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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第四章 穏やかなる日々
256/800

256食目 リンダ・ヒルツ

 ◆◆◆ リンダ ◆◆◆


「お母さん、行ってくるね」


「いってらっしゃい、リンダ。

 雪が解けて馬車が通るようになったから、轢かれないように気を付けるのよ」


 見送ってくれるお母さんに手を振り、

 私はすっかり歩き易くなった道を踏みしめる。

 目指すはラングステン学校だ。


 私の家は東地区の外側寄りにある。

 お父さんが農業を営んでいるので、

 町の外側の方が畑の行き来が便利だ、という理由でここに住んでいるのだ。


 家の窓からは、町を覆うようにそびえ立つ巨大な壁が見えた。

 よくもまぁ、こんな巨大な壁を作り上げたものだ。

 完成までに三百年も掛かったらしい。

 この壁のお陰で、魔物達が町の中に侵入することは殆どないのだそうだ。


 でも時折、数匹のラングステンゼリーが内門の隅に置いてある樽の上で、

 うとうとしているのを見かける。

 あの子達も一応、魔物なのに入れてしまっていいのだろうか?

 暖かくなり、雪も解けたので穴から出てきたのだろうが……。


「いいんだろうなぁ……町の中心は遠過ぎて来れないだろうし」


 彼らの目撃例は東の内門以外ではない。

 何故なら、子供達と遊び日が暮れてゆくと、

 ラングステンゼリー達は自分の穴倉へと帰っていくからだ。

 きちんと自分の帰るべき家をわかっているらしい。


 丁度、その時間帯は農作業をしていた大人達が町に戻ってくる時間なので、

 挨拶も兼ねているのかもしれない。


「まぁ、あの子達のことはいっか。

 学校に急がなくちゃ! 少しのんびりし過ぎたからっ!」


 私の通学手段は徒歩である。

『テレポーター』や『専用馬車』もあるのだが、

 学割を利用しても結構な金額になってしまうからだ。

 よって、私は学校までの距離を走って通っているのだ。

 他の農家の子達も、私と同じような方法を取っている。


「おはよう、リンダ。今日は遅いな、大丈夫か?」


 その声は私の頭上から聞こえてきた。

 見上げれば、その声の主の優し気な目。

 そして、その中に光る紫色の綺麗な瞳。私のよく知る目だ。

 彼の見慣れた長い灰色の髪が、爽やかな風に撫でられなびいている。


「おはよう、ニーダベックさん。

 大丈夫、間に合う速度を維持できるから」


 お隣さんのニーダベックさんはラングステン王国に通う先輩で、

 現在は五年生のお兄さんだ。

 彼は人と馬が合わさったような種族『ケンタウロス』であり、

 その走る速さは人間である私の比ではない。

 瞬間的な早さなら勝てるが、長距離となると手も足も出ない。

 入学したての頃はよく寝坊をして、その背に乗せてもらったものだ。


「そっか、リンダも大きくなって頼もしくなったな。

 じゃ、俺は先に行くよ。今日は日直なんだ」


「うん、人を『撥ね』ないように気を付けてね?」


 彼は無駄な脂肪のない鍛えられた四本の足を活用して、

 風のように駆けていった。

 朝日に輝く馬の茶色い肌が眩しい。

 遠さかってゆく彼の姿がとても幻想的で、

 私は思わず立ち止まって見送ってしまった。


「っと、ぼーっとしている時間なんてなかったんだ。

 学校に急がなくちゃっ!」


 私も彼を追いかけるように走り出した。


 ニーダベックさんは、他の農家の子と同じように農業を営みたいのだそうだ。

 彼の父親も農家であることも一因だろう。


 農家は騎士に次いで狭き門であり過酷な職だ。

 外には魔物が現れるので戦う力が要求される。

 そして、それを農作業で疲弊した状況で、

 おこなわなければならない時があるのだ。


 騎士団を配備すればいいとか、定期的に討伐隊を出せばいいと、

 議論があったこともあるのだが、それは結局無駄に終わったそうだ。


 結局のところ、いつ出没するかわからない魔物や野生の猛獣を、

 どうにかすることはできなかったからである。


 その議論に終止符を打ったのが、

 第十八代農業組合長ビギニッシュ・ベクターの発言だったそうだ。


『ならば、農家の者が直接相手をすればいい』


 それ以降、農家の者は高い戦闘能力を要求されるようになった。

 騎士団を派遣しなくてもよくなった国は、

 その代りに農家の人々に納税を免除することを決定したそうだ。


 その知らせは国中に広まり、一時は農家を目指す者で溢れたが……

 長くは続かなかった。

 各地で農作業者の事故が相次いだためである。

 中途半端な実力では魔物や野獣に勝つことが叶わなかったのだ。


 農作業は一日だけではない、

 一切のケガを負わずに勝利する実力が必要だったのだ。

 それに、いちいちヒーラーのお世話になっていたら、

 お金が幾らあっても足りないという理由もある。


 この事態を重く見た農業組合は、農家になるための試験を国に提案した。

 まさかの農家試験である。


 試験内容は農作業の知識を測る筆記試験と、

 魔物達と戦えるかを調べる戦闘試験。


 戦闘試験は現役騎士団の猛者達が相手という過酷なものだそうだ。

 これにより、農家は狭き門となり、

 代わりに事故の数が極端に減少したみたい。

 当然、私のお父さんもこの試験に合格している。


 狭き門とはいえ、志願者は後を絶たない。

 毎年、多くの者達が心身を鍛え、知識を深め、農家の門へと挑んでいる。

 それは『農家』という職業が、名誉と尊敬の念に満ち溢れているからだ。


 人々の食を支える者であり、

 戦士でもある彼らは、誰からも尊敬され感謝される。


 畑で魔物達と戦っている彼らは町の守護者でもあるのだ。

 魔物の町への侵入を未然に防いでいる、と言ってもいいだろう。


 その分、騎士団は町の治安維持に専念できる。

 実は農家と騎士団は、厚い信頼関係が出来上がっているのだそうだ。

 全部、お父さんから聞いた話だから間違いない。


 農家の人は強い。でも私は心配だ。

 美味しい作物が育った畑には、特に凶暴な魔物や野獣が襲撃してくるそうだ。


 お父さんの畑で育てられた作物は美味しいことで有名だ。

 いつも食卓に並ぶお父さんの野菜達は、

 味が濃くてしゃきしゃきしていて思わず笑顔になる。

 体中の血液が新鮮になっていくのがわかるほどの美味しさなのだ。


 その作物を狙って、小型のアースドラゴンが襲撃してきたことがある。

 小型と言っても全長十メートルにも及んだそうだ。

 その体にはごつごつした岩が鱗のように付いていて、

 生半可な武器では歯が立たないという。


 そんなドラゴンを数人の農夫で仕留めてしまった、というのだから驚きだ。

 しかも、使用した武器はクワやスキと言った農具だ。

 この国の最強者は、やはり農家なのかもしれない。


 そのドラゴンの尻尾を「酒のつまみができた」と言って、

 笑顔で持ち帰って来たお父さんだったが、頭に巻いた包帯は赤く染まっていた。


 私は怖かった。

『また』お父さんが居なくなってしまうのではないかと。

 ぽろぽろと泣き出した私を、

 お父さんは困ったような顔をして抱きしめてくれた。


 怖かった、本当に怖かったのだ。

 もう、あんな思いはしたくない。


 血塗れになった、本当のお父さんやお母さんみたいな姿を

 もう……見たくはないのだ。


 今の両親は私の本当の両親ではない。

 私の本当の両親はもうこの世にいないのだ。


 五歳の頃、私の本当の両親の乗る馬車が、

 数名からなる盗賊団に襲撃を受けた。

 そこには私も同乗しており、ガンちゃんたち親子も一緒だった。

 他にも数名居た気がするが顔は覚えていない。


 ……いや、本当に両親が盗賊に殺されてしまったかすら思い出せない。

 気が付いたら、私は血塗れの両親に縋って泣いていたのだ。

 私の傍には巨大で歪な塊が転がっていた。


 事の顛末は全てガンちゃんから聞いたものだ。

 盗賊は全員死亡。

 乗客は私とガンちゃん親子を残して、全員死亡という凄惨なものだった。


 雨の降りしきる中、両親の葬儀はおこなわれた。

 涙はもう出てこなかった。

 現実を受け入れることができなかったのかもしれない。


 私の身元引受人は現れなかった。

 親戚一同は生活に余裕がない者ばかりだったからだ。

 このままいけば、私は施設に送られる予定であったが、

 そこに待ったが掛かったのだ。


 それが今の両親だった。

 お父さんの遠い親戚であり、葬儀にやってきた際に私の事情を聞き、

 身元引受人として名乗り出てくれたのである。


 彼らはフィリミシア南西にあるエルタニア領から葬儀に参加していた。

 元々はそこで農業を営んでいたのだが、

 フィリミシアの畑に空きができたことを聞き、

 農家の試験に合格した弟にエルタニアの畑を譲り、

 この町にやってきたそうだ。


 二人は長いこと子供ができなかったそうで、もう諦めていたらしい。

 そんな折に私の存在に気が付いたそうだ。


 二人は本当に私を大切にしてくれた。そして、私も二人に甘えた。


 私は心にできた傷を二人の愛情で埋めようと必死だった。

 二人に喜んでもらおうと、自分を高めることに夢中になった。

 でも、時折……夢に見てしまうのだ。


 本当の両親の血に塗れた最期の姿を。

 そして重なるのだ、その姿が今の両親と。


 その度に私は飛び起きる。

 真夜中に声を押し殺して泣くのだ。


 その度にもう一人の『私』がささやいてくる。


『その恐怖を忘れるな、怒りを忘れるな、悲しみをわすれるな。

 大切な者を護るためなら、手段を選ぶな……全てを破壊しろ、破壊しろ』


 そう、囁いてくるのだ。

 思えば、もう一人の私は『いつ』から居たのだろうか?

 思い出せない、物心つく前からだろうか? それとも最近?


 ダメだ……思い出せない。


「おっ? リンダ、おは……ふきゅ~~~~~ん!?」


「えっ!?」


 私の足に何かが当たった。

 考え事をしながら走っていたので気が付かなかったのだ。


「あ~~~っとぉ! エルティナ君、ふっとばされた~~~~~!!」


「お、御屋形様ぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ザイン君がくるくると回転して、

 吹っ飛んでいくエルちゃんに手を伸ばすも届かない。

 ダナンに至っては腹を抱えて笑っている。


「ぴぎゃんっ!?」


 吹っ飛んだエルちゃんは、

 前を歩いていたメルシェ委員長のお尻に顔面から突っ込んだ。

 その大きく柔らかいお尻に助けられた形になったのだ。


「委員長のお尻がなかったら死んでいるところだった。

 ありがとう『お尻』」


「わ、私は……今にも死にそうなのですが……がくっ」


 メルシェ委員長の尊い犠牲をさりげなくなかったことして、

 私はエルちゃんに謝罪した。

 メルシェ委員長は隣に居たフォルテ副委員長に任せれば大丈夫だろう。


「ご、ごめんね! エルちゃん! 大丈夫……?」


「おいぃ……俺じゃなかったら死んでたぞ! ぷんすこ!」


 ほっぺを膨らませて、ぷりぷり怒るエルちゃんに素直に謝ることにする。


「ごめんなさい」


「許す」


 電光石火のお許しが出た。いつもながら早い。

 いつもの光景に私は心から安堵する。


「おぅ! おはようさん! 早ぇな、おまえらぁ!」


「おはようございます」


 そこにガンちゃんとフォクベルト君が合流し、

 少し歩くとヒーちゃんが合流する。


「……おはよう。今日も賑やかね」


 この面子でいると、もう一人の『私』は出てこない。

 安らかに寝息を立てている音が聞こえてくるのだ。

 きっと、もう一人の『私』も理解できているのだろう。


 ここが、『私達』の居る場所であると。


『私達』は皆と会話を楽しみながら学校を目指す。

 ここまで来れば、もう走る必要はない。

 今日もまた、いつもの日常が始まる。

 

 信頼のおける友人達との、掛け替えのない日常が……。

 ◆リンダ・ヒルツ◆


 人間の女性。

 茶色い髪を肩で切りそろえている。丸顔。

 くりくりとした目には茶色い瞳。

 ちょっと短めの眉に丸い鼻が特徴的。

 小柄で少しぽっちゃり気味。

 自分の中に別の自分が居ることを理解している。

 本来の両親は五歳の時に死別。

 現在の両親は遠い親戚に当たる。

 得物は得体のしれない巨大な塊だが、現在は封印中。

 代わりにガンズロックが制作したウォーハンマーを使用。

 原材料は外装に鋼鉄、中には金を詰めてある。


 一人称は『私』

 エルティナは『エルちゃん』



 ◆ニーダベック・バックゼック◆


 ケンタウロスの男性。

 長い灰色の髪に整った優し気な顔。瞳の色は紫。

 馬の体は茶色。人の肌は白い肌。

 リンダの隣に住む農家の子でリンダの二つ上の上級生。

 リンダが学校に遅刻しそうになっていた時に、背に乗せて運んでいた。

 ケンタウロスにしては、気性が荒くなく穏やかな性格である。

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