251食目 リック・ミュラーシュ
◆◆◆ リック ◆◆◆
「だぁぁぁぁっ! きりがねえぇ! 撤収だ!」
「ふきゅーん! ふきゅーん!」
「うぬぬ……切り捨てる訳にもゆかぬでござるしな」
「けけけ、今日は随分と群がってくるな」
「何がどうなってるんだよ~!? ひゃあ! そんなところに入るなっ!」
「……」
リザードマンであり騎士志望の俺はこの国の聖女、
エルティナ・ランフォーリ・エティル様と数人の仲間と共に、
とあるダンジョンへと赴いていた。
フィリミシアから東に行くこと十数分ほど。
今は人っ子一人いない冬の農業地帯に、ポツンと存在するダンジョンがある。
そのダンジョンの名は『ゼリーの穴』だ。
ダンジョンではあるのだが『迷宮』ではない。
一本道の上に地下ですらない。
本当にただの穴だ。
何故、そんなしょうもない場所に俺らが向かったのかといえば……
ゴードンの屑魔石の収拾を手伝うためである。
この屑魔石はゼリーの穴の最奥にいるミミックから手に入るのだが、
その手前にいる『ゼリー』達に手を焼いていたのだ。
このゼリーはラングステンゼリーと呼ばれる種族で、
攻撃力皆無、防御力も貧弱、生命力もそれほど高くはない。
よくもまぁ、絶滅しないものだ……と感心するくらい弱い生物だ。
ぷにぷにした緑色の透明な体につぶらな瞳が二つくっ付いているが、
スライム族のような知性もないので野生の魔物に分類されている。
とは言ったものの、彼らを正確に区別するのは困難なのだが。
こいつらは、基本的に水分さえ補給していれば生きていけるらしい。
水が豊富なこの国に置いて、
このラングステンゼリーほど人畜無害な魔物はいないだろう。
だが、彼らには少し困った部分がある。
ラングステンゼリーは非常に人懐っこく、
冒険者が穴に入れば必ず纏わりついて甘えてくるのである。
こうなってしまったのも、冒険者達がゼリー達のあまりの弱さに情が移り、
五百年もの間、ダンジョンを潰さずに保護してきたからだ。
そのダンジョン自体も冒険者達の行為に甘えてしまい、
己の成長を止めてしまっている。
魔物の誇りはどこに行ってしまったのだろうか?
少しは獄炎の迷宮を見習うべきだ。
そのせいで、今では子供達が入り込んで遊んでいる始末だ。
最奥のミミックがこの迷宮のボスだが、
子供達の持ってくる甘いお菓子を目当てに屑魔石をせっせと作っている。
あぁ、そうだ。ボスなんていなかった。
これがフィリミシア全域に、ぽつぽつと存在しているのだ。
定期的に調査団が調べてはいるようだが、この数百年変化はないらしい。
この国は平和過ぎるだろう。
よって、この国の冒険者達はある程度実力が付いたら、
ミリタナス神聖国やドロバンス帝国に遠征するのである。
そんなダンジョンだったが……今日は様子がおかしかった。
侵入するや否や、大量のゼリーに襲われたのだ。
いや、違うな。
彼らは攻撃はしていない。
その甘えっぷりが異常だったのだ。
ダンジョンの入り口付近まで戻ってきた俺達。
移動速度が遅いゼリー達は追っては来れないだろう。
俺達に纏わり付いているゼリーは追い払うことはできなかったが、
特に害があるわけではないので問題ない。
「ふきゅん……そうかぁ、さみしかったのか」
食いしん坊……もとい、
聖女様がゼリー達の言葉を理解して俺達に伝えてくれた。
ここのところの大雪で、子供達が遊びにきてくれなかったそうだ。
だいたい、一ヶ月以上もの間、遊びに来てくれなかったらしい。
そのことを聖女様に話したであろうゼリーは、
プルプルとその体を震わせていた。
温もりを知ってしまった者にとって、
そのさみしさは大敵となってしまっていたのだ。
そんな中……俺達がここにやって来たのを発見し、
嬉しさのあまり興奮を抑えきれなかった、
というのがこの騒動の原因だそうだ。
「しかし、まぁ……甘えっぷりが凄いな。
うおっ!? あれ、ブルトンか!?」
俺の目の前には、大量のゼリー達に纏わり付かれた人型の何かが立っていた。
俺達の仲間、オーク族のブルトンだ。
その巨体に隙間なくゼリーが纏わり付いてうっとりとしていた。
本当に幸せそうなゼリーの表情に思わず苦笑する。
「……動けん」
ブルトンの様を見て大爆笑するゴードン。
一方、マフティは服の中に入ったゼリー達に悪戦苦闘している。
……そうじゃないかなぁ、とは思っていたが本当に女だったんだなぁ。
女と認識した途端、彼女の魅力に惹きつけられている自分がいる。
現金なものだ。だが、それも仕方がない。
彼女の容姿は一級品なのだから。
性別がばれて以来、彼女はクラスの女性陣の格好の玩具になってしまった。
マフティを女らしく教育する!
という崇高な理由を掲げて彼女を弄り倒しているのだ。
そのお陰で今までボサボサだった黒髪は、
艶々で癖のないロングヘアーに様変わりし、
だらしなかった服装はしっかりとした女性物の服に変わっている。
品のなかった男子生徒はこの世から姿を消し、
代わりに可憐な美少女が爆誕したのだ。
実に喜ばしいことである。
「うひぃぃぃ!? そこはパンツの中だっ! 入っちゃらめぇ!」
やはり、その様を見て大爆笑する彼女の幼馴染。
男である俺は手伝ってやることもできない。
やがて、その姿を不憫に思った聖女様がゼリー達を説得しだした。
「ふきゅん! ふっきゅんきゅんきゅん、きゅーんきゅーん?」
聖女様の鳴き声に反応して、一斉にマフティから離れるゼリー達。
頭に乗っかっている一匹の小さなゼリーは理解できていないのか、
不思議そうな表情を浮かべていた。
恐らく子供のゼリーだろう。
俺に纏わり付いているゼリー達も小さいので、
恐らく子供達だろう。
現在は俺の頭の上で元気に飛び跳ねている。
「はぁはぁ……だから、スカートは嫌なんだ! せめて半ズボンを着てぇ!」
「おいぃ……マフティ!
女の子が、男みたいな言葉遣いをするもんじゃないんだぜっ!」
どこの口が、そのようなセリフを言うのだろうか?
マフティの言葉遣いを、男の口調で窘めた聖女様は明らかに女だ。
自覚がないのだろうか? ……ないんだろうなぁ。
「あー腹がいてぇ、笑い過ぎた。
まぁ、原因がわかったんだ、ゆっくり進めば問題ないだろう」
「そうでござるな。
先ほどは急ぎ足でござった故に、ゼリー達も興奮してしまったのでござろう」
『いもっ』
ゴードンの言葉に頷くザインとキャタピノン型のゴーレム。
いもいも坊やと名付けられたキャタピノンの魂が中に入って、
このゴーレムを動かしているそうだ。
原理はわからない。
きっと、説明されても理解はできないだろう。
おまけに人の言葉も理解して行動できる。
なかなかに賢い子だ。
芋虫も侮れない存在だと認識せざるおえない。
「んじゃ、ゆっくり奥に進みますか……」
俺の言葉に従い、皆が再び奥へと向かい歩き出す。
俺達は今度こそゆっくりと、ダンジョンの奥へと足を踏み入れた。
ゆっくり奥に向かうことによって、
ゼリー達は刺激を受けず、ちょこちょこと後を付いて来るに留まった。
ここにくる子供達の目的地は大概にして最奥なので、
彼らはそれを理解しているのだろう。
ただし、子供のゼリー達は相変わらず纏わりついてくる。
いちいち、怒るわけにもいかないので、
好きなようにさせておくのが一番だ、と皆は理解しているようだ。
その中でも、どういうわけかブルトンが子供のゼリー達に大人気だった。
理由はわからないが、内面的なものに惹かれているのかもしれない。
逆に人気がないのはゴードンだった。
人気がないというのは語弊だったかもしれない。
ゴードンに出会う大人のゼリー達が彼に向けて敬礼をしていたのだ。
子供のゼリー達も親を見習って敬礼している。
よくわかってはいないようだが。
彼はちょくちょくとここに足を運ぶので、
ひょっとしたら教育を施していたのかもしれない。
あくまで憶測に過ぎないのだが……。
やがて、最奥に辿り着くと赤地に金の装飾を施された宝箱が見えてきた。
あれがミミックである。
「お、いたいた。元気にしていたか?」
ゴードンの声に反応したミミックが蓋を開けて反応した。
中から飛び出してきたのは……小さな小人の女の子だ。
黒髪のおかっぱ頭が可愛らしい。
獄炎の迷宮のミミックは巨大な手が飛び出してきて、
弱い冒険者を絞め殺してしまうらしいが、
ここのミミックからは俺達の手の平サイズの、
小さな女の子が飛び出してきたのだ。
それだけ、このミミックが弱いということでもある。
なぜなら……この子はミミックの核なのだ。
普通はありえないことである。
自分の弱点を自分で曝け出しているのだから。
「元気そうだが……体の方が結構痛んでいるな?
この際、しっかりと直しておくか」
ゴードンは仕事道具を取り出してミミックの修理をし始めた。
核である女の子の小人は、
ゴードンの膝の上に乗ってうっとりとした表情を浮かべている。
修理をされて気持ちいいのだろうか?
一方、その間俺達は特にすることもなく、
ゼリー達に纏わり付かれていた。
ぷにぷにのゼリー達の感触がなんとも言えない。
「ここが本当にダンジョンとかいっても、
カサレイムの連中は信じねぇんだろうなぁ」
「だなぁ……あるいは腹を抱えて大笑いするかだな」
俺の呟きに聖女様が答えた。
それほどまでに平和なダンジョンなのだ。
このような場所はラングステン以外に存在しない。
ある意味、貴重といえば貴重だ。
俺は一応、聖女エルティナの護衛ができると聞いてやってきたのだが、
実際はゼリー達の遊び相手をしているに過ぎなかった。
目的地がここだとわかった時には、既に展開が読めていたのだが。
それと、ここから東にさらに進むと、
スケルトンという人骨の魔物が出るダンジョンもあるにはあるのだが、
やはりそこのスケルトンもやる気がなく、
いつも寝っ転がっているので白骨死体と何ら変わりない。
しかも町から離れているので人気もないのだ。
以前、腕試しに一人で赴いたのだが、
着いた先のスケルトン達に俺は歓迎されてしまい、
終いにはお土産を渡されて帰ることになったほどだ。
この国のダンジョンは本当にダメだ。
「俺って騎士になれるのかなぁ?」
「なれるって……リックはもう騎士なんだぜ……あ、これ言っちゃダメだった」
俺の呟きに反応した聖女様は、しまったという顔になった。
聞き間違いじゃなければ、俺は騎士であると言った。
「そ、それって本当かっ!?」
俺の問い質しにその大きな耳をパタッと閉じ、完全黙秘を決め込む彼女。
失礼ながら俺はその耳をこじ開けた。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
案の定、彼女は鳴いたが、こちらも真相を聞き出すまでは引くつもりはない。
興奮のあまり、言葉遣いも以前のように戻ってしまっているが、
気にしてはいられない。
「リック殿、御屋形様が白目になっているでござる。
ご容赦くだされい」
「っと、申し訳ありません。聖女様」
俺は彼女の耳から手を放す。
するとパタパタと大きな耳をはためかせた。
「ふきゅん! 耳は敏感だから優しく扱ってくれ!
もう少しで、変な顔を見せてしまうところだったぞ!」
もう手遅れ……というか普段から手遅れなのだが。
「まぁいい、これはシーマには言うなよ? 面倒臭いことになるからな。
モモガーディアンズのメンバーには騎士の位と、
一定量の権限が与えられているんだ。
下手な貴族よりも権限は上だから、
そこのところを気を付けて振る舞うようにしてくれ。
尚、給料は出ているけど、成人するまでお預けだからな?」
「俺が……騎士に……」
まるで夢を見ているようだった。
こうも簡単に騎士になれていいのだろうか?
俺はもう、念願であった騎士になれていたのだ。
あ、でも……騎士になるには儀式を経てからじゃないのか?
俺はその儀式も楽しみにしていたんだが?
「ちなみに、このことは秘密なので儀式も成人してからだぞ。
そもそも鬼との決戦に勝たなきゃ、儀式もクソもあったものじゃないんだぜ」
「そ、そういえば……そうだったな」
そうだ、俺達には立ち向かうべき明確な相手が居たんだった。
この世界を食い潰そうとしている凶悪な鬼達に勝たないと、
騎士になってもまったく意味がなかったのだ。
「よぉし、いい子にしてたな。ほら、ご褒美だ」
ゴードンがミミックの身体を修理し終えたようだ。
少しくたびれていた宝箱の体が綺麗に修復されている。
ミミックの核であるおかっぱ頭の女の子は、
彼から貰ったクッキーを美味しそうに頬張っていた。
「どれどれ……うん、いい感じの魔石だ。
いつもありがとよ、また来るからな?」
俺達は手を振って見送ってくれる、ミミックとゼリー達に別れを告げて、
フィリミシアへと帰っていった。
もちろん、道中も何事もなく終わった。
これから本当に世界の存亡をかけた戦いが起ころうとは、
誰も思ってはいないだろう。
そう思うほどに平和で穏やかな日々が過ぎている。
自宅に戻った俺は愛槍の手入れをしながら、
これから起こるであろう戦いに思いを馳せた。
果たして俺は、騎士として大きな戦場に立てるのだろうか?
地位だけの情けない騎士になるのか、
それとも名実ともに立派な騎士として戦場に在ることができるのか。
それは、これからの俺次第だろう。
この平和な時にどれだけ修練を積めるか。
どれだけ心を研ぎ澄ませるかで決まるはずだ。
俺には槍しかねぇんだ。
他の武器は潔く捨てた。
この槍を以って、のし上がると決めたんだ。
他の連中のように特殊な能力なんてない。
身体に生えた鱗のお陰で、多少頑丈なだけの存在だ。
今の俺に必要なのは、その特殊能力をもねじ伏せる槍の腕前だ。
「ぜってぇ、ものにして見せるぜ……俺だけの槍の技を」
その日、俺は槍に誓った。
必ず最高の槍騎士になってみせると。
自分流の簡単な騎士の儀式をおこなったのだ。
奇しくも、その俺の誓いが、本来の騎士の儀式と同じものだったと知るのは、
成人を迎えた日だったのだが……今はまだ知らないことであった。
◆リック・ミュラーシュ◆
リザードマンの男性。
金色の髪はモヒカン。顔はトカゲ寄り。緑色の鱗。
瞳の色は金色。身長は高い方だが痩せ型。際立った能力は現在ない。
実家は大工業を営んでいる。
騎士になるべく槍の腕を磨いているが、大工の腕前の方が遥かに高い。
得物は鉄の槍。性格は結構軽い方だが、最近は礼儀作法も勉強中。
一人称は「俺」
エルティナは「聖女様」、偶に「食いしん坊」と呼んでしまうことも。




