253食目 ルーフェイ・ロン
◆◆◆ ルーフェイ ◆◆◆
雪が解け草花が芽吹き始める。
厳しかった冬が立ち去り、命を祝福する春がもうそこまでやってきていた。
ここはフィリミシアから北東にある『モウシンクの丘』だ。
聖女エルティナは、ここでガルンドラゴンの襲撃を受けた。
もう随分と昔のように感じる。
私は小高い丘に立ち、故郷のフィリミシアを見下ろす。
傷付いた町はいまだに復興の最中にあった。
それでも、雪が少なくなり作業効率は上がっているとリックは言っている。
騎士として槍の技を鍛える傍ら、
大工として町に貢献をしている彼を素直に尊敬する。
彼はやはり、騎士よりも大工の血の方が多く流れているようだ。
本人もうすうす気が付いてはいるようだが、
職人特有の頑固さがそれを拒んでいるのが現状だ。
それでも、現実を知れば嫌でもわかるだろう。
己に足りないものが何かを。
騎士として彼に足りないもの、それは……冷酷さだ。
騎士になれば、どんなことをしても成し遂げなければならないことも、
少なくはないだろう。
騎士は戦いに置いて負けることを許されない。
負ければ自分の命以上に、命が失われる可能性が孕んでいるのだ。
それ故に、一瞬の気の迷いが命取りになる。
迷わず、冷徹に相手の命を刈り取れなければ待っているのは死。
いや、それ以上に辛い結末が待っているかもしれない。
私が見る限り、彼は優し過ぎる。
きっと、騎士としては続かないだろう。
彼と同じタイプの騎士が何人も志しなかばで倒れたり引退していったのを、
物心ついた頃から見続けているからだ。
私の父は剣聖と呼ばれる剣士だ。
そして、騎士でもある。
現在は指南役として城勤めをしているが、
かつての魔族戦争時には前線に赴き、
掠り傷一つ負わないで生還をした最強の剣士なのだ。
そんな父に連れられて、
私達兄妹はフィリミシア城でさまざまな教育と剣の稽古を重ねてきた。
故に騎士達の数々の栄光と挫折を、私達兄妹は陰から見続けてきたのだ。
ルドルフさんのような輝かしい出世物語を達成した者など、
ほんの一握りしかいない。
殆どの者は挫折し絶望し引退するか、
実力の無さから敵に倒され、この世を去っている。
他にも見果てぬ夢、名誉を追い続け研鑽の日々を黙々と続ける、
うだつの上がらぬ者が大半だ。
騎士とは決して華やかな世界ではない。
過酷で、辛く、厳しい世界なのだ。
正直、リックには大工業を継いでもらいたい。
それほどの腕を活かさない手はないだろうから。
騎士にしかなれない、私達とは違うのだから。
私達兄妹には、本当に『剣』しかないのだ。
剣術以外のことは殆どできないし、やらせてはくれない。
そんなことをしている暇があるのであれば、
少しでも剣の腕を磨けと叩き込まれている。
掃除片付けは父の従者がやってくれる。
食事も大抵はフィリミシア城の騎士達と混じって摂る。
自分で作ったりなどはしない。
本当に私達は最低限の礼儀作法と剣のみを学び生きてきた。
不満があるわけではない。
私自身はそれでもいいと思っている。
心配なのは妹だ。
正直なところ、ランフェイには剣を捨てて、
平穏な生活を送ってほしいと思っている。
彼女とて、やがては好きな男性と結婚し家庭を築き上げるだろう。
その際に何もできないとなると、ランフェイが可愛そうだ。
私は男なので、そこまで周りには言われないだろう。
しかし、妹は当然のことながら女だ。
子供に手料理の一つも食べさせてやれないのはどうかと思う。
暗い性格の私とは違い、彼女は明るい性格をしている。
ランフェイが光であるならば私は闇だ。
たとえ双子であっても、やはり違う部分を持って産まれてくる。
性別、性格、そして……優しさ。
正直に言おう、私は冷酷で残虐だ。
邪魔をする者なら容赦なく切り捨てられる自信がある。
たとえ、それが親兄弟でもだ。
しかし、妹は違うだろう。彼女はどうしても甘さが残る。
それは剣に現れているのだ。
最近はそれが手に取るようにわかってきた。
故に……ランフェイは私から離れていってもらいたいと願っている。
血生臭く残酷な世界よりも、
平穏で優しい世界の方が彼女には合っていることだろう。
「温かくなってきたな……春は近いか」
風が私の黒髪を撫でて通り過ぎていった。
まだ若干、風は冷たい。しかし、確実に温かくなっている。
肌を突き刺すような刺々しさは和らいでいた。
「そうですわね、お兄様。もうすぐ春が来ますわ」
双子の妹、ランフェイが私の隣に立つ。
私達兄妹はいつも一緒だ。
どこにでも一緒に行くし、学校以外ではお揃いの服を着込む。
髪型も同じ、顔も同じ、体格ですら同じなのだ。
今は……だが。
「そうだな、もっと温かくなったら……二人でゆっくりと散歩でもしようか」
私の言葉に顔を輝かせるランフェイ。
その時が来たら、私は妹に伝えるつもりだ。
『剣』を捨てろと。
もし、父がそのことを聞き、
妹を引き留めようとするならば容赦をするつもりはない。
父の教えに従い、父を切り捨てる。
もう……昔の私ではないのだ。
先日、私は女神マイアス様より直々に『能力』を授かった。
この能力は素早さが命の剣士にとって『致命的』なスキルだ。
父に負ける要素はまったくない。
いや、剣士だけではない。
全ての害をなす者に負ける気はしない。
「春が待ち遠しいですわね、お兄様!」
その明るい笑顔は、いつも私の心の闇を照らしてくれた。
だから……私はおまえを遠ざける。
私の闇に染まらぬように。
一緒に産まれたとしても、いつかは違う道を歩む。
女神マイアスはそうおっしゃられた。
それは正しい。
そして私は願った。
妹の背負うべき過酷な運命を、私一人に背負わせてほしいと。
私の願いは、授かった『能力』と共に叶えられた。
それが叶ったのは私達兄妹が双子だったからだ。
もう、ランフェイは『約束の子』ではない。
普通の女の子として、生をまっとうできるのだ。
「あぁ……そうだね、ランフェイ」
私の進むべき道は修羅の道。
敵対者を切り伏せ続け、その血の中にて朽ちるのが私の運命。
妹には、その道の後にできる穏やかな道を歩いてほしい。
これが兄として、私のできるたった一つのことなのだから。
吹き抜ける風は刻一刻と温かさを増す。
それは妹との別れの時を、少しずつ運んでくることと同じであった。
◆ルーフェイ・ロン◆
人間の男性。
『剣聖テンホウ』を父に持つ双子の兄妹の兄の方。
物心つく前から父親に剣の手ほどきを受けていた。
黒髪のロングヘアー。意志の強そうな目はややきつめであり、
その中には茶色の瞳が静かに光を放っている。ほっそりとした顔立ち。
鼻は低いが形は良い。全体的に女性寄りの顔立ちをしている。
基本的な骨格は女性の物。
故に成長すると女性にような体格になると思われる。中肉中背。
将来が珍獣に心配されている。
思慮深く慎重だが、思い込みが激しく暗い性格。
母親は存命しているが、とある理由で離れて暮らしている。
そのことを兄妹は知らされていない。
得物は業物のロングソード。
一人称は『私』
エルティナは『聖女様』
プライベート時は『エルティナ』