245食目 メルシェ・アス・ドゥーフル 前編
◆◆◆ メルシェ ◆◆◆
「行ってまいります。お父様、お母様」
「あぁ、行っておいで」
「フォルテ君、うちの娘をよろしくね?」
今日はルドルフさんと、その奥さんとの結婚式が行われる日だ。
この結婚式は国を挙げての盛大なものとなっている。
ここ最近ラングステン王国には良いこともなく、
フィリミシアの町も暗い雲がかかっているような雰囲気に包まれており、
町の人々も元気がないようにも見えた。
その状況を打破しようと国王様が二人を利用して、
お祭りのような結婚式を発案したらしいのだけど……。
「えぇ、任せてください」
「……今、『任せてください』と言ったね?」
「え?」
お父様の目が輝いたように見えた。
同じく、お母様も目もだ。
私の愛する両親。
父のフリントは銀色の癖のないサラサラの髪質で羨ましく思う。
身体は大柄で逞しく、男らしい顔をしている。
私の太い眉毛はお父様から受け継いだのだと思う。
母のシェアラは同じく銀色の癖っ毛だ。
私の癖っ毛はお母様譲り、そして眠たそうな大きな眼も。
似ていないのは細い眉毛だけだ。
スタイルは……痩せているが、お尻だけは大きい。
将来、私の成長した姿がお母様だろう、
とお父様に言われているがお尻だけは似ないでほしい。
「言質は取ったぞ、おまえ!」
「えぇ! しっかりと聞きましたわ! あなた!」
「あえぇ~!?」
油断したフォルテが、両親にいいように約束をさせられていた。
フォルテは驚きのあまり変な声を上げてしまっている。
流石はお父様! お母様! もっとやってください!
うふふ……これでフォルテは私のもの。
後は成人を待つばかりですね!
我がドゥーフル家は、はっきり言って最下級貴族だ。
それでも国から支払われるお金は、一般市民の月給よりも多いらしい。
うちのお屋敷も立派とは言い難いけど、
一般市民の家よりは広くて大きかった。
それにお金に困ったことは一度もないそうだ。
それは両親が非常に倹約屋だからだ。……ドケチともいう。
雇われているメイドさん達も恐ろしいほどドケチだ。
それ故に、お金は貯まれどもなくなることはない。
更には一般市民達に混じって、よく会話を交わしているそうだ。
主に食べれる野草やキノコの情報を得るために。
フォルテのお父様と親しくなったのも、これがきっかけだったそうだ。
とにかく、お父様はお金を使うことが嫌いだった。
そして、お母様は更にお金を使うことが嫌いだった。
お母様はとにかく使える物は使う人だった。
壊れて使い物にならないであろう底に穴が開いた鍋を、
同じく取っ手が壊れて使い物にならなくなった鍋を拾ってきて、
使える部分を組み合わせて修理してしまった。
しかも、余ったパーツも取っておいて別の物に使用している。
非常に器用というか、もう色々とできる人だった。
そんな二人の間に生まれた私だったけど、私は両親とは違い不器用だった。
何をやっても失敗の連続。
自分で自分が嫌になったことなんて数知れずだ。
そんな私を両親は嫌な顔一つせず愛してくれた。
私の周りの人達もだ。私は恵まれているのだと思う。
だから、時々怖くなる。
もし、この人達を失ったら……私は生きてゆけないのではないかと。
怖くて眠れなくなったこともあった。
「メルシェ、行こう! このままだと、とんでもないことになりそうだよ!」
「う、うん!」
フォルテが私の手を引いて走り出した。
その手は大きくて暖かかった。
初めて繋いだ日から変わらない温もりに安心する。
フォルテはどんどん背が高くなってゆく。
どんどん身体も大きくなってゆく。
初めて会った時は同じくらいの背だったのに、
今ではすっかり追い越されてしまった。
けれども、それで構わないと思った。
この温もりと、私を見つめてくれる目だけは変わっていないから。
だから、私は何も不満を感じない。
自然と笑顔になれる。凄く安心できるのだ。
私とフォルテは手を繋ぎ、互いの温もりを感じながら、
純白の道を駆けていったのだった。
「ふきゅん? おぉう、メルシェ委員長にフォルテ副委員長。
随分と早いな。開始まで、まだ一時間以上も先だぞ?」
「うん、ちょっと訳ありでね」
「はぁはぁ……朝のランニングが身に付いてきてますね。
まだ、走れそうですよ」
式場には既にエルティナさんやザイン君の姿があった。
それだけではない、ヒーラー協会の人達も総出で手伝っている。
向こうではエドワード殿下も入念に式場を視察している様子だ。
ゴードン君やマフティ君、ブルトン君も式場の最終調整を手伝っている。
その周りではエルティナさんのホビーゴーレム達も手伝って、
式場の飾りつけの最終確認を念入りにおこなっているようだ。
その中でも、とりわけ目立つ存在があった。
もこもこの白い綿を体中に着けている大きなゴーレムの姿。
顔には、にっこりと笑ったお面を付けている。
まるで巨大な人型の羊のようだった。
この子の名前はチゲちゃん。
獄炎の迷宮内でエルティナさんに出会い、
ちゃっかり付いて来てしまったホビーゴーレムだ。
でもどうしてゴーレムが服を着ているのだろうか?
ゴーレムは寒さを感じなかったはず。
「チゲは寒がり屋さんだぁ……」
エルティナさんの言葉に大袈裟に頷き、
凍えるような仕草を見せるチゲちゃん。
どういう理由かはわからないけど、寒さを感じることができるそうだ。
あまり意味のない能力だと思う。
でも、その大げさでコミカルな動きに思わず頬が緩んだ。
大きな体に顔のない不気味な姿のチゲちゃんの中には、
小さくて臆病で……でも、可愛らしくて優しい心と魂が宿っている。
臆病なチゲちゃんが勇気を振り絞って、
エルティナさんに付いて行ったのは間違いじゃなかった。
その小さな勇気が、今の幸せを掴み取るきっかけになったのだから。
「メルシェ、僕達も手伝おう」
「うん、フォルテ」
私も小さくて臆病だけど……いつか勇気をもってフォルテに告白しよう。
貴方が好きです……と。
チゲちゃんに貰った小さな勇気を心にしまい込み、
私はフォルテと共に飾りつけの確認を手伝い始める。
新郎新婦に幸があらんことをと祈りながら。
式場の飾り付けは全て雪や氷で作ってある。
これを提案したのは私のお父様だ。
最小限の費用しか掛からないこの案は、
モンティスト財務大臣様にとても絶賛されたらしい。
ドケチなお父様はお金をかけたくない一心で提案したのかもしれないけど、
この案はとても素晴らしい結果に繋がったと思う。
真っ白な純白の雪と透明の氷が、日の光に照らされてキラキラと輝いている。
その清楚で穢れのない会場と飾りつけは、
夫婦である二人の新しい門出に、もっとも相応しいのではないだろうか。
私もこういったシチュエーションに憧れてしまう。
今私の隣に立っている彼と、こんな式場で祝ってもらえたら……
これ以上に幸せなことはないだろうなぁ。
そんなことを考えつつも確認作業を終え、一息吐くと式の時間になった。
こういった確認作業をしていると、時間が経つのが早く感じるものだ。
「おぉっ! 来たぞ!」
「まぁ! 素敵ね~!」
にわかに式場が騒がしくなってくる。
お城から会場である式場であるフィリミシア中央公園にまで伸びる、
真っ赤なヴァージンロードを新郎新婦が歩き出したとの情報が、
この公園まで人伝いに流れ着いてきたからだ。
そう、ヴァージンロードの脇は、
既にフィリミシアの人々で埋め尽くされていた。
凄い光景……いつか見た、勇者タカアキ様のパレードと同じくらいの規模だ。
「ふきゅん、始まったか……これは一世一代の大仕事になるな。
じゃ、俺は持ち場に向かう。また後でなっ」
エルティナさんはヴァージンロードの終着点へと向かった。
勇者タカアキ様とエレノア司教様との結婚式同様、
彼女が進行役を務めるのだ。
普通のお祭りのような結婚式とは違い、
この結婚式は儀式に近いものがあるそうだ。
エルティナさんは最初だけだ、とは言っていたけど……
私はそんなことはないと思った。
だって、もう二人を祝福する大歓声が、こちらまで伝わってきているから。
お祭り好きのフィリミシアの人々が我慢できるわけがないもの。
「けけけ、来たようだぜ」
「あぁ、うわぁ……話には聞いていたけど、凄い綺麗だな」
飾りつけに一週間もの間、
フィリミシア中央公園に籠りっきりで、
飾りつけの制作していたゴードン君とマフティ君。
特にゴードン君の執念とも言える飾りの制作には驚かされた。
結婚式が終われば取り壊されてしまうのに、
どうしてそこまで作り込むのか、と聞くと逆に彼に聞き返された。
「仮に委員長が式を挙げる時に、そんなに適当な仕事をされたいのか?」
私は何も言い返せなかった。
よく考えてみれば、それは失礼なことだと気付くはずだったのに。
彼の霜焼けになった両手を見てしまい、
思わず考えもなしに言ってしまった自分の言葉に反省をすることとなった。
「責めてるつもりはねぇよ。
俺達細工職人はな、妥協しちまったらお終いなんだ。
たとえ、式が終わったらこの世からなくなっちまう飾りつけでもな、
心に刻まれるような飾りつけを作ってこその職人なんだ。
儚いが故の美しさを、おまえらにも見せてやるよ」
彼と彼のお父様達が作り上げた、
この瞬間だけの芸術品の美しさは、
他の追随を許さないほどの出来栄えだった。
でも、彼らだけの功績ではない。
彼らを支えたマフティ君あってのことだと思う。
彼はゴードン君達に付っきりで手伝いをしていたらしい。
「こんなことくらいしかできねぇけどな」とは言っていたけど、
並大抵の決意では付っきりで支えるなんてできないだろう。
仕事を掛け持ちしているブルトン君が、
ゴードン君を手伝えなくてマフティ君に頼んだらしいのだけど、
それでもそこまですることができるなんて……。
これが『男の子の友情』というものなのだろうか?
もし、フォルテと私が彼らと同じ状況になったら、
私は彼を支えることができるだろうか?
……できるといいな。ううん、やってみせる。
一際、歓声が大きくなった。
それは新郎新婦の到来を告げるものだ。
始まるのだ。
国を挙げての大がかりな結婚式が!
◆メルシェ・アス・ドゥーフル◆ クラス委員長。
人間の女性。
白銀のふわふわした癖っ毛で緑色のカチューシャを着けている。
大きな目は少し垂れており青色の瞳が収まっている。
眉はごん太。非常に小柄な体格。尻が大きい。
魔法の素質に優秀な反面、身体能力が絶望的な能力。ドジっ娘。
非常に真面目な性格。下級貴族の娘で一人っ子。
レイピアを得物にしてはいるが使いこなせてはいない。
一人称は「私」
エルティナは「エルティナさん」