227食目 ケイオック・ヒューラー
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窓ガラス越しに見える、しくしくと泣くように降る雨。
……俺は雨が嫌いだ。
「どうした、『妖精剣士』?
浮かねぇ『面』して『空の涙』なんて見やがってよ」
ガイリンクードが、教室の窓辺に座って雨を見る俺に声をかけてきた。
彼は同じく窓辺に腰かけ、彼が言うところの『空の涙』を見る。
「雨には、いい思い出がなくてなぁ……」
「そうか……」
言葉短く言ったガイリンクードの顔は、
はっきり言って俺よりも浮かないと思う。
彼はあまり自分のことを話さない。
珍獣様は「格好付けているだけだから、そっとしておけ」と、
言いつつもガイリンクードをとても心配そうな目で見ていた。
きっと彼女には、ある程度のことを話してあるのだろう。
周りも珍獣様の態度を見て、
ガイリンクードがいつか自分から話してくれる時を待っている。
俺が雨を嫌っているのは、ただ単に外に出るのが困難になるからだ。
俺の体では雨粒に当たると結構痛い。
翅に当たると最悪だ。
ドロドロの地面に、墜落する危険性も出てくる。
田んぼに墜ちた時なんて最悪だった。
落ちた場所に『ライスフロッグ』という、
人間の大人の手のひらより少し大きいサイズの蛙がいて、
危うく食べられそうになったからだ。
このライスフロッグは、田んぼの守り神と呼ばれていて、
農家の人にとても大切にされている。
それは彼らが田んぼに群がってくる害虫を、
ことごとく食べてくれるからだ。
ただし、彼らはフェアリーと害虫の区別が付かない。
害虫とキャタピノンの区別は付くのに……納得できないぜ。
そういうわけで、この蛙を殺すわけにもいかず……
必死に追っ払ったのだが、追い払うまでに一時間もかかった。
もう雨の日に外に出るのはこりごりだ。
「ん? あれは……珍獣様とシーマか?
またシーマのヤツが、ちょっかいをかけているな」
雨の中、傘をさして口論している二人が見えた。
「やれやれ……『聖女』に『嫉妬』しても意味はないだろうに。
これも女ってヤツの『業』か……」
珍獣とシーマだが、この二人の相性は最悪だ。
といっても、一方的にシーマが珍獣様に突っかかっているだけなのだが。
対する珍獣様は、いつもシーマを宥め煽て丸め込む。
珍獣様の大人の対応にはいつも感心する。
まぁ、たまにキレて爆発することもあるが……。
シーマが珍獣様に突っかかる原因はエドワード様だ。
彼女はエドワード様を狙っているのだ。
お家再興のために。
そんな不純な動機でエドワード様が納得するわけないのに、
どうして気が付かないのだろうか?
「やれやれだぜ……。
そろそろ、『女神』に『お仕置き』されちまうな『嫉妬少女』のヤツ」
ガイリンクードの言うとおり、真っ黒な空が一瞬光り、
轟音と共に凄まじい熱量と閃光を放つ雷がシーマを『直撃』した。
……いつもの光景である。
「あれでまったく平気なんだから、とんでもないよなぁ……」
「あぁ……一応、『嫉妬少女』も『約束の子』だということさ」
真っ黒焦げになって顔面から地面に突っ伏しているシーマ。
そんな彼女に黙祷をして、ザインと共に立ち去る珍獣様。
極めてシュールな光景だ。
道行く学生達はシーマの惨状を見ても気にしていない。
それは学校中に、彼女達の一連のやり取りが浸透しているからだ。
事実、真っ黒焦げのシーマが、
むくりと立ち上がり地団太を踏みまくっている。
「タフだよなぁ……」
「フッ……そうだな」
珍しくガイリンクードが笑った。
ほんの一瞬だったが、確かに笑ったのを見た。
「こら~、そこの二人! 早く教室のお掃除をしてください!
帰るのが遅くなってしまいますよっ!」
メルシェ委員長がぷりぷり怒りながら箒を振り回している。
ぷりぷりしているのは、彼女の大きな尻だけで十分だ。
「へ~い、そろそろ終わらせて帰るか……」
「……そうだな」
俺達は雨の音を背にして、
気怠そうに『教室掃除』へと帰還したのであった。
二日後、しとしとと降っていた雨もすっかり晴れ、
空には久し振りの青空が広がっていた。
「やれやれ……ようやく自分で移動できるぜ」
「ここ最近は、誰かの肩に乗らないと教室にも行けなかったしな」
雨が降っている日は、相部屋のキュウト肩を借りて登校していた。
俺達フェアリーは飛ばなければ、
学校の敷地内の寮で生活していても、
校内に入るまでの距離がとんでもない距離になってしまうからだ。
小さな体は本当に不便だ。
「というか雨の日くらい、魔力で飛べばいいんじゃないのか?」
「魔力に頼るのは『甘え』だ」
確かに魔力で飛べば、目に見えない魔力フィールドが形成されて、
宙に浮くことができるようになるし、更には雨も防げるようになる。
でもその場合、
俺の背中に生えている翅は姿勢制御用の翅に成り下がってしまう。
「俺は自分の翅で空を飛びたいんだよ」
初めて自分の翅のみで飛んだ時に見た空の色を……俺は決して忘れない。
何もかもがキラキラと輝いていたんだ。
青い空も、白い雲も、虹のように輝いていた!
まるで俺を迎え入れてくれているように!
たった一度だけの光景だったけど、自力で飛び続けていれば、
いつかまた……その光景に出会うことができるかもしれないんだ。
だから俺はこだわる。
自分自身の力に、この小さな体に秘められた可能性に。
でも、今はまだ長時間飛ぶことは難しい。
休み休み飛ぶことしかできない。
俺はキュウトの肩に腰かける。
すると、突然『ぼん』と煙が立ち上がり、キュウトが女になってしまった。
「ケイオック……おまえなぁ」
「えっ!? 俺か? 魔力で飛んじゃいないぞ!」
おかしい……何故、キュウトが女になってしまったのだろうか?
俺は一切、魔力を放出してはいない。
「あ~ごめん。
原因は僕だよ……くしゅん!」
少し離れたところでプルルがくしゃみをした。
すると膨大な魔力が彼女の体から放出されたのだ。
というか、プルルってこんなに魔力が高かったっけ?
「プルルってそんなに魔力高かったか?」
キュウトがくしゃみをしながら魔力を放出しまくるプルルを、
少々呆れた顔で見ている。
「僕の場合、自分の使える魔力と、
体に蓄えられてる魔力が別々にあるらしいんだよ。
だから風邪を引いたりすると、
くしゃみの反動で自分で使えない備蓄魔力の方が
飛び出ちゃうみたいなんだ……くしゅん!」
またしても反動で彼女の体から、物凄い量の魔力が放出される。
これは凄いな……
下手をすれば珍獣様くらいの魔力量があるんじゃないのか?
まぁ、使えないんじゃ意味がないのだが。
「一刻も早くエルティナに治してもらってくれ。
さもないと、また女子生徒服を着るはめになる」
いつもはピンと立っているキュウトの耳がふにゃりと倒れる。
そんなキュウトの空いている方の肩に、ごつくて大きな手が載せられた。
俺は危険を察知してプルルの肩に退避する。
「やぁ……キュウト『ちゃん』。
ほぉら、女子生徒服だ! 着替えてもらうぞぉぉぉぉぉっ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ディークラッド先輩!?」
一切の音も気配もさせずに背後に立つ大男。
風紀委員長のディークラッド先輩だ。
彼の後ろには同じく上級生の女子生徒達が控えている。
彼女達も同じく気配を消して立っていた。
なんなんだ、この人達は?
やがて、キュウトの「きゅお~ん」という悲しい鳴き声がして、
見事なキュウトちゃんが完成した。
「うむ……いい仕事をした。
これで今日もまた、風紀は守られたのだ!」
「そうですわね、風紀委員長!」
ひとしきりキュウトちゃんを舐め回すように観賞した後、
彼らは満足して校舎に向かったのであった。
尚、キュウトちゃんは真っ白に燃え尽きていた。
「なんだか悪いことをしちゃったよ……くしゅん!」
「『不幸』と『踊』っちまったのさ」
黒いウェスタンハットと、
同じく黒いマントを身に着けたガイリンクードが、
すれ違いざまにそう呟いた。
「なるほどな……不幸な事故だったてことか」
取り敢えず真っ白になったキュウトを、
後から来たブルトンに担いでもらい教室に向かう。
今日も賑やかな一日なりそうだと予感して。
◆ケイオック・ヒューラー◆
フェアリーの男性。
オレンジ色の短い髪に、気の強そうな可愛い顔には紫色の瞳が納まっている。
背中には透明の羽が二対生えている。
大きさは、人間の大人の手ほどの大きさしかない。
一人称は「俺」
エルティナは「珍獣様」