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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第四章 穏やかなる日々
247/800

247食目 マフティ・ラビックス

 ◆◆◆ マフティ ◆◆◆


「ああああっ!? 着ていく服がないぃぃぃぃぃっ!?」


 自室にて緊急事態が発生した。

 本日午後二時より『私』は食いしん坊に誘われて、

 勇者タカアキとエレノア司祭の間に生まれた赤ちゃんを

 見に行くことになっていた。


 この赤ちゃんは、ルドルフさんの結婚式のすぐ後に産まれたのだ。

 結婚式に参加していた勇者タカアキは飛ぶように帰っていった。

 ……というか空を『物理的』に走っていった。

 彼は色々と常識を破壊してくれる人だ。


 いやいや! 今はそんなことを考えている場合ではない!

 なんで着ていく服がないかだ!


「……あっ」


 思い出した。

 昨日着ていた服以外をクリーニングに出してしまったのだ。

 なんて、迂闊なことをしてしまったのだろうか?


 オオクマさんの店がようやく再開できるとあって、

 景気良く服を預けてしまったのがいけなかった。


 おまけに昨日着ていた服は、

 キャロットジュースを溢してしまって着れるような状態ではない。

 最悪だ……これでは服を取りに、

 オオクマさんのクリーニング店『ピカピカリン』に向かうことすらできない。


「ど、どうする……テスタロッサに頼むか?

 いや無理だ。服を持ってるわけがない。

 パンツくらいなら持ってこれるだろうけど」


 更に悪いことに、寝間着と汗を含んでしまった下着は洗濯に出してしまった。

 今頃、おんぼろ魔導洗濯機の中で、元気よく洗われていることだろう。

 ……やってしまった。


 現在、私は全裸だ。

 いつもなら既に服に着替え終えて、

 姿鏡の前でイメージトレーニングをしている時間だ。


 鏡の前の少女は、一糸まとわぬ姿で鏡に映っていた。

 艶のある黒髪から生えている白くて長い兎の耳。

 肌は白く、染みなんてもちろんない。

 最近大きくなってきたお尻にはもこもこの尻尾がくっ付いている。


 うん……自分は、そんじょそこらの少女よりは器量が良い、

 と己惚れることができると思う……前世の記憶がなければ。


 そう、『俺』は転生者で前世は男だった。

 だらしのない姉貴が居たし、可愛い彼女も居た。

 彼女とはエッチをする仲にまで進展した。


 まぁ、それ以上の記憶がないのだが。

 これが『俺』の持ち合わせている記憶だ。

 後はしょうもない記憶がちらほらとあるのだが、

 語るほどのものじゃないので省略する。


 いや待て……何を呑気に昔のことを思い出しているんだ!

 ある意味、人生最大の危機を迎えているんだぞ!?


 ああああっ! どうする! どうする!?

 父さんも、母さんも仕事に行ってしまって、

 服を取ってきてくれだなんて頼めない!

 お、落ち着け! 深呼吸だ!


 ……ダメだ! まったく落ち着かない! こうなったら……!


 こりこり……こり。


「あふぅ……落ち着いた」


 これは昔からの癖だ。

 何故か『俺』は乳首を摘まむと気分が落ち着くのだ。

 それは『私』になっても変わらなかった。

 最近は落ち着きつつも『変』な気分になってきている。

 控えた方がいいとは思うが、無意識のうちにやっている時があるので、

 止めようにも止められないのが現状だ。


 それに最近は乳首がジンジンする。

 マッサージすると収まった感じがするので余計に手が胸にいく。

 まったく以って困ったものだ。


 しかし、今日は止まらないな。

 余程、慌てている証拠でもあるのだが……んふぅ。

 だ、段々変な気分になってきた。

 そろそろ止めた方がいいかな?


「そんな恰好で何やってんだ、マフティよぉ?」


「ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 私の後ろに、いつの間にかゴードンが立っていた。

 あまりの出来事に尻もちを突いてしまう。

 腫れ上がって、これ以上大きくなったらどうするんだよ!!


「ゴ、ゴードン! ノックくらいしろよな!」


「あほぅ、十回以上はしたぞ」


 彼の言葉にうぐっ、と呻くに留まる。

 まったく気が付かなかったのだ。


「んで、その格好はいったいどうした? 着替え中だったのか?

 それにしちゃあ服が見当たらねぇが」


「うぐ、それは……いやいや!

 その前に、私の裸を見て謝罪もないの!?」


 ゴードンはじろりと私の裸を見て「はん」と鼻で笑った。

 なにそれ、地味に傷付く。


「ずっとガキの頃から、一緒に風呂に入ってたのに今更感が半端じゃねぇよ。

 それに、言葉遣いがごっちゃになってるぞ」


「そ、それはそうだけど……

 言葉遣いは、まだイメージトレーニングが終わってないからだよ」


「トレーニングしねぇとできねぇような言葉遣いなんざ止めちまえ」


 うぐぐ、最近のゴードンは容赦ないな。

 ブルトンとこっそり話し合っているようだし、 

 何か企んでいるようにも感じる。


 きっと、『俺』を亡き者にしようと画策しているに違いない。

 ……心配してくれているのはわかる。

 今の私は異常だ。


 それは『俺』の、ほんの少しばかり残っている記憶のせいだ。

 そのほんの少しばかりの記憶が『私』を狂わせている。

 男としてのプライドが、恥じらいが、女としての自分を否定している。

 身体が成長すれば、否応なしに現実に向かい合うことになるというのに。

 今の『俺』は現実から逃げ続けているのだ。


「取り敢えず服が必要だな。

 素っ裸じゃ外にも出れねぇからよ」


「それはわかっているんだけど……一着も服がないんだ。

 後、下着もない」


 いよいよ以って、ゴードンの顔に呆れた表情が浮かび上がる。

 そんな顔で私を見ないでっ!


 あぁ……なんだか、食いしん坊の気持ちがわかってきた。

 彼女はこんな気持ちだったのだろうか?


「まいったな。俺の服はサイズが合わないし……

 かと言ってブルトンのじゃ致命的に合わねぇ。

 さて、どうしたものか……」


 ゴードンが手を顎に添えて考え始めた。

 これはゴードンの癖だ。

 何故、彼の癖は何も言われないのに、『俺』の癖は注意されるのだろうか?

 自分の乳首なのだからいいじゃないか。

 他人の乳首をコリコリしているわけじゃないのだから。


「うん、よし。これでいこう」


 ゴードンがニタリと笑った。

 物凄く嫌な予感がする。

 彼がこの笑顔を見せる時は大抵ろくなことがない。


 しかし、私には選択肢がなかった。

 何故なら……全裸だからだ。

 全裸には選択の自由がないのだ。


「よしよし……残ってたぞ。ほら、『おまえの服』だ」


「おまっ!? その服を取っておいたのかよ!!」


 ゴードンが渡してきた服は学校の学園祭で催した、

 オカマ喫茶で支給されたウェイトレスのユニフォームだった。

 白いシャツにオレンジ色のミニスカートが特徴的だ。


「あぁ、『フリースペース』に突っ込んだまま、

 忘れていたのを思い出したんだ。ないよりはましだろう?

 さっさと着替えて勇者タカアキ様の自宅に向かうぞ」


 いつの間にか時間が迫ってきている。

 今日に限って寝坊をしてしまったのだ。

 とことんついていない。

 ブツブツと文句を言いつつも服に着替えると……大問題が発生した。


「ゴ、ゴードン。尻が半分見えているんだけど」


「あー、尻尾が大きくなったから、

 スカートが持ち上がっちまってるんだな。

 まぁ、全部見えているわけじゃないからいいだろ。

 時間がないから行くぞ」


 色々と酷い。

 ゴードンはもう面倒臭くなったようで、

 私の手を引いて強引に外へと連れ出してしまった。


「さむっ!? ひぃっ!? スカートが捲れるっ!!」


 私は服を手に入れはしたが『下着』は獲得には至らなかった。

 よって、短過ぎるスカートの中は、

 見せてはいけない女の子の部分が丸見えになっているのだ。

 少しでも捲れあがろうものなら、即座に『俺』が脳死状態になってしまう。

 なんとしてでも、その事態だけは防がなくては!


「ちょ、ちょっと! ゴードン! もう少しゆっくり歩いて!」


「バカ野郎、こんな歩き方じゃあ、時間に間に合わねぇよ!」


 ゴードンは時間にうるさいヤツだ。

 予定の時間五分前には必ず集合しているタイプで、

『俺』はというと、時間ピッタリか少し遅れて到着するタイプだ。

 よって、いつもゴードンは早歩きに近い速度で道を歩く。

 普段なら歩く速度を合わせるのだが、今日は話が別である。


「捲れるっ! 捲れちゃうっ! らめぇ!!」


「ええい、静かに歩け。騒いだ方が注目されちまうぞ」


 結局はこんなやり取りが繰り返され、私達は少し遅れて到着することになる。

 もちろん、ゴードンの機嫌は斜めになった。




「ふっきゅんきゅんきゅん! マフティはおバカだなぁ……」


「うるせぇよ。仕方がないじゃないの……ぜ」


 勇者タカアキの家にはクラスメイト全員が集合していた。

 アルフォンス先生も招かれている。

 二年八組が丸ごと招待されていることになるのだ。


 私は遅れてきた理由を皆に説明すると、一斉に大笑いされた。

 特に食いしん坊の笑いようは酷かった。

 そこまで笑わなくてもいいじゃない。


「やぁ、皆さんお揃いで」


「よぉタカアキ。

 おまえさんの可愛い赤ん坊を見に来たぞ」


 勇者タカアキとアルフォンス先生が親しく挨拶を交わしている。

 普段は頼りないアルフォンス先生だが、

 実は凄い人だということがわかる一面だ。


 やがて、皆は広い部屋に通された。流石は勇者の家だ。

 というか勇者タカアキの身体が大きいから、普通の家じゃ窮屈なんだろうなぁ。


「いらっしゃいませ、皆様方。

 丁度、寝てしまったところで申し訳ないですわ」


 そこには、可愛らしい赤ちゃんを抱いたエレノア司祭の姿があった。

 ゆったりとした白いソファーに座って、

 眠っている赤ちゃんを愛おしそうに見つめている。


 そこに目がけて突撃を敢行する白い珍獣。

 今、赤ちゃんが寝たところだって聞いたばかりじゃないの。


「うおぉ……この子がエレノアさんとタカアキの赤ちゃんかぁ。

 ふきゅん、エレノアさん似だっ。これで勝つるぞぉ……」


 一応、気を使っているのか、囁くように話す食いしん坊。

 テスタロッサといい勝負である。


 食いしん坊が言ったとおり、

 勇者タカアキとエレノア司祭との間に産まれた赤ちゃんは、

 完璧に母親似だった。これで、将来は安泰だろう。


 父親から受け継いだ部分は癖っ毛くらいなものだろうか?

 短いブロンドの短い髪がくりくりと天に向かって伸びていた。


「この子の名前はタカアキ様が『ヒカル』と名付けました。

 亡くなったご友人から、名前の一部をもらったのだそうです」


「ふきゅん……そうか、彼を友と呼ぶか。タカアキらしいな。

 それで、ヒカルは男の子? 女の子?」


「女の子ですよ」


 その瞬間、ロフト、スラック、アカネがガッツポーズを取った。

 本当にぶれない連中だな。

 ちなみに食いしん坊も一緒になってガッツポーズを取っていた。

 あ、勇者タカアキもだ。


「これで、未来は救われることでしょう。幼女万歳!」


「おぉ……幼女に栄光あれ!」


「彼女の将来に期待を寄せて、俺らは生きる!」


 ダメだこいつら、まったく以ってダメだ。

 本当に彼らが世界を救った英雄と、これから英雄になる連中なのだろうか?

 これならプリエナの方がよっぽど説得力があるぞ。


 結局、寝ていた赤ちゃんが目を覚まし、機嫌が悪くなって泣きだしたので、

 私達は部屋から退散するはめになった。

 まだよく見ていないのに……余計なことをしてくれたものだ。




「あ~、赤ちゃん……もっと見たかったなぁ」


「ふきゅん、すまん。

 ほとばしる熱き想いを、止めることができなかったんだぜ」


 私がポツリと漏らすと、それを聞きつけた食いしん坊が謝罪をしてきた。

 その大きな耳は私と同じく、どんなにも小さな声をも拾い上げる。


「もういいよ、また見る機会があったら誘ってくれよな?」


「もちろんですとも!」


 俺の言葉を受けて、パッと顔を明るくさせる。

 彼女はわかり易くて好きだ。

 裏表がないから付き合っていて気持ちがいい。


 彼女も言葉遣いが男寄り……いや、男そのものだ。

 きっと、前世が男の転生者なのだろう。

 でも、妙に女らしいところがあるんだよね。


 本当に男だったのか疑問にすら思う。

 いったい、彼女は……。


 そう考えていると、

 やけに皆の視線が私の下半身に集まっていることに気付いた。


「あはは! しっぽっぽ! ぽっぽ! まるるるるぅ! あははは!」


 私から血の気が引いていくのがわかった。

 とんでもないことに、アルアがミニスカートを捲り上げて、

 私のもこもこの尻尾を見ていたのだ。

 もちろん、私の股間は皆に丸見えだ。


 その日、勇者タカアキ邸から兎獣人の特大の悲鳴と、

 赤ちゃんの可愛らしい泣き声がフィリミシアの町に響き渡ったという。

 ◆マフティ・ラビックス◆


 兎の獣人の女性。

 ボサボサの長い黒髪。これはわざとボサボサにセットしている。

 まつ毛の長い、まん丸の大きくパッチリした目。赤い瞳。

 白い毛に包まれた長いうさ耳が特徴的。白い尻尾はもこもこ。

 透き通るような白い肌。小柄な体格。

 前世は男性でその自覚がある。故に性別を偽ってきたが……。

 魔力保有量が高い。

 その割に身体能力も高いという恵まれた素質を持っている。

 得物は短剣。


 一人称は「俺」「私」

 エルティナは「食いしん坊」

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