ!
父の……父の無念を晴らすまでは、決して……決して!!
それから数年が経ち、我の体は父の体と遜色がないまでに成長した。
だが、それでも黒髪の男に勝てるかどうかわからなかった。
決定的な何かが不足している。漠然とだが……そう感じていた。
そのようなことを感じていた我に引っかかる魔力があった。
かなりの『純度の良い魔力』だ。
我らは血肉よりも魔力を好む。
とはいえ、腹が満たされるわけではないので嗜好品みたいなものだ。
だが、その魔力は確実に我々の肉体を強化してくれる。
食らった『純度の良い魔力』は時間をかけて体に馴染み、
身体能力を数十倍にも引き上げてくれるのだ。
その者は人が集団で生活をする『町』というものに潜んでいた。
今の我では直接赴いてもやられてしまう可能性が高い。
そう判断した我は機会を窺った。
そして、その時は来た。
その魔力の持ち主がのこのこと、我の根城とする丘にやってきたのだ。
数は多いが皆子供ばかり、この絶好のチャンスを逃す手はない。
我はその姿を魔力の持ち主に晒した。
不意打ちなどあってはならない。
我は誇り高き父の子。黄金の竜。
ヤツの正面に立ち、堂々と狩りをおこなう。
簡単な狩りのはずだった。
相手はかつての我と同じような大きさの幼子。
牙もなく、動きも鈍く、脆弱で、貧弱で、魔力だけが高い弱者。
だが、その幼子には守護者がいたのだ。
獅子の少年。
多少の牙は持ってはいたが、我には到底届かない。
焦らず、じっくりと追いつめればいい……そう思っていた。
実際はどうだ?
牙を剥いたのは、獅子の少年に護られていたはずの幼子だ。
我に対し、堂々と正面から挑み、一歩も引くことなく挑んできたのだ!
数々の知恵を駆使して、我の動きを封じ立ち向かう姿に戦慄を覚えた!
己の体を傷つけても尚、
我に立ち向かってくる獅子の少年の姿に父の姿が重なる!
結果、我は敗れた。
敗れたのだ……幼子達に、そして……自分にすらも。
あのまま、強引に幼子を喰らってしまえば、我の勝ちだったはずだ。
それができなかった。
あの幼子の気迫が、我を圧倒したのだ。
それは『強者の圧』。
己の強さを疑わぬ者のみが発する王者の証。
『我は……弱い!!』
巨大な樹木に額を叩き付ける。
我よりも太く逞しいその木は僅かに震えるに留まった。
深手を負った我は無我夢中で空を飛び、その途中で力尽き海に転落した。
気が付けば砂浜に漂着しており、目の前には森が広がっていたのだ。
その森こそ、今我が居る森だ。
我は片足を引きずりつつも森の中に身を隠し、再び意識を失った。
正直、これまでかと思った。
それほどまでに、我は打ちのめされていたのだ。
そして我は出会った。
命を繋ぎとめてくれた青い髪の少女と、お節介焼きな青い男と。
我が再び目を覚ますと、そこには目を閉じた青い髪の少女の姿があった。
その足元にはピンク色の果物が積まれている。
つまりは我の目の前だ。
「食べて、元気になるよ?」
相変わらず、少女の目は閉じられたままだ。
目が見えないのだろうか? それとも恐怖で開けられないのか?
しかし、食べようにも体内をやられている我では喰らいようがない。
自分の自然治癒能力を信じて耐えるしかない。
だが、それは賭けだ。
消耗しきった我では、九割方力尽きて終わってしまうだろう。
そう思っていた。
だが、そうはならなかったのだ。
「痛いの? 今、治してあげるね」
足元がおぼつかない少女は杖を頼りに我に近付き、
その白い手から暖かな光を放ち始めた。
するとどうだ?
我の肉体が修復されていくではないか。
これはあの幼子が使っていた魔法と同じだ。
「もう、大丈夫だよ。お腹空いたでしょう? 食べていいんだよ」
この少女の言うとおり、身体からは痛みが嘘のように消え去っていた。
途端に空腹が我をせっつかせる。
目の前の果物を取り敢えず腹に収めることにした。
消化できるかどうかはわからないが、取り敢えず腹を満たせればそれでいい。
さもなければ、目の前の恩人を食ってしまいかねない。
「エリスン、こんな所に居たの……かぁぁぁぁぁぁぁっ!?
おまっ!? 何してんの? ガルンドラゴンじゃねぇか!?」
「あ、シグルド兄さん。この子がケガをしていたから治してあげたの」
青髪の長髪男が、我を見て情けない声を上げる。
だが、それは恐怖からでないことを我は理解した。
我に寄り添っているエリスンという少女を心配して出した声だろう。
「あのなぁ、おまえが治したのは……あぁ、もういいや。
おい、おまえさん、絶対に町に近付くんじゃねぇぞ?
大騒ぎになって、居られなくなるからな? わかったか?」
そう言うとシグルドと呼ばれた男は、
我に無造作に近付き青髪の少女を抱き上げて去って行った。
竜である我に無防備な背を晒したのだ。
『……』
だが……我はその背を黙って見送った。
もう我にはプライドも、気力も、怒りも失われてしまっていたのだ。
それからというもの、盲目の少女は度々我の下を訪れた。
「ねぇ、貴方にお名前はないの?」
「……くぉん」
最初は少女が何を言っているのか理解できなかった。
だが、身振り手振りから、段々と理解ができるようになっていった。
別に人の言葉を積極的に覚える気はなかったのだが、
こうも話しかけられては自然と覚えてしまうものだ。
「エリスン、またここに居たのか。
ガル公も迷惑がっているぞ? もう暗くなってきたから帰ろう」
「うん、わかったわ。またね? ガルンさん」
「ふごっ」
我は適当に返事をして目を閉じた。
もう、このようなやり取りが二ヶ月も続いている。
二ヶ月も経ったにもかかわらず、我にかつての気力が戻ることはなかった。
ただ、毎日を無気力に生き、少女の言葉に耳を傾け、
腹が減れば必要な分の狩りをする。
そこには、意地もプライドも……怒りもなかった。
更に驚くことに、そのような生活に満足している自分すらいるのだ。
『我は……もう、戻れないのやもしれぬ』
そのようなことを思っていたある日のこと。
我は夢に見るようになったのだ。
父の最期を。
決して忘れてはならぬ仇の顔を。
『我はっ……弱い……』
額を巨大な樹木に押し付けたまま座り込む。
もう、何度繰り返したことか。
我に刻まれた恐怖心が消えないのだ。
それが消えない限り、我は再び立ち上がることなど叶わないだろう。
あの黒髪の男に挑むことは愚か、幼き強者にすら面と向かい合えない。
なんと情けないことかっ!
我は誇り高き種族なのだというのにっ!!
「……まぁたやってんのか? ガル公」
「……シグルドか」
我がこの行為をするようになって、更に二ヶ月もの期間が過ぎた。
その頃には、人の言葉を理解し話せるまでになっていたのだ。
「いつまでも、そんなことしていてもキリがないだろうに?」
「わかっている。
だが……今の我には、前に向かって歩む力が失われているのだ」
シグルドが我の隣に腰かける。
ヤツとは随分と親しい間柄になってしまった。
シグルドは我が居た丘の遥か南にある、
『フィーザント』の町で冒険者として活躍をしている。
我は南に逃げ、海に出たところで墜落し、浜に打ち上げられていたようなのだ。
シグルドはフィーザントの冒険者とは言ったものの、
実際は他国のダンジョンに潜って稼いでいるそうだ。
それは目の見えない妹のため。
「しっかし、エリスンのヤツにも困ったものだ。
目が見えないのに一人で出歩きやがって。
何かあったらどうするんだよ?」
「……愚痴をこぼしに来たのか?」
「ま、そんなところだ」
……嘘だ。
その証拠に、シグルドはポリポリとこめかみを掻いている。
こいつが嘘を吐く時にする癖だ。
大方、我にお節介を焼きに来たのだろう。
暫くの間、お互いに何も語らず時間だけが過ぎていった。
どれくらい経っただろうか?
シグルドの口から思いもよらない提案が上がった。
「なぁ、おまえさえ良ければ俺と組まないか?」
「何を言い出すかと思えば……我は竜だぞ。
人と一緒に居るところを見られでもすれば大騒ぎになる、
と言ったのはおまえだろうに」
「ここではな。
ここから南に海を越えると、ミリタナス神聖国って国があるんだ。
そこでひと暴れしようっていうのさ。
俺が竜使いだって誤魔化せば、どうとでもなるぜ」
シグルドが言うには近々、大規模な盗賊団の討伐が予定されているらしい。
そこで活躍できれば莫大な報酬を期待できる。
シグルドはその報酬を使って、
エリスンの目を治療できるという秘薬を買うつもりなのだろう。
「エリスンのためか……」
「あぁ、治癒魔法で目を治せれば簡単なんだろうがなぁ……
先天性の病気は治せねぇんだとよ。くそったれめ!」
他者は救えても己は救えないエリスンは、
『ヒーラー』という職に就いているそうだ。
我の命を救った魔法も、ヒーラー達が使用する魔法らしい。
「……よかろう。
エリスンのためとあらば、何もしないわけにもゆかぬ」
「すまねぇな、頼むぜ! 相棒!!」
その日の夜、我はシグルドを背に乗せ、ミリタナス神聖国へと飛び立った。
夜風が顔に当たりひんやりするも、それは段々と暖かい風へと変わってゆく。
南に位置する国、ミリタナス神聖国は常夏の国なのだそうだ。
「おいおい、大丈夫か!? 頼りねぇ翼だな!」
「嫌なら降りろ!」
「降りろって、海のど真ん中じゃねぇか!!」
我は飛ぶのが得意ではない。
だが、他の同族は飛ぶことすらできない。
そのことを考慮すれば我は大したものだと思う。
飛行の安定しない我に文句を言うシグルドを黙らせ、
夜の空を飛び続けること一時間、日が昇り空が明るくなった頃に、
我らはミリタナス神聖国の北部に位置する大きな町『ゼグラクト』に到着した。
町の手前に降り立ち、徒歩にて門へと向かう。
「んじゃまぁ……少しの間、我慢してくれよな?」
「わかった」
我はシグルドに従う形で、ゼグラクトの町の門へと到着したのであった。
◆ 名無し ◆
ガルンドラゴンのオス。10歳。
黄金の鱗。金色の瞳。頭からは後ろに向けて六本の角が生えている。
陸上での生活に特化しているので翼が退化しているのだが、
この個体だけは飛行に耐えれる程度の翼が生えている。
父親から名を授かる前に、フウタによって父を殺害されてしまった。
◆ エリスン・ファイム ◆
人間の女性。16歳。
青髪のお下げ。瞳の色は青。おっとりとした雰囲気の少女。
背が低く、少しぽっちゃりしている。
生まれ付の盲目であるが、
治癒魔法の素質があったため間引かれずに済んだ。
元々はミリタナス神聖国の生まれ。
ある事件をきっかけに、
ラングステン王国の叔母の下へと預けられる。
シグルドの妹。
◆ シグルド・ファイム ◆
人間の男性。29歳。
青髪の長髪。青い瞳。顔は二枚目だが、性格は三枚目。
身長が高く、二メートルを超える。筋肉質で余計な脂肪がない。
Aランク冒険者。
妹の養育費を稼ぐために、日々クエストをこなしている。
得物は業物の剣。