250食目 ユウユウ・カサラ
◆◆◆ ユウユウ ◆◆◆
今日は一月一日。
世間一般では年明けということになっている、おめでたい日だ。
当然、私もそのような気分に浸っている。
暮れゆく夕日に染められ、
薄っすらとオレンジ色に染まる純白の穢れない雪が、
ゴミ虫共から飛び散る真っ赤な血で染まってゆく。
外面はこんなにも醜いのに、中に流れる深紅の液体はこんなにも美しいのだ。
まったく以って不思議なものである。
私は血の色が好きだ。
真っ赤な、真っ赤な血の色が。
それはバラの色。
深紅に染まった花を咲かせ人を魅了する一方で、
秘めたる棘で近付く者を容赦なく傷付ける気高い花。
私のもっとも愛する花であり、理想的な将来像でもある。
「た、助けて……殺さないでくれっ!」
私を攫って売り払おうと、無謀にも襲いかかってきた五人の男。
他から流れてきたゴロツキだということは容易に判明した。
何故なら……フィリミシアに長く滞在するゴロツキ共は、
決して私にかかわろうとはしないからだ。
いえ、違うわね。
もうそんな根性のあるヤツは、ことごとく居なくなってしまったのだから。
私は命乞いをするゴロツキの一人の足を踏み砕いた。
その口からは、うっとりするような悲鳴が辺りに響く。
ここは夕暮れ時のスラム地区の奥地だ。
誰も『助け』には来ない。
「えぇ、殺さないわよ? だって……殺しちゃったら楽しめないじゃない?」
私の言葉を聞き表情が固まるゴロツキ共。
やがてそれは恐怖に歪み、身体は震え、中には失禁する者までいた。
あぁ……その表情が堪らないのだ。
もっと、私に絶望の顔を見せてちょうだい!
もっと、この世界を赤く染めさせてちょうだい!
そのために、私はわざわざ、あなた方に攫われてきたのだから!
「うふふ、あはは! あ~っはっはっはっは!!」
今度はゴロツキの右腕を軽く蹴り上げる。
すると、その腕はあらぬ方向へと折れ曲がった。
脆い、脆過ぎる……少し強くし過ぎたか?
いや、今の蹴りはライオットなら軽くいなしていた。
ブルトンなら避けもしない。
ガイリンクードなら完全に見切られている。
……弱過ぎるのだ。こいつらは。
徒党を組んで自分達よりも弱い者しか狙わない。
私のように、自分よりも『弱い者』しかいない悩みとはわけが違う。
そんなことを思ってしまうと、急に興が冷めてしまった。
私が望むのは強者。
私を超える最強の男。
こんなゴミ虫共では、私を満足させることなどできようはずがない。
いや、ゴミ虫などと言ったら虫達に失礼か。
こいつらは虫以下の価値しかない。
私はその場から立ち去った。
時間の無駄だと判断したのだ。
あ……いけない、うっかりしていたわ!
「えいっ」
「ぴぎぃ!!」
立ち去ろうとして、ゴロツキ共の四肢を完全に潰していないことに気が付き、
小走りで戻ってきちんと『処理』をしておいた。
やっぱり、きちんと後片付けはしなくちゃね?
私の家はフィリミシア西地区にある小奇麗な一戸建てだ。
パパが私が生まれる前に十五年ローンで購入したものである。
中古物件ではあったが、なかなかに良好な状態であった。
「ただいま、パパ、ママ」
「お帰りユウちゃん」
「お帰りなさい、ユウユウ……あら? 服に血が付いているわよ?」
いけない、あのゴロツキ共の返り血が服に付いてしまったようだ。
この服は戦闘用の物ではないのに。
少し油断していたのだろうか?
それとも落胆して気を抜いた時に付いたのか?
「ダメよぉ? ユウユウ。
返り血を浴びないように『すり潰』さないと」
「はっはっは、ユウユウにはまだ早いんじゃないか?
子供は服を『汚して』なんぼだ。
今はまだいいと思うよ? ママ」
パパは私にとっても甘い。
だから私はパパが大好きなのだ。
「もう、パパったら……小さい時からきちんと守らせないと、
大人になっても『血塗れ』になってしまうのよ?」
「ん~、昔のきみのようにかい?」
そう言うと、ママはパパにくっ付いてイチャイチャしだす。
それは、いつもの光景。
パパとママはいつもラブラブだ。
それは互いに強さを認め合っているから。
今でこそ、こんな感じだが……出会った頃は互いに殺し合いをし、
血みどろの戦いに明け暮れていたそうだ。
なんて、羨ましい出会いなのだろうか?
私もいつか、両親のように『殺し愛』をしてくれる人が現れるのだろうか?
できるだけ早く現れてほしい。
そうすれば……長い時間を愛し合うことができるから!
「ユウちゃん、リミッターの調子はどうだい?」
「えぇ、調子がいいわパパ。
少し強めに力を出しても、体が悲鳴を上げることはないみたい」
パパが作ってくれたリミッター装置は、
私の長い髪を止めている二つの髪飾りだ。
これはパパが特殊な技術で制作した、この世で一つだけの装置。
私の力を押さえるだけに作り出した物なのだ。
私の力は他者を傷付けるだけには飽き足らず、
私自身をも傷付けるほどに凶悪なのだ。
そこでパパが、私のためにリミッター装置を開発してくれたわけだ。
これによって随分と助けられた。
能力は十分の一程度まで抑えられることになったけど、
自分が傷付くことはなくなったのだから。
「さぁ、ユウちゃん。服を着替えておいで。ご飯にしよう」
パパのユウゼン・カサラは人間。
灰色の髪を短く纏めている。
眼鏡を付けていて鋭い目をした、痩せ気味で背の高い優男と言った感じだ。
瞳の色は緋色。肌は雪のように白い。
うふふ、でも……パパって、
素手でオーガの部族を皆殺しにしたことがあるのよ?
オーガ族は、このカーンテヒルでも危険な種族の一つ。
意思疎通ができる癖に、己の種族以外は全てが餌だと認識しているの。
その凶暴な性格を支えるのが圧倒的な肉体能力。
オークの肉体能力とほぼ同等だけど、それを上回る体格を有している。
戦いにおいてリーチで相手を上回ることは、
重要なアドバンテージになる。
でも、パパは人間。
体格も筋力もオーガには敵うはずがなかった。
そう、オーガ達も思っていた。
結果はオーガ達の望まぬ形で終わった。
パパの強さは、圧倒的で、異常な上に、オーガを上回る残忍さだった。
その眼鏡の奥にこの上ない笑顔を湛えて、
老若男女を差別することなく葬り去っていったそうよ。
パパの職業は魔導器具技師。
昔の職業は『忍者』だったそうだ。
「素手で首を刎ねるなんて簡単なんだぞ~?」
と自慢していたのを今でも覚えている。
実際にやってみたが、とても難しい。
私の場合は首が爆ぜてしまい、大量の返り血を浴びる結果になる。
パパは綺麗に刎ねてすぐに飛び退くから、返り血なんて浴びはしない。
もうっ、ずるいんだからっ!
ママのユウリット・カサラはパパが皆殺しにした部族に居た生き残りだ。
もちろん、種族はオーガ。
私の緑色の長い髪はママ譲り。目はパパ譲りで……あらやだ。
目と肌の色以外はママ譲りだわ。
ママの目は垂れ目で紫色の瞳が優し気な光を放っている。
肌の色は褐色。日に当たるとつやつやと艶めかしく輝く。
ちなみに、ママは町で噂になるくらいの美人なの。
だから、私も美人。当然よね?
体格は人間の女性と変わらないけど、
脂肪の奥に秘められた筋肉が人間とは比較にならない物になっている。
故にオーガの女性が人間に混じると判別ができなくなるらしい。
逆にオーガの男性は容易に判別できる。無駄に大きいから。
それでも、その部族内で一番強かったのはママだったそうで、
パパとの戦いでも一進一退の死闘を繰り広げたみたい。
その戦いは三日三晩続き、結局のところ勝敗は決まらなかったそうよ。
だからこそ、私が生まれることになったのだけど。
その二人は今、『私』のために大人しく生活をしている。
それが、フィリミシアで暮らすための絶対条件だから。
偶にこっそりと出かけて、憂さ晴らしはしているみたいだけどね。
私は汚れた服を着替え、食卓に着いた。
今日『も』分厚いサーロインステーキだ。
我が家の主食である。
毎日食べても飽きない、まさに主食というに相応しい料理だ。
家族揃って、この美味しい料理を頂く。
うふふ、エルティナじゃないけど、家族でご飯を食べるのは美味しいわ。
私もいつか、運命の人と出会って家庭を築けるといいわね。
いまだ見ぬ将来の旦那に思いを馳せて、
私は血の滴る分厚いサーロインステーキに齧り付くのであった。
あぁ……美味しい!
◆ユウユウ・カサラ◆
人間の女性。
長い深緑の髪をツインテールにした美少女。
非常に整った顔。きつめの目には緋色の瞳。白い肌。身長は高い。
人間とオーガの両親を持つ。とにかく、真っ赤なバラが好き。
彼女の髪飾りはリミッター装置。
外すと百パーセントの力を振るえるが、自身をも傷つける諸刃の刃。
素質はオールD。珍獣の上位互換。(治癒魔法は除く)
異常な身体能力の高さ故、戦闘にかんしてはトップクラスの強さを誇る。
一人称は「私」
エルティナは「エルティナ」