218食目 アマンダ・ロロリエ
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私はアマンダ・ロロリエ。
赤毛の狼獣人の女の子だ。
将来は大好きなフォクベルト君と結婚して子供を作って、
家のお父さんとお母さんみたいな家庭を築けたらいいなぁ……
なんて思っていたら王様と桃先輩から衝撃の事実が告げられた。
私達は女神様に作られた生贄で、世界を護るために生まれたのだと。
そして、その脅威が活動を開始しているのだと。
桃先輩に告げられた方はもっと酷かった。
あの竜巻を起こした連中の親玉がこの世界で眠っていて、
しかも数年後に目覚めて、私達の世界を滅茶苦茶にするのだという。
私達に残された時間は後七年。
その間に力を付けて来るべき決戦に備える、といった内容だった。
酷い話だ。
私とフォクベルト君のラブラブ人生計画が、既に滅茶苦茶になりかけている。
鬼共……断じてゆるすまじ。
それから数日が経ち、今私達は普段どおりの生活を過ごしている。
桃師匠というお爺さんが、私達の体ができ上がっていないので、
今暫くは現状維持でいく方針を告げたのだ。
あのお爺さんは何者なのだろうか?
王様も、桃先輩も、桃師匠には文句ひとつ言わなかった。
不思議な人だ。
さて……少し変わったことがあるとするのであれば、
学校の授業に集団訓練が追加されるようになったことだろうか?
そこには『モモガーディアンズ』のメンバーである、
とんぺーやもんじゃという動物達も参加していて、
とても賑やかなことになっていた。
今では集団訓練の様子が上級生達……特に女子に人気が出ているようなのだ。
理由はちょこまか動き回る私達や動物達が可愛いからである。
私達は至って真面目に練習しているのだが、エルティナさんが加わった瞬間、
集団練習がコミカルなものになってしまうようなのだ。
彼女は「ふきゅん、ふきゅん」と鳴きながら、
短い手足をバタバタとうごかし指定の場所へと急ぐのだが、
どうやらその様子が上級生のお姉様方に大好評なのらしい。
そこに彼女の護衛である動物やホビーゴーレム達が加わるので、
こと尚更に可愛いのだという。
その結果、真面目に練習している私達もが可愛く見られてしまっているのだ。
きゅ~ん。
エルティナさん自体は、至って真面目に練習を受けている。
一年生の頃よりも若干走る速度が速くなっている気がするし、
ここ最近は体力も付いてきているようだ。
エルティナさんは行動が遅いだけなので特に問題はない。
問題なのは……ロフト率いるスケベ集団と、マフティ率いる悪ガキ達である。
スケベ集団は女子の後ろ以外に並ばないし、悪ガキ達は必ず集団から外れる。
彼らは練習する気があるのだろうか?
そして、一番困った人がユウユウだったりする。
必ず列の先頭に立つのだ。
彼女は指揮を執るタイプの人間ではない。
それなのに、何故先頭に立つのかを聞いてみると……
「あら……先頭なら、真っ先に敵をすり潰せるじゃない? クスクス……」
と言って愉快そうな笑顔をこぼしたので、それ以来誰も指摘しなくなった。
つまり、彼女は集団行動に組み込めなくなってしまったのだ。
誰だって命は惜しいのだから。
そのことに頭を抱えているのが、私の大好きなフォクベルト君だ。
彼はその冷静沈着な性格を買われて指揮官に任命された。
本来はエドワード様が適任なのだけど、彼は『モモガーディアンズ』以外に、
自分の部隊を作ってフォローできるようにすると言って、
フォクベルト君に指揮を任せてしまったのだ。
委員長や副委員長はどうかという案も出たが、すぐさま却下された。
委員長は副委員長のサポートがないとポンコツだし、
そのために有能な副委員長が戦力から抜けるのは厳しい
との声が上がったからだ。
その結果、委員長は教室の掃除用具入れに籠って、いじけてしまったのだが。
「A班はC班の後ろに! B班はD班の後ろに! エルティナは中央に!」
フォクベルト君の指示に従い動く各班。
班はだいたい十名ずつの小隊になっており、
今のところ個性を活かした班にはなっていない。
適当に集まっただけの班で、
今は動きの練習をしているに過ぎないのだ。
うちのクラスの連中はとにかく個性が強過ぎる。
ここにきて、それが露呈してしまっていた。
大変な時には、ありえないほど協力できるのに、
練習になるとバラバラに行動する者が大半。
困った人達だ。
結局、指示どおりに動けず、
各班の構成員はバラバラにまとまって、
エルティナさんの周りにごちゃっと固まった。
固まり過ぎてエルティナさんが潰されている。
彼女の「ふきゅ~ん!?」という鳴き声が悲しく響いた。
何度か目のため息を吐き、がっくりと項垂れるフォクベルト君。
私達がまともに行動できるようになる日は来るのだろうか?
「というわけで手伝ってくれ」
「急な話ね? でもいいわ、協力するわよ」
エルティナさんが、この話を持ち込んできたのは次の日のことだった。
学校が休みなので新作のクッキーでも試作しようかと考えていたのだが、
彼女に誘われてフィリミシア周辺の草むらで、
ある物を採集することになった。
草むらには私とエルティナさんの他にも、ヒュリティアさんにリンダさん、
そしてエルティナさんを護る護衛達が付いてきている。
護衛と言っても、彼女のホビーゴーレムや動物達なのだが……。
「ふきゅん! これだなっ!?」
「……それは雑草よ、エル」
エルティナさんは「な~んだ」と言って、
その雑草を放り投げ……ないで食べてしまった。
ちょっと、その雑草は食べられない物なのよ!?
「ふむ……少しピリッとしたが、あいつほどではないな!」
とわけのわからないことを言って、お目当ての物を探し続ける。
この子は時々、わけのわからない行動を取るので油断できない。
まだアルアちゃんの方が理解できることが多いのだ。
『あったー! こっちに、いっぱいあったー!』
その時、とんぺーが私達に向かって咆えた。
お目当ての物を発見したと伝えてきたのだ。
そこには結構な量があるらしい。
「ふきゅん! でかした! とんぺー!
おいぃ、あっちに沢山あるらしいぞ!」
エルティナさんは彼の言っていることが正確にわかるらしい。
私は狼の獣人なので彼の言っていることがわかるのだが、
白エルフである彼女が理解できているのが不思議でならない。
ザイン君の話によれば魔物とも会話ができるらしいが……。
そのうち、そこら辺の石ころとも会話ができるようになるのかもしれない。
そうすると、石にずっと話しかけているシュールな絵ができ上がるだろう。
「わぁ、本当に沢山生えてるよっ! とんぺーえらい、えらい!」
『えへへ、どんなもんだい!』
リンダさんに頭を撫でられて嬉しそうに尻尾を振る彼。
彼は本当に賢い。
でも、どうして魔物である『ホワイトファング』が、
エルティナさんに懐いているのだろうか?
いや、よく見るとホワイトファングじゃないようにも……?
まぁ、私が首を突っ込む問題じゃないか。
彼には彼の事情があるのだろう。
それに彼らは大人しくしていれば、普通の犬と見分けがつかないのだから。
それよりも重要なのはこっちの方だ。
私はそこにあった草を摘み始める。
この草は『グミリム』という名の多年草で、
どこにでも生えている珍しくもない物だ。
何故、私達がこの草を摘んでいるかというと、
この草は手を加えると『グミ』の材料になるのだ。
「ふっきゅんきゅんきゅん! これだけあれば沢山グミが作れるな!
きっとフォクベルトも喜ぶぞぉ!」
そう、これは疲れているフォクベルト君のために、
エルティナさんが考え出した
『手作りグミで癒し殺してくれるわ作戦』なのだ。
癒すのか、殺すのか、どちらになるかは私達の作ったグミ次第だ。
フォクベルト君を癒すために、心を込めて作らなければ。
そうすればきっとフォクベルト君は……
「これを僕に? ……美味しいよ! アマンダさん!
やっぱり僕にはきみが必要だ!」
そうして私は彼の熱い抱擁を受けて、そして、そして……!!
あぁ! いけないわ! 私達はまだ成人もしていないのよ!?
「お、おいぃ……どうした、アマンダ?」
「アマンダちゃん、くねくねしだしたね」
「……そっとしておきましょう」
結局……私は帰る時まで、くねくねしていたらしい。
思い出すと恥ずかし過ぎるので思い出したくない。
私達が作った手作りグミはフォクベルト君に非常に喜んでもらえた。
私はイチゴ味の赤いグミ。
リンダさんはオレンジ味のオレンジ色のグミ。
ヒュリティアさんはミルク味の白いグミを作っていた。
そして、エルティナさんは……
角度によって色が変わる得体のしれないグミを作っていた。
「食材の精霊に従って作ったらこうなった……解せぬ」
解せないのは私達の方である。
この得体のしれないグミを一欠けら食べてみたところ、
ありえないほどの美味しさになっていたからだ。
噛むごとに色々な味や香りが顔を出してくるのだ。
果物の甘酸っぱさ、練乳のような甘ったるさ、ミントのような爽やかさ、
コーヒーの香ばしい香りなんてものもあった。
とにかく噛めば噛んだ分、色々な味に変化してゆく。
とても普通に作れる代物でないのは確かだ。
調理中に鍋に入れていたありえない物達が、
こうして不思議なグミになってしまったのだから。
元気を取り戻したフォクベルト君は今日も私達の指揮を執る。
相変わらず、私達の行動は滅茶苦茶だ。
でも彼は諦めず、皆に指示を出し丁寧に説明を続けた。
そしてようやく……彼の指示どおりに行動ができたのだった。
たった一回だけの成功だったけどね。
私は改めてフォクベルト君のことが好きになった。
諦めず前を見続けて皆を纏める彼。
私の知らなかった彼の姿に心を奪われてしまったのだ。
その日、私は誓いを立てた。
私達に残された時間は七年、
それまでに必ずフォクベルト君のハートを射止めてみせる! ってね。
さぁ、恋も強さも纏めて手に入れてみせるわよ~!
◆アマンダ・ロロリエ◆
狼の獣人の女性。
狼寄りの顔に、同年代では大柄な体。瞳は金色。毛の色は赤。
実家がお菓子屋で、何時も焼き立てのクッキーの匂いがする。
性格は温和で大人しい……たぶん。
『レッドウルフ』という二つ名を持っている。