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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第四章 穏やかなる日々
232/800

232食目 サクラン・オダ

 ◆◆◆


「のう、景虎。

 せっかく自由に行動できるようになったのじゃ、

 今日はふぃりみしあの町を散策してはみぬか?」


 余の黒髪を梳いておる景虎に、そのような提案をしたのは、

 ある晴れた日のことであった。


 余の名は織田咲爛おださくらん

 この地より遥か東方に位置する『出日いずるひ』に存在する、

尾張国おわりこく』の領主の娘じゃ。


 父上の名は『織田信長神津化乃介おだのぶながこうづけのすけ』。

 戦うことを良しとせず、

 対話によって事を鎮めることを第一に考えるヘタレじゃ。


 益荒男であるならば、拳骨で押し通すのが筋であろう。

 そんな父上のやり方には、いつもイライラしておった。


 一人で他国に乗り込んで、

 その国を壊滅させるほどの武力を持っておろうに。

 何故にその力を持って出日いずるひを統一せなんだか。


 そのことを進言する前に、ここに出されてしもうた。

 父上にしてみれば、このように気性の荒い娘は厄介者であったろう。


 あぁ、母上がご健在であれば、

 父上の尻を引っ叩いてでも、統一を推し進めさしたであろうに。

 自分の力の無さを不甲斐なく思う。


「フィリミシアの散策でござりますか?

 咲爛様の美しさに惑わされる輩が多数、発生するものと存じ上げます。

 ご無礼ながら、散策は控えた方がよろしいかと」


「ならば景虎が始末せい。

 なんなら、余が直接に誅して進ぜよう」


「お戯れを……そのような輩に、

 咲爛様のお手を汚させるわけにはまいりませぬ」


 景虎は余の家臣として頼りになるが、ちと過保護な部分もある。

 余とて『ももが~であんず』の一員となったのじゃ、

 降りかかる火の子は、己の手で払わなくてはならぬ。


「よし、決めた。

 これより、ふぃりみしあの散策をおこなう。

 景虎、支度せい。これは命令じゃ」


「ははっ、かしこまりました」


 景虎は余の身を案じて進言こそすれども、

 決して強引には止めようとはせぬ。


 余に考えさせ、決断させ、命令させるのじゃ。

 そしてそれを、命懸けで実行する。


 ……余に過ぎる家臣よ。


 薄紅色の着物を身に纏い、

 余は景虎を伴いふぃりみしあの町へと繰り出した。




「うむ、ここが露店街なる場所か。

 活気があって良い場所じゃのう? 景虎」


「はい、ここはフィリミシアの町でもっとも活気がある場所だと、

 エルティナ殿が申されておりました」


 ふむ、えるてぃなが申すのであれば間違いはないであろう。

 あやつは聖女であるにもかかわらず、ふらふらと出歩く、

 余以上の家臣泣かせであるからのう。


 この街の情報も、裏の裏まで知っておろう。


「お、おい! あの黒髪ぱっつん娘!」


「うおっ!? マジかよ! 半端ねぇ!

 少しきつめの顔だけど……そこがたまらねぇ!

 あの茶色のきつい瞳で睨まれたい! はぁはぁ……」


「おい、チェック入れとけ。

 七年後ぐらいしたら、凄い娘になるぞ」


 次第に周りがざわつき始めた。

 いつもの光景、自国にいても他国にいても変わらぬか……。


 とここで前から見知った顔の者が近寄ってきた。

 えるてぃなとざいんじゃ。


「ふっきゅんきゅんきゅん! おいぃ……奇遇だな、咲爛。

 景虎とフライパン太郎も元気そうだな」


「ぴよ!」


 景虎の頭に陣取っているひよこが嬉しそうに鳴いた。

 このひよこは景虎の弟子であり息子でもある。


 余の誕生日に、試作を繰り返した料理から生まれた奇天烈な奴じゃが、

 奇妙なことに忍術の素質があったことがわかったのじゃ。

 それ以来、我が子のように大切に、弟子の如く厳しく育てておる。


 余としても、このひよこの行く末が楽しみでもある。

 名付け親のえるてぃなも、ふらいぱん太郎の様子を、

 ちょくちょくと確認しに来ているようじゃ。


「おぉ、丁度いい。

 えるてぃな、余は少々腹が空いておる。

 其方は食にうるさい故に、良い店を知っておろう。

 余をそこまで案内いたせ」


「ほぅ……出不精の咲爛にやる気スイッチが入ったようだな?

 いいだろう、丁度お昼だ。

 この俺が、今もっともホットな店に案内してやろう」


「ぴよ! ぴよ!」


「これ、太郎や。

 従者が主より喜んではならない」


「ぴよ……」


 いかなる場面でも従者の心得を教える景虎は、

 師というよりも母親のそれに近い。

 実際にそうなのだから仕方がないと言えよう。


「まぁ、まぁ……よいではないか。

 今日だけは許してやり申せ」


「しかし……いえ、承知いたしました。

 太郎や、咲爛様に感謝するのだぞ?」


「ぴよ!」


 景虎の頭の上で頭を下げ、一鳴きして返事とする、ふらいぱん太郎。

 うむ……愛いヤツよのう。


「よし、ではいくか。

 ホットな店はすぐそこだぁ……」


 えるてぃなは、涎を撒き散らしながら駆けていった。


 あやつは一応、この国の聖女であり、

『ももが~であんず』の長でもあるのだが……

 どうも、自覚に欠けるきらいがあるのう。


 これは、余がしっかりしなくてはならぬ事態が起こりうるかもしれぬ。

 えるてぃなは余、以上に直情的で、

 向う見ずになる場合があると聞くからのう。



 

「ふっきゅんきゅんきゅん! ここがホットな店だぁ」


「ふむ……ここか」


 その店は、最近ふぃりみしあにやってきた、

 若いかされいむの料理人が開いた店だそうじゃ。


「ここの『ヒートバイソン』を使った料理が美味いんだぜ」


「ひーとばいそん? なんじゃそれは」


 話によれば、『ひーとばいそん』はかされいむ周辺に生息する、

 炎を身に纏った牛の魔物じゃそうな。


 十尺もの巨体を誇るその牛は非常に凶暴で度々、

 人を襲うことから非常に恐れられておるそうじゃ。


 そのようなわけで発見され次第、

 討伐隊が組まれて退治されておったそうなのじゃやが、

 その肉が美味かったことから、

 今では積極的に狩られるようになったらしい。


「取り敢えずは食べてからだぁ。

 ヒートバイソンライス四つおくれぃ!」


 粗末な席に着き、料理が出てくるのを暫し待つ。

 えるてぃなとの会話に花を咲かせておると、

 えも言えにおいの料理が運ばれてきた。


「ほぉ……これが『ひーとばいそんらいす』か。

 ……見た目は牛丼を逆さまにした感じじゃのう」


「ふきゅん、まぁそう見えるよな」


 大きな皿いっぱいに敷かれた薄切りの牛肉。

 その上に円状に盛られたご飯。

 その脇には瑞々しいれたすと真っ赤なとまとが添えられておった。


「それじゃ、冷めないうちに食べようぜ! いただきま~す!」


 そう言うと、えるてぃなはがつがつと食べ始めた。

 その食べっぷりは本当に豪快であり、まるで益荒男の食い方じゃ。

 顔中に米粒や肉汁が飛び散っておる。


「余もいただくとするか……いただきます」


 えるてぃなは店で出された『すぷーん』と『ふぉーく』を使っておったが、

 余は使い慣れた箸を使って食べることにした。


 まずは米の味を確かめる。

 ……ふむ、なかなかいい米を使っておる。

 これはふぃりみしあ産の『どんとこい』じゃな。

 ふぃりみしあでもかなり値の張る米じゃ。


 その分、しっかりした味で、

 どんな料理でも受け止める懐の深さを持っておる。


 言い換えれば……この米でなければ、

 牛肉を受け止めることができぬということか。


 いったい、どのような味なのじゃろうか?

 興味を持った余は、薄く切られ煮込まれた牛肉を一切れ食べてみた。


 甘じょっぱいタレにて煮込まれたその肉は正しく牛丼の味。

 じゃが、後からくる穏やかな辛みと不思議な清涼感。

 はて……これはいったい?


「ふきゅん、面白い味だろう?

 この肉には刻んだミントが入っているんだぜ」


「ふむ、それで『すっ』とした清涼感があったか。

 不思議な味よのう」


 これは美味いが、好みが分かれるやもしれぬのう。

 余はこの味は嫌いではないが、脂っこい物は苦手じゃ。

 やはり、故郷のあっさりとした食べ物のほうがこのみじゃのう。



 料理を食べ終えた余達は店主に料金を支払い店を後にした。

 店が混み始めたのは、すぐその後であった。

 どうやら、席に座れたのは運が良かったようじゃ。


「げふぅ、食った食った! またカサレイムに行きたいんだぜ」


「御屋形様。

 その件について、ウォルガング国王と打ち合わせがござったのでは?」


 暫しの沈黙の後、垂れておった大きな耳を跳ね上げて、えるてぃなは叫んだ。


「ヴァァァァァァァァッ! 忘れてたっ! お城に急げ~!」


「お、お屋形様ぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ばたばたと忙しなく走り去る二人を見送り、

 余達は再びふぃりみしあの散策を再開することにした。




「ふむぅ……ここはまた随分と荒れておるのう」


「咲爛様……ここはスラム地区でございます。

 御身のいるような場所ではございませぬ。

 早々に立ち去りましょう」


「ぴよ!」


 ふむ、ここがえるてぃなが、どうにかしたいと言っておった場所か。

 確かに……このような場所に住んでおれば、身も心も沈む一方よな。


「……サクラン? どうしてこんなところに?」


「おぉ、ひゅりてぃあか。

 なに……ちょっとした散策をしておるところじゃ」


 余に声をかけてきたのは、完全武装をしたひゅりてぃあじゃった。

 表情は変わってはおらぬが驚いておるようじゃの。


「……ここは危ないわ。早く町の方に戻って」


「じゃが、えるてぃなも来ておるのだろう。

 何故に余を追い返そうとするのじゃ?」


「……ここから先はスラム地区の奥よ。

 エルが来ているのはスラム地区の入り口付近まで。

 私は子供がこの奥に行かないように見回りをしていたの」


 そう言った彼女に緊張が走った。

 そのスラムの奥と呼ばれた場所から、

 武器を手にしたならず者たちが数人歩いてきたのだ。


「……いけない。

 あいつらは最近ここに流れてきた組織の連中よ。

 ここのルールも覚えれないくらいの粗野な連中。

 さ、早く行ってちょうだい」


 じゃが、そう言った時にはもう遅かった。

 ならず者の仲間の連中が後ろから声をかけてきおった。

 いつの間にか取り囲まれておったのじゃ。


「おい! そこのガキ共! 死にたくなけりゃ着てる物全部置いてけ!」


「ん~? なかなか可愛いじゃねぇか。

 売り払えばいい金になりそうだぞ?」


「がはは! それじゃあ、うっぱらって酒代にでもしちまおうぜ!」


 ならず者達の数は十二人。

 余達をぐるりと取り囲み、既に勝った気分でおる。


「……ちょっと遅かったみたいね。

 降りかかる火の粉は払えるかしら?」


 ひゅりてぃあが穏やかに笑い、挑発的な顔を見せた。

 面白い……ならばその挑発に乗って進ぜよう。


「景虎、この無礼者共を手打ちに致す」


「ははっ!」「ぴよ!」


 余は腰の愛刀『血吹雪の月桜』を抜く。

 ドクンと愛刀が鳴きおった。


『肉』を喰らわせろと。

『血』を寄越せと。


 ふふふ……そう、せっつくでないわ。

 今、たんと喰らわせてしんぜよう!


「殺ゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 風を切る音と共に、ならず者の首を刎ねる。

 獲物は十二人。

 これだけいれば、我が愛刀も満足できよう。


「へ……? お、おい! こいつ……やべぇぞ!!」


「な、なんだこのガキ! まったく迷うことなく殺しやがった!!」


「や、殺っちまえ! 殺らねぇとこっちがやられるぞ!」


 じゃが、既にその半数は返事をしなかった。

 何故なら……その眉間には苦無が深々と突き刺さっておったからじゃ。


「他愛もない……咲爛様がお手を汚さずとも良かったのでは?」


「ぴよ! ぴよ!」


「たわけ、偶には『血吹雪の月桜』のご機嫌を取っておかねばならぬわ」


 そう言いながら、余はならず者の一人を一刀両断にする。

 男の鮮血を浴びることになるが気にすることはない。

 こんなものは戦場いくさばにて慣れておる故に。


「しかし、手応えの無い連中共よのう。

 これでは余も熱くなれぬわ。

 興醒めもいいところよ」


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!? なんなんだ! おまえらはっ!?」


 後ずさり逃げ出す機会を窺っていた男が、

 何故かひゅりてぃあに向かっていった。

 彼女を盾にして、逃げおおせようと考えておるのじゃろう。


 余の考えどおり、ひゅりてぃあに手を伸ばす無精髭が小汚いならず者。

 しかし、それは果たされなかった。


 ならず者の手は空を切った。

 彼女は殆ど動いてはおらぬ。

 最小限の動作と足運びで、易々とかわして見せたのじゃ。


「ほぉ、見事な動きじゃな」


「はい、一度手合わせ願いたいものです」


「ぴよっ!」


 彼女の動きを眺めつつも、残りの連中を切り捨ててゆく。

 一人とて逃すつもりはない。


「ふはははは! 寄らば切る! 寄らずとも切る!!

 遠慮はいらぬ……ちこぅ寄れっ!!」


「た、たすけっ……」


 その言葉は言わせぬ。

 益荒男であるならば、決してその言葉を口に出すでないわ!


 余は容赦なく首を刎ねた。

 鮮血を撒き散らして首が転がってゆく。


 一方、ひゅりてぃあを襲っていた男は、

 彼女に首を掴まれ、絞め落とされておった。


「……こいつは殺さないでおいて。

 組織の情報を吐かせるから」


 絞め落とされた男で、ならず者共は全滅した。

 こやつ一人を除いて皆、血の海に沈んでおる。


「うむ、そなたがそう言うのであれば、特別に見逃してしんぜよう」


 多くの肉と血を喰ろうた『血吹雪の月桜』の身を清め、

 桜吹雪の柄をあしらった鞘に納める。

 こやつも満足したようじゃ。

 よきかな、よきかな……。


「ささ……咲爛様もお身を清めなさらねばなりませぬ」


「む……それもそうじゃのう。

 じゃが、この格好で寮に戻れば騒ぎになるわ」


 血塗れになった薄紅色の着物を見て、ため息を一つ吐く。

 戦場いくさば以外の戦闘は後処理が面倒じゃ。


「……それなら、ヒーラー協会のお風呂に入ればいいわ。

 あそこは誰が入っても何も言われないしね。

 血塗れで行っても不思議がられないわ。

 毎日、血塗れの冒険者達がかよっているし」


「それならば、咲爛様が行かれても問題はなさそうです。

 どうでしょうか? 咲爛様」


「うむ、任せる」




 こうして余達はひーらー協会へと赴くのであった。

 そこでまた、ひと騒動あったのじゃが、それはまたの機会に話そう。


 そう、『血塗れ幼女伝説』なんてものはないのじゃ。

 それだけは、くれぐれも肝に銘じておくように。


 ……くれぐれもじゃ。

 ◆サクラン・オダ◆織田咲爛おださくらん


 人間の女性。

 イズルヒからの留学生。

 非常に端正な顔立ち。きつめの目には茶色の瞳。

 切れ長の眉。極めて美しい長い黒髪。

 前髪は『ぱっつん』と切りそろえられている。

 肌は雪のように白い。背は高い方。

 性格は苛烈で容赦ないが、意外と寛容な心も持ち合わせている。

 愛刀は『血吹雪ちふぶき月桜つきざくら』。妖刀である。

 この妖刀に触れた時から、彼女の伝説は始まった。

 若干四歳にして、無断で戦場に出陣し、敵兵百人を血祭りにあげた。

 その後も戦場に立ち続け、笑いながら敵兵を切り刻んだ姿から、

『第六天魔王・織田咲爛』と畏怖されるようになった。

 尚、父親は『仏の信長』と称されている。


 一人称は「余」

 エルティナは「えるてぃな」

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