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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第四章 穏やかなる日々
227/800

227食目 ケイオック・ヒューラー

 ◆◆◆


 窓ガラス越しに見える、しくしくと泣くように降る雨。

 ……俺は雨が嫌いだ。


「どうした、『妖精剣士ケイオック』?

 浮かねぇ『ツラァ』して『』なんて見やがってよ」


 ガイリンクードが、教室の窓辺に座って雨を見る俺に声をかけてきた。

 彼は同じく窓辺に腰かけ、彼が言うところの『空の涙』を見る。


「雨には、いい思い出がなくてなぁ……」


「そうか……」


 言葉短く言ったガイリンクードの顔は、

 はっきり言って俺よりも浮かないと思う。


 彼はあまり自分のことを話さない。

 珍獣様は「格好付けているだけだから、そっとしておけ」と、

 言いつつもガイリンクードをとても心配そうな目で見ていた。


 きっと彼女には、ある程度のことを話してあるのだろう。

 周りも珍獣様の態度を見て、

 ガイリンクードがいつか自分から話してくれる時を待っている。


 俺が雨を嫌っているのは、ただ単に外に出るのが困難になるからだ。

 俺の体では雨粒に当たると結構痛い。

 翅に当たると最悪だ。

 ドロドロの地面に、墜落する危険性も出てくる。


 田んぼに墜ちた時なんて最悪だった。


 落ちた場所に『ライスフロッグ』という、

 人間の大人の手のひらより少し大きいサイズの蛙がいて、

 危うく食べられそうになったからだ。


 このライスフロッグは、田んぼの守り神と呼ばれていて、

 農家の人にとても大切にされている。


 それは彼らが田んぼに群がってくる害虫を、

 ことごとく食べてくれるからだ。

 ただし、彼らはフェアリーと害虫の区別が付かない。

 害虫とキャタピノンの区別は付くのに……納得できないぜ。


 そういうわけで、この蛙を殺すわけにもいかず……

 必死に追っ払ったのだが、追い払うまでに一時間もかかった。

 もう雨の日に外に出るのはこりごりだ。


「ん? あれは……珍獣様とシーマか?

 またシーマのヤツが、ちょっかいをかけているな」


 雨の中、傘をさして口論している二人が見えた。


「やれやれ……『聖女ホーリーレディ』に『嫉妬ジェラシー』しても意味はないだろうに。

 これも女ってヤツの『サ・ガ』か……」


 珍獣とシーマだが、この二人の相性は最悪だ。

 といっても、一方的にシーマが珍獣様に突っかかっているだけなのだが。


 対する珍獣様は、いつもシーマをなだおだてて丸め込む。

 珍獣様の大人の対応にはいつも感心する。

 まぁ、たまにキレて爆発することもあるが……。


 シーマが珍獣様に突っかかる原因はエドワード様だ。

 彼女はエドワード様を狙っているのだ。

 お家再興のために。


 そんな不純な動機でエドワード様が納得するわけないのに、

 どうして気が付かないのだろうか?


「やれやれだぜ……。

 そろそろ、『女神ゴッデス』に『お仕置ジャッジメントき』されちまうな『嫉妬少女シーマ』のヤツ」 


 ガイリンクードの言うとおり、真っ黒な空が一瞬光り、

 轟音と共に凄まじい熱量と閃光を放つ雷がシーマを『直撃』した。


 ……いつもの光景である。


「あれでまったく平気なんだから、とんでもないよなぁ……」


「あぁ……一応、『嫉妬少女シーマ』も『約束プロミス』だということさ」


 真っ黒焦げになって顔面から地面に突っ伏しているシーマ。

 そんな彼女に黙祷をして、ザインと共に立ち去る珍獣様。


 極めてシュールな光景だ。


 道行く学生達はシーマの惨状を見ても気にしていない。

 それは学校中に、彼女達の一連のやり取りが浸透しているからだ。


 事実、真っ黒焦げのシーマが、

 むくりと立ち上がり地団太を踏みまくっている。


「タフだよなぁ……」


「フッ……そうだな」


 珍しくガイリンクードが笑った。

 ほんの一瞬だったが、確かに笑ったのを見た。


「こら~、そこの二人! 早く教室のお掃除をしてください!

 帰るのが遅くなってしまいますよっ!」


 メルシェ委員長がぷりぷり怒りながら箒を振り回している。

 ぷりぷりしているのは、彼女の大きな尻だけで十分だ。


「へ~い、そろそろ終わらせて帰るか……」


「……そうだな」


 俺達は雨の音を背にして、

 気怠そうに『教室掃除せんじょう』へと帰還したのであった。




 二日後、しとしとと降っていた雨もすっかり晴れ、

 空には久し振りの青空が広がっていた。


「やれやれ……ようやく自分で移動できるぜ」


「ここ最近は、誰かの肩に乗らないと教室にも行けなかったしな」


 雨が降っている日は、相部屋のキュウト肩を借りて登校していた。

 俺達フェアリーは飛ばなければ、

 学校の敷地内の寮で生活していても、

 校内に入るまでの距離がとんでもない距離になってしまうからだ。

 小さな体は本当に不便だ。


「というか雨の日くらい、魔力で飛べばいいんじゃないのか?」


「魔力に頼るのは『甘え』だ」


 確かに魔力で飛べば、目に見えない魔力フィールドが形成されて、

 宙に浮くことができるようになるし、更には雨も防げるようになる。


 でもその場合、

 俺の背中に生えている翅は姿勢制御用の翅に成り下がってしまう。


「俺は自分の翅で空を飛びたいんだよ」


 初めて自分の翅のみで飛んだ時に見た空の色を……俺は決して忘れない。

 何もかもがキラキラと輝いていたんだ。


 青い空も、白い雲も、虹のように輝いていた!

 まるで俺を迎え入れてくれているように!


 たった一度だけの光景だったけど、自力で飛び続けていれば、

 いつかまた……その光景に出会うことができるかもしれないんだ。


 だから俺はこだわる。

 自分自身の力に、この小さな体に秘められた可能性に。


 でも、今はまだ長時間飛ぶことは難しい。

 休み休み飛ぶことしかできない。


 俺はキュウトの肩に腰かける。

 すると、突然『ぼん』と煙が立ち上がり、キュウトが女になってしまった。


「ケイオック……おまえなぁ」


「えっ!? 俺か? 魔力で飛んじゃいないぞ!」


 おかしい……何故、キュウトが女になってしまったのだろうか?

 俺は一切、魔力を放出してはいない。


「あ~ごめん。

 原因は僕だよ……くしゅん!」


 少し離れたところでプルルがくしゃみをした。

 すると膨大な魔力が彼女の体から放出されたのだ。


 というか、プルルってこんなに魔力が高かったっけ?


「プルルってそんなに魔力高かったか?」


 キュウトがくしゃみをしながら魔力を放出しまくるプルルを、

 少々呆れた顔で見ている。


「僕の場合、自分の使える魔力と、

 体に蓄えられてる魔力が別々にあるらしいんだよ。

 だから風邪を引いたりすると、

 くしゃみの反動で自分で使えない備蓄魔力の方が

 飛び出ちゃうみたいなんだ……くしゅん!」


 またしても反動で彼女の体から、物凄い量の魔力が放出される。


 これは凄いな……

 下手をすれば珍獣様くらいの魔力量があるんじゃないのか?

 まぁ、使えないんじゃ意味がないのだが。


「一刻も早くエルティナに治してもらってくれ。

 さもないと、また女子生徒服を着るはめになる」


 いつもはピンと立っているキュウトの耳がふにゃりと倒れる。

 そんなキュウトの空いている方の肩に、ごつくて大きな手が載せられた。

 俺は危険を察知してプルルの肩に退避する。


「やぁ……キュウト『ちゃん』。

 ほぉら、女子生徒服だ! 着替えてもらうぞぉぉぉぉぉっ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ディークラッド先輩!?」


 一切の音も気配もさせずに背後に立つ大男。

 風紀委員長のディークラッド先輩だ。


 彼の後ろには同じく上級生の女子生徒達が控えている。

 彼女達も同じく気配を消して立っていた。

 なんなんだ、この人達は?


 やがて、キュウトの「きゅお~ん」という悲しい鳴き声がして、

 見事なキュウトちゃんが完成した。 


「うむ……いい仕事をした。

 これで今日もまた、風紀は守られたのだ!」


「そうですわね、風紀委員長!」


 ひとしきりキュウトちゃんを舐め回すように観賞した後、

 彼らは満足して校舎に向かったのであった。

 尚、キュウトちゃんは真っ白に燃え尽きていた。


「なんだか悪いことをしちゃったよ……くしゅん!」


「『不幸ハードラック』と『ダンス』っちまったのさ」


 黒いウェスタンハットと、

 同じく黒いマントを身に着けたガイリンクードが、

 すれ違いざまにそう呟いた。


「なるほどな……不幸な事故だったてことか」


 取り敢えず真っ白になったキュウトを、

 後から来たブルトンに担いでもらい教室に向かう。


 今日も賑やかな一日なりそうだと予感して。

 ◆ケイオック・ヒューラー◆


 フェアリーの男性。

 オレンジ色の短い髪に、気の強そうな可愛い顔には紫色の瞳が納まっている。

 背中には透明の羽が二対生えている。

 大きさは、人間の大人の手ほどの大きさしかない。


 一人称は「俺」

 エルティナは「珍獣様」

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