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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第四章 穏やかなる日々
239/800

239食目 フォクベルト・ドーモン

 ◆◆◆ フォクベルト ◆◆◆


「A班はC班の右に! B班はD班の前に!」


 学校のグラウンドには真っ白な雪が敷き詰められていた。

 しかし、それを物ともせずに突撃をおこなう、我らが二年八組の面々。


 仲間達は、僕の指示でようやく動けるようになってきた。

 でも、確率は六十パーセントくらいだ。

 いまだに不安定で戦術には組み込めない。

 もっと効率良く動かすにはどうすればいいだろうか?

 完全に指示に従わない我儘な子もいるし、前途は多難だ。


 彼らは有事の際は団結力が高く、

 エルティナの指示を受けてもきちんと動いてくれる。

 なのに何故、練習では動けないのか……?


 いや、待てよ……有事の際……か。

 それを、意図的に作り出してみてはどうだろうか?

 彼らの前に『圧倒的脅威』を提供すればあるいは……。

 よし、やってみよう。




「皆、聞いてほしい。

 これからは戦闘を組み込んでみようと思う」


「へぇ、そりゃ面白くなってきたな!

 それで……班ごとに戦うのか?」


 兎獣人のマフティーが僕の言葉に反応した。

 かのじ……彼は白い防寒具を身に纏い、まるで雪兎のようになっている。

 もっとも、夏でもその白い素肌で白兎のようなのだが。


「はい、班ごとで行動し、ある人物と戦ってもらいます」


「それはわかった。

 んで……戦う相手って誰だよ? 早くやろうぜ!」


 ライオットがそわそわしながら拳を合わせていた。

 彼の戦い好きには困った反面、頼もしくも感じる。


「きみ達の相手は……ユウユウです」


 僕がそう言った瞬間、ざわめきが止まった。

 一瞬、時が止まったのではないか、と錯覚するほどに。

 そして……時は動き出した。


「あほかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


「あいたたたっ! 急に腹が……」


「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」


 皆が頭を抱えてうずくまった。

 その反面、一部の者は異様にやる気を出している。


 ライオット、ブルトン、ガイリンクード、サクラン、そしてロン兄妹だ。

 ザインもやる気を出しているようだが、

 彼は基本エルティナの護衛なので、

 そこまでユウユウが攻め込まないと戦う機会がやってこない。


「勝利条件は、ユウユウの帽子を取ることです。

 敗北はエルティナを捕獲された時点。

 そして……ルール無用。

 なんでもありです。

 最低条件としては相手を殺さないこと」


「クスクス……私としては、相手を『殺さない』ことが一番難しいわ」


 そう愉快そうに告げる彼女に、大半のクラスメイト達は恐れおののいた。

 さて、どういう結果になるか……まずはやってみよう。


「それじゃあ、まずは自由にやってみましょう。

 各班のリーダーはメンバーを率いて勝利を目指してください。

 今回、僕はきみ達の戦闘を観察します。

 それでは……始めてください」


 僕がそう言うと、真っ先にライオットがユウユウに突っ込んだ。

 もう各自が、班体制を無視して突撃を始めている。

 わかってはいたが滅茶苦茶だ。


「ユウユウ! やり合ってみたかった!」


「まぁ、それは光栄だわ。

 手加減してあげるから……全力でかかってらっしゃい」


 ライオットの拳とユウユウの拳が激突する。

 その衝撃は身体能力の低い、

 メルシェ委員長とプルエナを吹き飛ばしてしまった。


「はわわわっ!? なんなんですかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


「あ~れ~」


 いきなり二名の脱落だ。

 エルティナはザインがカバーして被害を免れている。


「クスクス……やるようになったじゃない……ライオット。

 思わず『食べ』ちゃいたくなったわ!」


「俺を食うには、まだ早ぇよ!」


 ライオットが手数で押しているように見えるが……殆どがテレフォンパンチだ。

 それではユウユウに届かないだろう。

 それでもライオットは攻撃を続けた。

 その目的は……。


「もらった!」


「クスクス……残念。

 見え透いているわよ? 貴方」


 ライオットは最初からユウユウの帽子を狙っていたのだ。

 彼の目標に向かって突き進む性格を上手く利用すれば、

 切り込み隊長を任せることができるかもしれない。

 案の一つとして記憶しておこう。


 帽子に手を伸ばすライオットの手を掴み、

 彼の体を空高く投げ飛ばしてしまうユウユウ。

 彼女の筋力をもってすれば造作もないことだ。


「その隙は『致命傷アウト』だな……『修羅ユウユウ』!」


 ライオットを投げ飛ばし、腕が完全に伸びてしまっている隙を突き、

 ガイリンクードがユウユウの懐に飛び込んだ。


「うふふ! 素敵よ、ガイ! さぁ! 殺り合いましょう!」


「ふっ……! 困った『高嶺プリンセス』だな!!」


 強引に体勢を立て直したユウユウの右腕の拳が、

 ガイリンクードの左頬に突き刺さる!

 ……かのように見えた。


 驚くことに、ガイリンクードは顔をいなし

 彼女の拳をそらしてしまったのだ。

 なんという技術だろうか!?


「やれやれ……いなしてもこれか!」


「あはっ! やっぱり、ガイと愛死あいし合ってる時が最高よっ!」


 ガイリンクードの左頬からは、おびただしい血が溢れ出していた。

 そのような状態でもあるにかかわらず、

 彼は顔色一つ変えなかったのだ。 


 確か……僕は相手を殺さないのが最低条件だと言ったはずだが、

 今のは下手をすればガイリンクードが死んでいた。

 にもかかわらず、彼は更にユウユウに密着したのだ。

 彼には恐怖心がないのだろうか?


「本来なら、『可憐女性ディ』に、こういうことはしたくないんだが!」


「あら、貴方なら構わなくてよ?」


 ガイリンクードは、なんとユウユウに抱き付いた。

 若干、ユウユウのほほが赤く染まっているのは気のせいだろうか?


「ブルトン! 俺ごと『れ』!!」


「ガイ! すまん!!」


 ……だから、殺すなと言っているだろうに。

 どうして、うちの連中はこうなんだ。


 ブルトンの巨大な拳がユウユウに迫るも、

 彼女の表情は変わらなかった。


「せっかちね……もう少しガイの温もりを堪能させなさいな」


 ユウユウは頭突きでブルトンの拳を迎撃したのだ。

 これを予め予測していたのか、

 インパクトの瞬間ガイリンクードがユウユウから離れ魔導銃を、

 ユウユウに向けて乱射した。


「私にその子は効かないわよ?」


「あぁ、知っている」


 ユウユウに着弾した魔導銃の実弾はことごとく弾かれてしまった。

 しかし、僕は見ていた。

 実弾に紛れて、魔法弾を二発放っていたことに。


「ガイの『力』は確かに受け取ったよ」


「えぇ、そうですわね、お兄様」


 ガイリンクードの『エンチャント・パワー』の魔法弾を受けた双子の剣士が、

 ユウユウに迫った。


『エンチャント・パワー』とは、

 術者の腕力の半分を対象に付与する特殊支援魔法だ。

 この魔法は発動者の腕力が高ければ高いほど効果を増す。


 その反面、発動者の腕力は激減するのだが、

 近接戦闘をしないのであれば、まったく問題なくメリットだけが得られる。


 ガイリンクードは、基本的に魔導銃を使用したオールラウンダーだ。

 どの距離でも立ち回れる貴重な存在であり、

 状況に合わせて、有効的な一手を講じることができる貴重な人材でもある。

 僕が副官に誰を選ぶかと聞かれたら、迷うことなく彼を選ぶだろう。


「これならっ!」


「いけますわっ! お兄様!!」


 双子の剣士の、息の合った同時攻撃がユウユウを襲う。

 攻撃角度、速度共に申し分ない。

 誰しもが決着がついたと思うだろう。

 それが……彼女でなければ。


「クスクス……遅いわ。

 まだ、ガイの銃の方が早いわよ?」


 ユウユウは当然のごとく、

 ルーフェイとランフェイの剣を、素手で摘まんで防いだのだ。


 この歳で当然のように離れ技をやってのける彼女も彼女だが、

 やられて顔色一つ変えない、この双子の兄妹もたいしたものである。


 彼らはその瞬間、腰に差してあった短剣を抜き、

 ユウユウに向けて突き刺したのだ。


「あら、素敵な攻撃ね。

 久しぶりに『ちくっ』としたわ」


 彼らの短剣はユウユウの脇腹に当たっていた。

 ほんの僅かに短剣の先端が彼女の体に刺さっている。

 だが……それだけだった。


 血すら出ていないのだ。

 一般的に脆いとされる脇腹でさえ攻撃が届かない。

 その事実がどれほどの衝撃に……恐怖になることか。


 彼らの目の前には、突風のごとき絶望。

 しかし、僕らは彼女以上の絶望と戦わなくてはいけないのだ。

 この程度で根を上げられては困る。


 ユウユウは『軽く』彼らをを薙ぎ払った。

 苦悶の表情を浮かべて吹っ飛んでいくロン兄妹。

 その腕は曲がってはいけない方向に曲がっていた。


「ふきゅん! 『スローイングヒール』!」


 それを即座に認識したエルティナが遠距離治癒魔法で、

 その場から動かずに治療する。


 彼女の治癒魔法は戦局を覆すほどの可能性を秘めているが、

 それは通常の戦闘に限ったことである。


 僕達の戦う『鬼』には、

 桃使いであるエルティナがメインで戦わなくては、

 まともにダメージを与えることができない。


 しかし、僕はその概念を否定したい。

 いつの日か僕達がメインで、エルティナが支援の状況を作り出したいのだ。

 そのためには、エルティナに頼ることなく、

 鬼を撃破できる方法を考え出さなくてはならない。


 どう考えても、彼女は戦闘をおこなうような存在じゃないからだ。

 エルティナは奪う者ではなく、救う者なのだから。


「ふははははっ! そなたとは一度、死合ってみたかったのじゃ!

 さぁ! 共に舞い狂おうぞ!!」


「私もよサクラン。かかってきなさいな」


 サクランが愛刀を抜き放ち、ユウユウにおどりかかった。

 そのサクランをギラギラした目つきで迎え撃つユウユウ。


 だから、これは練習だと……いや、もういいか。

 今の僕がすることは『個々の戦闘能力』の把握だ。


 自分のパーティーメンバーの戦闘能力は把握できるが、

 他のパーティーメンバー達の戦闘能力がいまいち把握していない。

 それでは、上手く彼らを動かすことができないのだ。


 そんな中でも、ユウユウは別格だ。

 彼女は僕が動かす必要がない。

 ただ、そこにいるだけで相手にプレッシャーを与えたりうる人物なのだ。


 だからといって、彼女に頼りきる戦術は危険だと認識している。

 仮に彼女が倒れてしまったら、僕達は総崩れになってしまうからだ。


「咲爛様! 御自重ください! 御身にもしものことが……」


「たわけ! 余の心配をする暇があるのであれば、

 こやつを仕留める策を講じるのじゃ!」


「御意」「ピヨ!」


 カゲトラはサクランの護衛であり従者だ。

 彼女の戦闘能力は目を張るものがあり、是非とも戦術に組み込みたい。

 しかし、その際はサクランとのセットとして動かさなくてはならない。

 どうしても過剰戦力になりがちなのだ。


 その過剰戦力といえる理由は、

 ユウユウとサクランの戦いぶりを見ればわかるだろう。


 ユウユウは攻撃を受けるスタイルから、

 攻撃をかわすスタイルに移行している。

 よく見れば、彼女の首筋から血が流れているのだ。

 これはサクランの『個人スキル』が発動している可能性が高い。


「うふふ、素敵よサクラン。

 食べちゃいたい衝動を抑えきれないわ!」


「何を我慢しておる! さぁ……食い合おうぞ!」


 ……そろそろ止めた方がいいかもしれない。

 そう思った瞬間、サクランとカゲトラが吹き飛んだ。


「リミッターがもつかしらねぇ……?

 クスクス……そろそろ本気でいくわよ?」


 ユウユウから、莫大な攻撃性のオーラが駄々漏れしている。

 その真っ赤なオーラはまるで血のようだ。

 今までは本気でなかったらしい。


 彼女の狙いはエルティナだ。

 彼女との距離はおよそ百メートルほど……あれ?

 エルティナの姿がない?


「ふっきゅんきゅん……俺はここだぁ!」


 ユウユウの背後からエルティナが姿を現した!

 いやいやいや! ダメだろう! 大将が突撃したら!


 きっと魔法技『モグモグムーブ』を使用して地面の中を移動したのだろう。

 その証拠に、先ほどまで彼女がいた場所に、ぽっかりと穴が開いている。


『モグモグムーブ』は日常魔法『アースブレイク』、『エアムーブ』、

『ゼログラビティ』を組み合わせた複合魔法だ。


 日常魔法とはいえ、地味に凄い魔法を開発している。

 原理は『落とし穴』に近い。


『アースブレイク』で地面を砕き、

 砕いた地面の土を『ゼログラビティ』で浮かせ、

『エアムーブ』でかき出していく。


 これらのことを、彼女は高速でやってのけるのだ。

 まるで、地面の中を走るがごとくの速度で。

 いくら日常魔法とはいえ、恐ろしい魔力消費量になるはずだ。

 しかし、彼女はそれを平然とやってのける魔力量を誇っている。


「もらったぁ!」


 エルティナの狙いは、ユウユウの帽子だ。

 ユウユウの放つ、真っ赤なオーラにも怯むことなく手を伸ばす。

 しかし……。


「ふきゅん!? 手が届かねぇ……おごごごご」


 背の高いユウユウの頭上にある帽子は、

 背の低いエルティナでは届かなかったのだ。

 いったい、何を考えて突撃したのだろうか?


「うふふ、ゲット!」


「ふきゅん」


 こうして……最初の模擬戦が幕を閉じた。

 エルティナの壮絶な『自爆』という結果によって。


 どうやら、僕はエルティナも管理しないといけないようだ。

 ……頭が痛い。




 再度、模擬戦をおこなうも、今度はユウユウの一方的な勝利で終わった。

 彼女の踏み込みによる速攻で。


 ユウユウは二百メートルもの距離を、一瞬で詰めてしまったのだ。

 その反動からか、彼女が立っていた地面は大きく抉れてしまっている。


「思ったよりも上手くできたわ。

 新型のリミッターのお陰ね。パパとママには感謝しなくちゃ……クスクス」


「おいぃ……いきなり大将を狙うとか卑怯だるるぉ!?

 ユウユウきたない、流石ユウユウ、きたない」


 ユウユウの腕に抱えられた白エルフの幼女が、負け犬の遠吠えをしていた。

 でも、彼女の言っていることも確かなことで、

 これは集団戦で敵に挑むという練習なのだ。

 この戦法を取られたら練習にならない。

 その旨をユウユウにしっかりと伝え、練習を再開させた。




 集団戦の練習が終了した。

 ユウユウに挑んだ三十七人は、九戦中全敗という形で終了したのだ。

 あまりに無残な結果だった。


「まぁ、それなりに楽しめたわ」


 ユウユウは、まだまだ余裕がありそうだ。

 恐ろしいタフネスぶりである。


 さて、そろそろ頃合いだろう。

 最後に僕も加わって指揮を執るのだ。


「皆、聞いてくれ。

 このまま彼女に負けっぱなし、というのも悔しいだろう?」


「悔しいに決まっているだろう。

 勝つつもりで挑んだのにまったく手も足も出なかったんだから」


 ライオットが大の字になって寝っ転がった状態で、

 悔しさを口に出した。

 動き回って相当に体力を消費したのだろう。


 これから先は、この状態での戦闘も考慮しなくてはならない。

 丁度いい条件だ。

 この状態でユウユウに勝利してやる。


「なら、僕の指示に従って動いてくれないか?

 きみ達に勝利を約束しよう」


「……ふきゅん!? 本当か!! ぐへへ……勝利のためならなんでもするぜぇ」


 エルティナの悪い顔に若干引くが、やる気は十分のようである。

 ならば、最初にすることは班の再編成だ。


 A班は攻撃部隊。

 ライオット、ロン兄妹、ガイリンクード、マフティ、ウルジェ。

 リーダーはガイリンクードだ。


 B班は同じく攻撃部隊。

 ブルトン、フォルテ副委員長、リック、リンダ、アマンダ、シーマ。

 リーダーはフォルテ副委員長だ。


 C班は遊撃部隊。

 サクラン、カゲトラ、ロフト、スラック、アカネ、オフォール、

 ヒュリティア。

 リーダーはロフト。


 D班は特殊工作部隊。

 ゴードン、ダナン、グリシーヌ、プリエナ、ケイオック、

 モルティーナ。

 リーダーはダナン。


 E班は魔法後方支援部隊。

 メルシェ委員長、ゲルロイド様、クリューテル、プルル、キュウト。

 リーダーはゲルロイド様だ。


 本陣は僕、ブランナ、ガンズロック、クラーク、ララァ、

 ザイン、アルアで防衛する。

 リーダーはエルティナ。

 僕は指揮に専念する。



 そして、本日最後の集団戦の練習が始まった。


『A班、B班はユウユウを左右から挟撃! C班は彼女の背後に!

 D班は僕の指示に従って行動! E班は前方に攻撃魔法の弾幕を張って!』


 僕は『テレパス』を使用して各班のリーダーに指示を飛ばす。

 ここからは僕の判断が勝敗を決することとなる。

 この戦いは、僕が指揮官としてやっていけるかどうかの試金石、

 といっても過言ではない。

 彼女との勝負に勝てなくては、この先到底務まらないだろう。


『ララァ、戦況を逐一報告してくれ』


『……ききき……わかった……』


 ララァは僕の目だ。

 空から戦況を報告する役目をしてもらっている。

 彼女達鳥人は目が非常にいい。

 かなり離れた物でも、しっかりと見えているのだそうだ。


『……A班、B班……交戦状態に入ったわ……』


『よし! E班、攻撃を中断! 魔力回復に専念!

 D班! 所定の位置に移動開始!

 ララァ、ユウユウと本陣との距離は?』


『……百八十メートルほど……』


 まだ距離はあるか……でも、油断はできない。

 ユウユウには踏み込みで、

 五十メートルまでなら移動してもいいと告げているからだ。


『D班、本陣正面四十メートルに「Aトラップ」の設置開始!

 モルティーナとプリエナは地中に移動開始!』


『D班ダナン、了解。「Aトラップ」の設置を始めるぜ』


『……B班が崩れた……』


 ララァから連絡が入ってきた。

 しかし、それは嬉しくない情報だ。


 早い……予想よりも持たなかったか! 時間にして一分半。

 せめて、二分は欲しかったのだが。


『C班! B班のカバーを!

 B班は体勢を立て直して二十メートルほど後退!』


『C班ロフト、了解! おめぇら! 突っ込むぞ!!』


『B班フォルテ、了解! 皆後退だ!「ヒール」で治療するから下がって!』


 練習とはいえ、これほどまでのプレッシャーを感じるとは……。

 これが指揮官の重圧というものなのか。

 別に体を動かしているわけでもないのに、汗が僕の額から流れた。


『D班ダナン、「Tトラップ」十個の設置完了』


『了解、D班は離脱を開始! ただし、ケイオックはその場に身を潜めて!

 A班、C班は戦闘を中断! ユウユウから二十メートル離れて!

 E班は魔法の弾幕を張って足止めを!』


 さて、ここからが正念場だ。

 僕の策が上手くいくといいのだが。


 ユウユウと本陣との距離は九十メートルほど。

 二回踏み込みをされたら本陣に侵入されてしまう。


「皆、エルティナの護衛を! 油断しないで!」


「わかってらぁな! 任せときなぁ!」


 ガンズロックが先頭に立ち油断なく武器を構える。

 しかし、本陣にてユウユウを迎え撃つのは、僕にとって敗北も同然だ。

 ここまで到達させずに……勝利をもぎ取る!


『よし、プリエナ、モルティーナ、準備はいいかい?』


『だいじょうぶだよ~』


『いつでもどうぞッス!』


 さぁ、吉と出るか凶と出るか……?

 僕はプリエナにある術を頼んだ。

 それは……。


『うん、いっくよ~!「ぽんぽだいかぞく」~!』


 地中より飛び出したプリエナとモルティーナ。

 そのタイミングでプリエナの術が発動する。


 彼女の『ぽんぽだいかぞく』は、

『ぽんぽ』という彼女のホビーゴーレムの幻を大量に作り出す術だ。

 小さな狸の人形が百体ほどユウユウに纏わり付く。


『二人は地中に退避! ララァ、彼女の様子は?』


『……鬱陶しそうにしてる……あ……ユウユウが踏み込んだ……

「Tトラップ」にかかったわ……』


 よし、かかったか!


『Tトラップ』はゴードンが開発した『とりもち地雷』だ!

 いくら怪力を誇ろうとも、

 粘着するとりもちでは動きが制限されてしまうだろう。


『E班、攻撃を停止! ケイオック仕上げだ!』 


『へへっ! やっと出番かよ! やっと雪の中から出られるぜ』


 ほどなくして歓声が上がった。

 ケイオックがユウユウの下に飛んでゆき、

 彼女の帽子を奪うことに成功したのだ。




「まさか、最後に負けるとは思ってもみなかったわ」


「勝利条件が、きみの帽子を奪うことだからね」


 とりもち地雷から解放されたユウユウが悔し気に呟いた。

 尚、とりもちはエルティナが身魂融合を用いて綺麗に食べ尽した。

 直接食べようとしていたが、流石にそれは止めさせた。


「こいつは設置よりも設定に苦労したぜ。

 帽子にくっついちまったら、ケイオックじゃ取れなくなっちまうからな」


 ゴードンが残った『とりもち地雷』を回収し終えたようだ。

 この搦め手を用いた戦術は有用だ、ということが実証された一戦だった。


「ふきゅん、本当に勝ってしまうとは! フォクは凄い漢だぁ……」


「皆が一丸となって動いてくれた結果ですよ。

 一人一人がユウユウに敵わなくても、

 力を合わせればこのように、勝利をもぎ取ることができるんです」


 そう、この勝利は僕だけのものではない。

 皆で掴み取った『価値のある勝利』なのだ。

 このことを切っ掛けに、指示どおりに動くことの大切さ、

 集団行動の意味を理解してくれたことだろう。


 この日を境に、皆の動きが徐々に変わっていった。

 班の構成も少しずつ調整しながら、練習を重ねていっている。


「『兎子マフティ』、そっちじゃねぇ。

 この場合はここが『正解じょうとう』だ」


「あっ、本当だ。皆が良く見えるぜ!」


 今はまだ試行錯誤を繰り返してゆく日々だ。 

 しかし、決戦までに必要な知識と経験を積み、必ずや勝利を掴んで見せる。


 僕の指揮官としての長い人生は、ここから始まったのだった……。

 ◆フォクベルト・ドーモン◆


 人間の男性。

 非常に整った顔。黒くて輝きがある髪。意志の強そうな目には黒い瞳。

 眼鏡を着用。性格は冷静沈着。

 得物は鉄の剣と、家宝『サンセイバー』。

『サンセイバー』は刀身が高熱を放つ、実体のないエネルギー剣。


 一人称は「僕」

 エルティナは「エルティナ」

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