223食目 キュウト・ナイリ
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「ふきゅん、あの後ろ姿は……?」
学校の通路の曲がり角にて、
こそこそと奥の様子を窺っていたクラスメイトを発見した。
「おいぃ……キュウト、何をこそこそしているんだぁ?」
「きゅおんっ!? な、なんだ……エルティナか。
もう、びっくりさせるなよなぁ」
何を警戒しているのだろうか?
彼は小さな鳴き声を上げて驚いていた。
「今先輩に狙われてるんだよ。
あんまり騒ぐと、見つかっちまうから静かにしてくれ」
そういうと再びこっそりと奥を窺った。
俺もキュウトに倣いこっそりと奥を窺うと、
恐ろしく険しい表情の上級生達が複数うろついていた。
彼を探しているのだろう。
「あれはマジだな」
「だろう? 今日の先輩達はマジなんだよ」
そう言って、銀色の毛並みのもふもふ尻尾をふにゃりとさせるキュウト。
彼の名はキュウト・ナイリ。
狐の獣人で人間寄りの顔だ。
女の子のように見えるが、れっきとした男である。
つり目には青い瞳が収まっており、長く細い眉と、
サクランボのような唇が彼を一層、男らしさからかけ離れたものとしている。
狐の獣人はこの世界では数が少なく希少な種族だ。
更には銀色の毛並みを持ち、人間寄りの顔となればこと尚更である。
「おまえら! 必ず探し出せ!」
大柄な体の上級生が他の生徒に命令した。
あのグループのリーダーなのだろう。
彼の言葉にキュウトの顔から血が引いていった。
それは上級生の持っていた、ある物が目に入ったからだろう。
「そして……キュウトちゃんに、この制服を着てもらうのだぁぁぁぁ!」
彼が持っていたのは、この学校の女子生徒の服であった。
その服を見た他の生徒達が雄叫びを上げる。
あ……女子の上級生も加わった。
「勘弁してくれよぉ……」
キュウトはその光景に涙目である。
彼らは決して『男の娘』に興味があるわけではない。
彼らは善意でキュウトに、あの制服を着させようとしているのだ。
それはキュウトが抱えるある問題が原因である。
彼は厄介な先天性の異常を持って生まれてきた。
それは……魔力を体内から放出すると女になってしまう体質だ。
もう本当に魔力を放出すると『ぼんっ』と煙が出て、
あっという間に女になっているのだ。
これには、俺達も開いた口が塞がらなかった。
魔力を放出するということは魔導器具を使うとNG。
攻撃魔法なんてもってのほか。
テレポーターに乗っても、一定確率で反応して『ぼんっ』だ。
魔法抵抗が発生してもダメらしいのだ。
魔力が放出されてしまうからな。
男に戻るには『気』を体に巡らせればいいのだが、
キュウトは『気』の扱いがド下手である。
この間も男に戻るのに一時間もかかっていた。
「しょぼい攻撃魔法に当たってもアウトだもんな。
『シャイニングボール』か『ダークボール』辺りを撃ってくるか」
キュウトの運動能力は低くはない。
ただし、それは男の状態であるならだ。
女の状態のキュウトは運動能力が下がってしまう代わりに、
強力な魔力と特殊能力を得ることとなる。
この世界では多少の運動能力を失っても、魔力があれば苦労することはない。
だが今の彼の生活は、原始的なレベルまで退化してしまっている。
男としてこの世界で生きるには、
黒エルフと同じ生活をしなくてはいけないのだ。
「なぁ、キュウト。
おまえはやっぱり元々は女なんじゃないのかな?」
普通に考えれば、苦手な『気』を使ってまで男に戻るメリットは少ない。
女であれば魔導器具を使うのに制限はないし、
便利な日常魔法も使いたい放題だ。
「違う~! 俺は男だっ!!」
「ふきゅん! そんな大声を出したら……」
彼の声は男の声とはかけ離れている。
甲高くて女性的な声だ。
男の状態でこの有様なのだから、
やはり元々は女として生まれたんじゃないのかな?(名推理)
「いたぞ~! あそこだ~!」
言わんこっちゃない。
キュウトの声で居場所がばれてしまった。
上級生達が一斉にこちらに走ってきた。
「きゅおんっ!? ばれたっ!!」
彼は急ぎ逃げようとするも、学生服を持った上級生に退路を塞がれていた。
いつの間に、ここまで移動したのだろうか?
「こ、こんにちは……ディークラッド先輩。
俺は用事があるので、これで失礼します」
「……知らなかったのか? 風紀委員長からは逃げられない」
あ、どこかで見たことあると思ったら風紀会長だった。
女の状態のキュウトが男の制服を着ているのは問題がある、
とかなんとか言っていたってフォクベルトが言ってたな。
うちの風紀委員はフォクベルトである。
生真面目だから選ばれたのだが、
この調子では色々と兼任させられそうである。
そう言っている間にもキュウトは上級生に取り囲まれ、
一斉に『シャイニングボール』の一斉攻撃を受けていた。
「きゅお~~~~~~ん!?」
彼の断末魔と共に『ぼんっ』という音と煙が上がった。
光と煙が晴れた後……そこには狐耳の少女、
キュウトちゃんがへたり込んでいた。
女になったキュウトは、まつ毛が長くなり目が大きくなっている。
そして、体は小さくなり女性特有のふっくらとした丸みを帯びていた。
これはもう、将来が楽しみな美少女である。
「うむ……後は頼む」
「お任せを……さぁ~キュウトちゃん。
お姉さんが着替えさせてあげますよ~?」
危険な目をした上級生のお姉様方の魔の手が、キュウトちゃんに迫る!
いいぞ! もっとやれ! ふっきゅんきゅんきゅん!
彼女らの迫力に腰が抜けたのか、
キュウトちゃんは動けずにぷるぷると震えるのみであった。
数秒後……女子生徒服に着替えさせられたキュウトちゃんの姿があった。
どこからどうみても完璧な女子生徒だと感心するが、
まったくもって、どこもおかしくはないと断言する。
「お、俺の男が……また死んだ……げふっ」
「慣れとかないと後がきついぞ?」
そう、俺が言うのだから間違いない。
俺はきみの先輩なのだよ。
……あれ? 勝手に涙が……?
そこには白目になって痙攣する、
奇妙な二匹の珍獣ができ上がっていたのであった。
ち~ん。
◆キュウト・ナイリ◆
狐の獣人の男性。人間寄りの顔。
イズルヒからやってきた留学生。
銀色の髪は腰にまで届き、ピンと立った大きな狐の耳が特徴的。
つり目には青い瞳。長く細い眉。サクランボのような唇。
もふもふの尻尾の触り心地は絶品(珍獣談)。中肉中背。
◆キュウトちゃん◆
狐の獣人の女性。人間寄りの顔。
魔力を放出してしまい女性になってしまったキュウト。
男の時よりも女性らしい顔つきになり、身体も丸みを帯びている。
この状態になると運動能力は落ちるが、
それを補って有り余る莫大な魔力と、妖術などの反則スキルが解禁される。
男に戻るには『気』を全身に行き渡らせればいいのだが、
キュウトは気を練ることが苦手で、最低でも一時間はかかってしまう。
鳴き声は「きゅおん」。
一人称は「俺」
エルティナは「エルティナ」