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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第四章 穏やかなる日々
226/800

226食目 カゲトラ

 ◆◆◆


 今日もこの世界を照らしていた太陽が仕事を終え、

 ゆっくりと地平線という名のベッドに向かっていた。


 最近は太陽の労働時間が日に日に短くなっている。

 やはり、着実に冬に向かっているのだろう。


 それは、またぎっくり腰をやらかした

 ハゲオウ爺さんの訪問治療を終えて、

 ヒーラー協会への帰路についていた時のことだった。


 護衛としてザインとムセル。

 助手として連れてきたチゲと並んで歩いていたのだが、

 どうも見られているような気配がする。


 ピコピコと耳を動かしても怪しい音はしない。

 だが俺には感じる。

 誰かが俺達を付けている。


「ザイン」


「御屋形様もお気付きでござったか。

 いやはや……彼女の執念にもいささか困ったものにてござる」


 どうやらザインは、付けて来ている者の正体がわかっているもようだ。


「カゲトラ殿! こそこそ付け回すのは、感心しないでござるよ!」


 ザインが木に向かって一喝する。

 すると、木からするりと抜け出すように姿を見せた少女がいた。


「すまない。

 決して悪意があったわけではないのだ……許されよ」


 黒装束に身を包んだ少女は、我がクラスの『忍者カゲトラ』であった。


 彼女は虎型の獣人で虎寄りの顔をしている。

 ザインと同じく、イズルヒの出身者だ。

 しなやかな体には虎と同じく縞模様の体毛が生えており、

 同じく縞模様の尻尾がお尻から生えていた。

 瞳の色は金色。体毛は金色と黒だ。


「それで、どうしてコソコソと付け回していたんだ?

 普通に声をかけてくればいいじゃないか」


 俺がそうカゲトラに声をかけると彼女はもじもじしながら、

 消え入るような声で答えた。


「そ……その……りょ、料理を……教えてほしぃ……んだ」


 その瞬間、俺達に戦慄が走った。

 はっきり言おう。

 彼女は超ド級の料理下手である。


 ありとあらゆることを瀟洒にこなす彼女が、

 唯一苦手とすることが他でもない……料理なのだ。


 彼女が作った料理はその全てが『暗黒物質ダークマター』と化してしまう。

 その威力はユウユウ閣下ですら涙目になるレベルだ。

 決して存在させてはいけない。


「カ、カゲトラ……それはマジで言っているのか!?」


「……うん」


 いかん、カゲトラの乙女スイッチが入ってしまっている。

 こうなったらもうどうにもならない。

 逃げようにも地獄の果てまで追って来るだろう。

 彼女にはそれを行える実力を持っている。


「ザイン、覚悟はいいか? 俺はできている」


「地獄の果てまで、お供致しましょうぞ」


 この日、俺とザインの絆は深まった。




 そして俺達は、そのままジェフト商店の厨房へと向かった。

 目的はダナンを道連れにするためである。


「おっす! 俺達と一緒に死んでくれ」


「帰れっ!」


 ダナンは一瞬で危機を感じ取ったのだろう。

 電光石火の動きでドアを閉じようと試みた。

 だがその動きは予め想定内だ。


 ガッ!


「知らなかったのか……? どうあがいても絶望だということに」(白目)


「おまえらな……」(白目)


 俺はザインに指示し、ドアの間に足を入れさせていたのだ。


「ふっふっふ、死なば諸共でござるよ……」(白目)


 もう逃げられないことを悟ったダナンは諦めて、

 俺達と共にジェフト商店の立派な厨房に向かった。


「さて……逝こうか」


「そこはかとなくニュアンスが違って聞こえたんだが?」


「あながち間違いではござらん」


 そこには割烹着姿の俺とカゲトラの姿があった。

 彼女は食材の皮むきや切り分けは問題ない。

 問題なのは味付けである。


 たぶん……そうだと思いたい。


「えっと……塩少々」


「それは重曹だぁぁぁっ! ザイン!」


「ちぇすとぉぉぉぉぉっ!」


 ザインが間一髪、重曹を衝撃波で吹き飛ばした。

 重曹が入ったら台無しになるところだった。


 今カゲトラが作っているのは玉子焼きだ。

 これなら失敗する確率が低いと思ったのだ。


 だが考えが甘かった。


「えっと……油をフライパンに馴染ませて、火を……ややっ!?

 何故か火遁の術が発動してしまった」


「なんで直接フライパンに火を入れたんだっ!」


 慌ててフライパンに蓋をして火を消す。

 酸素がなくなれば、火は燃えることができなくなるのだ。


 天ぷら油がファイアしても慌てずに蓋を閉めるのだぁ……(戒め)。


「溶いた玉子をフライパンに流し込む……おおっ!?

 溶いた玉子からヒヨコがっ!?」


「なんで溶いた玉子をフライパンに入れたらヒヨコになるんだよっ!?

 いったいどういう現象だよ!!」


 ダナンが激しくツッコむが現実は非情である。

 フライパンに流し込んだ玉子から、

 一羽のヒヨコがピヨピヨと飛び出してきたのだ。


 もうわけがわからないよ。

 桃力以上の謎パワーだよ。


「これはいったい、どうすればいいんだ?」


 はっきり言って、もうお手上げである。

 玉子焼き一つ作るのにこの有様だ。


 俺達は力尽きテーブルに突っ伏していた。

 フライパンから産まれたヒヨコは『フライパン太郎』と名付け、

 今は俺の頭の上で「ピヨピヨ」と鳴いている。


「カゲトラはどうして料理がしたいんだ?」


 俺は落ち込んで負のオーラを放っている彼女に聞いてみた。


「もうすぐ姫様の誕生日なのです。

 そこで私の手料理を食べてもらって安心してもらいたいと……ぐすっ」


 カゲトラは半べそ状態であった。


 彼女には仕えるべき姫がいた。

 共にイズルヒから勉学のために渡ってきたのだが、

 ある日カゲトラの料理を食べた姫が泣きながら言ったそうだ。


「余は家臣に、一番大切なことを教えられなんだ……ぬふぅ」


 そう言って、ばたりと倒れたそうだ。


 その光景に全身の血が引いたように青ざめたカゲトラが、

 姫をあわてて抱き上げ保健室に駆け込んだのは記憶に新しい。


 俺とザイン、そしてダナンは覚悟を決めた。

 女に涙を流させるわけにはいかない。


「覚悟は決まったか? 死して屍拾う者なしだぜ、野郎共」


「侍は……死ぬことと見つけたり」


「へへ……最後まで付き合うぜ」


 この時ばかりは、ムセルとチゲが羨ましく思えた。

 何故なら、暗黒物質ダークマターを食べなくてもいいからだ。


「さぁ、地獄の宴の始まりだ!」(白目)


「わぁい!」(白目)




 この激闘の記録は残されてはいない。

 壮絶な戦いがあったことは確かだ。


 料理ができ上がった時には新しい朝が来ていた。

 激闘を生き抜いた俺達三人は最早、満身創痍だった。


 だが……不思議な充実感があったことは確かだ。

 奇妙な友情がそこにはあった。

 奇妙な結束がそこにはあった。

 奇妙な奇跡がそこにはあった。


 朝日を受けてキラキラと輝くカゲトラの努力の証。

 美味しそうな『普通の玉子焼き』がそこにあったのだ。

 そして今日は姫の誕生日である。


 俺達は忘れないだろう。

 カゲトラの玉子焼きを食べた姫の笑顔を。

 そして、その笑顔を見て涙を流して喜ぶカゲトラの顔を。


 ちっぽけだが……奇跡はそこにあったのだ。


「ピヨピヨ」(奇跡)

 ◆カゲトラ◆風間かざま 景虎かげとら


 虎の獣人の女性。虎寄りの顔。

 イズルヒから護衛対象の姫と共にやってきた留学生。

 しなやかな体には虎と同じく縞模様の体毛が生えており、

 同じく縞模様の尻尾がお尻から生えている。身長は高い。

 瞳の色は金色。体毛は金色と黒。

 忍者として育てられており、学校に入学するまでに全ての忍術を修めた

 稀代の忍び。


 一人称は「私」

 エルティナは「エルティナ殿」

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラクターが多すぎて把握しきれんよ~!(涙目) なのでこうして一話スポットを当てて紹介されると 錆びた脳にスーッと効いてこれは…ありがたい [一言] ザインも染まってきたなあ(白目)
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