225食目 クラーク・アクト
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モーニングバードが朝の訪れを知らせる前に、俺は起き風を切る音を鳴らす。
物心ついた時には習慣になっていた。
木刀を手に毎朝、毎朝、無心に振り続ける。
「クラーク、身体は温まったか?」
「はい、父さん! 手合わせ願います!」
俺は父さんと剣を交える。
もちろん木刀でだ。
俺達は女神に特別な能力を与えられているらしいが、
一度たりとも父さんに勝てた試しはない。
いまだに手加減されているのが一目瞭然だ。
そんな状況に少しムキになって挑むも、軽くあしらわれて終わる。
「よし、今日はここまでだ」
「はい、ありがとうございました!」
父さんとの朝稽古を終えた俺は着替えを済ませて学校に向かった。
今日はラングステン学校の『武闘大会』の予選の日だ。
これはラングステン学校の生徒であれば『誰でも』参加可能な一大行事である。
これとは別に国で行う『大武闘大会』があるが、
今年の開催は中止になっている。
よって、ラングステン学校の『武闘大会』に注目が集まっているのだ。
基本見学は自由で参加生徒の親が見にきて、毎年大きな賑わいを見せていた。
俺も去年参加して学年別で三位の成績を残している。
去年の優勝はユウユウ……ではなく、なんとブルトンである。
彼は心・技・体を鍛え上げるのに余念がない。
それが力一辺倒のユウユウを制した結果に繋がったのだが……
ブルトンは満足していなかった。
「……ルールに助けられただけだ」
そう言って、黙々と厳しい鍛錬を続ける毎日だ。
武闘大会のルールは至ってシンプルだ。
相手をKO、もしくは場外に落とせば勝利となる。
決勝においてブルトンはユウユウを場外に落としての勝利だったのだ。
とはいっても、殆どユウユウは自爆に近い形で負けになっていた。
彼女が放った飛び蹴りがリングを砕き、そのまま場外に落ちてしまったのだ。
これにはユウユウも不満でいっぱいであった。
「邪魔なルールよねぇ……これじゃ満足に楽しめないわ。
せっかく彼が相手をしてくれたのに……」
と指を咥えて、恨めしそうにリングを睨み付けていた。
当然、ユウユウは今年も参加することだろう。
俺も参加するが……どうしてもユウユウとブルトンに勝つビジョンが見えない。
こう見えても俺は腕に自信があるし、身体能力も負けてないつもりだ。
それでも……あの二人には勝てる気がしない。
次元が違う。
そう、次元が違うのだ。
ライオット、ルーフェイやランフェイ辺りなら苦戦はするが、
勝つビジョンが見えてくる。
「どうすれば、勝つビジョンが見えてくるんだ……無様な戦いはできない。
きっと父さんも見にくるだろうしなぁ……はぁ」
とぼとぼと通学路を歩いていると賑やかな一団が見えてきた。
聖女様とヒュリティア、アルアとリンダにガンズロックだ。
少し離れてアマンダとフォクベルトがいる。
聖女様とアルアは別として残りのメンバーも参加するとなれば強敵だろう。
特に去年は参加しなかった、ガンズロックなどは極めて脅威だ。
ここ最近ではヒュリティアの戦闘力も侮れない。
アマンダさんは波が激しいけど、
『レッドウルフ』に変貌したら手が付けられなくなる。
リンダとフォクベルトは去年対戦して勝利しているので、
なんとかなるとは思うが……。
「ふきゅん! クラーク! おはよう!」
「おはようございます、聖女様、みんな」
聖女様が俺に気が付いて声をかけてきた。
「おぅ、クラーク! おめぇからも言ってくれ!
エルがぁ、武闘大会に出場するってぇ聞かねぇんだよぉ!」
「ふっきゅんきゅんきゅん! 今回の優勝は俺が頂くぜぇ!」
無茶にもほどがある。
確かに生徒は参加可能だが、聖女である彼女は話が別になる。
そもそもが、聖女様の攻撃魔法は危険過ぎるのだ。
その攻撃力、範囲共に観戦する者達にまで被害が及ぶだろう。
並みの魔法結界で抑えることができない威力の魔法は許可されないと思う。
それ以前に聖女としての自覚はあるのだろうか?
……いや、これは完全に忘れている顔だ。
困ったものではあるが、そこがまた彼女らしい。
「聖女様、きっと参加は無理だと思われます。
全力で係りの者が止めに入ると思いますよ?」
「それについては考えがある。
これを見て……どう思う?」
彼女は懐からニンニク臭そうなマスクを取り出した。
額の部分に『肉』という文字がプリントされている。
「ふっきゅんきゅんきゅん!
こいつを被って謎のマスクマンとして参加するのだぁ……!」
そう言ってマスクを被ろうとしたが……
大きな耳が邪魔をして被ることができないでいた。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
結局粘ったようだったが被れず、彼女の計画は破たんを見せた。
代わりにアルアがマスクを被って、ご満悦な様子であった。
「あはは! にくっく! にくくっく! あははは!」
「くそぅ……このような結果になるとは。
聖女の目をもってしても見抜けなんだ!」
普通は被って確かめてから買うものです。
とツッコミを入れようとしたが、
先にアマンダさんがツッコミを入れてしまった。
恐ろしくキレのいいツッコミだったと言っておく。
結局、問題は解決されないまま予選に参加することになった。
気持ちを切り替えて戦いに臨まなくては。
うちのクラスの連中以外ならそこまで苦戦することもない。
そう思っていたのだが、
なかなかどうして他のクラスの生徒も十分手強い。
自分は慢心していたのだろうか? きっとそうに違いない。
自分より強いものなど腐るほどいるのだ。
その時、予選会場の一角でどよめきが起こった。
「謎のマスクマン! エルティナ仮面、見参!
俺の必殺のスライディングで、
おまえをトマトケチャップ祭にしてやるぜぇ……!」
そこには奇妙な仮面を着けた聖女様の姿があった。
しかも自ら本名を名乗るスタイルである。
それ以外にも特徴のある、大きな耳とプラチナブロンドが丸見えだ。
彼女は隠す気があるのだろうか?
「こら~! エルティナ! おまえは参加できないって言っただろが!」
「ふきゅん!? 何故ばれたんだっ!!」
彼女は結局、アルフォンス先生に捕獲され、
悲し気な鳴き声を残して退場していった。
その後……滞りなく試合は進み、予選一日目は終了した。
予選はもう一日あり、そこで本戦に進む八人に絞られる。
一日目までは順調に勝てる者が多い。
問題は二日目からだ。
ここからは本当に強い者が残っているからである。
事実上の決勝、なんて言われる組み合わせも発生するのだ。
予選二日目。
心に迷いを持ったまま来たのがいけなかった。
俺は剣を実家に置いてきてしまったのだ。
代わりに盾が二枚。
「しくじった……盾二枚でどうすれというんだ?」
これで予選敗退は確実である。
もう試合までは時間がない。
学校で提供される慣れない剣で戦っても勝てる気がしない。
まさかこんな結果になるなんて……。
「ふっきゅんきゅんきゅん! エルティナ仮面、見参!
ん? どうした、クラーク? 元気ないな……便秘か?」
「違います」
がっくりと力が抜けた。
もうどうしようもないので、彼女に素直に事情を話すと……。
「じゃあ、盾を二つ使って戦えばいいじゃないか。
くよくよするんなら、戦って負けてからにしろ。
俺なんて参加もできないんだぞ! ふぁっきん!」
そう言ってぷりぷりと怒り出す聖女様。
俺は床に置いてある二つの盾を見た。
いずれも我が家の家紋である紫陽花が盾に彫られている。
「盾を使って戦う……か」
騎士にとって剣と対をなす物が盾だ。
その盾には大抵の場合、家の誇りでもある家紋を刻み込む。
俺は両手に一つづつ家紋入りのカイトシールドを装備した。
大きさは一つ一メートルほどだ。
重さは三十キログラムをゆうに超える。
盾を武器に使う。
この世界において、そんなことをする者はいない。
何故なら、盾には素質が存在しないからだ。
よって、武器にして扱うなら自分の筋力のみが頼りとなる。
「やってみるか……家の誇りを二つ身に着けて、どこまでやれるかを!」
この時から俺は剣を使わなくなった。
俺は二つの誇りを身に着け戦う、変わった騎士として認識されるようになる。
『双盾の騎士』という二つ名を頂き、武闘大会を制したのだ。
決勝の相手はリックだった。
ユウユウとブルトンは本戦の一回戦で激突し、
両者ともリングアウトという壮絶な結果で終わった。
やはり、これも事実上の決勝と呼ばれ、学園内で暫く持ちきりになった。
でも俺にとってはどうでもいいことだった。
それよりも、新しい可能性を見付けることができたのが嬉しいのだ。
俺はこの可能性を突き詰めて行こうと思う。
それが、いつか俺の自信になると信じて。
◆クラーク・アクト◆
人間の男性。
マリンブルーの髪はツンツンに逆立ち、ぶっとい眉毛はゲジゲジ状態。
非常に男前な顔立ちで体格も良くクラスでも身長が高い方。
驚異的な身体能力の持ち主。
一人称は「俺」
エルティナは「聖女様」