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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第四章 穏やかなる日々
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231食目 ゴードン・ストラウフ

 ◆◆◆


 自宅の工房でクズ魔石の研究をしていた俺の下に、親しい友人が訪ねてきた。

 そいつは、俺が生まれた時からの馴染みだ。


 そんな幼馴染は、黒くて艶のある髪から、

 ふわふわの白いうさ耳を生やしている。

 白と黒のコントラストが素晴らしい。


「ん? どうしたマフティ」


「いや、その……この顔を見てどう思う?」


 そう言って俺に見せてきたのは、

 マフティの手にちょこんと座った、

 ホビーゴーレムのテスタロッサだった。


 白乳色の長く美しい髪。赤い瞳。長く伸びるうさ耳。

 出るところは出て、引っ込むところは引っ込む素晴らしい体形。

 そんな彼女の見せる笑顔は極上だ。

 

「どう思うって……普通にそっくりだよ、おまえら。

 特に笑った顔なんて瓜二つだ」


「や……やっぱり、そうだよなぁ……」


 どう見ても、テスタロッサはマフティの『将来の姿』だ。

 違うのは髪の色くらいなものだろう。


「いい加減に諦めろよ。

 おまえはどうあがいたって『女』なんだからよ?

 今はいいとしても、体が成長すりゃあ隠しきれねぇだろ」


 俺はクズ魔石をすり潰し粉末状にする。

 それを適量になるまで数回繰り返し、鍋に入れて掻き混ぜた。


「うぐぐ……で、でもっ!」


「でもっ! じゃねぇよ。

 そろそろ決断しとけ。

 時間が過ぎれば過ぎるほど、言い辛くなるぜ?」


 ここからは弱火でじっくり煮込む作業だ。

 偶に灰汁を取り除くことが必要になる。


 その作業は俺のホビーゴーレムである、わららの仕事として任せていた。

 こういう地味な作業が非常に好きな変わったヤツだ。


 俺も人のことを言えた義理ではないが……。


 しょんぼりと項垂れたマフティを、テスタロッサが慰めている。

 こいつがこうなってしまったのも、

『前世の記憶』というヤツが彼女の記憶に残っているのが原因だ。


 マフティの話によれば、前世は男だったらしい。

 では、今でもマフティが男らしいかといえば……まったく違う。


 マフティは男らしく演じているだけだ。

 特にテスタロッサがやってきてからというもの、

 彼女のボロが酷く目立つようになってきた。


 教室で平然と女の子座りで裁縫をしていたり、

 今までわざと不味く作っていた料理を、いきなり美味しく作ったり、

 悪ぶってきつい顔をしていたのもしなくなっていた。


 前世の記憶という厄介なものを持っていたとしても、

 まったく問題なく女としてやっていけるのだ。

 マフティ・ラビックスは。


「わた……俺にどうすれって言うんだよぉ……」


 半べそ状態の彼女に、俺は止めを刺そうと思った。

 こんなことをいつまでも引き延ばしたって、

 いいことなんて何もないからだ。


「いいことを教えてやる。

 クラスの中で、おまえを男として認識しているのは、

 王族と貴族、そしてプリエナだけだ。

 他の連中はもう、おまえが女だって勘付いている」


「……え?」


 ほ、本気でばれていないと思っていたのか?

 目をまん丸にして驚いている彼女の姿があった。


「特にアマンダとキュウトとロフト達は、においでわかったらしいぞ?」


「いや、アマンダとキュウトは理解できるけど、

 なんでロフト達がにおいでわかるんだよぉ……」


「変態だからだろ?」


 マフティは俺の言葉を受けて、

「ひっ」と小さな悲鳴を上げて自分の体を抱きしめた。


 彼女が思わず、そのような行動を取ってしまう辺り、

 前世の記憶とやらは、そこまで影響を与えないということがわかる。


 そうだ、マフティは思い込み過ぎるのだ。


「まぁ……なんにせよ、

 おまえが男らしく生きるのは無理な話ってことさ……けけけ!」


 とはいえ、マフティは強情な部分もある。

 今暫くは男で通すことだろう。


 その件にかんしては正直、どうでもいいとも思っている。

 別に正体がばれても死ぬわけじゃないからだ。


 灰汁取りの間に、親父に任された仕事を片付けてしまおう。

 銀の指輪に装飾を施すのだ。

 俺は愛用の魔導式彫刻刀を取り出す。


 これは魔力を込めると、

 定められた金属のみを簡単に彫ることができる優れ物だ。

 金なら金の、銀なら銀の彫刻刀が必要になる。

 更に金属の質によっても細かく分かれているので、

 金属の質を見抜く目も必要になってくるのだ。


「んん~? こいつはD-7か……大した銀じゃねぇなぁ。

 婚約指輪を安物で作ったら、後で後悔するのに……バカなヤツだな」


 この世界では金属にランクがありS~E、そして1~10の純度がある。

 S~Eで表記されるのが希少度で、1~10で表記されるのが純度だ。


 Sがもっとも希少度が高く、1がもっとも純度が高い。

 S-1ともなれば、目玉が飛び出るような価値が付くというわけだ。


「D-7ならこいつ一本で事足りるな……

 親父のヤツ、安物ばっかりこっちに回しやがって」


 文句を言いつつも、手抜きなどは一切しない。

 逆に闘志が湧いてくる。

 この安物の銀を自分の細工で光り輝かせてこそ、真の職人だからだ。


「うわぁ……相変わらず見事な細工だな」


 彫り終えた銀の指輪を見て目を輝かせるマフティ。

 その眼は明らかに乙女のそれだ。

 自覚がないのだろうか?


「けけけ、ありがとよ。

 でもまぁ……親父には到底かなわないんだぜ?」


 そう言って机の箱から、鉄でできた指輪をマフティに渡す。

 その指輪を見た彼女が驚きの声を上げた。


「これって……本当にただの鉄なのか? 凄く綺麗で光り輝いているぞ?」


「正真正銘、ただの鉄だ。しかもE-10のゴミ鉄さ。

 ただし……彫った者の魂が乗り移っている」


 そう、これが極めし者が彫った際に作品に宿る『特殊効果』だ。

 その効果はさまざま。


 この鉄の指輪のように、ただ単に作品を美しくする効果もあれば、

 装着者の能力を高める不思議な効果を宿す作品ができあがることもある。

 全ては自分の腕次第なのだ。


「それは俺の目標さ。

 いつか同じものを、いや……それを超える物を作ってみせる、けけけ!」


 俺の超えるべき壁は、怪物でも、ライバルでも、ましてや鬼なんかじゃない。

 でか過ぎる親父の背中だ。


 カーンテヒル最高の細工職人と誉れ高い父親、

 トーマス・ストラウフを超えるのが俺の最終目標なのだ。


 だからと言って、この世界を護ることを疎かにするつもりはない。

 この世界がなくなってしまっては、

 親父を超えることが無意味になっちまうからな。


「『モモガーディアンズ』……か」


 飽きもせずに親父が彫った鉄の指輪を、

 食い入るように見つめるマフティを横目に、

 俺は『しとしと』と泣きだした空を、窓越しにぼんやりと眺めた。


 やれやれ……妙なことに、首を突っ込むハメになっちまったもんだ。

 まぁ、これも食いしん坊にかかわった者の宿命ってヤツか。


 だが、こういうことは嫌いじゃない。

 むしろ、こういったトラブルは望むところである。


 俺は停滞ってヤツが大嫌いなのだ。

 常に前進したい。

 一歩でもいい、とにかく前に進みたいのだ。


 けけけ! 面白くなってきたじゃねぇか!

 やってやるぜ! 鬼も親父も! 纏めて超えてやらぁ!




 それは雨の日の誓い。

 幼かった俺が、勢いに任せて誓った……長きに渡る誓い。


 だが……その誓いは俺を、生涯支え続ける支柱となったのだ。

 この時はまだ、そのことは知りようもなかった……。

 ◆ゴードン・ストラウフ◆


 ゴブリンの男性。

 緑の肌に、金髪を短く刈り込んだ髪、のっぽな鼻。瞳の色は金色。

 小柄で痩せているが筋肉はしっかり付いている。

 気難しそうな表情を何時もしているのが特徴。

「けけけ」が口癖。


 一人称は「俺」

 エルティナは「食いしん坊」

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