221食目 ガンズロック・ドルトン
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「おうっ! 釘五百本しあがったぞぉ! リック!」
「おっ、ありがてぇ! サンキュー、ガンズロック!」
でき上がった釘をリックに手渡す。
最近は武器を作った記憶がない。
仕方がないこととはいえ、このままでは腕が鈍っちまう。
せっかく上達してきたっていうのに、釘ばかり作っていたんじゃあな……。
おまけに店番もしなくちゃならない。
親父は国から大量の武器を注文されちまった。
今は店の工房で武器の製造にかかりっきりだ。
よって、武器の修理は俺の担当になっている。
店番をしながらカウンターの奥にある簡易作業場で、
修理をしながら客を待つって寸法だ。
自慢じゃないが……うちの店は大きい。
フィリミシアでも一番だと豪語できる。
従業員も五十人を超える大所帯だ。
そのような大人数がいるにもかかわらず店番は俺だけだ。
理由は先ほど言ったとおり。
従業員全員で武器を作っている。
このような事態は店の創業以来、初めてのことだそうだ。
親父の作る武器は安くはない。
貴重な鉱石を混ぜ合わせて作る、特殊な合金を使って製造するからだ。
その合金で作られた武器は非常に切れ味がよく、しかも頑丈なので、
わざわざ遠くの国から買いに来る常連さんも少なくない。
その武器を大量に作っているのだ。
親父の性格上、手抜きは一切しない。
一つ作り上げるのに三日はかかる。
それを従業員全員で代わるがわる休みながら、昼夜問わず作業しているのだ。
並みの精神と覚悟じゃ務まらない。
だが親父は辛い顔など見せずに言いきった。
「はんっ! 職人冥利に尽きるってぇもんよぉ!
くたばるなら布団の上じゃぁなく、鎚を持ったままくたばりてぇからなぁ!」
職人バカとは、親父のためにあるような言葉だ。
俺もいつかは親父のようになりたいもんだ。
「らっしゃい! ルドルフさん!」
「やぁ、ガンズロック君。
私の剣の修理を頼みたいのですが?」
彼の武器は親父が作った物だったが、
カサレイムでの戦闘でボロボロになっていた。
それは戦闘の激しさを物語っていたものであったが、
修理するには損傷が激しく、
これならば新しく買い替えた方がいいと提案したのだが……。
「この武器には沢山の想いが詰まっているのです。
なんとか修理できないでしょうか?」
親父はその頃、既に店の連中と工房に籠っていた。
修理できるのは俺だけだ。
彼のその想いに俺は奮起せざるをえなかった。
そこまで言われちゃあ、直さなくては職人の名が廃る。
まだ未熟者だが、この依頼を腕を理由に断るなんてできるわけがない。
俺はこの依頼を受ける意思を固めたのであった。
「ってぇわけだぁ。力ぁ貸してくれねぇか?」
俺は学校にてクラスメイトである、ゴブリンのゴードンに協力を要請した。
細工職人を目指すゴードンはそれ以外にも魔石の研究や、
術式の研究といった、さまざまな分野にも手を伸ばしているので、
俺には足りない部分を補ってくれると踏んだのだ。
「けけけっ、なんだか面白そうなことに手を出しているな?
いいぜぇ……協力してやるよ!」
思惑どおり、彼は二つ返事で了承してくれた。
だが、予想外のことは起こるものだ。
「ふっきゅんきゅんきゅん! 話は聞かせてもらった!
ルドルフさんの剣を直すのであれば、俺も協力しよう!」
白エルフの少女、エルティナが協力を申し出てきた。
だが、エルは戦力外だということが確定している。
彼女ができることといえば……っと、そういえばあるじゃねぇか。
「おう、ありがてぇ! 修理の間ぁ店番たのまぁ!」
「ふきゅん!? 店番……」
エルは修理に携わる気が満々だったようだ。
垂れている大きな耳が更に垂れて、元気がなくなっているように見える。
「力仕事に女はむりってぇもんだぁ」
「あら……それじゃあ、私は無理なのかしら?」
俺達の話を聞いていたユウユウが話に入ってきた。
彼女の腕力はこの学校どころか、フィリミシアの町全体に知れ渡っている。
「あほぉう、おめぇさんは力があり過ぎんだよ」
「クスクス……それは残念ね?」
最初から、からかいに来ていたのはわかっていた。
彼女自身も細かい力の調節は無理だと自覚しているはずだ。
きっぱりと言いきった俺に満足げに笑みを浮かべると、
花の香りを残してユウユウは立ち去っていった。
「ユウユウにそんなこと言えるのは、おまえくらいなもんだぜ」
「ふん、おめぇらがビビり過ぎなんだよぉ」
ゴードンは俺とユウユウのやり取りにひやひやしていたと言うが、
逆に俺はゴードンに「同じクラスの仲間にビクビクしてどうするんだ」
と一喝しておいた。
「そうだぞぉゴードン。
仮に怒っても、優しく『デコピン』されるだけだぁ……」
「それって、結局死ぬってことじゃねぇか……」
そう言って震える二人に、俺はため息を吐くことしかできなかった。
放課後、俺達は早速俺の実家『武器屋ドルトン』に向かい、
ルドルフさんの剣を修理することにした。
「ふきゅん! らっしゃい! いい武器揃ってやすぜぇ! げへへ!」
「あはは! ぶぶっき! みるっみるる! あははは!」
「あえぇぇぇぇっ!? 聖女様がなんで店頭に立っているんですか!」
店に入って来た客が驚きの声を上げている。
考えてみれば、エルはこの国の聖女だったことを失念していた。
帰り際にエルにくっついてきたアルアに、
接客を任せた方がいいかもしれない。
「まぁ……なんとかなるか。
悪いなぁブルトン、休日に来てもらってよぉ」
「……気にするな」
オークのブルトンが手伝ってくれることになった。
というのも、
ゴードンはいつもマフティとブルトンと三人で行動しているため、
一人に頼むと情報がすぐさま三人に伝わる。
「そうそう、気にすんなって! ほらっ、どうだ?」
兎の獣人のマフティが研ぎ終わったロングソードを渡してくる。
研ぎ終わった刃は、欠けた部分がなく切れ味も申し分がなかった。
「てぇした腕前だぜ! うちにほしぃくれぇだぁ!」
「へへっ、毎日ナイフを研いでいるうちに、腕前が上がったみたいだぜ」
研ぎだけなら俺よりも腕がいい。
これは俺も、うかうかしていられないな。
「よぉし……始めるかぁ!」
俺達は剣の修理を始めた。
まずは合金を作るのだが、
ここでゴードンが合金に青い粉のような物を投入した。
「これは屑魔石を粉末状にした物さ。
これで普通にでき上がる合金よりも、硬度と粘りが上がるんだぜぇ」
「どこでぇ、そんな情報を仕入れたんだぁ?」
ゴードンは実際にうちのナイフを溶かして合金に戻し、
実験を行っていたことを話してくれた。
マフティの使う短剣のための新たな合金を作っていたそうだ。
それをこの修理で試そうとしているらしい。
でき上がった合金を、型にはめた剣の上に流し馴染ませる。
少し置いて固まったら、今度は俺とブルトンとで合金を叩き、
余計な不純物を取り除く。
ここからは体力勝負だ。
「ふきゅん、武器に祝福を? いいぞぉ……今日は大サービスだぁ!」
「あはは! それ、だいきんかっか、じゅうにまいい! くれっくれ!
まいまいどあるり! あははは!」
エル達も上手く接客ができているようだ。
アルアがいい働きをしてくれている。
カサレイムでの経験が生きているのだろう。
「……どうだ? ガンズロック」
「ふぅ、いいだろぉ。
マフティ、仕上げをたのまぁ!」
俺とブルトンの作業が終わったのは、店の営業が終わると同時だった。
それまでは、マフティも店の手伝いをしていた。
「やっとか! 待ってたんだぜ?」
手をワキワキさせて作業場に飛び込んできたマフティは、
早速打ち終えた剣を手に取り研ぎ始める。
彼は将来、良い研ぎ師になるかもしれない。
「ふっきゅん! ガンズロックにブルトン、ご苦労さん。
ほい、今日の売り上げだぁ」
エルとアルア、二人がかりで渡された売り上げはずしりと重たかった。
これだけの重さだと、相当店の商品が売れたに違いない。
「店の商品の半分くらいがなくなったぞ。
後で補充しとくんだぁ」
「売れ過ぎだ。
うちの在庫も、そこまで置いちゃあいねぇぞ」
想像を遥かに超える売り上げに、俺は頭を抱えるハメになった。
うちの商品は全て自作の商品だ。
他の職人達から買い取っての販売は一切していない。
よって売れ過ぎても、品切れが起こって困ったことになるのだ。
その後、マフティが剣を研ぎ終えたのは午後九時頃。
エルとアルアは先に帰宅させた。
女二人を夜遅くまで働かせるわけにはいかないからだ。
「ふぅ……どうよ?」
「……いぃできだぁ! ゴードン、仕上げに入る!」
マフティがいい仕事をしてくれた。
まるで芸術品のような研ぎっぷりに惚れてしまいそうだ。
俺がマフティを褒め千切ると「よせよぅ」と顔を赤くして俯いてしまった。
「けけけっ、予想よりもいい感じだな!
これならマフティのナイフに応用できるな」
俺とゴードンで仕上げに入った。
ひび割れていた柄の宝石を魔石に代える。
これはゴードンの作った『ライトグラビティ』が付与された魔石だ。
グリップには滑りにくいヒルボアの皮を巻く。
最後にゴードンが装飾を入れて全作業が終了した。
「ふぅぅぅ……終わったな」
修理が終わったのは午後十一時。
俺達は四人がかりで半日作業だったが、
親父ならこれを三時間でやってのける。
特殊なスキルを使っているらしいのだが、俺はいまだに習得できていない。
修理が終わったルドルフさんの剣は、
惚れぼれするような剣に生まれ変わった。
これなら彼も満足してもらえるだろう。
後日、剣を受け取りに来たルドルフさんは、
生まれ変わった剣を手に取り、いたく感激していた。
この時の彼の表情を、俺は生涯忘れないだろう。
なんといっても、俺達チームが初めて手掛けた剣の所有者なのだから。
◆ガンズロック・ドルトン◆
ドワーフの男性。
六歳にして、既に髭が生えているドワーフの子供。
短く刈り込んだ髪の色は茶色。太い眉におおきな鼻。瞳の色は黒。
一人称は「俺」
エルティナは「エル」