244食目 ブルトン・ガイウス
◆◆◆ ブルトン ◆◆◆
人には誰しも秘密がある。
俺を例に挙げてみよう。
こんな強面の俺だが、実は可愛らしい小物が好きだということ。
実は甘党で、歯が解けるくらいの甘い物が好きだということ。
実は編み物が趣味だということ。
実は……『転生者』だということ。
うちのクラスの連中は自覚している者、してない者を含めて、
大半が『転生者』だと思われる。
特にエルティナとダナンは、
前世の記憶をかなり持って転生してきたのだろう。
言動、考え方、判断が子供のそれと大きく異なる。
そういう俺だが……実は前世の記憶をほぼ継承している。
それどころか、更に前世の記憶も継承しているのだ。
今は忘れているが、その前の記憶もふとしたきっかけで蘇ることがある。
役に立つ時もあるが、正直言って殆どの記憶が鬱陶しく感じる。
今の俺はブルトン・ガイウスだ。
前世の記憶なんてない方がよっぽどいい。
前世は前々世の記憶があったせいか、非常に怠惰な人生を送ってしまった。
そのせいで、弟には辛い目に遭わせてしまったものだ。
それを顧みて、今生は自分に厳しく生きている。
さて、今『弟』の話が出たのだが……実はこの世界に転生してきている。
あいつしかしない特徴的な癖を、ある人物がしていたのだ。
その癖とは……緊張すると乳首を摘まむというものだ。
弟は自分を落ち着かせようとした行為だったのだろうが、
みっともないので止めさせようとしたが、結局は死ぬまで直らなかった。
最終的には、両乳首を摘まむまでに悪化してしまったのだ。
そんなおかしな癖を持つ者など、滅多に居ないと思っていた。
だが、居たのだ。この世界に。きっかけはその癖だった。
しかし、その時は確信には至らなかったので、その人物に近付き、
さりげない言動で弟かどうか調べていった。
そして確信した。
こいつは弟の転生体だと。
この世界には、ありえない記憶を持っていたのだ。
ただし、『姉弟』が居たことは忘れているようだが。
その人物とは……マフティ・ラビックスだ。
性格も変わらない。
そそっかしいところや、変なところで女々しいのも変わっていない。
変わった部分は姿と……性別だろう。
故に、あの変な癖は断固として直させなくてはならない。
成長しても癖が治らなかった場合、
他人に見られてしまったら痴女として見られてしまう。
兎は通年発情しているから、おかしくはないのかもしれないが。
いや……それでも、みっともないことには変わりない。
止めさせなければ。
ゴードンには、話を付けてある。
あいつはマフティの幼馴染だ。
俺とは違い、ゴードンには全幅の信頼を向けている。
今の俺では前世のように信頼はされていないだろうから、彼に頼むしかない。
なんとか成人するまでには直ってほしいものだ。
「……千」
腕立て伏せ千回が終わり今日の朝のトレーニングが終了した。
単純なトレーニングはどうも物思いに耽ってしまう。
いらん記憶を呼び起こしてしまうのだ。
しかし、この肉体は素晴らしい。
前世の記憶で知っているオークの情報とは大違いだ。
カーンテヒル限定のオーク族だからこそだろうが。
オークとはエルフが変じた者だ。
堕落して堕ちに堕ちた結果、姿形、特性さえ正反対になってしまった、
憎悪と破壊の権化……といった存在だったはずだ。
外見は大抵はぶくぶく太った豚のような姿で描かれている。
だが、この世界のオーク族は違う。
まずエルフが堕ちた種族ではない。
祖先は『オーガピック』という猪だ。
そのオーガピックを使役していたのが白エルフ達で、
扱いやすいように白エルフ達が知恵を与えたところ、
長い年月を経て人型に進化していったのだそうだ。
その進化を認めた白エルフが与えた種族名が『オーク』なのだ。
よって、この世界での『オーク』の名は侮蔑用語ではなく、
誇り高き種族名なのである。
侮蔑の意味でそのようなことを言ったのであれば、
たちまちのうちに粛清されてしまうであろう。
この世界のオークは武と誇りを重んじる生まれながらの戦士なのだから。
その肉体は取り込んだ食べ物を全て筋肉へと昇華させる。
男性のオークに贅肉は付かない。
よほど老齢になり余命幾ばくもなくなって、ようやく太れるのである。
逆に女性の方はふくよかだ。
ぽっちゃりしており、なんとも柔らかそうな肉体になるのだ。
酷く極端な種族だとは思う。
汗を拭き、鏡の前に立ち髪を整える。
身体もかなり成長してきた。
八歳にして、もう百六十センチメートルを越している。
体重は百二十キログラムといったところだ。
人間にはありえないほどの筋肉量が、この体重を実現させている。
「……いくか」
着替えを済ませ俺は寮を出た。
今日の仕事は式場の設置の手伝いだ。
力仕事はオークの得意とするところである。
俺達はこの世界を救う宿命が課せられているそうだが、
正直、どうでもいい。
一日一日を実直に生きるのみだ。
立ちはだかる敵がいるのであれば、この二の腕で粉砕するのみ。
友を脅かす者が現れたのであれば、戦士として立ち向かうのみ。
弟……いや、妹を悲しませる者がいるのであれば、速やかに叩き潰す。
俺のすることは何も変わらない。
今も、これからも。
命ある限り、俺は戦士であることだろう。
そう、今生で決めたのだから。
◆ブルトン・ガイウス◆
オークの男性。
紫の長髪、口から飛び出た牙、大柄な体。男前の顔立ち。
基本的に無口だが、意思表示はしっかりとする。
戦闘能力はクラスでもトップクラス。
性格は自分に厳しく、他人にも少し厳しい。
しかし、マフティにはもの凄く甘い。
武器は使わない。自分の肉体が最大の武器。
転生者であり、ほぼ全ての記憶を継承している。
尚、前世は女性。
一人称は「俺」
エルティナは「食いしん坊」




