224食目 エルティナ・ランフォーリ・エティル
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秋が深まり、段々と肌寒くなってきた。
激動の夏を共に過ごしてきた涼し気な服達も役目を終え、
『フリースペース』の中にて暫しの休暇を取っている。
休暇といえば、俺も今日一日は完全にお休みなのである。
学校も休みだし、ヒーラーのお仕事も休み。
まさにフリーダムな日なのだ!
「ふむ……兼ねてから計画していたことを実行に移すか」
だが行動を移そうとした時に限って、別の要件は入ってくるものだ。
その行いをしてきた者は他でもない、俺の相棒『桃先輩』であった。
脳内会話である『魂会話』にて、
俺に伝えておくことがある、と言ってきたのだ。
普段は余計なことは一切言ってこない彼が、
わざわざ連絡を入れてまで俺に情報を伝えるということは、
鬼関連か桃使いのことにかんしてだろう。
『エルティナ。おまえに伝えておくことがある。
おまえの持つ『桃力の特性』についてだ』
これはかなり重要な情報であった。
普段の俺は桃力について、
愛が源の『激烈便利パワー』程度の認識でしかない。
他にも何か力を秘めているのだろうか?
『おまえの桃力の特性……それは他のエネルギーを「食べる」ことだ。
タイプとしてあらわすのであれば、そうだな……「食」と言ったところか』
桃先輩が言うには、俺の桃力は異常なタイプであるということだ。
桃力が他のエネルギーと合わさった際には、
そのエネルギーに変化して協力体制を取るのが『普通の桃力』なのだそうだ。
しかし、俺の桃力は極めて利己的な性質を持っているようで、
他のエネルギーが合わさった場合、容赦なく『捕食』してしまうらしい。
この現象は何度か経験があるので上手い表現だと思った。
身魂融合とは違い『捕食』なので、桃力が満足して終わる結果になる。
つまり、桃力は別にパワーアップはしないらしい。
なにそれひどい。
『桃使いに宿る桃力の特性は一人に付き一つ。
それぞれに個性が出る。
たとえば俺であるなら「幻」だ。
これは桃力を使って幻を作るというものだ」
『それなら『カムフラージュ』を使えばいいんじゃないのか?』
桃力にも当たり外れがあるのだろうか?
だが桃先輩から返ってきた答えは、まさにチートな性能であったのだ。
『いや、桃力の特性はそんな生易しいものではない。
たとえ幻でも使用者の桃力が高まれば、
幻は現実の肉体を得て幻ではなくなる。
これを用いて『もう一人の自分』や『他人』果ては
『疑似生命』を作り出せる』
ここに至って、桃力が恐るべきチート能力であることを知ってしまった。
桃力は神の力だったのか?
『桃力は万能の力。
エネルギーを物質にだって変えられるのだ。
故に桃使いは己のためではなく、他者のために生きなくてはならない。
自分の欲望に走ってはいけないのだ』
そう締めくくった桃先輩。
そんな彼に俺は聞きたいことがあった。
『自分の欲望に走った桃使いっているのか?』
そう、これほどまでに万能な力だ。
誘惑に負ける者も出てくるのではないだろうか?
『残念ながらいる。
桃使いとはいえ、全てが全て強い心を持っているわけではない。
そういった者はすべからず「鬼」に堕ち桃力は使えなくなる。
桃使いは「極陽の存在」。
よって堕ちれば「極陰の存在」である鬼になってしまうのだ』
『なにそれこわい』
桃先輩は苦笑いをして『そうだな』と言った。
その声は何故か……少しさみしげであったのだ。
過去に大切な友人を、桃力の件で失ってしまったのかもしれない。
これ以上は触れない方がいいだろう。
『くれぐれも桃力を悪用しないようにな。
用件はこれだけだ。
これから俺はドゥカン氏に用がある。
何かあったら魂会話で連絡をいれるんだぞ』
そう言い残して桃先輩の声はしなくなった。
はて、ドゥカンといえばプルルの祖父にして
ゴーレムギルドのギルドマスターだ。
桃先輩がいったいゴーレムギルドのギルドマスターに、
どのような用事があるのだろうか?
「まぁ……考えても仕方がないか。
よし、露店にれっつ、あんど、ご~!」
俺は久しぶりに猫の着ぐるみセットに着替え、
目的地である露店街へと向かうのであった。
きゅ! きゅ! きゅ!
桃先生の木の中から外に出ると、
すっかり冷たくなった風が俺の頬を撫でて秋の存在をアピールしてくる。
やはり、にゃんこセットを着込んで正解だった。
歩く際の音は仕方がないので気にしないことにする。
暫くはきゅ! きゅ! と音を鳴らしながらフィリミシアの町を歩く。
幾ら復興資金が集まったとはいえ、一瞬にして町が直るわけではない。
日々、職人達や住人が力を合わせて復興に取り組んでいるのだ。
それはここ、フィリミシア南門名物の露店街も同様だ。
元々が掘っ立て小屋や屋台が多かったので復興も早いのだが、
それでもきちんと店を構えていたところは、まだ商売ができない状態だ。
現在の露店街の稼働率は七十パーセントといったところだろう。
そんな露店街に俺が足を運んだ理由は、後ろをきょろきょろしながら歩く、
巨大なホビーゴーレム『チゲ』のためである。
彼の顔には目や鼻はおろか、口すらもないのだ。
ぶっちゃけ無表情過ぎて可愛そうなので、
せめてお面でも買ってあげようと露店街までやってきたのだ。
チゲは表情こそないが、体全体を使って表見豊かな行動をする。
そんな彼には、何か愉快なお面がいいかもしれない。
だが……その前に俺はやらねばならないことがある!
「おっちゃん! 味噌カツ定食おくれぃ!」
「あいよぉ!」
そうだ! 俺の腹の虫達が盛大にフィーバーしているのだ!
よって、がっつりと腹に溜まるトンカツを食べることにした!(的確な判断)
俺は屋台の近くに設置されている、おんぼろなテーブルに陣取った。
椅子もがたがたするし、テーブルは少し傾いている。
まぁ、ここの連中は少しくらいおんぼろでも気にはしない。
当然それは俺もである。
さて、味噌カツはでき上がるまで暫くかかるので、
その間にチゲに買ってあげるお面に思いをはせた。
やはりいろいろな案が出てくるが、なかなか候補が決まらない。
「は~い、にゃんこ様! お待ちどうさま!」
そうこうしている内に『味噌カツ定食』がやってきてしまった。
まずは美味しそうな料理を食べることにしよう。
「いただきま~す!」
その味噌カツ定食はアツアツの鉄板に載っていた。
さっくさくのとんかつの上には、甘じょっぱい味噌ダレがかかっている。
そのカツの下には刻んだキャベツだ。
後はほっかほかのご飯と、お味噌汁だ……あ、違う! コンソメスープだ!
おごごご……定食には、お味噌汁だろうが!
だが、よくよく考えればここは日本ではない。
これも仕方がないことだろう。
むしろ味噌カツが食べれる時点で、幸運だと思った方がいいのだ。
俺は気を取り直してカツを口に運んだ。
サクッとした衣、
味噌ダレがかかった部分はしんなりして味が衣に浸み込んでいる。
味噌ダレは凄く甘いと予想していたが、さっぱりとした甘さでしつこくない。
「ほぅ……」
俺は完成度の高さに思わず唸った。
下手なところでは、味噌ダレが甘ったる過ぎて食い辛くなるからだ。
その点、この味噌ダレは絶妙なバランスを保っていた。
これはいけない、箸が止まらなくなる。
カツばかりを食べてはいけない。
ほっかほかのご飯も一緒に口に掻き込んで咀嚼する。
んん~! おいちぃ!
やっぱり、とんかつにはご飯だ!
更に味噌とくれば最強の組み合わせだろう!
「おぉ……これは!?」
とんかつの下敷きにされていたキャベツが鉄板の熱でしんなりとなり、
味噌ダレと合わさってなんとも言えぬ色合いになっていた。
そう、トンカツとキャベツの間にも味噌ダレがかかっていたのである。
俺は堪らずキャベツを口に運んだ。
キャベツは熱でしんなりとはなっていたが十分に歯応えは残っており、
シャキッ、シャキッと音を鳴らしジュワ~っとした甘みを、
口の中に溢れんばかりに満たしたのだ。
そこに味噌ダレのしつこ過ぎない甘みとしょっぱさが加わり、
加速度的にご飯を口に掻き込んでしまう。
これは堪らん! 箸が止まらない!
俺は最後にコンソメスープを飲み干して、
味噌カツ定食を完食したのであった。
「ごちそうさまでした!」
う~ん、やはり味噌カツ定食はおいちぃ! げふぅ!
会計を済ませた俺とチゲはいよいよお面探しを始めた。
この露店街では色々な物が売っているのだ。
中にはガラクタにしか見えない物も売っている。
中には物凄い価値のある物が捨て値で売っていることがあるが、
本物のガラクタも普通に売っているので油断ならない。
なかなかにスリリングな場所でもあるのだ。
「お? あった、あった! さて……どれがいいかな?」
きゅ! きゅ! と音を出しながらお面を探すこと五分弱。
沢山のお面を売っている露店を発見した。
その店の前には大勢の子供達が思い思いのお面を買い、
顔に着けて遊んでいた。
どうやら、ここはかなりの種類のお面を売っているので、
子供達に人気の店のもようだ。
「ん~これはどうだろうか?」
俺は山積みになっていたお面を手に取り、
試しにチゲに着けてみるも……しっくりこない。
ふっきゅん! これは大変な仕事になりそうだぜ!(わくわく)
俺はお面をとっかえひっかえチゲに着けさせた。
これがなかなか楽しい。
チゲも楽しんでいるようで、手鏡で見る自分の姿に喜んでいる。
「これは……スライディングが異常に強くなりそう」(呆れ)
何故かアイスホッケーのマスクまで置いてあった。
スプラッターなことになりそうである。
「これは……スクリュードライバー専用マスクかな?」(白目)
黒いマスクには細い目だけが付いていた。
噛ませ犬になりそうだ。
きっとこれは呪われているに違いない。
「ニンニク臭そうなマスクだ」(肉)
もう見たまんまなマスクが置いてあった。
最早、お面ですらない。
マッスルバスターだって夢じゃない!
「まぁ……結局は、シンプルなスマイルマスクでいいかな?」
チゲに買ってあげたのはつぶらな瞳が可愛らしく、
口を笑みで湛える木製の白いお面だった。
チゲ自身が気に入ったというのが決め手だ。
店主にお面代を支払い、早速チゲに着けさせる。
そこにはにっこりと笑ったチゲの姿があった。
「うんうん、似合っているぞぉ!」
嬉しそうにガッツポーズを取るチゲ。
店主のお爺ちゃんもニコニコしながら、
赤くて大きなホビーゴーレムの喜ぶ姿を眺めていたのであった。
ふっきゅんきゅんきゅん! 喜ぶにはまだ早い!
これから楽しいことが、山のようにあるのだから!
ふわりと、秋の風が俺とチゲを優しく撫でる。
それはまるで、「これから穏やかな季節が来るよ」
と言っているようでもあった……。
◆エルティナ・ランフォーリ・エティル◆
貴様……見ているなっ!!