232食目 サクラン・オダ
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「のう、景虎。
せっかく自由に行動できるようになったのじゃ、
今日はふぃりみしあの町を散策してはみぬか?」
余の黒髪を梳いておる景虎に、そのような提案をしたのは、
ある晴れた日のことであった。
余の名は織田咲爛。
この地より遥か東方に位置する『出日』に存在する、
『尾張国』の領主の娘じゃ。
父上の名は『織田信長神津化乃介』。
戦うことを良しとせず、
対話によって事を鎮めることを第一に考えるヘタレじゃ。
益荒男であるならば、拳骨で押し通すのが筋であろう。
そんな父上のやり方には、いつもイライラしておった。
一人で他国に乗り込んで、
その国を壊滅させるほどの武力を持っておろうに。
何故にその力を持って出日を統一せなんだか。
そのことを進言する前に、ここに出されてしもうた。
父上にしてみれば、このように気性の荒い娘は厄介者であったろう。
あぁ、母上がご健在であれば、
父上の尻を引っ叩いてでも、統一を推し進めさしたであろうに。
自分の力の無さを不甲斐なく思う。
「フィリミシアの散策でござりますか?
咲爛様の美しさに惑わされる輩が多数、発生するものと存じ上げます。
ご無礼ながら、散策は控えた方がよろしいかと」
「ならば景虎が始末せい。
なんなら、余が直接に誅して進ぜよう」
「お戯れを……そのような輩に、
咲爛様のお手を汚させるわけにはまいりませぬ」
景虎は余の家臣として頼りになるが、ちと過保護な部分もある。
余とて『ももが~であんず』の一員となったのじゃ、
降りかかる火の子は、己の手で払わなくてはならぬ。
「よし、決めた。
これより、ふぃりみしあの散策をおこなう。
景虎、支度せい。これは命令じゃ」
「ははっ、かしこまりました」
景虎は余の身を案じて進言こそすれども、
決して強引には止めようとはせぬ。
余に考えさせ、決断させ、命令させるのじゃ。
そしてそれを、命懸けで実行する。
……余に過ぎる家臣よ。
薄紅色の着物を身に纏い、
余は景虎を伴いふぃりみしあの町へと繰り出した。
「うむ、ここが露店街なる場所か。
活気があって良い場所じゃのう? 景虎」
「はい、ここはフィリミシアの町でもっとも活気がある場所だと、
エルティナ殿が申されておりました」
ふむ、えるてぃなが申すのであれば間違いはないであろう。
あやつは聖女であるにもかかわらず、ふらふらと出歩く、
余以上の家臣泣かせであるからのう。
この街の情報も、裏の裏まで知っておろう。
「お、おい! あの黒髪ぱっつん娘!」
「うおっ!? マジかよ! 半端ねぇ!
少しきつめの顔だけど……そこがたまらねぇ!
あの茶色のきつい瞳で睨まれたい! はぁはぁ……」
「おい、チェック入れとけ。
七年後ぐらいしたら、凄い娘になるぞ」
次第に周りがざわつき始めた。
いつもの光景、自国にいても他国にいても変わらぬか……。
とここで前から見知った顔の者が近寄ってきた。
えるてぃなとざいんじゃ。
「ふっきゅんきゅんきゅん! おいぃ……奇遇だな、咲爛。
景虎とフライパン太郎も元気そうだな」
「ぴよ!」
景虎の頭に陣取っているひよこが嬉しそうに鳴いた。
このひよこは景虎の弟子であり息子でもある。
余の誕生日に、試作を繰り返した料理から生まれた奇天烈な奴じゃが、
奇妙なことに忍術の素質があったことがわかったのじゃ。
それ以来、我が子のように大切に、弟子の如く厳しく育てておる。
余としても、このひよこの行く末が楽しみでもある。
名付け親のえるてぃなも、ふらいぱん太郎の様子を、
ちょくちょくと確認しに来ているようじゃ。
「おぉ、丁度いい。
えるてぃな、余は少々腹が空いておる。
其方は食にうるさい故に、良い店を知っておろう。
余をそこまで案内いたせ」
「ほぅ……出不精の咲爛にやる気スイッチが入ったようだな?
いいだろう、丁度お昼だ。
この俺が、今もっともホットな店に案内してやろう」
「ぴよ! ぴよ!」
「これ、太郎や。
従者が主より喜んではならない」
「ぴよ……」
いかなる場面でも従者の心得を教える景虎は、
師というよりも母親のそれに近い。
実際にそうなのだから仕方がないと言えよう。
「まぁ、まぁ……よいではないか。
今日だけは許してやり申せ」
「しかし……いえ、承知いたしました。
太郎や、咲爛様に感謝するのだぞ?」
「ぴよ!」
景虎の頭の上で頭を下げ、一鳴きして返事とする、ふらいぱん太郎。
うむ……愛いヤツよのう。
「よし、ではいくか。
ホットな店はすぐそこだぁ……」
えるてぃなは、涎を撒き散らしながら駆けていった。
あやつは一応、この国の聖女であり、
『ももが~であんず』の長でもあるのだが……
どうも、自覚に欠けるきらいがあるのう。
これは、余がしっかりしなくてはならぬ事態が起こりうるかもしれぬ。
えるてぃなは余、以上に直情的で、
向う見ずになる場合があると聞くからのう。
「ふっきゅんきゅんきゅん! ここがホットな店だぁ」
「ふむ……ここか」
その店は、最近ふぃりみしあにやってきた、
若いかされいむの料理人が開いた店だそうじゃ。
「ここの『ヒートバイソン』を使った料理が美味いんだぜ」
「ひーとばいそん? なんじゃそれは」
話によれば、『ひーとばいそん』はかされいむ周辺に生息する、
炎を身に纏った牛の魔物じゃそうな。
十尺もの巨体を誇るその牛は非常に凶暴で度々、
人を襲うことから非常に恐れられておるそうじゃ。
そのようなわけで発見され次第、
討伐隊が組まれて退治されておったそうなのじゃやが、
その肉が美味かったことから、
今では積極的に狩られるようになったらしい。
「取り敢えずは食べてからだぁ。
ヒートバイソンライス四つおくれぃ!」
粗末な席に着き、料理が出てくるのを暫し待つ。
えるてぃなとの会話に花を咲かせておると、
えも言えにおいの料理が運ばれてきた。
「ほぉ……これが『ひーとばいそんらいす』か。
……見た目は牛丼を逆さまにした感じじゃのう」
「ふきゅん、まぁそう見えるよな」
大きな皿いっぱいに敷かれた薄切りの牛肉。
その上に円状に盛られたご飯。
その脇には瑞々しいれたすと真っ赤なとまとが添えられておった。
「それじゃ、冷めないうちに食べようぜ! いただきま~す!」
そう言うと、えるてぃなはがつがつと食べ始めた。
その食べっぷりは本当に豪快であり、まるで益荒男の食い方じゃ。
顔中に米粒や肉汁が飛び散っておる。
「余もいただくとするか……いただきます」
えるてぃなは店で出された『すぷーん』と『ふぉーく』を使っておったが、
余は使い慣れた箸を使って食べることにした。
まずは米の味を確かめる。
……ふむ、なかなかいい米を使っておる。
これはふぃりみしあ産の『どんとこい』じゃな。
ふぃりみしあでもかなり値の張る米じゃ。
その分、しっかりした味で、
どんな料理でも受け止める懐の深さを持っておる。
言い換えれば……この米でなければ、
牛肉を受け止めることができぬということか。
いったい、どのような味なのじゃろうか?
興味を持った余は、薄く切られ煮込まれた牛肉を一切れ食べてみた。
甘じょっぱいタレにて煮込まれたその肉は正しく牛丼の味。
じゃが、後からくる穏やかな辛みと不思議な清涼感。
はて……これはいったい?
「ふきゅん、面白い味だろう?
この肉には刻んだミントが入っているんだぜ」
「ふむ、それで『すっ』とした清涼感があったか。
不思議な味よのう」
これは美味いが、好みが分かれるやもしれぬのう。
余はこの味は嫌いではないが、脂っこい物は苦手じゃ。
やはり、故郷のあっさりとした食べ物のほうがこのみじゃのう。
料理を食べ終えた余達は店主に料金を支払い店を後にした。
店が混み始めたのは、すぐその後であった。
どうやら、席に座れたのは運が良かったようじゃ。
「げふぅ、食った食った! またカサレイムに行きたいんだぜ」
「御屋形様。
その件について、ウォルガング国王と打ち合わせがござったのでは?」
暫しの沈黙の後、垂れておった大きな耳を跳ね上げて、えるてぃなは叫んだ。
「ヴァァァァァァァァッ! 忘れてたっ! お城に急げ~!」
「お、お屋形様ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ばたばたと忙しなく走り去る二人を見送り、
余達は再びふぃりみしあの散策を再開することにした。
「ふむぅ……ここはまた随分と荒れておるのう」
「咲爛様……ここはスラム地区でございます。
御身のいるような場所ではございませぬ。
早々に立ち去りましょう」
「ぴよ!」
ふむ、ここがえるてぃなが、どうにかしたいと言っておった場所か。
確かに……このような場所に住んでおれば、身も心も沈む一方よな。
「……サクラン? どうしてこんなところに?」
「おぉ、ひゅりてぃあか。
なに……ちょっとした散策をしておるところじゃ」
余に声をかけてきたのは、完全武装をしたひゅりてぃあじゃった。
表情は変わってはおらぬが驚いておるようじゃの。
「……ここは危ないわ。早く町の方に戻って」
「じゃが、えるてぃなも来ておるのだろう。
何故に余を追い返そうとするのじゃ?」
「……ここから先はスラム地区の奥よ。
エルが来ているのはスラム地区の入り口付近まで。
私は子供がこの奥に行かないように見回りをしていたの」
そう言った彼女に緊張が走った。
そのスラムの奥と呼ばれた場所から、
武器を手にしたならず者たちが数人歩いてきたのだ。
「……いけない。
あいつらは最近ここに流れてきた組織の連中よ。
ここのルールも覚えれないくらいの粗野な連中。
さ、早く行ってちょうだい」
じゃが、そう言った時にはもう遅かった。
ならず者の仲間の連中が後ろから声をかけてきおった。
いつの間にか取り囲まれておったのじゃ。
「おい! そこのガキ共! 死にたくなけりゃ着てる物全部置いてけ!」
「ん~? なかなか可愛いじゃねぇか。
売り払えばいい金になりそうだぞ?」
「がはは! それじゃあ、うっぱらって酒代にでもしちまおうぜ!」
ならず者達の数は十二人。
余達をぐるりと取り囲み、既に勝った気分でおる。
「……ちょっと遅かったみたいね。
降りかかる火の粉は払えるかしら?」
ひゅりてぃあが穏やかに笑い、挑発的な顔を見せた。
面白い……ならばその挑発に乗って進ぜよう。
「景虎、この無礼者共を手打ちに致す」
「ははっ!」「ぴよ!」
余は腰の愛刀『血吹雪の月桜』を抜く。
ドクンと愛刀が鳴きおった。
『肉』を喰らわせろと。
『血』を寄越せと。
ふふふ……そう、せっつくでないわ。
今、たんと喰らわせてしんぜよう!
「殺ゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
風を切る音と共に、ならず者の首を刎ねる。
獲物は十二人。
これだけいれば、我が愛刀も満足できよう。
「へ……? お、おい! こいつ……やべぇぞ!!」
「な、なんだこのガキ! まったく迷うことなく殺しやがった!!」
「や、殺っちまえ! 殺らねぇとこっちがやられるぞ!」
じゃが、既にその半数は返事をしなかった。
何故なら……その眉間には苦無が深々と突き刺さっておったからじゃ。
「他愛もない……咲爛様がお手を汚さずとも良かったのでは?」
「ぴよ! ぴよ!」
「たわけ、偶には『血吹雪の月桜』のご機嫌を取っておかねばならぬわ」
そう言いながら、余はならず者の一人を一刀両断にする。
男の鮮血を浴びることになるが気にすることはない。
こんなものは戦場にて慣れておる故に。
「しかし、手応えの無い連中共よのう。
これでは余も熱くなれぬわ。
興醒めもいいところよ」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!? なんなんだ! おまえらはっ!?」
後ずさり逃げ出す機会を窺っていた男が、
何故かひゅりてぃあに向かっていった。
彼女を盾にして、逃げおおせようと考えておるのじゃろう。
余の考えどおり、ひゅりてぃあに手を伸ばす無精髭が小汚いならず者。
しかし、それは果たされなかった。
ならず者の手は空を切った。
彼女は殆ど動いてはおらぬ。
最小限の動作と足運びで、易々とかわして見せたのじゃ。
「ほぉ、見事な動きじゃな」
「はい、一度手合わせ願いたいものです」
「ぴよっ!」
彼女の動きを眺めつつも、残りの連中を切り捨ててゆく。
一人とて逃すつもりはない。
「ふはははは! 寄らば切る! 寄らずとも切る!!
遠慮はいらぬ……ちこぅ寄れっ!!」
「た、たすけっ……」
その言葉は言わせぬ。
益荒男であるならば、決してその言葉を口に出すでないわ!
余は容赦なく首を刎ねた。
鮮血を撒き散らして首が転がってゆく。
一方、ひゅりてぃあを襲っていた男は、
彼女に首を掴まれ、絞め落とされておった。
「……こいつは殺さないでおいて。
組織の情報を吐かせるから」
絞め落とされた男で、ならず者共は全滅した。
こやつ一人を除いて皆、血の海に沈んでおる。
「うむ、そなたがそう言うのであれば、特別に見逃してしんぜよう」
多くの肉と血を喰ろうた『血吹雪の月桜』の身を清め、
桜吹雪の柄をあしらった鞘に納める。
こやつも満足したようじゃ。
よきかな、よきかな……。
「ささ……咲爛様もお身を清めなさらねばなりませぬ」
「む……それもそうじゃのう。
じゃが、この格好で寮に戻れば騒ぎになるわ」
血塗れになった薄紅色の着物を見て、ため息を一つ吐く。
戦場以外の戦闘は後処理が面倒じゃ。
「……それなら、ヒーラー協会のお風呂に入ればいいわ。
あそこは誰が入っても何も言われないしね。
血塗れで行っても不思議がられないわ。
毎日、血塗れの冒険者達がかよっているし」
「それならば、咲爛様が行かれても問題はなさそうです。
どうでしょうか? 咲爛様」
「うむ、任せる」
こうして余達はひーらー協会へと赴くのであった。
そこでまた、ひと騒動あったのじゃが、それはまたの機会に話そう。
そう、『血塗れ幼女伝説』なんてものはないのじゃ。
それだけは、くれぐれも肝に銘じておくように。
……くれぐれもじゃ。
◆サクラン・オダ◆織田咲爛◆
人間の女性。
イズルヒからの留学生。
非常に端正な顔立ち。きつめの目には茶色の瞳。
切れ長の眉。極めて美しい長い黒髪。
前髪は『ぱっつん』と切りそろえられている。
肌は雪のように白い。背は高い方。
性格は苛烈で容赦ないが、意外と寛容な心も持ち合わせている。
愛刀は『血吹雪の月桜』。妖刀である。
この妖刀に触れた時から、彼女の伝説は始まった。
若干四歳にして、無断で戦場に出陣し、敵兵百人を血祭りにあげた。
その後も戦場に立ち続け、笑いながら敵兵を切り刻んだ姿から、
『第六天魔王・織田咲爛』と畏怖されるようになった。
尚、父親は『仏の信長』と称されている。
一人称は「余」
エルティナは「えるてぃな」