229食目 ゲルロイド・ゴールン・シュタイナー
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澄み渡る青い空は私の体の色と同じ。
この広大な草原に、私は痛く感動を覚えた。
どこまでも広い世界においては、
王族である私も一つの生命に過ぎないのだと。
スライム王国にいた頃は、
身の安全を考慮されて自由に外を歩くことはできなかった。
成長し学校に入学しても、やはり自由はなかった。
当然、私の身の安全のためだ。
私は一度でいいから、
この広大な外の世界を自由に歩きたかった。
そしてそれは、今……現実のものとなったのだ。
それは私が『モモガーディアンズ』に入り、
一人の戦士へと生まれ変わったからである。
戦士である以上、自分の身は自分で守ることが原則。
それ故に『モモガーディアンズ』メンバーの貴族や王族の行動制限は
解除されるに至ったのだ。
「ゲルっち。
ルドルフさんとザインが護衛に就いているけど、一人で遠くに行くなよ?」
「はい、私もヒュリティアさんの護衛として赴いておりますので。ぷるぷる」
さて、現在は彼女達を護衛しつつ、薬草摘みの真っ最中。
これが結構楽しい作業なのだ。
そもそもが……このようなことを、したことがないのだから当然だろう。
草木を眺めること自体はよくしていたが、
実際に触れて摘むという作業はしたことがなかった。
自分の背の丈ほどある薬草を、柔軟な体を変形させて摘んでいく。
私に決まった形はない。
自分の意思で自由自在に変えることができる。
父上などはその大きさから、人型になることができるのだ。
いつかは私も人型になれるように、身体を大きくすることに余念がない。
「こ、これが、薬草なのかなっ? かなっ!?」
「……うん、それは『ヒリヒム草』。
切り傷や打撲の治りを早めてくれるわ」
グリシーヌさんは必死に薬草を集めている。
彼女は必死だった。
期待していた治癒魔法が、
あまりの魔力の少なさで実用に耐えられない現実を知り、
酷く落ち込んでいた際に見いだされた最後の希望。
『即効薬物術式・ファーストポーション』
それはエルティナさんが術式を勉強していた時に、
偶然に開発できたものだそうだ。
しかし本当は、一瞬でお酒を造る術式を開発していたらしい。
ガンズロック君にでも頼まれていたのだろうか?
『ファーストポーション』は薬の効果を一瞬で発動させる術式で、
消費魔力は殆どいらないそうだ。
しかし、当然ながら薬を用意しなくては発動しない上に、
全て治癒魔法で事足りてしまう。
開発した後にそのことに気付いて、彼女は酷くがっかりしたそうだが……
「意外なところで再び日の目を見ることになった」と言って喜んでいた。
治癒魔法の素質がない者でも扱える点に気が付いていないのは、
彼女がヒーラーとして優秀過ぎるからだろう。
それともか、深い考えがある可能性も否定できない。
彼女は命に対しては、とても真剣で真面目だからだ。
加えて薬が発達していない点もある。
治癒魔法が優秀過ぎて使う必要性がないからだ。
よって薬を扱う者は黒エルフばかりになってしまった。
しかしながら……当然、黒エルフは『ファーストポーション』を使えない。
なんとも上手くいかないものだ。
「ふきゅん!『ヨモギ』発見! 後で天ぷらにして食べよう」
「それはいい考えでござるな。
おぉ……こちらには『わらび』がござりましたぞ!
たくさん採って、天丼にするのもいいでござるなぁ」
「エルティナ、そこに『ファルガナ』が生えてますよ。
少し癖がありますが、シャキシャキしていて美味しい野菜です」
エルティナさんはいつの間にか、薬草摘みから野草採りに変わっていた。
彼女の行動はいつもぶれない。
食べ物に対する、執念のようなものを感じずにはいられないのだ。
彼女が摘んだ野草は、
にこやかな表情のお面を付けた赤いゴーレムに手渡され、
彼が背負った籠へと入れられてゆく。
そのゴーレムの頭には緑色の小さなホビーゴーレムが、
銃を持って辺りを警戒している。
どうやら護衛にかんしては、彼の方がプロ意識が高いようだ。
私も見習わなくては。
「……今日は運がいいわ。
薬草が面白いように見つかる」
「ふきゅん! 当然だぁ……
俺達には幸運の白い蛇、さぬきが付いているんだからな!
「ちろちろ」
エルティナさんの首から、白い蛇の頭がほんの少しだけ出ていた。
最近、めっきり寒くなったので、なるべく出たくないのだろう。
それはいつも頭の帽子に乗っていた小鳥のうずめも同様のもようで、
彼女の帽子の中から「ちゅん」という鳴き声が聞こえている。
私達スライム族は、基本的に服を着ないが寒さには耐性がある。
逆に熱さには気を付けなくてはならない。
体の九十九パーセントが水分だからだ。
逆に言うと、こまめな水分補給をしてさえいれば平気だということになる。
それから三十分ほど経ち、
薬草を摘み終えた私達はフィリミシアの町へと帰っていった。
途中で露店ヒーラーをしているマフティ君達に顔を見せたが、
彼とキュウトさん以外は疲労によって
今日のヒーラー活動は終了していた。
「おらおらっ! どんどんこい! そして俺に貢げっ!」
「な、なんなんだ……この晒し者状態は。
頼むからじろじろ見ないでくれっ! きゅおんっ!!」
そんな彼らを華麗にスルーして、
エルティナさんはレイエンさんに念を押すように、
彼らの面倒を頼むと再び歩き出した。
そして、そのままヒュリティアさんのお宅にお邪魔することになる。
薬を作る道具が普通の道具屋では売っておらず、
全て彼女達の手作りなのだそうだ。
「いらっしゃい、エルティナちゃん。
あらあら、今日はお友達がいっぱいね?」
「おひさしぶり、フォリティアさん。
お邪魔するんだぜ」
エルティナさんが親し気に挨拶をしたのは、
ヒュリティアさんのお姉さんであるフォリティアさんだ。
非常に綺麗な人で、どことなく上品な雰囲気がする。
本当にスラムの出身者なのだろうか?
「……ただいま姉さん。
薬を作るわ。手伝って」
「あら~、沢山採れたわね? これなら沢山作れるわ」
そう言うと、二人は手際よく道具を配置して作業を始めだした。
「……グリシーヌ、薬草の種類と効能を教えるから覚えてね」
「う、うん! わ、わかったんだな! だなっ!」
ヒリヒム草は、切り傷・打撲。
アブケド草は火傷……。
凄い種類の薬草の名を彼女は丸暗記していたのだ。
メモを取りながら必死に覚えるグリシーヌさん。
ピリピリした空気が張りつめだした。
「台所借りるぞ? 今日は天ぷら祭りだぁ……! ふっきゅんきゅんきゅん!」
そして場の空気を、ものの見事に破壊するエルティナさん。
もう少し、タイミングを計った方がいいと思う。
「……ヒリヒム草をすり潰して水に加えてよく混ぜる。
三時間ほどたったら、潰した薬草が下に沈むから静かに水を取り除くの。
この水の方が飲み薬に、沈んだ方は塗り薬になるわ。
基本的にこの薬はセットで使うの。
外と内側、両方から治癒力を高めるのが目的の薬よ」
「う、うん! わ、わかったんだな! だなっ!」
その後もヒュリティアさんは、詳しく丁寧に薬の作り方を教えていく。
解毒の薬などは、非常に種類が多くて驚いたものだ。
「……本当はもっとあるのだけれど、基本的な解毒なら今教えた薬で大丈夫よ」
「う、うん! あ、ありがとうなんだな! だなっ!」
目をキラキラさせて喜ぶグリシーヌさん。
私も興味深い作業を見学できて満足であった。
「ふきゅん! 終わったか?
こっちも天ぷらがあがったから食べようぜ!」
「こちらも銀シャリが炊けたでござるよ」
「余った野草でサラダをこしらえました。
チーズドレッシングか、塩とオリーブオイルを振りかけてどうぞ」
エルティナさんと、護衛のザイン君とルドルフさんまで加わって、
豪華な食事が登場した。
もちろん赤いゴーレム『チゲ』君と緑のホビーゴーレム『ムセル』君も、
皿を運んで手伝っている。
驚いたことに、チゲ君はこのサイズでホビーゴーレムなのだそうだ。
でも体が大きいだけで性格も穏やかで戦いには向かないから、
ゴーレムマスターズはさせないといっている。
なるほどな……と思った。
逆にムセル君は強くなり過ぎて、戦わせることができないと嘆いていた。
本当に彼女にかかわる者は極端な者達ばかりだ。
「あら~美味しそうね? 冷めないうちに頂いちゃいましょうか」
彼女の作った天ぷらなる物は、初めて食べたが非常に美味しかった。
サクサクの衣が半分だけ付いている野草は、非常にコクがあり食が進んだ。
皆はサクッ、サクッと噛みしめていい音を出しているが、
私は基本的に丸飲みなので、音を出して食べることはない。
少しさみしいなと感じることもある。
「ふきゅん! 野草の天丼もいいものだぁ……今度はかき揚げにしてみよう」
「御屋形様、それは良い案でござりますな!」
豪華な食事も終わり、お茶を飲んで一息ついたところで、
エルティナさんはグリシーヌさんに向き直り真剣な顔で告げた。
「さて……グリシーヌ。
実はこれから教える『即効薬物術式・ファーストポーション』は、
使い方によっては簡単に人の命を奪える危険なものだ。
俺が『ファーストポーション』を広めなかったのは、
そのことを悪用するヤツが現れることを懸念したからでもある。
何故なら……薬は毒でもあるからだ」
「えっ!? く、薬って、ど、毒なの? なのっ!?」
それに頷く、ヒュリティアさんとフォリティアさん。
「毒を以って毒を制す……それが薬よ。
だから、作り方を間違えると大変なことになるのよ」
「……だけど、人を救うことができるのも薬なのよ」
グリシーヌさんがゴクリと喉を鳴らした。
今、彼女は選択を迫られている。
力を手にするということは責任を手にするのと同じことだ、
とスライム王国からラングステン学校に入学する時に、
父上から送られた言葉を思い出す。
「そうだ、薬は命を救うことも奪うこともできる。
仮に間違って飲んだ毒でも体が毒を分解して大丈夫なこともあるが、
その状態で『ファーストポーション』を発動させたら、
その毒は一気に体に回り効果を発揮する。
当然、命は危険に晒されるわけだ」
エルティナさんはぼりぼりと頭を書いた後、
グリシーヌさんに最後の決断を迫った。
「前にも言ったが……ブルトンを支える方法は隣に立って、
一緒に戦う以外にもあるんだ。
それでも、グリシーヌの決意が変わらないのであれば……俺の手を取れ」
エルティナさんは小さな手を彼女に差しだした。
グリシーヌさんはその手をジッと見つめ……そして手に取った。
「そうか……それがグリシーヌの選択であるなら、もう俺が言うことはない。
『即効薬物術式・ファーストポーション』を伝授しよう。
ただし……この術式は決して他の者に教えちゃダメだからな?」
「わ、わかったんだな! だなっ!」
そう何度も頷く彼女の額に、エルティナさんは自分の額を付けた。
そこから、ほのかに桃色に輝く粒子が溢れている。
「データ……ダウンロード。
ダウンロード完了……展開!」
「うぐっ!? す、凄い情報量なんだなっ! あ、頭が割れそうなんだな!」
頭を抱えて苦しむグリシーヌさん。
いったい、どれほどの情報量なのだろうか?
いったい、彼女の頭の中には何が秘められているのだろうか?
いつも彼女からは、こちらが仰天する情報がもたらされる。
まったくもって興味は尽きない。
「はぁはぁ……こ、これが『ファーストポーション』。
す、凄く、お、恐ろしい術式なんだな……だな」
「『ファーストポーション』失敗時に起こる結果も、
桃先輩に送ってもらったからな。
少し情報量は多くなったが大切な情報だ。
これからグリシーヌは、薬と向かい合って生きていかなくちゃならない。
それは自分自身がよくわかっているとは思うが」
滝のように汗を流すグリシーヌさんの姿は初めて見る。
そして、彼女は決意を秘めた瞳を持って返事とした。
頷くエルティナさんには笑顔があった。
澄み渡る青空は私の体の色と同じ。
広大な大地は分け隔てなく、全ての命を迎え入れてくれる。
今日もグリシーヌさんは熱心に薬草集めを行っていた。
最近は摘んできた薬草を栽培して、効率良く増やす計画を練っている。
そんな彼女を護衛するのが、私の最近の日課だ。
彼女の努力はいつかきっと、実を結ぶ日が来るだろう。
「私も負けてはいられませんね。ぷるぷる」
そう呟く私の足下には、
一輪の小さく可憐な花が風に揺られて咲き誇っていた。
すると……『がんばってね』とその花が言っているように聞こえたのだ。
これではエルティナさんみたいだな、と苦笑する。
燦々と輝く太陽が、私達を照らし希望の道へと導く。
今は幼く、力のない私達だが……いつかは力を手に入れ、
皆を護る戦士となるだろう。
優しい太陽のお陰で、今日は暖かい日になりそうであった……。
◆ゲルロイド・ゴールン・シュタイナー◆
スライムの男性。スライム王国の第一王子。
青い身体。黒くて平べったいつぶらな瞳が付いている。
赤い蝶ネクタイがトレードマーク。
大きさは大人の頭程度。
一人称は「私」
エルティナは「エルティナさん」




