241食目 フォルテ・ランゲージ
◆◆◆ フォルテ ◆◆◆
さて……どうし、てこういう事態になってしまったのやら。
現在、俺達は猛吹雪の山中にて絶賛遭難中だ。
「うぅ……あんなに天気が良かったのにぃ」
「山の天候は変わりやすいからね……仕方ないさ」
近くに山小屋があったのが幸いした。
急いで中に避難はしたものの、暖を取ることは叶わなかった。
山小屋であるならば普通は薪が置いてあるはずなのに、
この山小屋にはそれがなかったからである。
誰かが使用して補充しなかったのだろう。
困ったものだな。
俺らがわざわざ冬の雪山にまで来た理由は、とある物を手に入れるためだ。
冬の時期、それも寒さが厳しい時にしか咲かない珍しい花、
『フロストフォーチュン』を手に入れるためにここに来た。
別名『氷雪花』と呼ばれるそれは、
冬を象徴する貴重な花で、滅多に発見できるものではない。
では何故、そのような物を手に入れようとしているかと言えば、
ひとえにお世話になったルドルフさんのためである。
彼は一週間後に控えた結婚式のために、
現在はフィリミシア城にて、ほぼ監禁状態のような生活を送っていた。
何故なら、彼の挙式は国が主催しておこなうからだ。
そのための作法を徹底的に学んでいるらしい。
一度、エルティナと一緒に彼の様子を窺いに行ったのだが、
何故か彼はウェディングドレスを着させられていた。
明らかに逆だ。
更に悲惨なことに、彼はウェディングドレス姿が恐ろしく似合っていた。
もう、お嫁さんがタキシードでいいのでは?
とエルティナが言うくらいなのだ。
もちろん、彼は全力で断っていた。
ルドルフさんのお嫁さんは、
フェンリルと呼ばれる氷の上級精霊なのだそうだ。
非常に綺麗な女性だと聞き及んでいる。
そのような夫婦にささやかな贈り物がしたいと、
エルティナが朝のランニング後に申し出たのが、
今回の事態を引き起こしたのだ。
山に登ったのは俺とザインとエルティナ、そしてメルシェだ。
体力を付けるのにいいとのことで、桃師匠に勧められ同行することとなった。
「さ、寒いです……」
カタカタと体を震わせて凍えるメルシェ。
このままでは、ただでさえ体力のない彼女の体力が底を尽いてしまう。
仕方がない……。
俺は『フリースペース』から、くたびれた毛布を取り出し、
彼女に密着して共に包まった。
別にやましい想いがあったわけじゃない。
火の気がない以上、こうして熱を逃がさないようにするためだ。
「あ……フォルテ。……あったかいです」
「暫くはこれで我慢して」
この方法はレンジャー隊員である父さんに教わったものだ。
これをおこなう際は相手が男でないことを祈れ、
と言われたのだが……別に効率を考えれば、性別はどうでもいいのでは?
とその時は思っていた。
今はなるほど、と感心している。
「吹雪が収まりませんね」
「うん、エルティナさん達は無事かな?」
固まってフロストフォーチュンを探すと効率が悪い。
そう提案して別れたのがまずかった。
彼女には、ザインが付いているから大丈夫だと思うが……
いや、下手をすれば、ザインが彼女に助けられている可能性がある。
彼女のサバイバル能力は異常だ。
どうゆう理屈かはわからないが、
彼女は瞬く間にかまくらを作ることができる。
更には食料まで、何もないところから作り出せるのだ。
そう、モモセンセイと呼ばれる甘くて瑞々しい果物である。
彼女はその果物を食べつつ、一年近くもの間、
見知らぬ森で生活していたというのだから驚きだ。
戦闘能力こそ低いものの、
生きるという点では他の追随を許さないのかもしれない。
「何か口にしておこうか。
確か……チョコレートがあったはずだ」
俺は『フリースペース』からチョコレートを取り出す。
……しまった、食べかけの物しかなかったんだ。
小腹が空いたから少し齧ってしまったのを忘れていた。
まぁ、口を付けていない方を食べてくれるだろう。
そう思いメルシェに渡したのだが……彼女は俺が口を付けた側を口にした。
こういうところにかんしては、何故か無頓着なんだよなメルシェは。
「美味しいです、フォルテも食べてください」
何かを期待する瞳で俺を見つめてくる彼女。
いったい何を期待しているんだ。
渡されたチョコレートをポリポリと齧る。
「お、美味しいですかっ、美味しいですかぁっ!?」
……どうして、そこで興奮するんだメルシェ。
美味しいも何も普通に市販されているチョコレートだぞ。
しかも、俺が購入したものだ。
「あ、あぁ……おいしいよ」
それでも、無難に答えておく。
この答えに満足したのか、彼女は満面の笑みを返してくる。
メルシェは本当に世話が焼ける少女だ。
彼女に初めて出会ったのは四つくらいの時だったかな?
レンジャー隊員の父さんと、下級貴族のメルシェの父親は親友同士だった。
同い年ということもあって、仲良くしてくれないか?
と対面させられたのがメルシェだ。
その際、彼女の父親の目が獲物を見つけた猛禽類のように映った。
俺の気のせいだと思っていたが……
最近はそうでもなかったと思うようになってきた。
メルシェの父親は、この国の下級貴族だけあって、
市民と交わることに制限を設けない姿勢であったが、
彼女は基本的に出不精で、家に籠って本ばかりを読み漁っていた。
そこで、俺が彼女を連れて、少しでも体を動かさせていたのだ。
向かう先は大抵、古本屋なのだが。
その道中で転ぶこと七回。
スタミナが切れて座り込むこと十一回。
野良犬に押し倒されて、顔を舐められまくること数知れず。
彼女のカバーは本当に大変だった。
それは、今も変わらないが。
本当に……世話が焼ける『妹』のような存在だ。
「……あ、吹雪が収まってきましたね」
「うん、そろそろ動けるようになってきたかな」
メルシェは少し残念そうに言った。
何故、残念がるのか理解ができない。
早く家に戻って、温かいスープが飲みたくはないのだろうか?
『おいぃ……フロストフォーチュン、取ったど~!』
エルティナから『テレパス』がかかってきた。
……まさかとは思うが、吹雪の中ずっと捜し歩いていたのだろうか?
そのことを聞いてみると、まさかの答えが返ってきた。
『当然だぁ……ルドルフさんのためであるなら、
この程度の吹雪などどうということはない。
俺の改良型『シャボン玉』は凶暴な雪ん子達を、
完全に「しゃったあうと」するのだ! ふっきゅんきゅんきゅん!』
やはり、彼女はレンジャーに向いているかもしれない。
時々……というか、最近は彼女が聖女だということを忘れてしまっている。
適性がどう考えてもレンジャーか、ビーストテイマーなんだよな。
「メルシェ、エルティナさんがフロストフォーチュンを見つけたって」
「えっ、本当ですか? まさか初日の探索で発見してしまうなんて。
やはり、女神様に愛されているのですね」
俺は彼女の手を引き山小屋を出た。
外は吹雪が嘘だったように晴れ渡っている。
俺達の目の前にはシミの一点もない、純白の雪が積もっていた。
その純白の道なき道を、俺はメルシェの手を引きつつ進む。
「フォルテ、見てください! 凄いですよ!」
メルシェが立ち止まり何かを見ろと言ってきた。
何事だと思い、彼女の言われるがまま、そちらを見ると……。
「これは凄いな……」
俺達の眺める方角には美しいオーロラが輝きを放っていた。
その幻想的な光景に思わず呟いてしまう。
「綺麗だ」と。
「えっ!?」
いや、メルシェじゃない。オーロラがだよ。
何を勘違いしたのか、突如もじもじし始めた彼女。
妄想の世界に入ってしまったようなので、そっとしておく。
暫くオーロラを眺めていたのだが、
そのオーロラが徐々に俺達に近付いてきていることがわかった。
これはどういうことだろう、と考えていたのだが、
その答え自身がやってきたのだ。
「おいぃ~フォルテ、メルシェ、無事だったようだな!
ほれ、フロストフォーチュンだぁ!」
彼女が手にしている、薄っすらと青みがかったクリスタルのような花から、
俺達が見ていたオーロラが放たれていたのだ。
正直言って、俺は花にはまったく興味がなかったのだが、
フロストフォーチュンだけは別だった。
その花には、人を魅了する何かがあるに違いない。
そう思わざるをえないほどに惹きつけられた。
「ふきゅん! これで、ルドルフさんも、ルリさんも喜んでくれるだろう」
「左様でござりますな、御屋形様」
エルティナが摘んできたフロストフォーチュンは二輪。
それしか生えてなかったのだろうか?
俺はそのことが気になって彼女に訊ねてみた。
「いっぱい生えていたぞ?」
「それなら、もっと沢山摘んでくれば良かったじゃないか」
しかし、彼女から返ってきた答えは意外な……
いや、意外じゃないか……彼女らしい答えだった。
「二輪あれば十分だ。
二人の飾りになってもらうためだからな。
それ以上の命を奪う必要はないんだぜ」
「そうか……そうだね、エルティナさん」
彼女は命をとても大切にする。
それはヤドカリ君の一件以来、更に強くなった気がする。
そして、いつもエルティナの何気ない言葉で、
命の大切さを思い出すのだ。
どんな『もの』にでも命は、魂は宿るのだと。
そうだ、花だって生きているのだ。
俺達の勝手で無駄に命を奪っていいものじゃない。
「どうしても欲しければ、二人の式の時に取りに来ればいいじゃないか」
「左様、良い思い出になりましょうな」
「二人の? でも、フロストフォーチュンはもう……」
そう言いかけたが、彼女の悪い顔を見て、彼女の言っている意味を理解した。
俺よりも早く、彼女の言葉を理解していたメルシェが、
身体をくねらせて悶えている。
「エルティナさん、あまり変なことを言わないでくれよ。
この状態のメルシェを元に戻すのは大変なんだから」
エルティナとザインは愉快そうに笑った。
他人ごとだと思って、気楽に言ってくれるものだ。
メルシェは幼馴染で妹みたいなヤツだから、俺にはそんな気はないよ。
メルシェにいつか、誰かいい人ができるまで、
支えてやるつもりではいるけど……きっと、俺から離れる日がやってくる。
いや、正確には……。
「おいぃ! 日が暮れる前に山を下りるぞ!
晩御飯達が俺を待っているんだぜ!」
……雰囲気と憂いを、容赦なくぶち壊してくる彼女の才能は天性のものだ。
もう、ツッコミを入れてもどうこうなるものじゃない。
「ほら、メルシェ。帰るよ!」
「えへへぇ、いけません、私達はまだ成人……ふえっ!?」
何を妄想していたんだろうか? 怖くて聞きたくはないが。
なんとか歩けるようになった彼女の手を引き、俺達は下山を始める。
まったく……本当に手のかかる妹だよ。
暮れゆく夕日が俺達を赤く染める。
その光景はオーロラにも負けないくらいに俺の心に残った。
……残ったんだ。
その夕日が……いつか俺の辿る姿だと、無意識のうちに理解をしていた。
俺の『能力』が、必ずその道を辿らせることになるのだから……。
暮れゆく夕日の赤色が、メルシェと手をつなぐ俺の背を染める。
こうして、ほんの少しばかりの冒険を終え、
俺達は皆の待つフィリミシアへと戻ったのだった。
◆フォルテ・ランゲージ◆ クラス副委員長。
人間の男性。
黒髪を伸ばし放題にしており、尚且つあまり手入れはしていないようで、 所々に寝癖が付いたままになっている。
前髪も目が隠れるくらい伸びている。瞳の色は茶色。
基本的になんでもこなし、突出した能力はない。
得物は基本的に片手剣を使うが、ほぼあらゆる武器を卒なく使用できる。
固有スキルに目覚めている。メルシェとは幼馴染。
一人称は「俺」
エルティナは「エルティナさん」