254食目 ランフェイ・ロン
◆◆◆ ランフェイ ◆◆◆
雪が解け草花が芽吹き始める。
厳しかった冬が立ち去り、命を祝福する春がもうそこまでやってきていた。
ここはフィリミシアから北東にある『モウシンクの丘』だ。
聖女エルティナは、ここでガルンドラゴンの襲撃を受けた。
もう随分と昔のように感じる。
お兄様も、そう思っているに違いない。
小高い丘に立ち、故郷のフィリミシアをお兄様と一緒に見下ろす。
傷付いた町は、いまだに復興の最中にあった。
雪が少なくなり作業効率は上がっていると、へたれトカゲは言っている。
あいつは騎士になる! と言ってはいるが……
絶対に無理無理! できっこない!
槍の腕前も中途半端、体力や筋力だって並み、知能だって低い。
何よりも……美しくない!!
見なさい! お兄様の凛々しい横顔を!
この憂いを秘めた優しい顔をできるの!?
あ~言わなくてもわかるわ! ぜっっっったいに無理!
あの顔で、それをやられたらエルティナじゃないけど、
私も白目で痙攣するわ。
騎士に必要なもの! それは……
力、体力、知恵、技、素早さ、誠実さ、純粋さ、忠誠、そしてっ!
何よりも美貌よっ!! わかっているの!?
不細工がいると騎士団の戦意が落ちるのよ!!
女性騎士が息をしなくなる可能性だって出てくるわ!
その点、お兄様なら女性騎士の戦意を確実に上げることができる。
そう、騎士団はお兄様のためにあるようなもの。
ゆくゆくは将軍にまで上り詰めるに違いないわ!
そして、その騎士団は美しい主を護るために存在している。
エドワード殿下は合格よ。
あの儚げで、でも逞しさすら感じる目元。
そして、その美貌。女の私でさえ嫉妬を覚える整った顔。
あれぞ君主に相応しい容姿。
ふふ……でも、一番はお兄様。
あ~あ、エドワード殿下が女だったらお兄様と結婚させて、
お兄様がこの国の王になれたかもしれないのに。
残念ね……いや、待て。
今私は素晴らしいアイデアを思い付いたではないか。
エドワード殿下が男だから問題が発生しているのだ。
そう、彼が女でないのならば、女にしてしまえばいいのだ!
何故……こんな簡単なことに気が付かなかったのだろうか?
しかし、気付くことができたから問題はないわね!
くっくっく! 私は天才だ。
この世のどこかにあるはずだ……性転換を叶える秘宝が!!
もし、なくても手は残されている。
いざとなれば、ヒュリティアさんか『ぐーやん』に作ってもらえばいい!
私の勘では、あの二人のどちらかが将来、その類の薬を作り出すだろう。
うふふふふふ! お兄様が王になれば、法律を変えてもらうことも可能だ。
すなわち、兄妹が堂々と結婚することが可能になるのだ! はぁはぁ……。
その頃には女になったエドワード殿下も、お兄様の魅力にメロメロになって、
言うがまま、されるがままの可愛らしいお人形さんになっているはずだ。
いける! 完璧な計画だ! 人生勝ったも同然!!
ひほほほほほほほっ! お父様でもこの計画は見抜けまい!
今まで散々、私の計画を潰してくれたけど……ここまでよ!
最後に笑うのはこの私! ランフェイだ!
私はお兄様と添い遂げる!!
あぁ……お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、
お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、
お兄様……。
「温かくなってきたな……春は近いか」
私の隣に立つお兄様の艶めかしい唇が開き、
呟きともとれる言葉が紡がれた。
その鈴の音のような声に私の心は痺れ、
もうエルティナのようにビクンビクンしてしまう。
あぁ! 堪らない! その声! 愛してる! お兄様!
「そうですわね、お兄様。もうすぐ春が来ますわ」
努めて冷静に、愛しのお兄様の言葉に返事をする。
私の心の中の感情は決して表には出さない。
出してしまえばお兄様に幻滅される可能性があるからだ。
それに、お兄様に釣り合うように、私は淑女でなければならない。
将来の妻として、当然の行動であり義務である。
仮にお兄様に嫌われてしまったら、それは私にとって『死』と同じである。
もう生きてはいけない。死んじゃう。
だから、顔の全ての筋肉を総動員して『すまし顔』を作り上げる。
誰も私の仮面を剥がすことはできない。
何故なら、素の私を知る者は誰もいないからだ。
うふふ、私は剣の腕はお兄様に叶わないけど、
他のことはお兄様に勝つ自信がある。
妻は腕っぷしで夫に勝つ必要はない。
夫の留守中の家を瀟洒に守ってこそ、パーフェクトな妻と言えるのだから!
うっふっふっふ……
このランフェイ、お兄様のためなら、どのような苦労も厭わぬ。
皆が寝静まった後、密かに家事全般の修行、及び料理の腕を磨いているのだ。
むろん、夜の営みもお父様のベッドの下にあった薄い本で勉強してある!
それもこれも、全ては私とお兄様の明るい『家庭』のためである!
きひひひ! あぁ……実現するのが待ち遠しい!
子供はもちろん双子! 私達と同じような男の子と女の子の双子!
うひひひ……きっと私達のように仲のいい兄妹になるわ! はぁはぁ!
「そうだな、もっと温かくなったら……二人でゆっくりと散歩でもしようか」
一瞬、私の思考がフリーズする。
今……なん……と? 一緒に散歩!?
ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
きたっ! 告白きたっ!! 遂に超えてはいけない壁を超える時がきた!
落ち着け……落ち着け! それまでにお肌をきっちりと仕上げておかないと!
あぁ! それだけじゃない、髪もしっかりトリートメントしておかないと!
後は下着っ! 私の髪は黒いから赤い下着が映えるはず!
買っておかなくちゃ! エレガントチルドレンになら置いてあるはずだ!
この間、僅か二秒。
私の思考速度は、お兄様のためなら軽く限界を超える!
「春が待ち遠しいですわね、お兄様!」
しかし、もう感情を抑えきれない。
この胸に溢れる喜びを抑えるなど不可能だ。
私は感情を抑えることは困難だと判断し、顔の筋肉をある程度緩める。
すると、自分でも信じられないほどの極上の笑顔ができ上がった。
まさに会心の笑顔である。
さて、取り敢えず笑って誤魔化しはしたが、上手く誤魔化せただろうか?
「あぁ……そうだね、ランフェイ」
お兄様は今まで見たことがないような極上の微笑みを浮かべた。
ぐおぉぉぉぉぉ……鎮まれ! 私の荒ぶる欲望達よ!
今はまだ、その時ではない! ここで暴走しては全てが台無しだ!
いけないっ! このままでは抑えきれない!
何か別のことを考えなければ!
そうだ! へたれトカゲの顔を思い出そう!
……よし、萎えた。ありがとう、へたれトカゲ。
私達はその丘で約束を一つ交わし、その場を後にした。
その場に残ったのは、溶けかけの白い雪に付着した赤い血と、
不細工な御尋ね者の体だけであった。
首は『フリースペース』に突っ込んでおく。
持ち歩くなんて美しくない。
ふふふ……この持ち帰った賞金首で最高の下着をゲットよ!
うひょひょひょひょひょひょ!
◆ランフェイ・ロン◆
人間の女性。
『剣聖テンホウ』を父に持つ双子の兄妹の妹の方。
黒髪のロングヘアー。意志の強そうな目はややきつめであり、
その中には茶色の瞳が静かに光を放っている。鼻は低いが形は良い。
瓜二つの兄を危険なほど愛する点から、ナルシストの可能性がある。
極めて危険な思想を持っているが、猫かぶりなので誰も気が付いていない。
得物は業物のロングソード(兄とお揃い)。
一人称は『私』
エルティナは『聖女様』
プライベート時は『エルティナ』