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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第四章 穏やかなる日々
252/800

252食目 ララァ・クレスト

 ◆◆◆ ララァ ◆◆◆


 私の自宅は南地区の露店街近くに建っている、

 築四十八年のくたびれた一軒家だ。

 それ故に夜遅くなっても、人の声が途絶えることは少ない。

 家の近くには、人気の居酒屋などが軒を連ねているからだ。


 雪も解け始め、日に日に春が近付いてきている。

 雪の下の草花の種達も、

 己の季節に芽吹こうと英気を養っているに違いなかった。


「……ききき……まぁまぁ……興味深かった……」


 ぱたんと読み終えた本を閉じる。

 最近は知人のお姉さんの影響もあってか、本を読むことが増えた。

 本は良い。未知の情報を以って私の欲求を満たしてくれる。

 私が現実から逃れれる貴重な時間だからだ。


 特に好きなのは恋愛ものだったりする。

 顔に似合わないかもしれないが、好きなのだから仕方がない。


 話は変わるが……先程、私は草木について少し触れた。

 それらは、現在の私達に当てはめることもできる。

 むしろ、そのことが私を現実逃避に向かわせる原因の一つでもあるのだ。


『成長』草木のそれは非常に速い。

 幼い私達もまた、日々成長している。

 知らず知らずの内に色々な部分が大きくなってゆくのだ。

 精神然り、肉体然り、どんどんと、どんどんと……大きくなってゆく。


 私はもう寝ようと思い、寝間着に着替えようと着ていた服を脱いだ。

 外側同様に傷みが酷くなりつつある自室。

 その部屋の机に設置されている、

 安物の魔導ランプのほのかな明かりに照らされた、

 少女の裸体が姿鏡に映った。 


 はっきり言って、私の顔はそれほど良くはない。

 人間の顔寄りでも、目は細いしその目の下には隈とソバカスがある。

 自分では気付かなかったのだが、口が卑屈に歪んでいるのだそうだ。


 偶々、ダナンが私の写真を数枚撮ったというので見せてもらうと、

 得体のしれない不気味な少女が映っていた。


 確かにこれは酷い。

 一番酷い顔の時に撮ったのであろう。

 ダナンをしばき倒し、もう一枚の写真を見せてもらう。

 今度は比較的まともな表情の写真だ。

 確かに私であるが言われたとおり、口元がおかしく歪んでいた。


「この口をなんとかすれよ。

 気味悪がって誰も近寄ってこなくなるぞ?」


「……そうね……」


 その写真を見てがっかりしたわけではない、むしろ逆だ。

 何故なら、私が死んだ母にそっくりになってきたからだ。

 目の隈とソバカス、そして口元はともかくとして。




 母は私を産んで間もなくこの世を去ったらしい。

 よって私は母のことを知らない。

 父と姉のもたらす昔話によってのみ、母のことを知ることができる。


 その話よれば、私は母にそっくりなのだそうだ。

 父は猫の獣人、年の離れた姉も同じく猫の獣人。

 私はカラスの鳥人で、母も同じくカラスの鳥人だ。


 家に唯一残っている母の写真の姿は私にそっくりだった。

 顔のことは先ほど語ったので割愛する。

 背中から生えた一対の黒く大きな翼、スラリと長くしなやかな手足。

 華奢な腰に引き締まったお尻。

 そして、ぺったんこな胸。

 長い黒髪の女性が笑顔で映っていたのだ。

 若い頃の父と共に。


「……お母さん……」


 母はカラスの鳥人の中にあって、

 世界最速の飛行速度の記録を樹立した人物だった。


 その理想的ともいえる体形は風の抵抗を受けなく、

 そのしなやかな肉体は風の恩恵のみを授かる理想形。

 いずれは私も母のように世界最速を目指そうと思っていた。

 それが……私にとっての母への恩返しだと思っていたからだ。


 母は無理をして私を産んだばかりに、その命を落とした。

 私を諦めれば、自分の命は助かったのだそうだ。

 そのことを姉から聞いた時は本当にショックだった。

 丸一日、布団の中で泣いていた。

 何故、母は私を産んだのかと、大恩ある母に八つ当たりをしてしまった。

 彼女はもうこの世にいないというのに。


 次の日の朝、皆出かけて誰もいない家を、私はトボトボと出ていった。

 父は冒険者でよく家を留守にしていたし、

 姉は学校に通っていて午前中はほぼいない。

 家に居ても外に居ても、私にとっては大差はなかった。


 当てもなくフラフラと歩く内に、

 いつの間にか商店街まで辿り着いてしまった。

 そこは露店街とは違って静かで穏やかな場所だった。


 当時三歳だった私は歩き疲れて、

 とある店先に置いてあった台に腰かけて休むことにした。

 その時、私の背中の羽根はまだ小さく、空を飛ぶことは叶わなかったのだ。


 基本的に、鳥人の翼は姿勢制御や軌道を変えるためにある。

 翼のみで飛ぶことは可能だが、ここ近年はそのように飛ぶ者は皆無である。

 うちのクラスに、そのうち自力で飛びそうなヤツは居るが……。


 だいたいの鳥人達は、

 翼に付与されているという特殊魔法を用いて浮かび上がり、

 大空を自由に飛び回るのである。


 この特殊魔法……近年、魔法学会にて、

 この謎の魔法は超複合魔法『フライト』ではないか、

 と物議を醸しているようだ。


『フライト』は飛空艇の制御装置に組み込まれている魔法で、

 現在の魔法技術では再現不可能な特殊魔法なのだそうだ。

 発見から八十一年経った今でも解明には至らず、 

 飛空艇の自力生産に辿り着けていない。


 そして、この『フライト』は翼の大きさに比例して強くなっていく。

 私が初めて空を飛んだのは五歳の頃だ。

 別にオフォールのように練習などはしていない。

 風の精霊達に手を引かれ、ふわりと体が浮いたのだから。


 ……話が逸れた、戻すとしよう。


 その台は使用中だったらしく、

 店の中から雑巾を持って現れた私と同じくらいの子供に注意を受けた。


「おいっ! そこのしけた面のカラス! 掃除ができねぇからどけろ!」


 赤髪のひょろっとした子供が私に怒鳴りつけてきたのだ。

 頭にはたんこぶができていた。

 きっと罰として掃除をやらされているのだろう。


 私は言い返すことなく、その場からフラフラと立ち退いた。

 怒り返す元気もなかったからだ。


「お、おいっ! 少しは言い返したらどうなんだよっ!

 言われっぱなしで悔しくないのかよっ!!」


「……だって……わたしが、わるいんだもの……」


 自分が思っていたよりも体力が失われていたようだ。

 私はそれ以上歩くことができず、道の真ん中に座り込んでしまった。

 歩く元気もなく、気力も既に底を尽いていたのだ。


「……くそっ! バカか、おまえは!」


「……あ」


 その赤髪の少年は私の手を引き、自分の使っていた台に座らせてくれた。

 そして、そのまま無言で店の立て看板を雑巾で拭き始めたのだ。


「……どうして?」


「あ? うちの店先で座り込みされたら迷惑なんだよ!

 黙って休んでろ! ったく、自分の性格が嫌になるぜ」


 ぼりぼりと頭を掻く仕草をして、手がたんこぶに当たり顔を顰める。

 その少年は口は悪かったが、優しい心を持った人間だった。


「……ありがとう」


 見も知らずの私に親切にしてくれた口の悪い赤髪の少年に、

 自分の意思とは関係なく感謝の言葉が漏れた。


「……ふん、おまえ、しけた面より笑った顔の方がましだぜ」


「……え?」


 少し照れた顔を覗かせた彼は、そっぽを向いて立て看板を綺麗にしている。

 やがて、店の中から彼の父親だと思われる大きな声が聞こえてきた。


「ダナン! いつまで看板を拭いているんだ!

 時は金なりって教えてるだろうが! 店内の掃除を早く始めろっ!」


「うげっ!? 早過ぎんだろうがっ!! まだ十分も経ってねぇぞ!?

 あぁもう! おい、おまえ! 

 きちんと休憩したら、自分の家に帰って休めよ! いいな!?」


「……う、うん」


 彼……ダナンはそう言い残すと慌てて店の中に返っていった。

 これが私とダナンとの出会い。

 彼の優しさに元気を貰った私は、その後なんとか自宅に辿り着く。

 家の前には心配そうな父と、涙を浮かべて取り乱している姉が居た。


「……ただいま」


 家に着いたのは、もう日が暮れ始めていた頃だ。

 私の服は帰りの途中に何度も転んで泥だらけ、

 靴はボロボロ、顔も涙でぐしゃぐしゃだった。


「ララァ! どこへ行っていたんだ!

 おまえまで居なくなったら……俺は……!!」


 いつも陽気な父が私に泣き顔を見せたのは、これが初めで最後だった。

 きつく私を抱きしめる。

 私が遠くに行かないように、きつく……きつく。


 姉もまた、自分の迂闊な発言に後悔をしていたようだった。

 自分だけが母親を失ったと思い込んでいた、と私に謝ってきたのだ。

 年が離れているとはいえ、姉はまだ当時八歳だ。


 そう、八歳だ。

『今』の私と同じ年だったのだ。 

 きっと立場が逆なら、私も姉と同じことを言ってしまったのではないのか?

 姉は母との掛け替えのない思い出を沢山持っているのだから。

 その分、失ったものは計り知れない。


 疲れ果てていた私は、父に抱きしめられ安心して意識を手放した。

 次に目が覚めたのは自室のベッドの上だ。

 隣には私を抱きしめた姉が寝ていた。




「……そう、そんなこともあった……」


 その後、家族の大切さと絆を深めた私達は、

 穏やかな日々を刻んでゆくことになる。

 私もまた、一日一日を産んでくれた母に感謝しながら過ごしている。

 こんな見てくれからは誰も想像できないだろうが。


「……でも、今は……危機的な……状況……」


 私にとって、大問題が発生しようとしていたのだ。

 それは私の肉体の関係がある。

 私は母にそっくりだと先ほど言った。

 それは間違いない。

 きっとこのまま成長していけば、母と瓜二つな容姿になることだろう。

 ……ある部分を除いて。


 鏡に映る自分の裸体。

 地味な自慢ではあるが私の体にはシミや傷が一つもない。

 顔には隈やソバカスがあるが成長してゆけば、やがて消えると言われた。

 目の隈は怪奇現象を探して、夜更かししているのが原因だと思われる。

 ソバカスは母譲りだそうだ。

 成人する頃には綺麗さっぱりなくなっていたらしい。

 写真の母の顔にも、ソバカスはなかったのでそうなのだろう。


 では、どこが問題か、と言えば……私の胸だ。


「……これ以上は……非常に好ましくない……」


 胸、正しくは乳房。

 それが七歳の終わり頃から、どんどんと膨らんできているのだ。

 その大きさは既に写真の母を超えてしまっている。

 更にはエルティナに紹介された、

 ティファニーという女性くらいには育ってしまっているのだ。


 現在はさらしを巻いて誤魔化してはいるが、

 このままでは時間の問題になってしまう。

 どうして私だけが大きくなってしまったのだろうか?

 姉は私の理想とする胸を維持しているというのに。


「……こうなったら……あの人に……頼むしかない……」


 私のハスキーな声が口から洩れる。

 そう……あの人なら、なんとかしてくれるかもしれない。

 私は寝間着に着替え、ベッドへと潜り込んだ。


 隣の部屋から物が崩れる音がした。

 壁の薄い部屋なので音が丸聞こえなのだ。


「ぎゃぁぁぁぁっ!? 下着の山が崩れてきたっ!

 コーター! 助けてっ!!」


 ……姉はまた、部屋を汚くしているようだ。

 ホビーゴーレムのコーターも、とんでもない主人に当たってしまったものだ。

 可哀想だとは思うが、これもまた運命なのだろう。

 私はそっと目を閉じ深い眠りへと落ちていった。




「くひひ……いらっしゃい」


「……ききき……こんにちは……」


 次の日の昼過ぎ、私はヒーラー協会二階にある彼女の部屋を訪ねた。

 そこは神聖なる場所にあって異質な空間が広がっている。


 部屋のそこかしこには人の頭蓋骨と思われる物が点在し、

 その上のロウソクがか細い火を灯している。

 部屋は日中にもかかわらず黒いカーテンで閉め切られており、

 明かりはロウソクの無数の火の明かりのみだ。


 部屋の頭上には、どういう仕組みなのか星々が輝いており、

 床には見たこともないような文字が、びっしりと書き連ねられている。

 更にはむせ返るような香が焚かれており、

 その異質さを際立たせていた。


 彼女の私物を置いていく内に、

 普通の部屋がこのような有様に変化してしまったらしい。

 これも一種の怪奇現象、と言ってもいいのではないだろうか?


「ようこそ、ゴウムの館へ。ここは魂の立ち寄る場所。

 善も悪も、神も邪神も訪れる『混沌』の聖域。

 くひひひ……あなたのお望みは何かしら?」


 紫色のローブを身に纏ったこの館の主、

 ディレジュ・ゴウムが『いつもの』やり取りで私を迎え入れてくれた。


 彼女は一流のヒーラーの顔とは別に、

 凄腕の呪術師としての一面を持っている。

 更には召喚士としての資格も持っている才能に溢れる人物だ。

 ただし、ヒーラーの能力以外はダークサイドに偏っているのだが。


「……相談に来た……聞いてくれる?」


「くひっ、もちろんよ。

 さ、椅子に座って……今お茶を淹れるわ」


 彼女とは一回り以上も離れているが、

 非常に良い関係の友人として付き合っている。

 それは私の趣味と彼女の趣味が似通っているからだ。


「はい、ドクダミ茶よ……くひひひ。

 それで、相談って何かしら?」


「……おっぱいを小さくしてほしい……。

 これ以上は……支障が出る……」


 私の相談を聞き届けた彼女はクスリと笑って、

 独特の苦みを持つお茶に口を付けた。


「にがっ」


 ……自分で淹れたんでしょうに。


「ふぅ、まぁ……話はわかったわ。

 飛行速度に支障が出るわけね? しかし、変わった頼み事だわ。

 普通は逆なのよ?」


「……うん……わかっている……」


 彼女の言葉に頷く。そう、普通は逆だ。

 彼女の下には自分の胸を大きくしてほしい、

 と依頼してくる女性が後を絶たない。

 実際に大きくなった人もいれば、失敗に終わった人もいる。

 呪術とはそういうものだ。

 やってみなければ、わからないのである。


「くひっ、他ならぬララァの頼み事だし、やってあげるけど……

 少しばかり『呪い』が足りないわね。

 貴女は呪いに対して抵抗力が高いから補充しないと」


 ディレジュさんはそう言うと、召喚呪文を唱え始めた。

 すると床にびっしりと書かれていた文字が青白く輝き始める。

 これから何かを呼び出そうとしているのだ。


「来たれ、この異国の地へ! 我は汝を呼びし者なり!」


 床の文字は部屋の中央に集まり、巨大な光の柱へと変貌する。

 こんな狭い部屋で、よくもまぁこんな大規模な召喚術を成功させるものだ。

 普通の召喚士なら絶対に成功なんてできないだろう。

 やがて光は収まり、そこには異形の存在が佇んでいた。


 その異形の存在が自ら豪華なローブを取り払うと、

 女性物の服を身に纏った腐乱死体が姿を現したのだ。

 そのおぞましい姿に、少しばかり気圧されてしまう。


「我が名は魔導を極めし不死の王、デスクリムリッチ!

 我が力を欲する愚か者は誰ぞ!? って……

 また、おまえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「くひっ、はろぉう」


 尊大な感じで、いかにも強大な存在だとアピールしていたのだが、

 その不死の王はディレジュさんを確認した途端に態度を一変させた。

 また、と言っている辺り、何度も召喚されているのだろう。


「そろそろ、呪いが蓄積されている頃だろうと思って。

 くひひ、いい感じに呪いが溜まっているわね」


「お、おのれ! そう易々と奪われてたまるか!

 我が魔法の餌食にしてくれるわ!」


 デスクリムリッチが手にした杖をディレジュさんに向け、

 膨大な魔力を杖の先に集め出す。

 この魔力量はエルティナの魔力量に匹敵する!


「死ぬがいい! 愚か者よ!!」


 その魔力が杖から放たれ彼女を襲う。

 気持ちの悪い紫色をした魔力だ。

 そのあまりの速度に、かわす暇もなく魔力の直撃を許してしまった。


「最大、一万もの魔力を誇る我が一撃だ!

 ははは! 苦しめ! 悶えろ! 悲鳴を上げろ!

 その負の感情が、私を更に高みへと昇らせるのだ!」


「くひっ……くひひひひひひひ!

 思ったよりも、良い純度の魔力と呪いを溜め込んでいたわねぇ?

 いいわ、もっと寄越しなさいな」


 彼女はその禍々しい魔力を全身に浴びて、

 けろりとするどころか笑っていたのだ。

 そんなディレジュさんを見て、

 腐敗して原型を留めない顔を引き攣らせる自称、不死の王。


「ま、またか!? なんなんだ、おまえはっ!?」


「私? 私は一流の『ヒーラー』よ。くひひひひひひひ!」


 何故そこで『ヒーラー』と名乗ったのだろうか?

 これがわからない。

 普通は呪術師とか、召喚士ではないのだろうか?


「ぎょえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? す、吸われる! 吸われるぅ!!

 止めて、止めてっ! ここまで戻すのに、どれだけかかったと思うんだ!」


「どうせ、罪のない人達から奪ったものでしょうに。

 そんな力なら、私が有意義な使い方をしてあげるわ」


 もう、どちらが悪者だかわからない状況になってきた。

 悶え苦しみ悲鳴を上げる不死の王。

 不気味な笑い声を上げ続け、不死の王を見下すディレジュさん。

 あ……不死の王を踏ん付けて、ハイヒールの踵でぐりぐりしだした。


 ……ききき、素敵な格好ね。

 

「っと、意外に多かったわね。

 今回も全部は吸えなかったわ……残念」


「ぜひー、ぜひー、お、おのれ……

 これだけ魔力が残っていれば、ここを吹き飛ばすことくらいはできるわ!

 我をバカにした報いを受けるがいい!!」


 不死の王(笑)はこの部屋を吹き飛ばそうと魔力を溜め始めた。

 その、行動を薄ら笑いをしながら見守るディレジュさん。

 恐らくこの行動に対しても対策を講じてあるのだろう。

 だが、そこに思わぬ闖入者がやってきたのだ。


「おいぃぃぃ! うるさいぞ! もっと静かに騒げ!

 治療しているのに手元が狂うだろうが!!」


 聖女エルティナである。

 きっと、仕事中だったのだろう。

 聖女の服を身に纏い、普段のだらしない顔はどこにも見当たらない。


 突然の来訪者に、ほくそ笑んだのは不死の王だ。

 矛先を聖女へと変更し、その力を奪おうと画策したのである。


「ははは! 運が向いてきたな!

 そこのガキの魔力は、なかなか大したものではないか!

 我が有意義に使ってやろう!

 よこせ! おまえの魔力を! 命を!」


 不死の王がエルティナに襲いかかる。

 彼女の傍にいたホビーゴーレムのムセルが手にした銃を放つも、

 弾丸は不死の王をすり抜けてしまった。


「無駄だ! 我に実体はない! 物理攻撃など意味をなさぬわ! 

 竦め! 怯えろ! 何もできぬまま、死んでゆくがいい!」


 その割にはディレジュさんのヒールに踏み付けられて痛がっていたが……

 どういうことなのだろうか?


「おいぃ、おまえ……喧嘩売ってんのか、くるるぁっ!?

 俺に喧嘩売って、ただで済んだヤツはいねぇ!

 覚悟できてんだろうなぁっ!? おらぁん!!」


 聖女とは、いったいなんなのだろうか?

 エルティナは分け隔てなく優しい心の持ち主であるが、

 その実やたらと喧嘩っ早い。


 自分の数十倍は強いであろう存在であっても、

 躊躇なく牙を剥くのである。

 ある意味、恐ろしい存在だ。


「桃力だっ! そこの調子ぶっこいているヤツを貪り喰えっ!!」


 彼女の体からピンク色に輝く光が溢れ出し、不死の王に襲いかかった。

 その形はまるで巨大な口だ。


「その魔力で作った体が命取りだっ!」


 その口に取り込まれた不死の王デスクリムリッチは、

 ガクガクと痙攣をし出し、物凄い速度で小さくなっていった。


「ひぃぃぃぃぃぃっ!? なんなんだ、こいつはっ!?

 今、我の魔力は五千三百はあるんだぞ!! 

 それがどんどん奪われてゆくだと!?」


 五千三百!? まだ、それほどの量の魔力があったのか!

 私など足元にも及ばないほどの量だ!


 だが、その告白を鼻で笑う聖女エルティナ。


「あぁ、おまえに一つ教えてやろう。

 俺の総魔力量は……『五十三万』だ」


 桁が違い過ぎた。

 もう化け物レベルの魔力量だ。


 その言葉を頷かせる魔力を放出するエルティナ。

 彼女の出鱈目な魔力を受けて白目痙攣し、

 不死の王デスクリムリッチは顔面から床に突っ伏した。

 なんとも哀れな姿である。


「ふきゅん、おまえ……調子ぶっこき過ぎた結果だよ? 反省するんだな」


 そう言い残してエルティナは立ち去った。

 そこには魔力を吸い尽くされた、元不死の王が痙攣しているだけである。

 おまけにデスクリムリッチの化けの皮は剥がされていた。

 限界まで魔力を喰われてしまったからである。


「えぐっ、えぐっ、嫌いだぁ……おまえらなんて大嫌いだぁ!」


 デスクリムリッチの正体は小人の幼女だったのだ。

 茶色い巻き毛に、大きな目には紫色の瞳が収まっている。


 彼女が実体がない、と言ったのは恐らくハッタリだろう。

 そう言っておけば、再び物理攻撃をしてくることはないからだ。

 攻撃してきても、その実体の小ささではそうそう当たりはしないのだから。

 腐乱死体の姿を模していたのは、視覚的に近寄り難くするためだろう。

 こうして考察してみれば、なかなか練られた対策である。

 

「とっとと帰ればよかったのに。

 変な欲を出すからそんな目に遭うのよ? くひひひ」


「うえ~ん! これじゃあ……もう、お家へ帰れないよぅ!」


 本気で泣き出してしまった彼女を無視して、

 ディレジュさんは儀式を開始し始めた。

 デスクリムリッチが哀れに思えるが、自業自得の部分もあるので仕方がない。


 そして、その儀式だが……結局は失敗に終わった。

 私の胸は小さくなるどころか、逆に大きくなってしまったのだ。


「くひっ、失敗ね。

 まぁ、三年くらいはそれ以上大きくならないから、

 今の内に慣れときなさいな」


「……三年後に……更に大きくなると……?」


 私の質問に頷くディレジュさん。……悪夢だ。

 現在、私の胸は酷く大きくなってしまっていた。

 モモセンセイほどの大きさの乳房ができ上がってしまっていたのだ。

 動く度に、プルンプルンと揺れて気持ちが悪いし動きにくい。


「まぁ、成功するもしないも運よ。

 貴女はその運命から逃れられなかっただけ。

 それを受け止めて生きてゆきなさい」


 この結果に不服を申し立てたのは、私だけではなかった。


「き、貴様~! 我を散々な目に遭わせておいて、この結果はなんじゃ~!」


 テーブルの上で地団太を踏む元不死の王デスクリムリッチ。

 彼女は実のところ、一番の被害者だったりする。


「あぁ、うるさい、うるさい。

 悪い子はしまっちゃおうね~? くひひひひひひひ!」


「あ! やめて!

 我に酷いことをするつもりじゃろう!? 薄い本のように!

 知っておるのじゃぞ! そなたの部屋にはその本が……」


 バタン。


 ディレジュさんは、デスクリムリッチを摘まみ上げて隣の部屋に姿を消した。

 そして、元不死の王の断末魔が聞こえた後、

 彼女は素晴らしい笑顔を伴って戻ってきた。

 私には不死の王と名乗った幼女の顛末を聞く勇気はない。

 心の中でそっと冥福を祈っておいたのだった。




 帰る頃には既に日も暮れようとしていた。

 暮れゆく太陽に照らされ私は空を飛ぶ。


「……飛びにくい……胸の先が擦れて……変な感じがする……」


 ヒーラー協会から真っ直ぐ家に帰宅しようとしたが、

 あまりの胸の違和感に耐えられなくなった私は、

 物陰に隠れてさらしを巻こうと上着を脱いだ。


 そこは普段は誰も通らない、入り組んだ裏路地だ。

 私は怪奇現象を見つけるために、

 色々な場所を訪れこまめに記録していた。


 ここは、ほぼ人が通ることはない。

 ここを通るくらいなら表通りを通った方が早いことを、

 誰しもが理解しているからである。


 私は上着を脱ぎ、さらしを手に取った。

 見事に膨らんだ乳房の先に、ピンク色の突起が自己主張している。

 これが違和感の原因になっていたのだ。


「……これが原因……そう言えば……マフティはここを……」


 私は完全に油断していた。

 誰も通らないと確信していたからだ。


「へへっ、ここを通れば家に近道っと……ララァ? うおっ、その胸は!?」


「……あ、ダナン……!?」


 私は自分の乳首を摘まんでいる場面を、赤毛の少年に見られてしまったのだ。

 なんて場面を目撃されてしまったのだろうか?

 これではもう、嫁に行くことはできないだろう。

 彼に責任を取ってもらうしかない。


 そう、この危機はチャンスでもあったのだ。

 見られたのが彼でよかった。


「み、みみみ! 見てないぞ!!」


 力いっぱい、明後日の方向をむくダナン。


「……乳首の色は?」


「綺麗なピンク! ……あ」


 よし、言質は取った。


「……ききき……責任取ってよね……ダ・ナ・ン」


「おががが……い、一番良い弁護士を頼む」


 これで、一歩リード。

 ダナンがヒュリティアを好きなことは知っている。

 でも、私はもっと前からダナンのことが好きだった。


 負けたりはしない。

 世界最速も、好きな人も譲らない。

 背中を向くダナンに密着し、彼の肩に顎を載せて囁く。


「……好きよ……ダナン……ききき……」


「……ラ、ララァ!?」


 私の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 一歩も引くつもりはない。全てを手に入れる。


 それが、私を産んでくれた母への恩返しだと思うから……。

 ◆ララァ・クレスト◆


 カラスの獣人の女性。人間寄りの顔。

 黒い短い髪、背中には同じく黒い羽根の翼。

 細い目に収まるのは黒い瞳。糸目ではないので瞳は見えている。

 目の下には隈とソバカス。

 口は常に卑屈に歪んでいる。これは癖のもよう。

 ほっそりとしており手足が長い。身長は高い方。

 最近は胸が大きくなったことに悩みを抱えている。

 父親と姉がいる。母親は他界。

 得物は弓。それほど命中精度は高くないが連射が得意。


 一人称は「私」

 エルティナは「エルティナ」

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