235食目 スラック・コーロン
◆◆◆ スラック ◆◆◆
「みゅ~ん、みゅい、みゅい!」
自宅のベッドに寝っ転がっていると、
ワイバーンの赤ん坊で相棒のツヴァイがじゃれついてきた。
俺に似て、よく飯を食べるので、すくすくと大きくなってきている。
特徴である、灰色の毛がようやく伸び始めてきた。
ワイバーンは空高く飛ぶことで有名だ。
それ故に保温を高めるために毛が生えている。
この毛こそワイバーンの証なのだ。
大人になると、もっふもふになって触り心地がいいらしい。
このワイバーンは、種族的には竜なのだが……実は草食性である。
草であればなんでもいいらしく、
庭の雑草をもりもりと食べてくれるので非常にありがたい。
「おまえもだいぶ大きくなったなぁ。
この調子で大きくなるんだぞ?」
俺はツヴァイを抱き上げて微笑みかけた。
「みゅ~ん!」
大きな瞳を輝かせ、鳴いて返事とするツヴァイ。
その背中に乗って大空を飛び周る日は、いつになるのだろうか?
ツヴァイは三兄弟の二番目の子だ。
一番目はアカネのアイン。
三番目はロフトのトライだ。
いつか三人でツヴァイの兄弟たちと共に、
大空を飛び周るのが俺達の目標だ。
そのためには、難しいことで有名な竜騎兵の試験に合格しなければならない。
まずは俺達が合格しなければ何も始まらないのだ。
「まずは、俺達ががんばらねぇとなぁ」
俺に抱き上げられて、
小さな翼をパタパタと動かすツヴァイを眺めながら、
ぼんやりとそのようなことを考えていたのだった。
「というわけでよう、今日から放課後に竜騎兵の勉強を始めねぇか?」
「スラック、おまえなんか変な物でも食ったのか?
ところでよぉ、スティルヴァ先生のおっぱい……またでかくなったな!」
「そんなことよりも、お姉様のケツを眺めに行くさ~。
九年二組のリーゼロッテお姉様のケツがヤヴァイさね」
予想どおりの返事が返ってきた。
別の意味で期待を裏切らない。
このぶれない返事には頼もしさすら感じる。
「まぁ聞けよ。
そろそろ俺達も、重い腰を上げる時が来たってことさ」
俺は肩に乗っているツヴァイを持ち上げる。
「みゅい! みゅい!」
するとツヴァイは、幼い翼をパタつかせて飛ぶマネをし始めた。
「マジかよ!?
トライなんて、最近ようやく鳴くようになったばかりだぞ!?」
「アインもやっと自分で、ケツに突っ込むようになったばかりさね」
「アカネはワイバーンに何をさせているんだ」
若干、ロフトのトライの成長の遅さと、
アカネのアインの将来が心配になってきた。
「俺達がこいつらに乗って空を飛ぶには、
竜騎兵の試験に合格しなくちゃならねぇ。
まずは俺達ががんばらねぇといけないのさ」
「そうなんだよなぁ……実技は自信あんだけどよぉ。
問題は筆記の方なんだよな」
「そうそう、わちきってペンを握ると眠たくなる奇病なんさね」
そう、俺達は実技には自信がある。
ないのは筆記の方なのだ。
竜騎兵は名前にこそ兵と付くが、立派な騎士の位をもつ職である。
そして、一般市民が試験で騎士の位を得ることができるのが、
何を隠そう竜騎兵の試験なのだ。
よって、多数の応募者が殺到して狭き門となる。
中にはキャリアアップを目指して、現役の騎士ですら試験に挑戦する。
そのようなことなので、
今から勉強しておかなくては合格などまずありえない。
下手をすれば遅いくらいなのだ。
「なんにせよ、竜騎兵にならねぇと、
ワイバーンの背に乗って大空を飛べないんだ。
勉強するしかねぇだろ」
「スラック……さてはおまえ、偽物だな!?」
「正体を現すさねっ!」
ああ、もう。
安定し過ぎていて、怒るに怒れない。
「ふきゅん!? スラックがおかしくなった!?」
「食いしん坊……おまえもか」
止めと言わんばかりに、エルティナが話に加わってきた。
彼女に加わられたら収拾がつかなくなる。
……いや、待てよ?
彼女を利用すれば、勉強が捗るかもしれない。
物は試しだ聞いてみよう。
「なぁ、食いしん坊」
「何か用かな?」
俺はエルティナに事情を説明した。
彼女なら何かコネを使って、
有利に事を運ぶことができるかもしれないからだ。
「結論を言おう。
それは可能だが、許可はできない。
ズルして手に入れたものは、結局のところ、肝心な時に裏切るからだ」
「……だよなぁ」
俺がバカだった。
エルティナはこういうことにはバカ真面目だったのだ。
エルティナは才能の塊だと勘違いされているが、
その実態は努力の塊みたいなヤツだ。
彼女は努力を惜しまない。
その優れた才能を持っていても誇らず、奢らず、努力を続ける。
そうだ、彼女のもっともすぐれた才能とは『努力』だ。
これだけは自信を持って言える。
そして、努力するヤツには絶対敵わない。
「だが、協力は惜しまない。
俺達には心強い先輩がいるじゃないか。
協力を要請しておこう」
「マジで!? 俺達にできないことを平然とやってのける!」
「そこに痺れる!」
「憧れるさ~!」
数日後……俺達は何故かフィリミシア城に呼び出された。
猛烈に嫌な予感がする。
エルティナに協力を要請したのは、間違いだったのではないだろうか?
しかし、もう遅い。
覚悟を決めるしかない。
どんな、強面の先輩が出てきても、ビビらない覚悟を持つしかないのだ。
それはロフトとアカネも同様だったらしく、
緊張はしているようだが堂々とした面構えを見せていた。
開き直ったともいえるが。
「ふきゅん! 待たせたな。
こちらが、おまえらを特別指導してくれる、
ウォルガング・ラ・ラングステン先生だ」
ぶばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
俺達はもちろん吹き出した。
よもや、この国の国王を教師に呼ぶとは思ってもいなかったのだ。
「ふぉふぉふぉ……いい面構えじゃ、度胸もいい。
フィリミシア復興計画も軌道に乗り余裕も出てきた。
よって、これから週に二回、一時間程度、竜騎兵について教えてしんぜよう。
こう見えても昔は、ワイバーンに乗ってブイブイ言わせたものじゃ!」
もう、やる気満々のウォルガング国王。
遠くから哀れみの目で眺めてくるエドワード殿下。
俺達は完全に地雷を踏んだのだ。
これによって、竜騎兵の試験に合格する以外に生き残る術はなくなった。
それ以外は、死を持って償わなくてはならないからだ。
その日から、俺達の猛勉強と訓練が始まった。
ウォルガング国王に教わったことは、暗記するまで頭に叩き込んだ。
それはもう必死だ。命懸けだ。
今までの人生でこれほど必死だったのは、後にも先にもこれだけだろう。
竜騎兵の試験資格は十二歳からだ。
それまでは、必死に勉強と訓練をしなくてはならない。
恨むぜぇ~エルティナ!
合格した暁には、成長したおまえのクビレを堪能してやるからな!
覚悟しとけよっ!?
◆スラック・コーロン◆
人間の男性。
坊主頭にゲジゲジ眉毛が特徴。髪の色は黒で瞳も同じく黒。
非常に大食らいで太っている。勿論スケベ。
体型に見合わない器用な仕事が得意。弓の腕も抜群。
竜騎兵を目指す三人組の一人。
パートナーのワイバーンの名前は、ツヴァイ。




